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29話 2日目

2日目の朝、朝食を終えた僕はペンションに置かれている観光案内のパンフレットに目を通していた。

行く先は決まっていたが、念のため、アクセスや営業時間を確認しておきたかったのだ。

今日出かける場所はハーブ園となっている。他にも花畑や、薔薇の迷路なんかもあって僕にとってはうれしい場所になっている。

さらに牧場も併設されていて、花に興味がない人でも動物と触れ合ったり、新鮮な牛乳で作られたソフトクリームを楽しむことができるんだそうだ。


バス停まで歩いて15分、さらにバスに乗って20分ほど。

ハーブ園はゴールデンウイークということもあって家族連れでにぎわっていた。

色とりどりの花々や、リャマ?アルパカ?区別つかないや、羊、ヤギ、馬、牛なんかを背景に写真撮影に興じる人が多い。

ここのレストランでは羊や牛なんかの香草焼きが目玉であるらしく、命を頂くということの重い営みを教えてくれるのだそうな。

動物も悪くはないけど、僕の目下の関心はやはり花だ。

ヒロトと加奈子ちゃんがいるのも忘れてはしゃぎまわる。


「千秋が花畑にいるとまるで本物の妖精さんみたいね。」

「それは耳にタコができるくらい聞いたよ。ああ、やっぱりいいなあハーブ。」

「そういえばハーブは家庭菜園にはなかったわね。手を付けてそうなもんなのに。」

「他の人の遠くの畑にある分にはいいけど、僕の家ではダメ絶対。」

「脱法ハーブじゃあるまいし、別に害はないでしょ?」

「いいや、僕は彼らほどのテロリストを他に知らない。罪状はバイオハザードによる他種の植物に対する侵略行為だよ。」

「んな大げさな。現にこうしてハーブも色々な花と一緒に植えられているじゃないの。」

「よく見てみなよ、区画そのものは別になっているよ。他の花と一緒に植えたりしたら、ハーブの方がしぶとく根を張って養分の吸収を阻害して、

枯らしてしまうんだよ。ハーブは全てがっていうわけじゃないけど、とてもタフで繁殖力が凄まじいんだよ。

僕も昔、初心者でも育てるのが楽ってことでミントに手を出したら、大繁殖して、花や野菜を全滅させちゃったことがあってね、

その後一度全部ミントを抜いたんだけど、同じ場所からまたぞろぞろと生えてきたんだ、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も何度も、

……」

「ちょっと千秋、目のハイライトが消えてる!」


僕は加奈子ちゃんに肩をがくがく揺すられて意識を取り戻した。



「トラウマをえぐっちゃったわね……ね、千秋。ヒロトとここで30分ほどやることがあるんだけど、それまで時間を潰してもらっててもいいかしら?」

「へ?何をしてくるの?」


昨日はお互い脈なしなんてこと言ってたけど、僕の仲裁で心境の変化でもあったんだろうか?

それともキノコ派もタケノコ派も和解する時が来たということだろうか?


