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19話 後半戦

映画館で感動のあまり涙を流してしまったことをさんざん夏美にからかわれながらジュオンモールを出た。

うん、食わず嫌いは良くないな。たまには恋愛もののドラマぐらい目を通しておこう。クラスでの話題にも通じていた方がいいよね?

自分に予防線を張っておくことにする。


次の目的地の商店街に向かう。

商店街の方も老若男女様々な人達が土曜日を謳歌している。

「次はどのお店に行くの?」

「ん。あそこのファンシーショップだよ。」

夏美が指を指した先には中高生がたむろするコンビニの敷地の半分ぐらいの小さなお店があった。

ジュオンにも似たようなお店はあったと思うけど、そっちでは数分見ていくだけで済ませていた。

僕にはジュオンの店舗とこの店の違いはさっぱり分からないが、女の子には違いが分かるのだろう。

外で待っていても手持無沙汰なので、買うつもりもなく商品を見てみることにした。

周りの女の子達がちらちらとこちらを見てきて友達同士で小声で盛り上がっているが、もう慣れた。

悪意があるわけでもないので無視を決め込むことにする。

イヤリングやネックレス、リングなどきらびやかな小物が並んでいる棚を発見した。

中高生向けの店舗のためか、子供でもなんとか手の届く値段のものが多い。

その中に花や植物の葉っぱや蔓をあしらったデザインの商品群があった。

こういうものなら僕も好きだ。実に眼福である。男の時だと店内にいるだけで不審者だけど今の姿なら問題なしだ。

女の子になって始めての役得に感謝というか、それを認めたらダメだろうと葛藤しつつ商品を手にとって眺めてみる。

お、これ可愛いな。これもいい。蔓の躍動感をうまいこと表現してるし、葉っぱは生き生きとしてる感じだ。

値段はさほど高くないのになかなかのクオリティに感動してしまった。


楽しくなって小物を眺めているとその中にひときわ目を引くものを発見した。

アイリスを象った青いブローチだ。

花弁の基礎の部分はシルバーだけど、小さな青いガラスの結晶をちりばめ、花弁の中心部は黄色い結晶を集中させる装飾でアイリスらしい色彩を見事に表現している。

本物のアイリスに勝るとも劣らない魅力に部屋で飾ってもいいなと思った。

どうせジョジョ、もとい女子女子した部屋なのだ。女子的な小物が多少増えたところで変わりあるまい。

そういい訳して値段を確認してみた。

う、これだけ5千円もするのか。

母さんからもらったお小遣いがまとめて蒸発してしまう。

新しい鉢植えか、ブローチか逡巡した僕は鉢植えをとることにした。

また今度。と商品を棚に戻す。


「おねーちゃん♪どうしたの?」

「ひゃんっ!?」

夏美が背後から僕の背中を人指し指でつつっとなぞりながら声をかけてきた。


「うむ、可愛い悲鳴。合格!」

どういう試験だソレ。

「う、ううん、何でもないよ。夏美は買うもの決まったの?」

「うん。ちょっと待ってて、お会計してくる。」


夏美はレジの方に向かっていった。

程なくして戻ってきた夏美が小さな紙袋を持ってきた。

「はい、お姉ちゃん。これアタシからプレゼント♪」

紙袋を受けとった。

「これ何?」

「開けてみてよ。」

僕は促されるまま紙袋の中を覗いた。

購入を断念したはずのアイリスのブローチが入っている。

「ちょっとコレ高かったんじゃ!?」

「お姉ちゃんがうっとりと見ていたんだもん。プレゼントするっきゃないでしょ。」

「お姉ちゃんの白いブラウスに飾ったら綺麗だよねこれ。」

最初からずっと僕は見られていたのか。油断ならないヤツだ。

「デートに誘ったのはアタシだし、高校の合格祝いだと思って受け取ってよ。」

妹の気持ちの詰まった物だ。今度お返しをしよう。僕はお礼を言ってブローチを受けとった。


ファンシーショップを出てから程なくしたところで、正面から大学生ぐらいの年齢だろうか、3人の男達が近づいてきた。

どの男も髪を明るい茶色に染めていてピアスをしている。

正直苦手なタイプの人達だ。あと3人組……

僕とてこんな見た目だ。人を外見で判断することの愚かさを重々承知しているつもりだ。

しかし、嫌な予感は当たるもので、彼らは予想に違わず声をかけてきた。


「君達超カワイイね?どう?俺達これからカラオケ行くんだけど奢るよ?ついてかない?」


……これっていわゆるナンパというやつか。夏美はともかく僕を選ぶだなんて趣味が悪い!

