14話 このようなところに上様がおられるはずがない!
登校2日目。
ヒロトは早速朝練とのことなので加奈子ちゃんと学校へ向かう。
「そういえば今日は身体測定ね。柄にもなく朝ごはん抜いてきちゃったわ。」
「僕は食べてきたけど?それぐらい誤差じゃない?」
「乙女心ってやつよ。千秋にはまだ分からないでしょうけどね。」
「加奈子ちゃんはモデルみたいにスマートじゃないか。朝ごはん抜くほどには全然見えないけど。」
「今日測ったら最後それが1年間公式記録なのよ?女は少しでも見栄を張りたいもんなの。」
「ふーん」
身体測定ね。僕の脳内に昔読んだ少年漫画雑誌のシーンが思い浮かぶ。
女子の身体測定に侵入した主人公が皆にバレて袋叩きに合うシーンだ。
この時の女の子たちは皆下着姿だったけど今なら断言して言える。
あれはファンタジーの世界だ。
昨日入学式のしおりに目を通していたら、身体測定は体操服に着替えて受診とはっきり書いてあった。
そして今日の僕はその点にもぬかりなく、体操服とハーフパンツを制服の下に着込んでいる。
さすがにちょっときつくて着膨れしている感じがするけど我慢我慢だ。
僕はいたずらに他人に体を露出してサービスする気などない。
着替えで女子更衣室に入る必要があるが、僕の着替えに時間はかからない。
皆がたらたらおしゃべりしながら着替えている間に更衣室を速やかに脱出するのだ。
クラスメイトの女の子の着替えに混じるなんて今の僕には到底無理なのだから。
この作戦、完璧、あまりに完璧すぎる。
僕も少しは成長しただろう?
いつまでもヒロトや加奈子ちゃんに守られっぱなしではないのだから。
「ふふふふ。」
「な、何よ?気持ち悪いわね…いいわね持たざる者と違って持つ者は……
男好きのする体してるもんねアンタ。
自信があって大変結構。」
そうして雑談している内に校門に到着した。
園芸部の温室で簡単に水やりをすませてから教室に向かう。
その道中に2年生の校章バッジを付けた男の子人が一人立っている。
ヒロトと同じぐらいの身長でタイプは違うもののかなりのイケメンだ。
ヒロトは野性と知性を併せ持ったタイプのイケメンだけど、この人はなんか優雅な感じだ。
表情からは自信が満ち溢れている。
僕はそのまま通り過ぎようとしてその先輩から声をかけられた。
「キミ、ちょっといいかな?」
「へ?何ですか?」
接点もない先輩に呼び止められて面喰ってしまう。
「昨日入学式の日にキミを見かけてから一目ぼれしたんだ。ボクと付き合ってくれないか?」
は?何を言ってるんだこの人。僕は男だぞ?あ、そうか加奈子ちゃんだ。
この場にいる美人は加奈子ちゃんしかいない。
ちょっと加奈子ちゃん告白されてるよ?と思って加奈子ちゃんの方に振り向いた。
「加奈子ちゃんが告白されてるみたいだけど、この人どうするの?」
「馬鹿ね何言ってるのよ?千秋が言われてるに決まってるじゃない!で、受けるの?受けないの?」
なんだろう話がかみ合わない。
僕は言いだしっぺの先輩の方を見た。
「えーと。つまりどういうことなんでしょうか?」
「ボクはその美しい空色の髪と瞳をもつキミに惚れたんだよ。誰かに先を越されて指をくわえて見ているなんてボクにはできない。」
そんなけったいな色をしている人間なんて僕しかいない。
「ははは、御冗談を。」
「ボクはいたって本気だ。将来キミと子供を3人は囲んで日々を過ごしたいと思っている。どうかな?」
髪をかきあげ、白い歯を見せてにっこりスマイルしながら先輩が勝手な理想を語っている。
こ、こども!?男同士で子供を作ろうなんて何を考えているんだこの人!
