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28話 初日後編 千秋の食べるウドの天ぷらは 苦い。

「さて、掃除もこんなもんじゃな、皆さんお疲れ様じゃった。昼飯を用意しておいたからの。食うとしようか。」


人海戦術のおかげかペンションの掃除はお昼頃に終わらせることができた。


「お疲れ様おじいちゃん。お昼ってなあに?」

「今日は天気もいい、外に出るとしようかの。丁度焼き上がる頃じゃろうて。」


おじいちゃんが薪割りをしていた辺りまで行くと火をくべられた釜があった。

香ばしい匂いが釜の中から漂っている。

これってもしかして


「そうピザ釜じゃよ。毎年ここのピザを目当てに訪れるお客さんもおる。味は太鼓判を押すぞい。」

「釜焼きのピザかあ。僕初めてかも。」


そうしておじいちゃんは焼き上がったピザを釜から取り出し、皆が囲む木製のテーブルに並べた。

生地はパリッとしていて、上のチーズはくつくつと煮立っている。絶妙な焼き加減だ。

それにしてもなかなかのサイズだ。直径40センチはある。明らかに宅配ピザのLサイズより大きい。

のっている具そのものは皆の好みにムラの出ないオーソドックスなマルゲリータだ。

どこかの宅配ピザ屋みたいにカニをのせるのは個人的に大歓迎です。のってないんだけどね。

あとオリーブの漬物はのってた方がいいです。あれってチーズとの相性抜群なんだよね。好き嫌いが別れる要素らしいけど。


僕もピザは好きなので最初こそ喜び勇んでかぶりついていたんだけど、1切れの半分で苦しくなってきた。

身長は伸びても、胃の容量は男だった時とあまり変わっていないらしい。

一切れ完食したところでお腹いっぱいになってしまった。

しかし、ピザは全部で8切れある。僕達は5人。

一人1.6枚がノルマだ。

が、加奈子ちゃんも、おばあちゃんも1切れでギブアップ。

おじいちゃんは2切れでギブアップ。年齢にしては健闘したと言える。

残り3枚はヒロトが意外な程健啖ぶりを発揮して全て平らげた。

床掃除の後も重たい家具の移動をしていたのでかなりのカロリーを消費したのだろう。

いい食べっぷりだ。

仮に奥さんがいたとしたら、旦那さんがこれだけ気持ち良く食べてくれれば女冥利に尽きるだろう。

食後のおやつにヒマワリの種をつまんでいるヒロトの顔をにやにやしながら眺める。


「どうした千秋?俺の顔に何かついてるか?」

「ヒロトは将来の奥さんは料理上手な人がいいのかなって思ってた。」

「そうか?俺としては料理の腕前よりも気心が通じていて、芯の強い女性がいいんだが。」


なるほどね。あ、その条件に合う人ってもしかして


「ね、ヒロト。ヒロトが好きな人当てよっか?」

「いや、それは今聞かれても答えられないんだが……まあ聞くだけならな。」

「ヒロトって加奈子ちゃんが好きなんでしょ。」


おしゃべりしながら食事していたためか、ヒマワリの種が気管に入りかけたらしいヒロトが豪快にむせた。


「ブホッ!!ゲホッ!ゴホッ……なんでそうなる!?ゴホッ!」


「大丈夫!?ヒロト!?ほらお水だよ。」


ヒロトの背中をさすりながらコップのお水を渡す。


「……ありがとな千秋。俺はできればDVを振るいそうな女より、優しくて献身的な女の子らしい子が好みなんだが。」

「それは女の子に対する偏見よ。夢見すぎ。あと私はヒロトを恋愛対象として見たこともないし、パートナーに暴力は振るわないわよ。」

「むう、僕の誤解だったか。では恋愛探偵千秋の次回の活躍にご期待ください。」

「とんだ迷探偵さんだけどね。で、休憩も十分だしそろそろ山菜採りに行く?」

「うん、部屋で着替えたら行こうか。」

「着替えるって、その格好でいいじゃない?」

「いい訳ないよ。動きやすさはともかく50万もするメイド服で山道なんて歩けないよ。無駄にキラキラしたエナメルの靴も歩きにくいことこの上ないし。」

「残念ね、千秋のメイド服もこれで見納めなんて。」

「はいはい、とりあえず部屋に戻るよ。」


僕と加奈子ちゃんは着替えのため部屋に戻ってきた。

僕達の部屋割はヒロトが1人部屋で僕と加奈子ちゃんが同室になっている。


「そういえば加奈子ちゃん、僕と同じ部屋で寝泊まりしても大丈夫なの?一応僕男なんだけど。」

