36話 久々に先輩達
放課後更衣室にて。
僕と加奈子ちゃんは園芸部の活動でジャージに着替えるため、更衣室に向かった。
中に入ると園芸部の先輩方4人が着替えをしているところだった。
偶然にしては出来すぎなぐらい全員上下下着姿で。
しかしこの人達の人となりを知っている身としては彼女達の扇情的な姿など意識などしない。……たぶん。
たとえむこうから絡まれても加奈子ちゃんという暴力装置が傍にいるのだ、僕の安全は保障されたも同然だ。
加奈子綜合警備保障、なんて企業あったら即年間契約しちゃうね。
全幅の信頼を寄せられる相手のいることのなんと幸福なことか。
極めて平静に挨拶する。
「先輩方お久しぶりです。」
「ごきげんよう千秋さん。会いたかったわ。私寂しくて毎晩体が夜泣き……ぐふっ!!」
吉野先輩が何か言う前に加奈子ちゃんが鮮やかな縮地を駆使して距離を詰め、予備動作の見えない寸剄を入れて昏倒させた。
正確に水月を粉砕する技術。ますます加奈子ちゃんは腕を上げたようだ。
実に頼もしい限りである。
母さんの言う異世界でも華々しい活躍をしてくれることだろう。
イケメンチートカラテ?女子高生の異世界冒険譚。誰か書いてくれないかしら!!
なんて母さんがわめいていたけど、よく分からないけど加奈子ちゃんを遠くの世界に連れて行かないで欲しい。
僕の友達なのだから。
「2人ともひっさしぶりー!」
「お元気そうで何よりね。」
「千秋ちゃん彼氏できた?」
佐々木先輩も竹井先輩も恵那先輩も元気そうだ。
「ね、後でゴールデンウイークの土産話でも聞かせてよ。こう男の子との一晩のアバンチュールとか。」
「千秋さんの彼氏興味ありますね。ふふ、大丈夫ですよ心配しなくても盗ったりしませんから。味見するだけ。先っぽだけ。」
「彼氏できたらおねーさんがおねだりの方法教えてあげるからねーどーんと任せちゃってよ。」
先輩達は相変わらずのようだ。男の子のことしか頭にないのだろうか。
「彼氏なんて作りませんよ。加奈子ちゃんと幼馴染のヒロトと旅行に行ったぐらいです。」
「ヒロトくん?もしかして女の子達の間で誰が落とすかでトトカルチョにもなってる1-Cのちょーイケメンくんのこと?」
佐々木先輩の言わんとする人物と僕の中の人物が一致してるか分からないが、ヒロトがイケメンなのは間違いないので同一人物だろう。
あの親友は僕の知らないところでモテまくっているようだ。
日曜日遊びに行くの誘っちゃったのマズかったかな?
「たぶん、そのヒロトです。」
「「「おおおおおおおおおおお!!!!!!」」」
僕の回答に先輩達は最高潮の盛り上がりを見せた。
幼児体型の恵那先輩の胸だけは盛り上がってないが。
「てことは男の子とひとつ屋根の下で生活ってこと?たまんないシチュエーションじゃない?私だったら初日で食う!あのイケメンくんなら残りの日も爛れた生活を送ることは吝かではない!」
「まあまあ、食べる前にも前菜というものがあるでしょうに。同じ部屋で着替えに鉢合わせして気まずくなったり、隣のベッドで眠る寝息にときめいて眠れなかったり。」
「言っておきますけど先輩。千秋は私と一緒ですからいくら幼馴染でも男を部屋に入れたりしませんよ。千秋みたいな無防備な女の子なら尚更です。」
「えー、あんなイケメンと旅行してなんにもないなんて恵那つまんなーい。ねえねえ、千秋ちゃん本当はあるんでしょ?こう幼馴染が故に旅先で新しい一面を発見してきゅんとすることとか。」
恵那先輩に言われて記憶を掘り起こしてみる。
ヒロトの新しい一面ね。
えっとお菓子はタケノコ派だったこととか?
どうでもいいよね。
うーん
すぐに頭に浮かんだのはヒロトとお風呂に入ったことだった。
あ、ヒロトの中学の修学旅行の時よりおっきくなってた。
って僕は変態か!こんなこと先輩に言えることじゃないぞ!!
火に油を注ぐだけだ。
男好きの彼女達は喜ぶだろうけど。
えっと、僕との結婚生活で色々な段取りがあるだろって言ってたっけ。
ヒロトが僕の旦那さんやってる姿が思い浮かぶ。
僕の作ったごはんを美味しいって言ってくれたり、
僕がアイロンかけたシャツを着たヒロトがお仕事に行くのを見送りしたり、
帰ってきてお疲れのヒロトを精一杯労ってあげるんだ。
父さんを見てて思ったけど、働く男の人ってかっこいい。
ヒロトだったらもっとかっこいいよ。
あ……
やだ、僕は何を考えているんだろう。
ヒロトが僕を女の子として見てくれるなんて有り得ないのに。
顔のほてりが止まらない。
人に見せらない状態になっていやしないか……!
「ふふーん。その様子だと幼馴染から気になる男の子にランクアップするぐらいはしたみたいだね♪いいねいいね♪青春だね♪」
「いやー、たった1週間で恋する少女の顔になったね。可愛い。気が早いけど夏休みの後に千秋ちゃんがどんな娘に成長するか楽しみだわ。」
「あー見えて、ヒロトはスケベですから、千秋には近づけさせませんよ。私が。」
「確かにあのイケメンくんむっつりそうだもんねー。どれ、今度ちょっかいかけてみようかな?案外ハニトラなら落ちるかも。」
「恵那もするー。」
「では私も。色仕掛けのジェットストリームアタックですね。」
「よし!現時刻をもって作戦の実行を発令する。目標陸上部。美波、文香、恵那、ジェットストリームアタックをかけるぞ。」
お前誰だよ!
じゃなくて、
「ダメーーーーーーーーーーー!!!!ヒロトをとっちゃ駄目なんだから!!!!」
僕が突然大声を出したのに驚いたのだろう。
先輩も加奈子ちゃんも固まっている。
「ど、どうしたのよ?千秋ちゃん。」
「そ、そうですよ。男の子にちょっかいかけるのは淑女の嗜みではありませんか。」
男の子を弄ぶ女性は淑女とは言わないと思う。
「ダ メ で す!!」
ヒロトは女の子に免疫がないのだ。露骨に女の子に迫られたら、女の子が嫌いにってしまうかもしれない。
女の子になってしまったことで、僕とヒロトとの距離は開いてしまったのだ。
ヒロトに女性への抵抗感をもってほしくない僕としては徹底抗戦だ。
僕の剣幕に圧されたのか陸上部への突貫をやめたようだ。
3人の表情に謝罪の意思が窺える。
なんだ、僕だってできるじゃないか。
「分かった分かった。イケメンくん愛されてるねえ。私、妬けちゃったよ。」
「そうですね。私も包丁傷はごめんですから。」
「うん、男の子をいじれないのは残念だけど、千秋ちゃんのイイトコ見られたから諦めてあげる。」
僕の勢いのおかげか先輩方は諦めてくれたようだ。
さあ、おしゃべりに時間を費やしすぎた。
部活やるかーというムードになり、僕達は更衣室を出て行った。
絶命して競りに並べられるマグロ状態の吉野先輩を残して。




