34話 休日終わりっ!
仕事、行きたくねえなぁ……
ゴールデンウィークが終わって登校日の朝。
僕はベッドで恐る恐るパンツの中身を確認して安堵した。
初めての女の子の日は翌日には収まっていて、残りの休日は心穏やかに過ごせたのだが、僕は毎朝パンツの中に異常が発生していないか警戒する業務を行う警備員と化していた。
また不意に出血していたらどうしようと気が気でなくなっていたので眠りも浅い。
残業代を要求したいところである。
え?36協定なんてない?
労働組合も稼働していないだと?
女の子という職業は僕にとってブラックなようです。
男の子に完璧に転職する方法って検索したら出てこないかな?
寝惚けた頭でそんな益体もないことを考えてしまう。
こんなときは部屋の美しい花を鑑賞して気持ちを落ち着けるべきだ。
水やりをしていると心が和む、僅かな水分で済むものには霧吹きをと。
最近盆栽なんかもいいなあと思い初めたんだよね。
しかし、盆栽とパステルカラーの女子な部屋の相性が絶望的に悪いので購入は断念している。
家庭菜園にも水やりを済ませ、朝食に使用するものを一部収穫する。
部屋に戻って制服に着替え、洗面所で身だしなみ。
そして僕は朝食を作るべく、キッチンに向かう。
父さんは既に出社し、母さんも社長夫人として一緒に出ていった。
ゴールデンウィーク明け早々に取引先と重要な付き合いがあるらしい、朝食もとらずに出ていったので僕が作ることになったというわけだ。
鮭が熊に食いついている絵柄がプリントされたお気に入りエプロンをつける。
湯沸し器に電源を入れ、朝取れの新鮮なシャキシャキレタスとジューシーなミニトマトで簡単なサラダを作り、甘めに味付けしたプレーンオムレツを焼く。
湯沸し器のお湯が沸いたら鍋に移し火にかける。
鍋にコンソメスープの素を入れて、冷蔵庫から昨日の残りの千切りキャベツを投入する。
この手順に世の奥様方が嘆きそうだが僕は気にしない。
適当調理万歳。
トースターに6枚切りの食パンを2枚突っ込んで電源をいれる。
朝食の準備が完了したところで、寝坊助の夏美を起こしに行く。
ここまでやって気付いた。
僕、なんだかお母さんみたいだな。
いやいや、僕は男の子で夏美の兄なのだ。
年長者が家を仕切るべきだし、兄として妹の面倒を見るのは当然なのだと言い聞かせる。
夏美の部屋をノックする。
勿論反応はない。
やれやれ直接起こしてやるとするか。
部屋に入ると夏美は掛け布団を蹴飛ばし、腹を出して気持ち良さそうに眠っていた。あと、よだれも垂れている。
「夏美、朝だよ起きなよ。」
夏美の肩を揺すって声をかけてみる。
「うへへ、お姉ちゃんここか?ここがええのんか……むにゃむにゃ」
夢の中でどんなシチュエーションの寝言をほざいているのだろう。天国のフロイト先生分析をお願いします。
寝言の中の『お姉ちゃん』が僕でないことを祈るのみだ。
「なーつーみー!朝ごはん冷めるよー!」
先程より激しく揺さぶったら夏美は目を開けた。
「んぅー……制服にエプロンの美少女が朝ごはん作ってくれて、起こしにきてくれるなんてこれは夢?」
「ところがどっこい、これが現実でございます。」
「そっか現実なんだ……」
「それよりお腹冷やすから早く着替えなよ。みっともない。」
夏美は僕の顔を見ている内に脳みそが覚醒してきたようだ。
パジャマがはだけて丸出しの己のお腹を見た。
「アタシのお腹で興奮した?」
「するわけないだろ。綺麗だとは思うけど。」
すると夏美は鬼の首でもとったかのように愉しそうに叫んだ。
「お兄ちゃんのエッチ‼とっとと出てけーー♪」
朝食の席で夏美は反省度30%くらいで謝罪した。
「お姉ちゃんごめんってばー可愛いからいじりたくなっただけだよー。」
「ふん、夏美のことなんてもう知らないんだから。」
朝っぱらから夏美にからかわれて僕はご立腹だ。
血圧が上がって眠気なんて完全に吹き飛んだよ。
悪態をつきながらテレビのリモコンのスイッチを入れる。
天気予報の前にゴールデンウィーク明けということで、最近ぽっちゃりしてきたんじゃない?って疑惑のあるお天気のお姉さんが生放送街角インタビューをやっていた。場所は家から最寄りの駅前だ。
通勤中の会社員に今の気持ちは?なんて次々声をかけていく。
マイクをむけられた人は皆『仕事行くの憂鬱ですね』と当たり障りのないことを日本人特有の曖昧な笑顔で答えていく。
中年のおじさんも若いOLさんも同じだ。
流石労働大国日本。
そして最後にマイクの向かった先は……父さん!?
ええええ!?
『ゴールデンウィーク終わってしまいましたが、今のお気持ちいかがですかぁ?』
『仕事のための気力は充実しております。今日もかわいい娘たちのために精一杯がんばりたいと思います。』
『素敵なお父さんですねー。では、娘さんたちに一言どうぞぉ』
『千秋、夏美、父さんはお前たちを愛してるぞおおーー!!!』
父さんは絶叫した。
変な人に当たっちゃったかなとお天気のお姉さんも苦笑い。
『げ、元気なお父さんでしたね。それでは次のコーナー……』
リモコンのスイッチを切った僕はめまいを覚えて頭を抱えた。
これが、僕の家族か……
全国のお茶の間に我が家の恥部を晒してしまったことに頭が痛くなる。
夏美も唇の端をひくつかせてドン引きしている。
加奈子ちゃんがこの生放送を見ていないことを祈るばかりだ。
休み明けとは別の理由で憂鬱になってしまったが、学校には行かなくてはならない。
1日休んで授業についていけるほど僕は要領がよくないのだ。
受験生である夏美も言わずもがな。
「はあ……朝ごはん食べたら学校行くよ。」
「はあい。」
なんとも微妙な空気のまま、朝食を終えて僕は学校に行くのであった。




