39話 映画館前夜
たまにはゲール爺白バイト
中装だと即蒸発するのに、砂の魔術師に着替えると生き残れる。
ふしぎ!
仕事中の方が小説の妄想捗る。
ふしぎ!
あれかこれか
自室にて僕は腕を組み唸っていた。
別段実存主義の哲学的思想について考察を巡らしているわけではない。
目下の悩みは明日、ヒロトと映画館へのお出かけに何を着ていくかということだった。
男の子の頃は適当に目についたものに袖を通していたのだが、
女の子になってから無闇やたらと視線を集めるので、周囲に溶け込めそうな、自分に似合う服を選ぶよう意識するようになった。
まさか性別が変わることでおしゃれに目覚めることになるとは
人生は真に因果なものである。
姿見の前に立ち、あれこれ体にあててはクローゼットに戻してを繰り返す。
うん、トップスはシンプルに白いシャツにしよう。
上にベビーピンクのボレロカーディガンを着るか。
派手すぎることも寂しすぎることもない堅実なバランスだ。
最近暑くなってきたから薄手の生地が涼しげで機能性も良い。
さて、ボトムズ……じゃなく、ボトムスは黒いプリーツスカートにしよう。
上下で白黒のコーデはシンプルで大人っぽくていいんじゃないかな。
まさか服を選ぶのに1時間も費やす日が来るとは。
早速着替えて姿見の前に立ち、自分の姿を確認すると、そこにいるのは紛れもない美少女の姿だ。
最初こそ抵抗があったものの、美少女が自分の思い通りに可愛い服を着てくれるので、楽しくなってきてしまった。
最近はヒロトや加奈子ちゃんが僕の私服姿をやたらと褒めてくれるのも楽しみのスパイスのひとつで、気合いの入れようも変わってくる。
それにしても女の子としてファッションを楽しむだなんて僕は異常なんだろうか?
ちょっとした好奇心から調べてみたら、MMOやスマホのキャラゲーが流行していることからも変身願望というのは多かれ少なかれ誰にでもあるらしい。
男性でも美少女のキャラクターになりきりたかったり、逆に女性の場合もしかりだ。
人は架空の世界を作り上げてでも別の何かに生まれ変わりたいという欲求を抱えているものなのだ。
僕の場合、現実で変身することになり、体に慣れて余裕が出てきたからこそ、以前とまったく異なるこの境遇を新しい刺激として楽しめるようになってきたのだろう。
望んで女の子になったわけではないが、ヒロトと加奈子ちゃんのサポートのおかげで僕はこの体が好きになった。
だから、心から着飾ってあげたいと思うのだ。
自分自身と友達のために。
しかし、容姿(主に身長)にコンプレックスのあった以前のちんちくりんな僕でも、親友二人は愛着があったようだ。
チビな男でも、マシな服装をしてやれば良かったと後悔したが後の祭りだ。
今の女の子の姿で我慢していただきたい。
配られたカードで勝負するっきゃないのさ。
ス○ーピーさんの金言である。
「お姉ちゃん入ってもいい?」
姿見の前で悦に入っていたら、ノックと同時に夏美が僕の部屋に入ってきた。
隣の自室で受験勉強に精を出していたようだが、集中力が続かなくなったらしい。
僕のベッドに腰かけて、本棚を漁り、少年漫画を読みはじめた。
「毎回入ってから、入っていい?はないんじゃないかな。着替えをしてるときだったらどうするんだよ。」
夏美が遠慮して入るのは加奈子ちゃんやヒロトが一緒に部屋にいる時だけだ。
お客さんがいる時だけじゃなくていつも気を使ってほしいんだけど。
「それはそれでラッキー? いいじゃん、姉妹なんだし。
それより、お姉ちゃん可愛い服着てるね。どういう風の吹きまわし?」
「明日、ヒロトと映画を観に行くんだけど、何を着ていこうか考えてるとこ。」
「ヒロト先輩とデート!?やるじゃんお姉ちゃん!見直した!」
「デートっていつものように遊びに行くだけなんだけどな。」
待てよ、知らない人からすればデートをしてる男女にしか見えないか?
友情に篤いヒロトは外野の声など気にしないだろうが、僕が男だと分かっている分、精神的な負担になっているのかもしれない。
ヒロトは今だに告白してくる女の子をフっていて、彼女を作る気配がない。
受け身で恋愛をする気がないのだろう。
もしかしたら彼からアプローチしたい本命の女の子がいたら?
