おまけ
ある日の休日、僕は加奈子ちゃんの部屋でアルバムを観賞して過ごしていた。
たまに僕が男だった痕跡を探したくてつい見てしまうのだ。
僕の家にアルバムはあるけど母さんの闇に触れそうなので目を通すのは嫌だった。
加奈子ちゃんに聞くと僕らの写真をマメに保管していると聞いたので、今こうしてお邪魔しているというわけだ。
それにしても加奈子ちゃんのアルバムは僕が1人で写ってる写真がやけに多いな。
あと目線が合ってないのが多い。いつ撮影したのか記憶にないものばかりだ。
男の子の時のも女の子になってからのもある。
わざわざ焼いてまで保管なんてしなくてもいいのに。
お、やけに分厚いと思ったら同じ写真が3枚ずつある。
僕やヒロトに取っておいてあるのだろうか?
アルバムに入っている以上、紛失することもないだろうから予備ってわけでもなさそうだし。
あと僕が3歳ぐらいの時のものかな?公園の噴水に全裸で戯れているものがある。
これはなんと10枚も焼き増しがされている。
幼い頃とはいえ、完全にすっぽんぽんの写真は恥ずかしいので保存しないでいて欲しいんだけど。
まじまじと写真を観察する。
おお、ちゃんとついているよ。僕が男だった頃の証が。
一晩で無くなっちゃったけど、あれは一体どこへ消えたのだろう?真に神秘である。
失った過去へ郷愁を覚え、遠い目をしながら僕はページをめくる。
あ、これ小学1年生の頃、学芸会で白雪姫をやった時の写真だ。
発表会当日、白雪姫役の子が風邪で休んで僕が代役を務める羽目になったんだっけ。クラスメイトと先生の全会一致で。
あの場にヒロトと加奈子ちゃんもいたのに反対しなかったんだよね。
おのれ……今思い出したら怒りがわいてきたぞ。
ここは問い質すべきだろう。
「ねえ、加奈子ちゃん。」
「んー、何?」
雑誌を読んでいた加奈子ちゃんが顔を上げる。
「見てよこの写真」
「可愛い白雪姫じゃない。千秋は既にこの頃から殺人的な可愛いさを誇っていたわね。とても男の子には見えないわ。」
すっかり忘れたけどこれこそが僕の初の女装だったのだろう。まさか10年後当たり前に女装する日がくるなんて、この写真の中の僕には想像も出来なかっただろうな……って!
「いや、そういうことじゃなくて、あの時僕、相当嫌がって拒否したと思うんだけど。どうして助けてくれなかったのさ。」
「私が王子様役だったからよ。千秋を私のお姫様にするなんてチャンス後にも先にも無いなと思ったから。」
「!?待ってよ!僕は加奈子ちゃんの魔が差した程度の好奇心の犠牲になったっていうの!?」
「……本気だったんだけどね。」
「なお!悪いよ!!正気で僕をからかうなんて!」
「そういう意味じゃないんだけどね……それより、あの時ヒロトだって裏切ったじゃない?私だけ責めるのはどうかと思う。」
「そうなんだよね。ヒロトなら絶対反対してくれるって期待してたんだよ。誰か1人でも反対してくれていれば、僕はそのまま木の役に収まったのに。」
「ヒロトの場合は親友が主役に選ばれたのが嬉しかっただけじゃない?多分その後にどうなるかなんて想像してなかっただけでしょ。小学1年生なんてノリで生きてる時代だし。
それに千秋以上に白雪姫が似合う子いなかったわよ。今なら更にお姫様として新たな進化を遂げられそうね。課金次第で。」
「僕はスマホゲーのキャラクターのような進化はしませんし、買収もされません。」
「またまた、ご謙遜を。あと3回は進化を残してるんじゃない?最終進化はきっと600族よ。」
「ネタが混じってるし、全然面白くないよソレ。」
はあ、純粋に僕が主役を務めるのが嬉しかったからなんて、ヒロトを怒るに怒れなくなったじゃないか。
僕がその後もアルバムを閲覧していると、部屋でじっとしていることに退屈してきたのか加奈子ちゃんが口を開いた。
「ね、千秋。今日はせっかく天気がいいんだし、デートしない?」
「デートって、要するにお買い物ってこと?いいけど、どこ行くの?」
「帽子買いに行きましょ。もうすぐ5月だし、日差しも厳しくなってきたからね。アンタよそ行きの帽子持ってないでしょ?」