「アハハハ、千秋相手にそんなこと心配してないって。むしろ心配するのは千秋の方かもよ?」


僕の心臓がドクンって跳ねた。加奈子ちゃんってたまに心臓に悪いこと言う。


「加奈子ちゃんの意地悪。 ところで、僕今から着替えるところなんだけど……」

「そうね。着替えたらいいと思うわ。」

「部屋から出て欲しいんだけど。加奈子ちゃん別に用ないよね?」

「用はないけど、女の子同士じゃない。私は気にしないわよ。」

「僕は恥ずかしいんだけど。」

「学校の更衣室で何度だって一緒に着替えしたじゃない。今さらでしょ。」

「それならせめて注目するのはやめてくれないかな?落ち着かないよ。」

「まあまあこれから先修学旅行で着替えしなきゃいけないんだし、公共の場での同性の視線にも慣れておかないと外でお風呂にも入れないわよ?

 まずは幼馴染の私から慣れておきなさい。」

「分かったよ。学校で助けてもらってるのも事実だし。……あんまり見ないでよ。」

「私が着替え手伝ってあげよっか?」

「結構です!」


背中のジッパーを下げる。相手が加奈子ちゃんとはいえ、女の子に着替えを見られるって緊張するよ……


「キレイな背中ね。赤ちゃんみたいにすべすべ。」

「感想は言わないでくれるかな!」

「緊張でガチガチだったみたいだからリラックスさせてあげようと思って。」

「大丈夫です!子供じゃないんだから着替えくらいできます!」



ジッパーを下げてから僕はエプロンを外し、正面のボタンをひとつずつ外していく。


「ゴクリ」


生唾を飲むような音が聴こえてきた。


「僕の着替えなんて見ててそんなに楽しい?」

「そりゃ同性でも体の美しさに感心することはあるわよ。アンタはヒロトの体に何も思うところはなかったわけ?」


う、確かにいい筋肉してるなーと感嘆したことは何度もある。


「なくはないけど、まじまじと注目したりはしないよ。」


加奈子ちゃんに言い返しながらスカートを下ろす。

お尻の形見られてるよ。お尻なんて自分にもあるだろうに。


さっさとベージュのチノパンを履いて、モスグリーンのパーカーを羽織る。


「さあ、行くよ。僕のお尻より、今夜のおかずだよ。」

「てへへ、バレてたか。あいよ、お供しますぜ、隊長。」



ロビーに行くとヒロトがカゴを背中にしょって待っていた。おじいちゃんから借りたのだろう。

足元に採集のための道具一式もある。


「遅かったじゃないか。」

「僕の着替えをショーか何かだと思ってる人がいたからね。」

「そ、そうか……」


軽口もそこそこに僕は逸る気持ちを抑えて玄関を出た。

おじいちゃんが渡してくれた手書きの地図に目を通す。穴場の場所には丸がつけてある。

ペンションの近くを流れる渓流の傍のようだ。

おじいちゃんは魚釣りに行ってくると言っていたので、厳密な場所が分からなければ直接聞いてみるのもよさそうだ。


歩くこと数分でおじいちゃんの教えてくれたポイントに到着した。

なるほど、これは大したものだ。流石おじいちゃん。山で生活してるだけのことはある。

が、2人には雑草との区別がつかないらしい。


「で、どれが食えて、どれが食えないのか俺達にはさっぱり分からないんだが。」

「私も分からないわよ。」

「うん、タラの芽については僕が教えるね。竹の子は探すのに慣れがいるから僕が目印に少し掘り起こしておくよ。ついでにキノコを見つけたら加奈子ちゃんの手提げのカゴに入れておくね。」

「おおー、やるわね千秋。いいわよ。私キノコ派だし。」

「俺はタケノコ派だ。」

「ハア?分かんないヤツね。キノコの方がチョコの量が多いでしょうが。どっちが得かも区別つかないわけ?」

「タケノコはサクサク生地に食べ応えがある。それにキノコはチョコが多すぎて生地が甘さを抑えられていない。」

「それを差し引いてもキノコには季節限定の商品があるでしょ。色んな味を楽しめるわ。タケノコにはない利点よ。」

「それだけキノコが努力しないとタケノコに追いつけないことの証左でもあるな。」

「なんですって!ヒロト、アンタとこれだけ分かりあえないとは思わなかった。……そうだ、千秋に決めてもらいましょうよ。きっと私達の納得いく勝敗をつけてくれると信じてるわ。」