だとすると貴重な休日を僕と遊んでいたら、彼の恋人作りの邪魔にならないだろうか。
中身はともかく僕の見た目は立派な女の子だ。
同じ学校の女の子に外で一緒にいるのを見られでもしたら、あらぬ誤解を生んで彼の恋路の邪魔をしてしまうかも。
ヒロトが僕の知らない女の子と仲睦まじくデートしているのを想像した瞬間胸がチクリと痛んだ。
ヒロトに好きな人ができるなんて、親友として喜ばしいことなのに。
彼に好きな子がいることを前提に想像してしまったが、それでも友情を優先してくれたことが嬉しかった。
「お姉ちゃん成長したね。日に日に可愛くなってるよ。
お兄ちゃんだった頃は実は隣歩くの遠慮したいぐらいダサダサファッションだったのに、女の子になっただけでセンスまで良くなるなんてすごいよ。いいね、女の子してるね。」
落としてから褒める。それが我が家の妹か。
そんなんで、気を許したりするほどチョロくないんだからね!
「僕そこまで罵倒されるほどダサかったの!?」
「加奈子先輩いつも嘆いてたよ。素材はいいのにって。
それでも付き合えるあたり愛のなせる業だよね。」
つくづく男の頃ファッションに興味ぐらい持っておくべきだったと思う。
でもあの身長だと小学生向けの服しか似合わないんだろうなと、振り返って想像してみる。
ちなみに僕の中学3年まで着ていた男の服はご近所の小学5年生の男の子に進呈されました。
小学生ね……
「でも、今のお姉ちゃんなら大丈夫。ヒロト先輩が帰りにお姉ちゃんをお持ち帰りしてもおかしくないよ。」
「?ごめん聞いてなかった。
何をお持ち帰りするって?何も持って帰る予定はないよ?
夏美、映画の記念品とかお土産欲しいの?」
もしかして、あの映画夏美も観たかったのだろうか?
前作を一緒に観た時も楽しんでたようだし。
「そうじゃなくて、まさかお姉ちゃんは初めてはホテルじゃなくて彼氏のお部屋派?」
ホテル?部屋?
会話が噛み合わないな。
夏美は何を言ってる?
ファッションの話がお土産とホテルの話にすり替わってるぞ。
別に遠くに旅行に行くわけではない。
考えても分からないから流れをぶった切ってしまおう。
「何が言いたいのか分からないけど、ねえ、ヒロトって女の子がどんな服装してたら喜ぶんだろう?」
「男の子の好みなんて男だったお姉ちゃんの方が詳しいんじゃないの?
先輩の女の子の好みぐらい知ってるでしょ?」
「知らない。」
「はあ?何で?」
「ヒロトは告白してきた女の子全員振ってるし、好みの女の子の話なんてしたことない。」
「お姉ちゃんいくらなんでも男同士の付き合いにストイックすぎない?それは先輩もか。
アタシのクラスの男子達なんてやれあの子は胸が大きいだの、顔が可愛いだのエッチなことばかり話してるよ。」
さすがに中学でも高校でも猥談に花を咲かせる男子達というのはいるものだ。かといって男だった時に真似をしようと思ったことなんてない。どちらかというと顔をしかめていた側だ。
「いいじゃないか。僕達には僕達なりの付き合い方があるんだよ。僕とヒロトとの仲のことは関係ないだろ。
他の男と比較しないでくれよ。」
「はー、お姉ちゃんがそれじゃヒロト先輩も加奈子先輩も前途多難だねー。」
「そりゃ二人には迷惑かけっぱなしだけど、夏美に心配されるようなことはないよ。」
「先輩の好みに合わせようとするようになっただけ大躍進だもんね。ここは妹として温かく見守りますか……
よし、お姉ちゃんが先輩と駅前で遅い寄り道したくなったらアタシがバレないようにしてあげるからね。
今度は何も要求しないから任せちゃってよ。
あ、だけど朝帰りはダメだよ。それだけはアタシもカバーできないからね。」
「別に門限破るつもりはないんだけど?
確実に夕飯の手伝い前には帰ってくるよ。」
「そういうことにしておいてあげるよ。お姉ちゃんグッドラック。」
夏美は親指を立てて僕を応援した。
結局夏美のやつは何を言いたかったんだ?
自問自答してみるが答えは出なかった。




