24話 更衣室リベンジ
月曜日。スマホのアラームが鳴り、僕は目を覚ました。
はぁ、人生の歴代ワースト最下位に認定してもいいくらい酷い土曜日だったな……
ナンパから警察沙汰に発展するなんて、この僕の目をもってしても見抜けなんだ。
なんて一人ごちる。
その分日曜日は加奈子ちゃんとゆっくりと過ごしてリラックスできたからプラマイゼロだと思いたい。
日曜日にありのままに起こったことを話すと
部屋でおしゃべりをしているうちに居眠りをしていたと思ったら、いつの間にかベッドで加奈子ちゃんと同衾していた。
何を言ってるか分からないと思うけど、僕も何をされたのか分からなかった。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気がする。
あ、でも加奈子ちゃんって力は強いけど、傍で寝ていて結構華奢なんだなってことが分かった。
今の僕と体格はそれほど違わないのにどこからあんなパワーが出てくるのだろう。
そんな愚痴?といっていいのか分からないけど、人体構造の不公平を朝食の席で話していたら母さんはしたり顔で言った。
「それはスキルね。筋力強化Lv3に違いないわ。成長補正にチートがついてるのよ。私には相手のステータスを覗くチートスキルがあるから分かるのよ。
ちなみに私はこのスキルで千秋の3サイズを数値で把握しているわ。」
僕にさっぱり理解できない解答を返してきた。会話のキャッチボールしようよ母さん。
いつも通り加奈子ちゃんと待ち合わせ場所で合流して学校へ向かう。
中学時代からそうだけどヒロトは朝練のため朝が早い。滅多に3人で登校できないのが少し寂しい。
校門をくぐり、下駄箱の空間に入る。今日は2年生が園芸部の水やりをする予定になっているのでそのまま教室に直行だ。
階段に足をかけたところで加奈子ちゃんが僕の袖を引いた。
「千秋、この階段を上がる時はスカート抑えなさい。ここ、アングル次第で覗かれるって噂だから。」
「へ?」マジですか。
見てみると周囲の女子生徒はスカートを抑えて階段を上がっている。
女の子ってほんと油断できないな。
僕も自分のスカートの中身をいたずらに他人に晒したいわけじゃない。
加奈子ちゃんの忠告に従って歩を進める。
……本当は警戒するようなことなんてないんじゃないのかな。
別に僕だって男の頃スカートを覗くような真似なんてしようと思ったこともない。
だから僕は人を信じる。僕の信頼をこの学校の男子生徒に託したい。
男は女の子が思っているほど低俗な生き物じゃない!
試すような真似をして申し訳ないけど男同士だから分かってくれるよね。
意を決して背後をちらりと振り返ってみた。
僕が振り返ることを想定していなかったのだろう。
後ろの男子生徒2人が背中を丸めて覗きこむようにしていた。
僕と目が合い、視線を一拍遅れてから逸らした。
そしてエクソシストの悪魔憑きの被害者のように首をぐるんっ!と回した。
頸椎がごきりとシャレにならない鈍い悲鳴を上げた。男子生徒2人は首を抑えて仲良くその場にうずくまった。
信ずる足るものというのはそうそうないらしい。僕はこの時世の中の苦い真理を噛みしめたのであった。
男の子の本能について複雑な気持ちを抱いたものの授業が始まれば集中してしまうもので、時間はあっという間に経過していった。
残すところ最後の5限目は体育だった。