どっち!と2人がいつにない真剣な眼差しで訴えかけてくる。

なんということだ。僕にお鉢が回ってくるなんて。心底どうでもいいと思う。

それに僕はビ○コ派だ。ビス○こそ至高。

とは今の2人には口が裂けても言えないな。


「えーと、どっちも美味しいよ?2つの商品を同じ袋に入れたのも出てるじゃないか。だから仲良くしようよ。……ダメ?」

「ダメよ。どちらかが滅ぶまでこの戦いは終わらない。キノコとタケノコは決して相容れることはないわ。」

「俺も同感だ。が、タケノコ派は寛容だ。キノコがタケノコの軍門に下るというのであれば考えないこともないがな。」


どうしてこういう時2人はウマが合うのだろう。


「議論なんていつでもできるじゃないか。日が暮れないうちに集めようよ。今日で家に持ち帰る分も確保するんだから。」

「そうね。ここまで来てするような話じゃなかったわ。ごめんね千秋。」

「ああ。俺も済まなかった。これから本物の採れたてを食った方がうまいに決まってる。」

「うんうん、みんな仲良くが一番だよ。」


そう言いつつも僕はタケノコが生えている箇所の目印をつけるために掘り、キノコを採る手を止めない。

アミガサタケにハルシメジ、ナラタケ、キクラゲもある。素晴らしいことだ。キノコは秋のイメージがあるけど。春にも美味しいキノコが採れるのだ。


「ね、千秋、このキノコって食べられるの?千秋が集めたうねうねしたキノコに似てるけど。」

「それは毒キノコだよ。アミガサタケによく似てるけどね。これはシャグマアミガサタケといって強い中毒症状があるから触らない方がいいよ。」

「じゃあこれは?」

「これも毒キノコだね。ニガクリタケといってナラタケに似てるけどね。」

「千秋すごいわね。とても知らない野草を食べて女の子になったとは思えない。」


加奈子ちゃんは一言多い。


「僕は昔おじいちゃんと図鑑から教わったけど、フランスの薬剤師は食べられるキノコか毒キノコかを見分ける知識を学校で学ぶらしいよ。

それだけキノコは人類にとって身近で有用な存在ってことなんだね。」

「千秋、タケノコもうまいぞ。」


僕のつけた目印からタケノコを綺麗に引き抜きながらヒロトが言った。

やっと終わった話を蒸し返さないで欲しいけどね。加奈子ちゃんのこめかみがぴくぴくしてるから。


10数分後。

よし、キノコもタケノコも十分だろう。


「次は山菜を採っていくよ。今はワラビとゼンマイが旬だからね。」


ひょいひょいと刈り取っていく。

おや?ウドが生えているぞ、旬はとっくに過ぎているけど、食べてみたい。少しいただいていこう。

……


1時間もする頃には5人で食べても余るほどの量が採れた。さすがにはりきりすぎたかな。

余ったらお土産にして家で楽しめばいいのだ。


ペンションに戻ってきた僕達はおばあちゃんに山菜を渡し、アク抜きの手伝いをする。今夜おひたしや天ぷらにして出してくれるそうだ。


「千秋、涎垂れてるわよ。」

「おっと、失敬。でも魅力的すぎるキミ達がいけないんだよ。ウフフフ。」

「山菜に何を言ってるのかしらこの子……」


おばあちゃんの手伝いを終えると、夕飯まで3人でトランプをして過ごす。

お腹が空くのを自覚した頃におじいちゃんから声がかかった。

夕飯は離れの小屋で食べるそうだ。

ペンションは完全に洋風建築だったけど、離れの小屋は茶室のような和風建築だった。

囲炉裏の設置されたワンルームで、12畳程の広さがある。5人で入ってもスペースにゆとりがあった。

既に部屋の中では囲炉裏に架けられた鍋がぐつぐつと音を立てている。

鍋の周囲にはヤマメとイワナの魚の串焼きが刺さっており、それらは熱に炙られ香ばしい匂いを漂わせていた。

揚げたての黄金色の天ぷらも眩しいぐらいだ。


「うむ、皆揃ったな。ではいただくとするか。」


おじいちゃんが鍋の蓋を取ると歓声が上がった。


「今日は猟友会の友人から猪肉を頂いたんじゃ。下処理をして獣臭さも消えとるから安心して食えるぞ。」