「秘密よ秘密。ま、楽しみにしてなさい。」

「んー、じゃあその辺をぷらぷらしてるね。」


僕は2人と離れて興味のありそうな場所をうろつくことにした。

そうだ、薔薇の迷路行ってみよう。かなり広めだから時間を潰せそうだし。


薔薇の迷路は開花時期がバッチリ合っていたこともあって豪華絢爛としか言いようがなかった。

定番の赤と白に加え、黄色、ピンクと4色の編成で不規則な配置が飽きさせず目に楽しかった。

積極的に迷って薔薇を堪能したいところだ。

歩いているとふわりと香りが鼻腔をくすぐって気分が高揚してくる。

鼻歌を歌って迷路をさまよっていると、通路の目の前に5歳ぐらいの男の子が一人でわんわん泣いていた。

親の監視を離れて走り回っている内に迷ってしまったんだろうか。

周囲を見回してみる。

僕と彼以外には人はいない。

ここは彼の両親を探してやるべきだろう。


「ね、キミ、お母さんとはぐれちゃったのかな?」


しゃがんで彼の目線に合わせて話しかけてみる。

が、男の子は泣きやまない。しばらく落ち着くだけの時間を与えてやるべきだろう。

彼を安心させてあげようと思い、背中を優しくさすって頭を撫でた。

人が傍にいてくれることが彼にとって鎮静剤になったらしい。

泣くのをやめて、こちらに向けてゆっくり顔を上げた。

彼の表情はきょとんとしていて、目が丸くなっている。

こういう視線で見られるのは大分慣れてきたと思う。

茫然とされたままでもこちらの居心地が悪いので再度話しかけてみた。


「キミ、迷子かな?よかったらお兄さんが一緒にお母さんを探してあげるよ。」

「?おねえちゃんは妖精さんなの?」

「ハハ、よく言われるけどね。僕はれっきとした人間だよ。それで、お母さんとはぐれちゃったので合ってるかな?」

「うん……パパとママも走るなって、でもぼく、約束やぶちゃったから、パパもママもいなくなっちゃたんだ……」

「そんなことないよ!キミのパパもママも絶対キミのこと探してる。」

「……本当?」

「もちろんだよ。子供のことが心配じゃない親なんかいるもんか。だから一緒に探そう?」

「うん、ありがとうおねえちゃん。」

「そうだ、僕の名前は千秋って言うんだけど、キミの名前は?」

「ぼくはユウキだよ。」

「ユウキくんか、じゃあ、まずはお兄さんと迷路を出ようか。」

「……?おねえちゃんは女の子なのにおにいちゃんなの?名前も女の子だし、女の子の服着てるし、変なの。」

「う、心はお兄さんなんだけどね。できればユウキくんにはお兄さんと呼んで欲しいかな?」

「よくわからないけどわかったよ妖精のおにいさん。」


妖精のお兄さんってそれはそれで複雑な気持ちにさせてくれるな……

さて、とりあえず迷路を出ないことにはユウキくんの両親を探すこともできないな。

僕はポシェットからハーブ園のパンフレットを取り出す。

薔薇園のページをめくると脱出方法はあっさり見つかった。

この迷路は出たくなった人のためにスムーズに外に出られるよう、目印があちこちに設置されているんだそうだ。

思ったより目に付くところに設置されているので、迷わず出口に向かって進むことができる。

ユウキくんと手をつないで迷路を歩いていたら、彼が話しかけてきた。


「ねえ、お兄ちゃんって彼氏さんとかいるの?」


か、彼氏!?このぐらいの年の子ってこんなにませてるもんだっけ?


