40話 デートその1 沸点低すぎ
久しぶりに呪術師で侵入。
お客様!術師にグンダ槍はおやめ下さい!
らめえええ!起き責めされちゃうのおおおおお!!!!
惜別はがされちゃううううう!!!!
……今回書きたいことが自分の中でうまく形になっておりません。
ヒロトと遊びに出かける当日。
いつもより早起きしてしまった僕は身だしなみをバッチリ整えて、ヒロトの家に直接に向かった。
通学路で待ち合わせをしていたのだが、我慢できなくて反故にした。
インターフォンを鳴らして少しの間待つ。
返事と共に現れたのはヒロトのお母さんだった。
普段はキャリアウーマンとしてバリバリ働いているとは思えないほどお淑やかな人だ。
幼い頃から優しい微笑みを絶やさない人で、とてもお世話になっている。
うちの母に是非彼女の爪の垢を煎じて飲ませたい。
整えられた健康的な爪に垢など存在しないだろうけど。
「ご無沙汰してます。おばさん。」
「あら、千秋くんいらっしゃい。今日は一段と綺麗ね。弘人にご用かしら?」
「えっと2人で映画館に行く約束をしてるんです。楽しみで時間より早く来ちゃいました。」
「そう、あの子も果報者ね。あがっていく?まだ準備してたみたいだから。」
「はい、お邪魔します。」
家に上がると、ちょうど出かけるところだったらしい、部屋から下りてきたヒロトと階段の前で鉢合わせた。
「ん、早いじゃないか。どうしたんだ千秋?」
「ヒロトおはよう。待ちきれなくて、来ちゃった。
すみません。おばさん、上がって早々申し訳ないのですが、お暇させていただきます。」
「千秋くんとおしゃべりできると思ったのに残念。また、遊びに来てね。
弘人、千秋くんは今は女の子なんだからあなたが守ってあげるのよ。」
いいえ、おばさん男の子の頃から守られっぱなしです。
借金だったら、債務超過で自己破産しなきゃいけないレベルです。
踏み倒すつもりつもりはないから、これから着実にお返ししていかないとね。
「分かってる。千秋に何かあったら加奈子にどやされるからな。
じゃ、行ってくる。」
僕達は並んで関川家の家の門を出た。
「ねえねえ、今日の僕どうかな?」
「『どうかな?』って?」
昨夜吟味して選びぬいた服を見せびらかすようにしながら腕を広げ、くるりと回った。
体の回転に合わせてスカートがふわりと舞う。
朝からヒロトがどんな感想を言ってくれるのか気になってしょうがなかったので、自分からアピールしてみたのだ。
「服選び、母さんや夏美のコーディネイトに従ってたんだけど、今回は張り切って自分で選んでみました!」
感想を求められて上から下までゆっくり目をやった後、ヒロトは言った。
「俺の貧困なボキャブラリーじゃ今までと同じ意見しか言えないんだが、
可愛いし、似合ってると思うぞ。
すまん、もっと言いようはあると思うんだが、ファッションに疎くて普段との細かい差異を説明できん。
ただ、俺が見た女の子の中で一番可愛いとしか言いようがない。
今日の千秋は別格だな。」
ヒロトの真っすぐな賛辞にまるで電子レンジにかけられた鶏卵のように頭がボンッってなった。
え?僕がヒロトの中で一番……可愛い女の子?
褒められることを期待しといてなんだけど、褒めすぎだよ!反則だよ!
ああ、顔から火がでそう。
可愛いなんて幼い頃から耳にタコができるぐらい聞かされてたけど、
ヒロトに言われると別だった。
体の中心部、最奥が甘くて柔らかい布のようなものにほんの少しだけ強めに包まれたみたいだ。
それが塊になって徐々に熱をもつ。
体内に温かい火が灯ったよう。
決して不快じゃない温かさだ。
「はう……
ありがとう……僕、すごく嬉しいよ。」
「悪い、お前の気持ちを考えず、無神経だったかもしれん。
女の子の服、嫌でもがんばって着こなそうとしてるんだよな?」
「ううん、女の子の服もう全然嫌じゃないよ。
ヒロトや加奈子ちゃんがこうして褒めてくれるから、いいかなって思えるようになったんだ。
でも、女の子の服好きで着るようになるなんて気持ち悪いかな……?」
「そんなことは絶対にない。
加奈子だって確実にそう言うだろう。
千秋が女の子の体に適応しようと努力していること、嘲笑う奴なんているものか。」
ヒロトは真剣な眼差しで僕は正しいのだと訴えた。
他の誰に否定されたって彼が肯定してくれるのならばそれでよかった。
「僕、がんばってもいいんだね。
あ、ヒロトに希望があるならなんでも着るよ。
リクエスト受付中。
男の頃の僕のファッションセンスは最低野郎だったみたいだから、