その通りだった。
僕が持っているのは農作業で被るための麦わら帽子1つのみで、お出かけ用のものは無い。
その麦わら帽子も機能は損なっていないものの、大分くたびれていて、外出する上ではみすぼらしくて周囲から浮いてしまうだろう。髪の色の時点で浮きまくりだけどね……
しかし、1つくらいはあってもいいかもしれない。
日差しを遮れば熱中症のリスクは軽減される。
倒れるのはもうこりごりだしね。
今は懐が暖かいから余裕もある。
少し前に父さんとお風呂に入ったら一万円もくれたのだ。
そんなことでお小遣いなんていらないよと言っても強引に握らされた。
理由を聞くと
『父さんも社員が雑談しているのを小耳に挟んだことで、相場もさっぱり分からないんだが、女の子とお風呂に入るには入浴料が別途で要るそうなんだ。夏美が小さい頃はパパのお嫁さんになるって言ってくれたのに、中学生になってからは一緒に入ってくれなくなってな。娘とまたお風呂に入る機会を与えてくれてありがとう千秋。』と言ってたけど、その社員の人はどこの世界のルールで生きているのだろう。
僕はただ父さんと息子として裸の付き合いをしたってだけなのに。
あと夏美はお風呂に入ってあげなくてもいいけど父さんには優しくしてあげて。
影の薄い人だから。
まあ、父さんの感謝の気持ちだ。
自分の健康を守るためだし、正しいお金の使い道だろうと結論づけた。
「唐突な提案だけど、いいよ。僕も熱中症対策に必要かなって思ってたんだ。」
「決定ね。さ、準備しなさい。」
僕達は部屋を出て、スマホで帽子屋さんを調べた。
ジュオンモールにあるということが分かり、とりあえず行ってみることになった。
モールを歩くこと数分、帽子の専門店はあっさり見つかった。
紳士用も婦人用も扱っていてかなりの品揃えだ。
加奈子ちゃんは早速あれこれ選んでは嬉々として僕の頭に被せてくる。
「僕にばかり被せてるけど、加奈子ちゃんは自分のは選ばないの?」
「今回お揃いの帽子を買おうかと思ってるのよ。だから千秋に似合うものを徹底的に選ぶわよ。一緒のお出かけでお揃いのにしたいし。」
へえ、友達同士でペアルックにするって流行ってるらしいけど加奈子ちゃんと一緒か。いいね。
けれど僕も自分でしっくりくるものを1つは選びんでおきたいのだ。今着てる服だって母さんと夏美プロデュースのものしかないので、帽子ぐらい僕なりのこだわりを出したい。
「僕も色々選んでみたいんだけどいいかな?カッコいいのが欲しいし。」
加奈子ちゃんは女の子の買い物にしては素早い思い切りの良さで既に候補を絞って唸っている。
「そうね、私ももう少し悩むから見てらっしゃい。」
さてさて、お許しも得たことだしまずは紳士用を見てみよう。最近息を潜めていた僕の男子力が目を覚ます時だ。
おもいっきり渋いのを選んでやろうじゃないか。
おお、産業革命時代の英国紳士が被ってそうなシルクハットまである。
どれどれ、被ってみようじゃないか。
鏡を覗きこんで、映画俳優のようにキザなウインクをしてみる。
「へえ、千秋にシルクハットだとバニーさんの衣装が似合いそうね。是非見てみたいわ。カジノにいたら我慢できなくてイタズラしたくなりそう。」
いつの間にか加奈子ちゃんが隣に来ていた。
今、聞き捨てならないことを言われた気がするぞ。
「僕が女の子になったからって変な服着せようとするのはどうかと思う。加奈子ちゃんも被ってみなよ。僕もバニーさんの衣装を頭の中で想像してあげるから。」
「別にいいわよ。減るもんじゃないし。」
加奈子ちゃんのシルクハット姿は素晴らしく似合っていた。が、僕が被った場合とはまったく別の印象だ。
「加奈子ちゃんだとやり手のマジシャンみたい!燕尾服が似合いそう!」
「でしょ?もっと誉めてくれてもいいわよ?」
加奈子ちゃんの場合スマートな出で立ちもあって実にカッコよく映えるのだ。彼女が同性に人気があるのも頷ける。
なんだか男子として負けたみたいで悔しいぞ。
じゃあ次はこれだ!