「へえ、牡丹鍋ってやつね。私も初めてだわ。」


僕達は満腹になるまで料理に舌鼓を打った。

固いはずの猪肉も柔らかくなっていて、うまみがあったし、鍋に一緒に入っていたキノコも出汁を吸って味わいが豊かだった。

魚も鮎に劣らないぐらい香ばしくて、身にはしっかりと弾力があった。

タラの芽、ワラビ、ゼンマイの天ぷらも甘みと苦みのバランスが絶妙でとても美味しかった。

しかし、この天ぷらの中に唯一まだ僕が手をつけていないものがある。


ウドだ。


僕が自信なさげに採っていたから警戒していたのだろう。ヒロトも加奈子ちゃんも手をつけていない。

ウドの旬は3月だ。既に2カ月を越している。

とにかく山菜というものは旬を過ぎると苦みとえぐみが強くなってしまう。

正直言って食べるのは不安だが、せっかく採ってきたのだ。命を粗末にしてはいけない。

僕が責任をもって食べるべきだろう。


恐る恐るウドの天ぷらを箸でとって眺めてみる。

見た目にはスティック状の普通に美味しそうな天ぷらだ。成長しすぎて旬のウドより一回り太くて固くて長いけど。

僕は天ぷらにおずおずと舌先を伸ばしてつついた。当然ながら衣の油の味しかしない。

ヒロトがこちらに注目してきた。僕に毒見役をさせようと言うのだな。分かるさ。


今度は軽く歯を立てて衣を剥がし、ウドの本体に少し亀裂を入れてからちろちろと舐めてみる。かかっていた抹茶塩のほんのりしょっぱい塩味とわずかな苦みが舌を刺激した。


「うん、これならまだ平気かも。あむ……ん、」


慎重になるに越したことはない。僕は天ぷらの衣を完全に剥いて端から端までを隅々まで舐めて確認する。

一通りの安全を確認した僕は天ぷらを口の中に咥えた。舌でつついたり少し吸ったりしてみる。


「ん、ちゅ、あむ……大きくて口に入りきらないよ。」


ある程度味を確認したところで僕はひと思いにがぶりといってやろうと決心した。

ウドを思いっきり口の中に含んで一口サイズに噛み切って咀嚼する。

お、大丈夫そうだな。そう思ってから一拍した後、強烈な苦みとえぐみが僕の口内を激しく蹂躙した。


「……ンッ!!ンンン!? ごくりっ……うぇぇ苦いよお」


「言わんこっちゃない。旬を過ぎた山菜を無理に食うとこうなる。勉強になったじゃろ?」


「うん……まだ口の中がイガイガするよぉ。ヒロトは無理して食べなくてもいいよコレ。すっごい苦いから。」

「……あ?ああ。食わないでおこう。」


僕に毒見をさせた罪悪感からだろうか?ヒロトは顔を赤くして俯いてしまっていた。




失敗こそあったものの楽しかった夕食会もお開きになり、僕は部屋に戻ってくつろいでいた。


「さ、千秋一緒にお風呂に入るわよ。」

「へ?」

「へ?じゃなくてお風呂に入るのよ。それとも今日は入らないつもり?」

「いや、入るけどさ。どうしてそれが加奈子ちゃんと一緒にお風呂に入ることにつながるわけ?」

「修学旅行、周りは全員裸の女の子になるのよ?今の内に慣れておかないと痛い目見るわよ?」


加奈子ちゃんの言わんとすることは分かる。着替えの時も似たようなことを言っていたが、銭湯など公共の場に行けば、女性の裸を見てしまうことになるのだ。

まずは身近な存在から慣れておくべきという主張にも一理あるのかもしれない。

いつまでたっても女性の裸に免疫がないというのは不便には違いない。

加奈子ちゃんはそんな僕を見かねて、本心から僕の助けになろうと身を呈してまで協力を申し出てくれているのだ。

僕は人の親切心まで読み取れないほど恩知らずではないし、そもそも女の子にそこまでさせてしまったら男がすたる。

ここはどんな結果が待っていようと挑戦すべきだ。

僕は目をつぶり深呼吸してから宣言する。


「分かったよ加奈子ちゃん。僕は逃げない。だから、まずは僕にできる範囲のことから教えてください。」

「よろしい。じゃあ準備しよっか。」


ペンションの個室にはシャワーがあるのみで、共同の浴場が存在する。

天然温泉の露天風呂だ。