女は見られることで磨けって夏美が言ってた。
初心者だし、素直に言うことは聞いておこうかなって。」
「楽しみにしておくな。
まあ、俺より女の加奈子の方がリクエストあると思うぞ。
今度付き合ってやったらいい。」
そうして話している内に駅前に到着した。
映画無料券が使用できる映画館はここから電車で5駅分離れた駅前総合ビルにある。
20~30分ぐらいの距離だ。
ロータリーには既にお出かけの人達でごったがえしていた。
休日を楽しむ同年代の可愛い女の子もたくさんいて、華やかな光景だ。
僕達が通りがかると女の子のほとんどがヒロトに釘づけになる。
無論セットの僕にも視線が集中するが、彼女達の目は本能的に男性の方を追う。
しかし、ヒロトはというと他の女の子なんて視界に入れたりしない。
歩くペースに僕が遅れないよう時折見てくれている。
僕だけが魅力的な異性を差し置いて彼の視線を一人占めにしていることに優越感を覚えた。
なんで他の女の子に勝ったような気分になって喜んでいるんだ。
自分でも思いもしない暗い感情に自己嫌悪に陥る。
生まれて初めて去来したこの感情は一体……。
「ちょっとトイレ行ってきていいか?」
「うん、ここで待ってるね。」
改札に行こうとしたところでヒロトはトイレに向かった。
通行の邪魔にならないよう、待ち合わせをする人達に混じって壁際に身を寄せた。
人ごみを眺めながらぼーっとしていると唐突に声をかけられた。
「あのぉーすいませーん。MBSテレビなんですけどぉ、インタビューよろしいでしょうかぁ。」
「はい? 僕ですか?」
僕に声をかけてきたのは以前朝の番組で父さんにインタビューをするという大失態を犯した、お天気のお姉さんだった。
確か、実トアナだったかな。
バラエティでも活躍中で、入社から数年でぽっちゃり体型になりつつあるのを弄られてる人だ。
女性はこれぐらいでも十分可愛いと思うんだけど。
ヒロトは痩せてる人とどっちが好きなのかな?
「今、『待ち合わせをしているあなたは誰をお待ちですか?』って企画をやってましてー。ご協力いただけないでしょうかー?」
「えっと、いいですよ。友達がトイレに行っているだけなのですぐに戻ってくるでしょうけど。」
「それは好都合ですねぇ。定時で帰れる要素は大歓迎ですー。」
女性の花形と謳われる職業についていても労働からは逃れたいものであるらしい。
日本社会の闇は深い。
「すごい美少女ですねぇ、ハーフさんですか?」
「えーと、そんなとこです。」
まさか謎の野草の蜜を吸って、女の子になったとは口が裂けても言えない。
「もしかしてアイドルかモデルさんをやってたりします?」
「ただの高校生ですよ。」
「おおー、女子高生はポイント高いですー。待ちあわせの方はどんな人なんでしょうかー?」
「僕の幼馴染です。背の高いイケメンですよ。」
「美男美女のカップルですかー。テレビ的に大歓迎ですー。」
公共の電波でカップル認定はヒロトが可哀想だ。否定しようとしたのだが、
「待たせた、千秋。……取り込み中か?」
「おお!彼氏さん確かにイケメンです。
インタビューさせてもらってまして、カメラよろしいでしょうか?」
「千秋が許可したなら。」
「ありがとうございますー。
ずばり訊きます。お2人は恋人同士なんでしょうか?」
「10年来の幼馴染の友人です。」
「なるほど、長い付き合いなんですねぇ。羨ましいですー。お2人はこれからどちらへ行かれるですか?」
「映画館に。」
「いいですねぇ、タイトルはなんでしょうかー?」
「『如月さんと網田さん』です。」
「当局スポンサーの映画ですね。絶賛上映中なのでテレビの前の皆様も必見の価値アリですよー。
お2人の仲が深まること間違いナシですからねー。お友達からステップアップしちゃいましょー。
インタビューのご協力ありがとうございましたー。」
お姉さんとテレビスタッフ一同は軽く会釈して次の対象を探しに移動していった。
「結局何のインタビューだったんだ?」
「誰が誰と待ち合わせしてるか知りたい。みたいな?」
「そうか、最近のテレビは何がしたいのか分からんな。
っとそろそろ電車の時間じゃないか。急ごう。」
「うん」
やっぱり、他人からは普通にカップルに見えてしまうのか僕たち。
お友達からステップアップって……僕とヒロトが?
手ぐらい繋ぐべきかな?
加奈子ちゃんとは手を繋いで登校したことあるし、ヒロトにもしないと不公平だよね。
あの時キスされそうになったっけ?