ここは兄である僕が毅然と断るべきだろう。

「結構です。」

と返そうとして


「今日は私達2人で過ごすって決めてるんです。ナンパなら他を当たって下さい。」

妹に機先を制されてしまった。

かっこつかないな僕。

だが男たちは夏美の言葉など意に介することなく食い下がってくる。

「そんなこと言って男に飢えてるんじゃない?俺達と一緒だと楽しいよ?」

「そうそう、俺達とイイコトしようよ。」

「オマエ、ナニするつもりなんだよ~?」

「ナニに決まってるっつーノ!」

ゲラゲラと男達は下品に笑う。

「休日は短いんだからサ、楽しもうぜ。」

この人たちはダメだ!夏美と僕の胸や腰にジロジロと下卑た視線を集中させていて離さない。

茶髪の男Aが夏美の腕を掴もうとした。


僕は体を盾にして男の腕を阻んだ。

「やめて下さい!大声出しますよ!」

周囲には買い物客が大勢いる。

僕はケンカひとつしたことない軟弱な男だけど、大声を出せば味方してくれる人はいるはずだ。

か弱い獲物の抵抗に腹を立てたのか男達の雰囲気が剣呑なものになる。

「……おい、いつもの場所に連れ込んじゃおうぜ。」

茶髪AがBとCに目配せして顎でしゃくる。

茶髪Bが僕の肩を掴んだ。


痛っ!

加減などない力でがっしりと肩を固定され、強引に引っ張られた。

初対面の、それも苦手なタイプの男に触られている事実で僕の肌がぞわっと粟立った。

茶髪Cは夏美の手首を引っ張っている。夏美は手を振りほどこうとしているようだが、年上の男性の握力に抗えるはずもなくふんばろうとして足をよたよたとさせている。

言葉が通じず、力で全く敵わない事実に恐怖で声が出せそうになかったが、夏美が痛みで顔を歪めたのを見た瞬間僕は我に帰った。


兄の僕が今妹を助けないで、いつ助けるっていうんだ!

僕は大きく息を吸って叫んだ。


「やめてください!誰かっ!助けてください!

 この人達痴漢です!」


周囲の買い物客達がざわついた。


「こ、こいつ!」

大声を出したことが予想外だったのか、茶髪Aが僕を黙らせようと手を振り上げた。

僕は反射的に体を丸めて衝撃に備える。


……

衝撃はやってこなかった。


おそるおそる目を開けるとヒロトが片手で男の腕を抑えていた。

もう片手には商店街での買い食いであろうコロッケが握られていた。

ヒロトの周りには同じ陸上部の1年生の仲間であろう男子が5人いて茶髪Cから夏美を救出して、BとCを牽制している。

助けが来たことに安堵して僕はその場にヘナヘナと崩れ落ちた。


が、茶髪Aはこの状況が不利だと思っていないのか声を荒げた。

「キミたち人のナンパの邪魔をしてもらえないでくれるかなあ?お兄さん達はこの娘たちと遊ぶ予定なんだぜ。」

「そうそうこれはオレ達の問題なんだからミンジフカイニューってやつだぜ。」

ニヤニヤしながら言う。

僕と夏美に不介でいてくれればよかったのに、この人達のすることは不快そのものだ。


「親友とその妹が助けを叫んでいるんだ。俺は見て見ぬフリはしねぇよ。分かったのなら諦めて帰れ。」そうだそうだ!と部員達も声をあげる。


茶髪A はふんぞり返り、陸上部員達を睥睨して言った。


「童貞臭いチンケな正義感ふりまわしやがって。人数揃えたぐらいで調子にのってんじゃねーぞ、テメーらこそ、この女にここで恩を売ってあわよくばヤレりゃいいと思ってんだろうが!」


