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第13話② 文化祭準備

 真夏は問いに即答するつもりが言葉を詰まらせる。

 だが香乃は気にしない様子で、答えを待たずに続けた。


「男の子なんてやめておこう? それよりマナミーには10代のアイコン的存在になれる素質がある」

「そんなことまで俺、考えてないよ」

「もったいない! マナミーならもっともっと上に行けるのに」


 増える口数と共に、らんらんとした目の力も強くなっていく。


「私ね…マナミーに彼氏が()()()()()()時、すごく心配したの。もちろん応援はしたいって思ったよ。でも急な方向転換だったし、ショックだったのは事実」


 まるで長い間見て来たかのような口ぶりに疑問を抱く真夏。


「それって一体、いつから俺のアカウントを?」

「え? 開設した初日からだよ」


 きょと、と何でもないことのような告白。


「風祭さんのアカウントは知ってたし、フォロー欄から探すのは簡単だった」


 (確かに隠してはなかったけど……)


「あっという間にフォロワーが増えていくのを見るの、楽しかったなぁ。ふふ…1000人を超えた日は『おめでとう』って送りたかったけど我慢したの。認知されたら恥ずかしいから」


 でも……と香乃は目を伏せた。わなわなと拳まで震わせている。


「さすがに鮎川くんの一件は……だって……だって私……」


 一体何を言うつもりなのかと身構える真夏。

 だが、放たれたセリフは思いもよらないものだった。


「――同担拒否だから」

「…………へっ?」


 俗っぽいオタク用語に思わず呆ける真夏。


「同担って…推し(たんとう)が俺? でも誰と同じって?」

「もちろん鮎川くん。彼がマナミー大好きなのは誰の目から見ても明らかでしょ?」

「えっと……」


 (やっぱりそうだったのか…!?)


「でも鮎川くんだけ抜け駆けするなんて、ちょっとどうかなって」

「抜け駆け? え? 浅井さんは俺のこと…」

「『マナミー』が好きなの。誰のものにもなって欲しくない」

「えぇ…?」

「だから! 東堂さんにはちゃんとわかってて欲しいの」


 例えば、と香乃は真剣な表情で続けた。


「お芝居で恋人関係を演じると、本当に好きだって錯覚しちゃったりするでしょ?」

「うん、聞いたことある」

「今はその状態なだけ。わかる?」

「んん…わかるけど」

「そういうのはね、時間の経過で冷めるものなの。絶対」

「待って? 俺まだ何も言ってないよね。誰が好きとか」

「あっ。そうだよね。ただ一般論を伝えたいの。ファンと付き合うなんて良くないって」

「浅井さんの個人的な気持ちじゃなく…?」

「ううん?」


 本人は目は真っすぐすぎるほど澄んでいる。

 対して疑いの目を向ける真夏に、香乃の瞳孔が更に開く。


「まだわかってないのね……マナミーの魅力が」

「んっ??」


 ――香乃の熱弁が始まった。


「っていうかね、まだフォロワーが1万人だなんて信じられない。だってこんなに可愛いのに。世界、なんで気が付かないんだろう?私不思議で不思議で」


「浅井さん?」


「初めて見た時は殴られたみたいな衝撃だったのを覚えてる。東堂さんが変身したって噂を聞いて検索した、あの時の儚い美少女ぶりたるや『女神かこれ?』って」


「いや、ちょっと、」


「でも最近の生き生きしたマナミーの魅力も素晴らしいよね。この間の浴衣姿なんてヤバすぎて何回スクショしたかわからないし毎回コーデを仕立ててくださる彩陽お姉様には一同感謝っていうか、」


「家族にも!?」


「水族館の時は生の私服マナミーに私ずっと手汗だくだくでバレないかなってドキドキしてて本当は鮎川くんみたいにバシャバシャ撮りたいのめっちゃ我慢しすぎて課金どこ?ってなったし、鮎川くんには新しいマナミーを引き出してくれてありがとうとは思ってるでも古参的には彼氏なんてまだ早いって――」


「あ、浅井さん!」


「――あっ」


「どうしたの。急にすごい喋るから」

「ご、ごめんなさい」

「早口すぎて後半がちょっと」


 聞く側が困惑する饒舌さにちょっと、いやけっこう引く真夏。

 一方、妖しい雰囲気から一変もはや「怪しい」挙動になって目を泳がせている香乃。その姿は紛うことなく立派なオタクで、真夏は肩の力が抜けてしまう。

 まさか―― 先は興奮を抑えようとしていたためで、今、そのストッパーが外れてしまった……などとは知る由もない。


挿絵(By みてみん)


「浅井さん、要約してもらってもいい?」

「マナミーにリアル彼氏ができたら病む」

「えぇ」

「3日間泣き通す自信ある」

「どんな表明?」


 今までのイメージを壊した香乃は、最後にもう一度同じことを言った。


「東堂さん。男の子なんて良くないよ?」

「俺も男だよ…」

「今は少し違うでしょう?」

「それは――」


 と、最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 香乃は催眠が解けたかのようにスッと我に返り、普段の落ち着きを取り戻す。


「もう暗くなっちゃうね。帰ろう?」

「…………うん」


 帰路についた真夏は、いったいこの感情をどう処理したらいいのかと悩んだ。

 香乃の変わりぶりにも驚いたが、その前の言葉がぐるぐるとループしている。


 ――男を好きになったりしない。


 それはそうだ。今もそう思っている。

 だからYESと答える……はずだった。

 だが、あの時真夏は即答ではなく口ごもることを選んだ。

 なぜそうしたのかは自分でもわからない。


 それにしても。


 (……浅井さん、めちゃくちゃ早口オタクだったな)


 真夏は意外すぎる香乃の一面を知ってしまい、二重の意味で戸惑いを強くした。

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