それ以前に男同士で付き合うこと自体が無理無理無理!
「申し訳ないんですけど、男性と付き合うのは絶対に無理です。」
「そんな!?どうしてもかい?」
「はい。どうしてもです。」
「ボクの家は資産家だし、ボク自身勉強もスポーツもかなりできるほうだと認識してる。キミには不自由はさせないと約束できる。それでもかい?」
しつこいなこの人。
「お金とか勉強や運動ができるできないの問題じゃないです。」
「まさか、興味がないはずないだろう?
ははあ、もしかしてキミ、ボクに告白されて照れてるのかい?」
どういう理屈なのかさっぱり分からんぞ。
「そんなことあるわけないじゃないですか!イヤだからイヤって言ってるんです!」
「先輩。第三者の私が言うのも差し出がましいとは思いますが、この子は絶対に付き合いたくないと言っているんです。
嫌がる相手に無理に迫っても逆効果です。
素直に諦める方がこの子を傷つけないで済みますよ。」
加奈子ちゃんが割って入ってくれた。これで諦めてくれるといいんだけど。
「……そうだね。くっ…キミに嫌われるより遠くで笑っていてもらえることの方がボクにとって幸せだ。驚かせてすまなかった。ボクは潔く身を引くとしよう。」
名も知らぬ先輩はしょんぼりして帰っていった。
「入学早々告白されるなんて千秋も隅に置けないわね。」
「男に告白されても嬉しくないよ。」
「そっか……そうだったわね。」
教室に着くと女子たちが僕たちのところに集まってきた。山田さん、武田さん、堀田さんの田んぼ三姉妹だ。
「小原さん!今朝サッカー部の超絶イケメンキャプテンの伊藤先輩に告白されたってホント!?」
伊藤さんっていったのかあの人。
「本当だけど。断ったよ?」
「えーー!なんでよもったいない!」
「あの人お金持ちだし、勉強も運動もできるじゃない。性格もいいっていうし。玉の輿よ?玉の輿。逆に何が不満なのよ?」
あの先輩と同じことをクラスメイトの女の子が言うなんて。
世間一般ではそういうステータス恋愛に重要なのかね。
男同士で付き合うなんて気持ち悪いじゃないか。
なんて本音を言うこともできず。
「とにかく僕は男性と付き合うつもりはないっていうか。」
「じゃあ女の子ならいいってこと?」
吉野先輩のことが頭に浮かんだが、あの人は女の子だろうが、男の子だろうが魅力的なら構わず食べてしまいたい人だ。
悪食にもほどがある。
「いや、女の子もちょっと。」
今は……と心の中で付け加える。
「恋愛に興味ナシってこと?ほんともったいないなーこんなに可愛いのに。」
ともかくゴシップに対する知識欲を満たしたのか3人は離れていった。
「小原さん、伊藤先輩をフッたんだってよ?」
「マジか!?あの性能面でまったく隙のない先輩をか!?」
そこの男子。僕のことに聞き耳を立てるのはやめてほしい。
僕は静かに暮らしていたいのだから。
先生がやってきてHRが始まった。身体測定はA~Cクラスが午前中、D~Fクラスが午後になるらしい。
終わったクラスから順に授業が始まる仕組みだ。
1時間目でAクラスの測定が終了し、2時間目にBクラスの僕たちの番になった。
「女子更衣室での着替え大丈夫?」
加奈子ちゃんが小声で僕を心配してくれる。
「ぬかりはないよ。制服の下に体操服を着てる。できるだけみんなを見ないようにしてすぐに出ていくよ。」
「そ、ならよかったけど。」
僕たちは更衣室を急いだ。
僕の中の計画はこうだ。
奥の隅っこのロッカーは目立たないだろう。
測定から戻って体操服を脱ぎ、制服を着替える際注目される確率は減る。