この露天風呂こそがペンションが人気である一番の要因だとおじいちゃんは言っていた。

もちろん男女は壁で分けられているため、混浴なんてことはない。


脱衣所に入って着替えをカゴに入れる。

加奈子ちゃんも隣のカゴに着替えを入れ、さっさと服を脱ぎ始める。

隣からしゅるしゅると服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえてくる。

とてもじゃないが、隣にいる加奈子ちゃんを直視することはできない。それができるだけのレベルに到達していない。

僕は正面を向いて俯いたまま加奈子ちゃんに声をかけた。


「ごめん、加奈子ちゃん。服を脱ぐの一人でさせてもらっていいかな?後から行くから。」

「いいわよ。初日だもんね。徐々に慣れていきましょ。」

「ありがとう。ちょっと待っててね。」


加奈子ちゃんの気配が僕から離れ、脱衣所の扉が開閉する音がした。

僕も緊張に震える腕を叱咤しながらのろのろと服を脱ぎ始める。

僕は生まれたままの姿になると、体にタオルを巻いて風呂場に向かった。

扉を開けると加奈子ちゃんが洗い場で体を洗っているのが確認できた。

後ろからなのと湯気であまり体が見えないのがありがたい。

僕も隣に腰を下ろし、加奈子ちゃんの存在を意識しないよう、体を洗う。

加奈子ちゃんは僕の気持ちを汲んでくれたのか、先に体を洗い終えると湯船に浸かって、気持ち良さげな息を吐いた。

程なくして僕も体を洗い終え、湯船に向かう。

タオルで前を隠しながら脚をお湯に沈めていく。

肩まで浸かったところで僕も深く長い息を吐いた。

お湯が乳白色でよかった。

これなら僕自身も加奈子ちゃんも見えなくて済む。

安心して加奈子ちゃんの隣に並んで腰を下ろすことができた。


「まずは一歩前進ね。」

「僕のためにありがとう加奈子ちゃん。一応男の僕と一緒にお風呂に入るなんて辛かったろうに。」

「そんなことないわよ。千秋は友達に遠慮しすぎよ。…………それに私にとっては御褒美だし。」

「加奈子ちゃん何か言った?」

「なんでもないわ。それにしても温泉なんて久しぶりね。去年の夏休みの家族旅行以来かも。」

「そうだね。僕もまさか体が女の子になって加奈子ちゃんと一緒に入る日が来るなんて夢にも思わなかったけど。」

「あはは、私もそう思ってた。世の中ってほんと何が起こるか分からないわね。

16年生きてきて色々と悟ったつもりでいたけど、まだまだ未熟な小娘なんだってこと思い知らされたわ。」

「……」

「……」


心地よい沈黙が続く。

僕達は肩を寄せ合って、なんとなしに夜空を見上げた。

街中では滅多にお目にかかれない星空が煌煌と瞬いている。

この宇宙のどこかに僕と同じ境遇の人がいたりするんだろうかと益体もないことを考えてしまう。


不意に加奈子ちゃんが湯船の中で僕の手を優しく握った。

僕は少々驚きながらも加奈子ちゃんの指を握り返した。

幼い頃一緒に入ったお風呂でこうして手を握って過ごしたことを思い出しながら。

首に疲労感を覚えて視線を空から戻すと加奈子ちゃんと目が合った。

頬が上気していてほんのり赤くなったうなじが見えた。

熱っぽい瞳を潤ませて僕の顔を見ている。

やがて目を閉じて少しずつ僕の顔に自身の顔を寄せてきた。近づいてくる加奈子ちゃんの顔に僕の心臓が早鐘を打つ。、

お互いの顔の距離があと1センチというところで、急に加奈子ちゃんの首からかくんと力が抜け、僕の胸に顔が埋まった。


「ちょっと!?加奈子ちゃん!大丈夫!?」


慌てて加奈子ちゃんの肩を抱き起こしてみると。顔が完全に真っ赤になって荒い息を吐いている。

どうやらのぼせてしまったようだ。


僕は加奈子ちゃんの体を極力見ないように湯船から引き上げて脱衣所に寝かせると、

おばあちゃんの救援を呼ぶためバスタオル1枚でペンションの中を走り回ったのであった。


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