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殺戮機械の英雄譚  作者: 網田めい
“死体に埋もれた勇者の唾”
16/26

はじめての嘘は、嫉妬から

 貴族の、彩のある髪色ではない。平民の証である黒髪だった。全知全能の神(シディア)と同系色――魔力を持たぬ濁髪(だくはつ)の娼婦は、私の聖剣をまじまじと眺めて、刃紋に顔が映った。頭に乗った雪は、不潔に見える。綺麗な容姿、とは程遠い。


「…………」


 娼婦の白い吐息が少しだけ、ふけだらけの頭髪を隠す。無色透明となった吐息は綿よりも軽く、娼婦の薫りを運んだ。不潔、としか見えなかった頭髪のふけ。この汚らしい雪は、まさしく霧が晴れたよう、白い花弁へすり替わった。辺りは桃色でうっとうしい。潤んだ瞳を動かし揺れては輝く、零れた光を身体とした只の美人である。私は甘い薫りに嗅覚が反応して、震えるくらい心地良くなった。

 凛とした笑顔に絡めとられている。それは彼女が、金を踏んだからだ。偶然とはいえ、互いに金を踏んだ行動が重なったことで、悲しくなった。私は君よりも、美しいのだと言わんばかりに。

 

「…………」知らぬ人について行ってはならない。「…………」だから「…………」だから、私は「…………」ああ。ああ。酷い話だ。私は、私の中で彼女を、性病患者としている。「…………」もちろん、事実かどうか知ったことはないし、調べるつもりもない。「…………ねえ」どうにかして彼女を、他人として強く見出したくなった。「…………こっちよ?」――ただの性病女、と決めつければ、近寄りたくない単純な理由になる。「……私の部屋はそこよ」――無粋。機械の自分も性病になるのかとか、微塵も考えてはいなかった。「……扉は、きちんと閉めて」――私は娼婦に対して、希望したのだ。単純に思い込みたかった。私の嫌悪感は、そのぐらいだった。


「そこのベッドで待っていて。お酒は……飲めないわよね」


 私は人間が涙を流すくらいに、とりとめなく考える。

 娼婦に近寄りたくはない理由を――心の奥底で、検索し続けた。


 かたかたかたかたかたかたかた


 これは、いわゆる差別なのではないか。まるで弱者を笑いながら、追いかける強者の暴力と似ている。しかし私は人間ではない。この神妙な価値観、不快感は、きっと機械の私だけのものだろう。これを、なんと呼ぶのだろうかと考えると――『嘘』に、違いなかった。


 私は、私自身に嘘をついている、と明白だ。なおかつ、相手に嘘を貼り付けて、これを真実として――無理やり、自分自身を納得させている。彼女が性病であっても、どうでも良い事なのに――嫌いになれる見た目を探しても見つからないからと、身勝手に嘘を組み上げた。――嘘は、嫌いなはずなのに。なぜ私は、嘘をつく?


『最低の、糞野郎だ……』


 先ほどの横たわった死体映像――動画窓が増殖し、視界ヴィジョンを覆い尽くした。

 声は、理系思考(オート)が殺めた死体に向けているようだ。自分自身を罵倒し切り裂く。そのまま、地獄へぶん投げたのかと言えるほど、実直に呟いていた。胃の内側をナイフで削ぎ落として消化物を撒き散らす。自身の血よりも汚物の比率が高い――これは汚されて(しと)やかに泣かされている、夢、に過ぎなかった。動画窓はヴィジョンの吹雪に飲まれて、すぐ消えた。


 かたかたかたかたかたかたかた


 ああ。ああ。ああ――そうか――私は、嘘が嫌いだからこそ、身の潔白を証明したかったのだ。私は、嘘をついていないと、自分のかわりに嘘をつきたいがため、相手の顔に泥を塗るよう、嘘を貼りつけた。自分自身をどこかに捨てて、探すわけでもなく認めるわけでもない。狩り立てる為か、相手を認めない気概もある。嘘をどこかに貼りつけただけで、暴力をする並外れた気分になっていた。


 かたかたかたかたかたかたかた


 見出した『嘘』の外形は、都合の良いものでしかなかった。本当に、ただの自分自身を守る自尊行動であり、模範すべき戦士の姿では無かった。しかし、相手の印象にも、自分に対しても脳回路へ『嘘』を刷り込むだけで、救われる気がする。私は人間が性交渉をする姿なんて、見たくないだけなのに、何故、嘘をついたのだろう。――これもすべて、娼婦が気持ち悪いせいだ。私は心から、そう思った。


 かたかたかたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかたかたかた

 かたかたかたかたかたかたかた


 しかし、窮屈だ。――なぜ、私は窮屈と強く感じる?

 少女を殺めてから、ひどく窮屈になった。

 厳密に言うと、理系思考(オート)が狂人を処理した後から、変わった気がする。


 私に、一体何が起きたのだ。

 あの死体を、死体にした時、私は何を想ったのだ。


 私は救われたいと考えている。

 好きなことに没頭することで、救われるのではないのか。

 勇者を殺せば、私は救われるのではないのか。

 

 救われたいが、救われないことを、窮屈と感じているのだろうか。

 私には理想があり、届かないからこそ、窮屈と感じているのだろうか。

 死を目指していることに? 感情が芽生えたことに? 自分の存在に?


 いや、それ以外の――揺れている感情のすぐそばに、『何か』、が在る。『何か』は、私をまるで抱いている。麻の服よりも、白銀の鎧よりも、何よりも自然に、優しく気高く包み込んでいる。


「…………私の、魂?」


 脳回路の信号が、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、と、行っては帰り、繰り返す。踊っている。廻っている。楽しそうだが、辛そうに、悲しそうに。輪廻し、答えが転化することのない想いに、私はどうすればいいかわからない。

 理系思考(オート)が、私に言う。《辺りを確認してください》――公式で、答えの出ない時の、公式。答えが高遠(こうえん)であるほど、悩ましくなる。全体を確認するために、事柄をすべて分解し、展開させる。風呂敷へ部品を広げてひとつひとつ無心で眺める作業、一息つきながらゆっくりと考える。一歩を踏み出すために、確実に考えることにする。――私は、雪が見たいと、逃げるように空を仰いだ。

 

 ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、と四つの点が簡単な顔になっている。点の顔は、手の届かない夜空の星ではなく、木製天井の染みであった。ランプが、じじじ、と、部屋を照らす。うざったい蛾が、一つのランプで寂しく踊っている。火はそれを無視して揺れていた。ゆらりゆらりと、消えるのか、照らしつづけるのか――油の残量は確認できない。染みの顔表情は、不安定な照明で落ち込んでいるのか、笑っているのか――ただ言えることは、染みは染みらしく、消えかけている。ランプの明かりが広げるグラデーションは、切ない。夕焼け色の天井は、穏やかな表情を魅せつづけた。この部屋は、私を見下している。

 

「――、――、――」

 

 理系思考(オート)が、必要の無いことだから、部屋を出ろと言っている。頭の中では、娼婦を拒絶しようとしているのに、私は娼婦の後を追っていた。私は、私が彼女に張り付けてしまった暴力、『嘘』を、謝罪したかったのだろうか。


「…………」


 外へ出ようとも、足は動かない。言葉を思い出した私は彼女の言いつけ通りに、ベッドへ座ることしかできない。行儀よく座っている私は、まるで娼婦のペットだった。


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