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12話 知らぬ者よ恐れたまえ

園芸部の部室(温室)に向かう道すがら僕は加奈子ちゃんに質問した。

「そういえば加奈子ちゃん中学でも園芸部につきあってくれたけど、今回は運動部に入ったりしないの?」

加奈子ちゃんは少し思案して

「他の部に入るつもりはないかな。」

「もったいないよ。加奈子ちゃん運動神経いいのに。」

加奈子ちゃんは中学の体育祭でもリレーのアンカー選手に選抜されていた。

文化系の部活に入っていながら劣勢を盛り返しぶっちぎりで1位をとった雄姿に僕はほれぼれしたぐらいだ。

「なんていうか真面目にやってる人には悪いんだけど、私そこまでスポーツに情熱なくってさ。おしゃべりしながら黙々と作業してる方が性に合うんだよね。」

ううむ。才能と性格は必ずしも一致するとは限らないらしい。神様はいつだって理不尽だ。

そうしておしゃべりしていると部室が見えてきた。

ごめんくださーいと声をかけて扉を開ける。

中には先輩と思しき女性が一人いた。

長い黒髪が背中にまでのびている。カラスの濡羽色のような光沢のある美しい髪だ。

黒縁の眼鏡をかけていて、すっきりとした顔立ちは男子生徒の視線を一人占めにすることだろう。

知性的な雰囲気をまとった和風美人だ。

さらにダメ押しと言わんばかりに大きな胸が制服を強く押し上げている。

ぱつんぱつんだ……ボタンがはじけ飛びそう。

その和風美人さんはこっちの姿に気づくと。おもむろに両手を地につけると四つん這いになった。

美しい容姿から想像もつかない奇行に僕達は目を丸くする。

油断したその瞬間、人型でありながら四足歩行で縦横無尽に闊歩するクリーチャーのごとくその美人さんは猛烈な勢いで僕に迫ってきた。


「ヒッ!?」

思わず僕の口から小さな悲鳴が漏れる。

逃げようとしたが2足歩行の僕が4WDの先輩の機動力に勝てるはずもなく接近を許してしまった。

僕の足元から頭を上げて覗きこんでくる。

「ピンク色。花のようなレースをあしらった数奇なデザインね。なかなかのお点前よ。」

四つん這いのまま彼女は世の男性ならうっとりしてしまうような官能的なアルトボイスでそう言った。

ちょ、この(変態)僕のパンツを覗くためにわざわざこんなことをしたの!

慌ててスカートを手で抑えた。

母さん(変態)だって手順を踏んでセクハラするのにこの人はそんなもの障害ですらないようだ!

これまでに類を見ない、犯罪係数を誇る新たな変態を前に僕は戦慄した。

母さん、今朝の警句を忘れたわけではありません。

ただ、半日もしないうちから変質者が出ると思っていなかっただけなのです。


『かねて変態を恐れたまえ』



「で、噂の妖精さんは園芸部に何か用かしら?」

立ちあがった先輩は先程の奇行などまるでなかったかのように質問してきた。


僕は既に入部届を用意して来てしまっている。

だが、この人のあまりの変態的な行いに僕は入部をためらいつつあった。

入学してからよく言われるけど、妖精さんってなんなのさ。

僕は加奈子ちゃんに視線を移した。

その目はアンタ次第よと語っているようだ。


「その、園芸部に入部するつもりで来たんですが。」

「素晴らしいわ!私は歓迎よ!実に素ん晴らしい!」

「先程の先輩の奇行でやめようかと思ってます。いつもそんなことしてるんですか?」

「しないわよ!あなただけよ!私がパンツを鑑賞をしていたいのは!」

「なお悪いです。さようなら。」


園芸部に入れなくたって僕には家庭菜園(王国)があるのだ。

わざわざセクハラされるリスクを冒してまで部活動などしたくない。

僕は踵を返そうとした。……が足が動かない。

件の先輩が僕の足首にしがみついていた。

だだをこねる子供のごとく。

「ヤダヤダヤダ!入部してくれないとヤダ!」

「離してくれないと警察を呼びますよ!」

「あと2人入部しないと廃部になるのよおぉぉ…先輩達が守ってきた園芸部を、私のオアシスを用務員さんには渡せないわ!」

この人最初と今の印象とでかけ離れすぎだろ!黙ってさえいれば美人なのに……

最初のクールそうなイメージを返して下さい。

僕は嘆息して言った。


「先輩が僕に絶対にセクハラしないなら入部してあげます。」

「しない!絶対しないわ!脳内の妄想で我慢する!」


脳内の妄想もやめてください。


「オカズにするのも週に一度にするわ!」

オカズ?週に一度?何の話をしているんだこの人。

「オカズってなんですか?」

「それはね、オ……」


さっきまで黙って成り行きを見守っていた加奈子ちゃんが先輩の首筋に無慈悲な手刀を振り下ろした。

僕は真冬の冷気を思わせるような声を意識して言った。

「一度でもやったら退部しますからね。そのつもりでよろしく。」

「わか…た…わ…」先輩はそうして意識を手放した。

こうして一抹の不安を抱えたまま僕の園芸部への入部が決まった。

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