が、脱出には距離が開いてしまい、時間をかけてしまうことで皆の下着姿を拝んでしまうことになる。
これはダメだ。
なので僕は入り口一番最初のロッカーを選ぶことにする。行きの時誰よりも早く出られるのがひとつのアドバンテージ。
僕の名字はあ行なので測定からの戻りは早い。
あ行は僕を含めて4人しかいないので人も少ない。
ダメージはかなり軽いのだ。
そして入り口なので極力皆を見ることなく素早くロッカーに近づいて、着替えを始めることができる。
我ながらほれぼれする策士ぶりである。
機先を制した僕は制服をさっさと脱ぎ測定に並んだ。
少年漫画であった3サイズを測るなんてのはやっぱりファンタジーであったらしい。
計測シートには3サイズの項目なんて存在しないのだ。
つまり、周りが女子であること以外は男子とさほど変わらない。
計測する意味のある身長体重その他もろもろの測定を終えて僕は更衣室に戻った。
ここまではすこぶる順調だ。
しかし、この先にはあ行の3人がいる可能性が非常に高い。
極力見ないようにしなければ。
僕は意を決して更衣室のドアを開けた。
下着と肌色が目に入ってくる。
どうやら3人ともいらっしゃるようだ。
僕は視線をはずして体操服を脱ぎ、制服をひっつかんだ。
そこで3人に唐突に声をかけられた。
「小原さんどうだったー?」
と僕の肩口からにゅっと顔を出して声をかけてきたのは赤井さん。
近い近い!顔近いよ!
僕のシートを見て「うっそ!この身長でこの体重!」と驚愕しているのが岩地さん。
僕のおっぱいを無言でしげしげと観察しているのが岡本さんだ。
何とか鑑定団の先生方のような真剣な眼差しで僕のおっぱいを見ている。
時折顎に手をやってはうんうんとうなずいている。
僕のおっぱいは骨董品ではない。
3人とも完全な下着姿だ。
同世代の女の子の下着姿など目にしたことのない僕に免疫などあるはずもなくへろへろと腰を抜かしてしまう。
誰だ!この作戦が完璧だと言ったやつは!責任者出てこい!
……僕でした。
なんのことはない僕が手前にいようが奥にいようが絡まれる運命だったのだ。
「それにしても肌白い!きめ細かくてすべすべしてる!ね?触ってもいい?先っぽだけだから!ね。痛くしないからさ。」
赤井さんがおっさんと化している。
「ひっ!や、やめて……」
「おびえた顔もそそるわね…何かに目覚めちゃいそう…」
僕は下着姿のままパンツに埃が付くのも忘れてずりずりとお尻で後ずさりする。
今の僕の姿はホラー映画で怪物に徐々に距離を詰められるヒロインそのものだ。
その姿が彼女達の嗜虐心を刺激したのかゆっくりと近づいてくる。
彼女達の手が獲物を求めるゾンビのように迫る。
避けようとするが、そのためには彼女達の姿を思いっきり見なければならずそれもできない。
やがて更衣室のドアに背中がぶつかり僕は完全に逃げ場を失った。
背中に当たる冷たい鉄の感触が体温を冷酷なまでに吸い取り、絶望感を後押しする。
「ぐへへ、よいではないか。よいではないか。じゅるり。」
「へぇ、何がよいっていうの?」
更衣室のドアが開き、僕の背後で加奈子ちゃんが腕を組み仁王立ちしていた。
凄まじい闘気がゆらゆらと立ち上っている。
加奈子ちゃんの絶対零度の視線に曝されたあ行3人衆ははお互いにうなずきを交わして、
「「「すみませんでしたぁああ!!」」」
僕と加奈子ちゃんの前で上様に許しを乞う悪代官のように土下座した。
それに気をよくした加奈子ちゃんは厳かに宣言した。
「追って沙汰を下す。厳しいものがあると覚悟せい。」
「「「ははぁー」」」