僕は今度はカウボーイハットを手に取ってみる。
「どうだい。僕の渋さが滲み出てくるだろう?」
「滲み出てくるのは男の集団に負けじとつまらない意地を張ってるか弱い女の子のプライドね。致命的に似合ってないわ。帽子に被られてる感じ。」
加奈子ちゃんの指摘に、鏡に映る自分の姿を確認すると自分でもアンバランスさが分かるぐらい似合っていなかった。
ひ弱な体格した宇宙人が無理して鎧武者になっているぐらい似合わない。
しかし、加奈子ちゃんが被ると女でありながら男達とも対等に渡り合う荒野のガンマンのようになっていた。
加奈子ちゃんは凛々しい顔立ちをしているので、帽子の隙間から鋭い視線を投げかければ女の子達は皆メロメロになってしまいそうだ。
僕は完敗を確信した。加奈子ちゃんのような男子力も兼ね備えたハイブリッド美人に敵うはずなど最初からなかったのだ。
「いいなあ、加奈子ちゃんは男ものが様になってて。」
「そんなことないわよ。千秋にだって似合うものはあるわよ。ほら、コレ」
加奈子ちゃんがおすすめという帽子を僕に被せてくる。
肩にも布のようなものが掛けられた。これはケープだったかな?しかもフリフリのレース付きだ。
鏡を確認してみる。
僕が被せられたのはフランス発祥?の帽子であるボンネットというやつだった。
いわゆるロリータファッションで身に付ける帽子だった。
黒と白のコントラストが水色の髪や瞳白い肌と絶妙にマッチしていて、僕の周りまで別世界になっているように感じた。
「わあ、お人形さんみたい。」
「でしょでしょ。千秋にはコレしかないと思って。」
「だよね。これすごく可愛いよ!…………って違うでしょ‼僕に似合うカッコいいのを選んでよ‼」
「無茶言うわね千秋……」
僕のノリツッコミに加奈子ちゃんはゲンナリとした表情を見せた。
無茶なものか!必ず、必ずあるはずだ!僕の男子力がうなぎ登りになる最強のファッションが!あと最強って男っぽい!男たるもの最強系主人公を目指してもいいはずだ!
あ、今の母さんっぽいから訂正。
普通に男物で似合うのないかな?
……結論から言うと僕の試みは全て徒労に終わった。
ハンチングキャップやミリタリーベレーなど男らしさを感じるものをチョイスしてみたが、中性的な魅力をもつ加奈子ちゃんを嫉妬する程のイケメンに変えてくれたが、僕にはことごとく合わないという惨憺たる結果となった。かといって何の工夫もない野球帽みたいなキャップは加奈子ちゃんに即却下される。
こうなればヤケだと思った僕はレディースで可愛いと思うものを徹底的に加奈子ちゃんの前で試着して見せた。
ひらひらとしたレースにカラフルなリボン。何でもござれだ。
可愛い帽子を被った僕は、自分で言うのも業腹だが、避暑で別荘を訪れた外国のお嬢様風になってしまった。
高原で風を浴びる僕の姿はさぞかし絵になることだろう。
……ぐすん
「がさつな私と違って千秋には可愛らしいものがよく似合うわね。身の丈に合ったものが一番ってことよ。
もちろんバニー着るならシルクハットもアリだけどどうする?」
「帽子の方から衣装を要求される代物は却下です。それにバニーを着て外をうろつく高校生がいたら即事案だよ。」
「家の中ならいいってこと?それなら是非今度私の部屋で、被服部にツテがあるし。」
「よかないよ!バニーにいつまでこだわる気なんだよ!普通に外を歩けるものにしようよ!」
「まったくしょうがないお嬢様ね。私とお揃いの決めといたからそれにしましょうか。」
最終的に僕らが選んだのは、婦人用の売り場にあったボーターと呼ばれる、麦わらのような素材でできた、頭頂部が平らで、つばも水平な帽子だった。
被ってみた時の実感としては、軽くて涼しい。大きなリボンが巻かれているのがアクセントになっていて可愛いデザインだと思う。
僕は髪の色と同じ水色のリボンを、加奈子ちゃんは赤いリボンのものを選んだ。
結局自分でファッションを選ぶって目的は達成出来なかったけど、加奈子ちゃんと買い物をするのは楽しかった。
夏美とデートの練習をして以来自分が身に付けるものを選んだり、女の子の買い物に付き合うのが退屈じゃなくなってきている。
ファッションを試行錯誤するのってこんなに楽しいものなんだと知った。感性まで女の子に侵略されているようで癪にさわるけどね。
でも、加奈子ちゃんとこの楽しさを共有できるなら女の子も満更悪いものじゃないなと思えた。男の子のままだったら、きっとこの思い出は退屈なまま埋もれてしまっていただろう。
「千秋、隣に並んでみてよ。」
僕は加奈子ちゃんと並んで鏡の前に立つ。
そこにはタイプこそ違うものの、お揃いの帽子をかぶった仲の睦まじい少女達が映っている。
友情の証がそこに確かにあることが嬉しくなって、僕達は顔を見合わせるとお互いの手をとってどちらともなく微笑んだ。