僕にとって2回目の更衣室が手ぐすね引いて待ちかまえている。
僕は前回更衣室で辛酸を舐めさせられる羽目になった。
だが無策ではない。
今回僕は制服の下に体操服を着るということはしていない。
気温が上昇してきて熱くて着られないというのもあるが、僕はあえてこれについては対策をとらないという対策をとった。
昔ヒロトから借りた格闘漫画のシーンを思い出す。
主人公が新たに戦う相手と仕合う際、相手が一切の構えをとらなかったことに戦慄する展開があった。
何でもあまりに自然体なため、次の動作が読めず、隙が見つからないという理屈であるらしい。
自然体は隙を生まない。
これが僕に新たな発想をもたらしてくれたのだ。
なんてことはない、女の子になりきって女の子のつもりで普通に着替えをすればいいのだ。
木を隠すには森。なんて当たり前の言葉なんだろう。
周りの女の子は森。僕は森林浴にでも来たと思えばいいのだ。
もちろんそれだけじゃない。
僕の事情を知って協力してくれる味方もいるのだ。
前回の敗因は拙速を尊ぶあまり加奈子ちゃんと離れてしまったことにある。
あの時加奈子ちゃんの身体測定が終わるまで待っていればと後悔せずにはいられなかった。
自分の身ぐらい自分で守れるなんて自惚れもいいところだ。
だから今回は遠慮せず最高戦力である加奈子ちゃんを最初から投入するのだ。
出し惜しみはしない。
知らぬ女子の下着姿は僕には耐えられないであろう。
しかし、幼い頃からの付き合いである加奈子ちゃんであれば耐えられる……はずだ。
幼稚園の頃一緒にお風呂に入ったことがあるのだ!
大丈夫!大丈夫……だよね?
ええい、軍師が迷っては兵が混乱する!
ともかく行きの更衣室は前回同様一刻でも早く地の利を得て、陣地を敷く必要があるのだ。
戦いは既に始まっているっ!
僕は加奈子ちゃんの手を引いて更衣室に駆け込んだ。
更衣室の扉を開ける。当然のことながら人はいないが、僕は万が一を警戒して半身を乗り出して確認をとった。
クリアリングは潜入の基礎中の基礎だ。怠ればいずれ痛い目を見る。
加奈子ちゃんが呆れ顔でこちらを見ているが僕は気にしない。
気にしていませんとも。
加奈子ちゃんも無駄を悟ったのかやれやれねと肩をすくめた。
僕は他の女子が着替えを始める前に素早く着替えることで無事、任務を成し遂げた。
僕は更衣室のドアと向き合い、『僕の勝ちだ!』と心の中で勝利宣言をする。
加奈子ちゃんの無言の視線が痛かった。
今日の体育の内容はバレーだった。簡単な試合形式でやるらしい。
僕は運動に関してはかなり鈍くさく、球技は特に苦手だった。
加奈子ちゃんは気にしないだろうけど、皆の足を引っ張ってしまうのは確実なので申し訳ないと思う。
とりあえずは先生の「2人組作ってー」の号令によりストレッチが始まる。
皆思い思いの仲のいい生徒同士でペアを組んでいる。
僕はというと、
「千秋、私とやりましょ。」
今まではヒロトとやっていたけど今回からは加奈子ちゃんですごく新鮮だ。
ヒロトは僕と体格差がずいぶんとあるのに器用にストレッチしてくれてたな。
僕と加奈子ちゃんは体格に差が少ないので問題なさそうだ。
ん?問題?
つまりこれから加奈子ちゃんと密着してあれこれするってこと?薄い体操服越しで?
ちょっと!そんなの心の準備が……!
「どうしたの千秋?さっさとやるわよ。」
「ふぇっ?……う、うん。」
もう、どうにでもなれ!