あまりに下品で酷すぎる挑発だ。

何か言ってやれ!そう期待を込めて僕は陸上部員達を見回した。

ヒロト以外の部員達はぐっと言葉を詰まらせて、僕から一斉に視線を外して顔を背けた。

あれ?この場面って茶髪A が何を言っても否定するところだと思うんだけど……


「それ見ろや!テメーらガキはお家でエロ動画の女相手にしっぽりするのがお似合いなんだよ!」


聞くに堪えない下品な発言を続ける茶髪に僕は顔をしかめた。

ヒロトはやれやれといった表情を作り、嘆息して言った。


「2度も言わないと分からないのか?親友が助けてって言っているんだ。俺は最後まで助けてやるだけだ。」


コロッケを部員の仲間に預けてヒロトが崩れ落ちていた僕に肩を貸してくれた。

腰が抜けていたが力強い腕に支えられてなんとか立ち上がることができた。

恥ずかしいことに僕の膝は完全に笑っていた。



ヒロトはこんな連中相手をする価値もないというふうに皆に帰ろうぜと目配せをした。部員達もうなずきを返して立ち去ろうとする。

まるで狼の集団の気高いリーダーのようなヒロトの姿に僕の胸がトクンと鼓動を覚えた。


「テメー……」

ヒロトの態度に我慢できない程プライドを傷つけられたのか、茶髪Aが拳を強く握りしめ暴力を揮った。

ヒロトはそれを何なく手の平で受け止める。

どういう動体視力をしているのか、武道の達人のような動きに僕は感心してしまった。

二人の間合いが離れ、じりじりとヒロトと茶髪のにらみ合いが続いている。


「オレを本気にさせちまったな。後悔するぜ。」

しびれを切らした茶髪がポケットから小さな折り畳みナイフを取り出した。

ナイフの切っ先をヒロトに向けてくる。

小ぶりだが肉厚で先端は鋭く尖ったナイフに僕は身が竦んでしまう。

これ以上はただのケンカではすまなくなる。


ヒロトがケガをするぐらいなら僕が、と意を決してヒロトの前に出て、手を広げる。

僕が急に前に出たことに、始めてヒロトが動揺した表情を見せた。

それをチャンスととったのか茶髪がナイフを構えて突っ込んできた。

ヒロトががばっと僕の体に覆いかぶさってきた。

……!?ヒロトが刺されちゃう!僕はこんな時ヒロトの盾にもなれないのか!


……ヒロトの背中にナイフの切っ先が立つことはなかった。

ヒロトよりさらに大柄な柔道選手のような筋骨たくましい警官が茶髪Aからナイフを取り上げ、鮮やかな体捌きで地面に縫い付けていた。

「キミ達!ケガはないか!」

もう一人の警官が現れて僕達のことを心配してくれている。

買い物客の誰かが通報してくれていたのだろう。いつの間にか大勢の警官がやってきていて、茶髪の仲間を地面に倒して拘束していた。

衆人環視の中での傷害の現行犯である。茶髪達は何かをわめいているが警官達は黙ってパトカーに彼らを押しこみ、やがてわめき声も聞こえなくなった。

僕に覆いかぶさっていたヒロトが立ちあがる。

彼の目は頑張ったなという優しい瞳で僕を見て頭を撫でてくれた。


警官の事情聴取を終えた頃には空は茜色に染まっていた。

僕達はどこにも寄り道する気になれず真っすぐ家に帰ることにした。

帰り道の同じヒロトが僕達に付いてくれて、陸上部の仲間と別れた。後で夏美を助けてくれた人たちに改めてお礼に行かないと。



「ごめんねヒロト……いつも助けられてばかりで。」

そんな僕の謝罪にヒロトは肩をすくめて何でもないという態度をとった。

「千秋は夏美ちゃんを助けようと行動したし、ナイフから俺をかばってくれじゃないか。そんなの簡単にできることじゃない。女の体で簡単に暴力を揮うような男達に立ち向かったんだ。十分立派だよ。…俺が同じ立場だったら怯えて何もできなかっただろうな……

弱くても立ち向かう千秋の勇気。俺にとっては敬服に値する。頑張ったな。」

ヒロトは僕の頭を優しく撫でた。そして真剣な表情をして言った。

「俺の方こそすまなかった。暴力沙汰にならないよう行動したつもりだったが、結果的に事を大きくしてしまったのは俺のせいだ。武器まで出させてしまって、争いの嫌いな千秋に怖い思いをさせてしまった。俺が未熟だったからだ。本当にすまない……」

ヒロトは頭を下げた。

「そんな!ヒロトが頭を下げる必要なんて……」

「いいんだ。ただ、千秋には自分を大切にして欲しい。俺は…いや加奈子も勿論だが千秋が傷つくと悲しいんだ。」


自分を好きになる…か。今朝夏美に言われたことだけど僕がそうすることでヒロトや加奈子ちゃんが救われるのならそれでいいのかもしれない。


「ヒロト先輩、アタシからも感謝します。女としてナンパのあしらいに慣れてるのはアタシのはずなのに……お姉ちゃんを守れなくて。」

「相手が悪かっただけだ。本当に間に合って良かったよ。」



「…」

「……」

「………」

僕達は無言で帰り道を歩く。

いつまでそうしていただろう。唐突にヒロトが口を開いた。


「その…、なんだ……。こういう時に言うセリフではないのかもしれんが、」



「その、髪型と服。すっげえ似合ってるぞ。それに髪が歩く度にぴょこぴょこ揺れていて可愛いと思う。」


再び頭を掻いてそっぽを向きながら言った。


僕の頬がボッと発熱する。頬が緩んで口角がにやける。

僕の顔どうしちゃったんだろう!?慌てて手で顔を抑えるがほっぺたのほてりは治まらない。


「アハッ♪先輩!褒めるのが遅すぎですよ♪」

夏美が破顔してヒロトを茶化した。

「「ーーっ!」」

僕とヒロトはお互いの顔も見られないほど赤面した。


気を紛らわせようと僕は夏美のプレゼントのアイリスのブローチを取り出して胸元に付けた。

ブローチは沈みつつあった陽光を反射して美しく虹色に輝いた。



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