「いないよ!彼氏なんて!」

「おね、おにいちゃんすっごくかわいいからいると思った。」

「僕は今は恋人はいらないかな。ユウキくんは気になってるとか好きな女の子とかいるの?」

「えっとぼくは千秋お兄ちゃんが好きだよ。すっごくかわいいし、いい匂いがするし。おっぱいも大きいし、それに優しいもん。

おともだちのミカちゃんはいつもいばっててぼくのおやつをとるからキライ。」

「あはは、僕なんかよりユウキくんならそのうち素敵な子に出会えるよ。」


男だか女だか分からない僕よりもちゃんとした女の子に出会った方が幸せになれるはずだ。

僕では女の子の代わりはできないのだから。


程なくして迷路を出るとヒロトと加奈子ちゃんが待っていた。


「お待たせ千秋。その子は?」

「迷路で出会ってね。両親とはぐれちゃったそうだから探してあげようと思って。」

「そうか、千秋らしいな。とりあえずどうする?」

「パンフレットに迷子センターが載ってたからそこに行ってみるつもりだよ。ユウキくんの両親もそこに向かっているかもしれないし。」

「それじゃあ行きましょうか。っとそうだった千秋、頭を私の方に下げてくれない?」

「いいけど?」


加奈子ちゃんに言われるまま頭を差し出す。

彼女の指が僕の髪に触れて、何やらいじくっている。


「よし、できた。ほら千秋見て見て。」


手鏡を渡してきたので受け取って覗きこんでみた。

頭に重みを感じたので髪の方に視線を移すと清楚な白い薔薇のアクセサリーがついていた。

それも生花の髪飾りだ。本体はヘアピンになっていて可愛らしい人工物の薔薇がついている。


「本物の薔薇を使った髪飾りの手作り教室があったのよ。千秋にサプライズでプレゼントしてみたくて。

本物の薔薇の部分は枯れるけど、ヘアピンは後でも使えるからね」


本物の花を使って人を装飾するなんて発想は僕にはなかったので感動した。


「どうかな?似合ってる?」


気恥ずかしかったのでちょっとはにかんで3人の反応を窺ってみる。


「すごいよおにいちゃん!バラの妖精さんみたい!」

「確かにな。俺達とは違う世界の住人みたいだ。それだけでも作った甲斐があるな。」

「花嫁が結婚式で生花の髪飾りをすることがあるのよ。これは千秋にウエディングドレスを着せてあげたくなったわね。」


口々に賛辞の言葉が上がり、おだててくるので僕は赤面せざるを得ない。

ダメだ顔がにやけて元にもどらない。

確実にからかわれるコースだコレ。


僕は可愛い可愛いと囃したててくる3人の責めに悶えながら迷子センターを目指した。



僕らの読みが当たったのか、センターに向かう道中でユウキくんの両親はあっさり見つかった。


「ユウキ!あれだけ走らないでって言ったのに駄目じゃない!」

「パパもママも心配したんだぞ。」

「ごめんなさいパパ、ママ……」


ユウキくんは駆け寄ってきた両親に抱きすくめられている。


「あ、そうだパパ、ママ、このお兄ちゃんが一緒に探してくれたの。」


ユウキくんの両親が僕の方を向いた。


「ユウキを助けてくれてありがとうございます。 ユウキ、この人はお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんでしょ。女の子にお兄ちゃんなんて言ったら嫌われるわよ。」


「あ、いいんですよ。お兄ちゃんで、僕がそう呼べってお願いしたので。」

「失礼だけど、キミは女の子じゃないのかい?」

「体は女の子なんですけど、心はその……」


僕が言い淀んだことで複雑な事情があると察したらしい。

それ以上の追及はしないのが正しいだろうと結論付けたようだ。


「済まなかったね。息子の恩人なのに。ありがとう。是非お礼をさせて欲しいのだけど。」

「そうね。私達もお昼まではここにいるつもりだったから、よかったらお昼ご飯を御馳走させてくれないかしら?」

「お兄ちゃんと一緒にご飯を食べられるの?やった!」

「いえいえ、結構ですよ。僕は当たり前のことをしただけですし。」


さすがに初対面の大人にご飯を奢ってもらうなんて恐縮してしまう。

ヒロトと加奈子ちゃんも同じ気持ちだったようで、お昼の同席だけさせてもらうことになった。


ご飯の間ユウキくんは始終元気に振舞っていた。


そしてユウキくんとの別れ際、


「ぼく、大きくなったら妖精のおにいちゃんをお嫁さんにするよ!だから待っててね!」

「はは、こんなに可愛い女の子だったら競争相手はかなり多いぞ。そのためには運動も勉強もがんばらないとな。」

「うん!ぼくがんばるよ!また会おうね千秋お兄ちゃん!」

「あはは…元気でねユウキくん。」



「こんな小さな子にまで好かれるなんて、千秋も隅に置けないわね。モテる女はつらいですなあ?」

「茶化さないでよ。彼にはその内ちゃんとした女の子が見つかるって。」

「はいはいごちそうさま。そういうことにしておいてあげるわよ。」

「んもう、まだまだこれから牧場も見に行くんだからね。僕ソフトクリームだけは食べておきたいんだから。」


そうして3人は爽やかなそよ風の吹く高原の空気に顔を綻ばせながら、動物達との触れ合いに思いを馳せるのであった。



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