僕は加奈子ちゃんの体に触れ、くんずほぐれつお互いの体を徹底的にほぐすことになった。
ストレッチの後加奈子ちゃんはやけにつやつやした表情で活発に動き回り、試合で無双した。バレー部員を凌ぐレベルで。
僕のストレッチで血行でも良くなったのだろうか。加奈子ちゃんがいつにも増して元気に見えた。
が、バレーは団体競技だ。僕が足を引っ張るという事実は変わりなかった。
相手のコートから飛んできたサーブに反応しきれず、尻もちをつく。
そんなのはまだかわいいもので、チームの女の子が上げてくれたトスからスパイクにつなげようとしてスカッとボールに手をふれることなく外してしまうという醜態を見せた。
活躍できない僕へのフォローのつもりなんだろうか。
どうして僕に積極的にトスを上げてくるんだよう。
さらに加奈子ちゃんまで僕にトス上げてくるのだ。加奈子ちゃんがスパイクしていれば確実に点になる場面で。
負けず嫌いな加奈子ちゃんが僕に花を持たせようとしてくる理由が分からない。
僕がスパイクに成功しようが成功しまいが、跳ねるたび、尻もちをつくたびに加奈子ちゃんもチームのみんなも相手のコートのみんなも、隣のコートのみんなも一様に「おおー」と歓声を上げるのだ。
「揺れてる……」
「あれぐらいが理想個体ね……」
影口だったら嫌だな……
サッカーをしているクラスメイトの男子達まで足を止めて歓声を上げている。
皆が宇宙人の電波を一斉受信したような表情で、僕は得体のしれない気味の悪さを感じた。
が、女の子達はが男子がこちらを見ていることに気づいたのか、口をoの字から鬼のような形相に変えた。
「こらー!男子見るなスケベ!!」
きゃいきゃいと男子達を威嚇している。
ボールまで投げつけて。あ、加奈子ちゃんの投げたボールがクラス一番のお調子者の頭にクリーンヒットした。
大丈夫かな白眼をむいてるぞ。
そんな体育の時間も終わり、更衣室に戻ろうとした僕は先生に呼び止められた。
何?僕急いでるんだけど?
とは言えないので話を聞いたら今日の片付けの当番に指名したいらしい。
僕には先生の頼みを断る正当な理由が無かったため承諾することにした。
加奈子ちゃんと急いで片づけを終えると僕は完全に出遅れていることを悟った。
扉越しでも分かる、黄色い声がクラス全員分聞こえてくる。
僕は加奈子ちゃんに目配せをして背後についた。
言葉は悪いが加奈子ちゃんを盾にした形だ。
僕は偉大なる古代ギリシャの先人が生み出した戦術であるファランクスの陣形をとることにしたのだ。
この扉に入ったが最後、僕の視界に矢雨のような桃色の光景が飛び込んでくるだろう。
盾無しで挑むのは無謀に過ぎた。
後は普通に着替えるだけ、それだけなのだ。
加奈子ちゃんがドアを開け、僕はそれにすり足で続く。
うまいこと背中に隠れることで無事自分の制服が入ったロッカーを開ける。
体操服を脱いで、制服をひっつかむ。
が、スカートに素早く足を通そうとしたことで僕はたたらを踏んでしまった。
ダメだ!転んじゃう!
「わわわ、」
「っと大丈夫?千秋。」
加奈子ちゃんが倒れそうだった僕を抱きかかえていた。
完全に下着姿で。
お互い下着を身につけていること以外は生まれたままの姿だ。
加奈子ちゃんと目が合って頭がカーッと熱くなる。
そうして見つめ合っていると周りの女の子達から「きゃー」っと黄色い歓声が聞こえてきた。
なんだよ。僕達は見せ物じゃないんだぞ!
そう心の中で抗議しつつ加奈子ちゃんに謝らないとと思う。
「ご、ごめんね加奈子ちゃん」
「あ、ちょっと動かないで千秋!」
加奈子ちゃんから離れようとした時僕の足首がスカートにひっかかった。
再びバランスを崩して加奈子ちゃんにもたれかかってしまう。手のひらがスポーツブラに当たった。
小ぶりながらふにゅっとした柔らかい感触は確かに女の子特有の柔らかさだった……
「んもう、千秋は本当におっちょこちょいね。」
優しく僕を窘めたのだが、
加奈子ちゃんのおっぱいの柔らかさに僕の脳は一瞬で沸点に達した。
生まれて初めて自分以外の女の子のおっぱいに触れてしまった事実を認識した僕は、加奈子ちゃんに抱かれたまま意識を失った。