ヒロトからキス……
あわわ!?ダメだダメ!男友達として、ヒロトに失礼な想像をしてしまった。
……自粛しよう。
自粛。
電車の車内は僕達同様、遊びに出かける人達でいっぱいだった。
車内通路真ん中の空間に立って目的の駅を待つ。
2駅目でマラソン大会のイベントがあったのだろう。
汗を流した父さんぐらいの年齢のおじさん達が大挙して車内にやってきた。
車内がすし詰めになるのと同時にむわっとした汗臭い熱気、加齢臭、きつい制汗スプレーの匂いに支配される。
当人たちは匂いに気づかないようだが、露骨に顔をしかめてハンカチを顔に当てて応急のマスクにしている人がいたほどだ。
気温が熱すぎず、寒すぎずのため、車内の空調は動作していない。
僕も表情だけは我慢したものの、この湿度と匂いは少々堪える。
彼らには申し訳ないけどなんとか呼吸が楽になりそうなポイントを探そう。
僕の正面にはヒロト、左右はマラソン帰りのおじさん達、背後は同年代の女の子達のグループ。
他の男性客が女の子達に密着してしまうのを遠慮してか空間に少し余裕があるものの、現状僕はすでに後ろの彼女達とお尻でおしくらまんじゅう状態だ。
電車が揺れるたびに返ってくるお尻の柔らかさを意識の外に追い出すので必死だ。
『(お尻が)渋滞ですゥ~日曜午前中のお出かけ時間帯はギシギシなんですゥ~』
『行け』
『い……行けと言われてもこれでは呼吸ができません。』
『女の子のグループが広いではないか……行け』
『女の子~~!?下手に動いたりしたら痴漢冤罪ですよォォォォ』
『関係ない 行け』
ダメだ、これは男の子として最後の砦だ。
彼女達の輪に無理矢理入って空気を吸うわけにはいかない。
じゃあもうヒロトしかないじゃないか。
彼の腰に腕を回して胸に顔を埋める。
男の子のいい匂いがして、少し気分が落ち着いた。
「お、おい、千秋。」
「お願い、このままでいさせて。」
既に酔ってきているのだ、有無を言わせないようしがみつく。
ヒロトが慌てるが、やがて諦めたのか黙って吊革を掴み直した。
人の優しさにつけこんで申し訳ないが、体調を崩して迷惑をかけるよりマシだろうと思う。
しかし、車内の環境はヒロトをもってしても防げないほどつらかった。
電車の旅から解放されても足元がフラフラとしておぼつかない。
吐きそう……吐いたら女の子としては絵的に大変まずいことになりそうだから我慢する。
「きぼぢわるい……酔った……」
「大丈夫か千秋。」
「目が回るよ……ヒロトは何で平気なのさ……」
「陸上部の部室も似たようなもんだからな。」
陸上部パない。
健闘空しく僕は電車酔いを起こしていた。
「近くに緑地公園があったはずだ。そこで一休みしよう。
よっと。」
ヒロトは僕の首筋と膝を抱え、軽々と持ち上げた。
お姫様抱っこの形になる。
大勢の人目があるのに。
抗議しようと思うのだが、眩暈がして声を出そうとすると気持ち悪くなる。
しかし、気分最低でも羞恥心は健在なのだ。
せめて他人に見られないよう、ヒロトの首に手を回して、胸で顔を隠した。
ヒロトに抱っこされたまま街を歩くなんて頭がフットーしそうだよう。
緑地公園のベンチに寝かされたところでようやく恥ずかしさから解放された。
緑色の景色と爽やかな空気が頭と胃でくすぶっていた悪心を洗い流してくれる。
深呼吸をすると吐き気はすっかり治まっていた。
「ありがとうヒロト、大分楽になったよ。」
「そりゃよかった。映画まで1時間以上あるから回復するまでゆっくりしていこう。」
枕代わりになっているバッグ、中身が小物ばかりのせいか固いな……
「ヒロト、迷惑ついでに膝を借りてもいい?」
「膝?」
「んしょ」
「うおっ」
隣に座るヒロトの膝に後頭部をのせた。
鍛えられた太ももは適度な弾力を返してきて枕として申し分なかった。
下から覗く顔は困惑こそあるものの優しい。
散らばろうとする僕の髪の毛に癖がつかないよう丁寧にまとめてくれる。
髪に触れる指が気持ち良くてうっとりと目を細めた。
気分はすっかり主人の膝でごろごろする家猫のものだ。
「こうしていると小学生の頃を思い出すね。」
「そんなことあったか?」
「うん、遠足に行った時、歩き疲れてヒロトの膝で寝かせてもらったの覚えてる。」
「思いだした。3年生の頃だったか……」
「何故か加奈子ちゃんも対抗心を燃やして、枕が頻繁に代わるものだから休めなかったんだけどね。」
「あの時俺は加奈子にそのまま譲るつもりつもりだったんだが、交代で千秋を看病するってきかなかったんだ。
今、考えてもあいつが何でそうしたかったのか分からん。」
「いつも一緒だったんだもん、除け者にするのが嫌だったんじゃないかな。」
「律儀なやつだな。千秋には看病の順番なんて関係ないだろうに。」
「あ、でも2人に看てもらえて僕は嬉しかったよ。
元気が出てきて最後まで歩けたし。
僕はヒロトと加奈子ちゃんから元気をもらいっぱなしだよ。」
「はは、それはお互い様だ。俺達も千秋からエールをもらってるんだぞ。
千秋は気づいてないだろうけどな。」
「なんだよそれー。僕は何もしてないってのに。」
「千秋は千秋のままでいいってことだ。」
ヒロトの言わんとすることは理解できなかったけど、
いつか自分でも自覚できるぐらい、2人の支えになれればと思うのであった。




