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第10話 今日は甘々TS日和

挿絵(By みてみん)






「あら38度ぴったり。どうしよう、お母さん今日仕事」

「い~よ、一人で何とかできる……」


 猫カフェの翌日、真夏は関節の痛みと熱で朝から寝込んでいた。

 咳や喉の痛みは皆無で食欲は◎。

 風邪…ではなく、おそらくTS症の症状だろうと真夏はふんでいた。


挿絵(By みてみん)


「困ったね、病院どこも休みだってぇ」

「ちょっと痛いだけで動けなくはないから」

「そぉ? ああ、ごめん! もう行かないとだ」

「いってら」


 ベッドから母を見送った真夏は、息を吐いて寝返りをうった。

 最近、関節の痛みを感じることが増えた気がする。

 逆成長痛はTS症患者なら誰しも経験するものではあるが、熱まで伴うとさすがに少し気が滅入る。


 (まさか症状が悪化してるなんてこと、ないよな?)


 それはない、と頭を振る。この前の定期検診では「問題なし」との判断だった。

 目をつぶって雑念を追い出そうとする。

 セミのしゃかしゃかとした鳴き声がよく聞こえる――――


 どのくらいか、うとうとしていたらしい。

 真夏はインターホンの音で目を覚ました。


 (今は無理だぞ)


 無視を決め込もうとするも、なかなかしつこい。

 と、スマホが振動した。


 【真夏無事? 起きれる? 今家の前】


「母さん、頼んだのかよ」


 ぐで、としながらも体を起こして玄関まで行く。

 京一は両の手にビニール袋を提げて待っていた。


「来てくれなくてよかったのに」

「パジャマ姿っ…………、いや。大丈夫?」

「え? ただのTS症だよ。あ、スポドリだ」

「他にもいろいろ買ってきた」

「すまねえ。後で母さんにレシート渡してくれ、おっと…」


 ふら、と立ちくらみがし―― 瞬間、京一が後ろから真夏の腰を抱えるようにして支えていた。


「もう寝てて。冷蔵庫に物入れたら行くから」

「うん……」

「あ。待って」


 いつかのように、ひょいっと真夏を抱え上げた京一。

 保健室でのことを思い出し赤面する真夏。


「ばばばばか、2階に上がるだけなのに大げさだろがっ」

「でも階段でフラついたら危ない」

「降ろせ降ろせっ、狭いんだから逆に危ねーだろ!」

「それもそうか」


 すと、と階段まで降ろされ真夏は逆に体温が上がったと文句を言いたくなる。

 それにしても京一が以前より軽々と真夏を持ち上げたのは、鍛えた効果が出ているということだろうか。


 (俺の背が縮んで体重が軽くなった、とかじゃないよな?)


 一抹の不安を抱きつつ部屋に戻る。

 しばらくして部屋の扉をノックする音。

 入って来た京一は、盆の上にコップや飲食類をのせていた。


「気が利く~」


 渡された清涼飲料水の蓋を開けようとして、うまく力が入らないことに気付く。


「ん!」


 と京一にペットボトルを渡す。

 相棒は無言でキャップを外す。当たり前のように。


「さんきゅ」

「食欲は?」

「おなかすいてる」

「おかゆでいい?」

「梅いれて!」

「オーケー」


 来なくていいと言ったわりに京一を使いまくる真夏。

 相手も相手でそれを許すのだから仕方ないのかもしれない。

 15分後、レトルトパウチに少しアレンジを加えた一品が運ばれてきた。


「わー。俺おかゆって結構好きなんだ」

「わかるよ。家ではたまに朝食で出る」


 言いつつ京一は自然と匙ですくって真夏の口元に近付ける。


「じ、自分で食べれますけど」

「……」

「わかった! わかったよ……はむ」


 鶏がゆには梅に加えて細かく刻んだたくあんとねぎ、海苔、少量のしょうががプラスされていた。


「うま!! ってなんか、餌貰ってるみたい」

「また猫になる?」

「ならねーよ、ばか」


 だというのに、京一は真夏の頭を撫でる。


「おい~~、やめろってぇ……」

「やっぱり熱いな。氷枕、替えようか」


 その後も京一は甲斐甲斐しく世話をし、いち高校生とは思えないほどの気の利かせぶりを発揮した。


早穂(さほ)さんはいつ帰るって?」

「早上がりを目指す、って連絡来たけど信用ならん。彩陽(さよ)姉の方が早いかもな」

「俺は特に予定無いから。このままいるよ」

「もうすることないだろ?」

「一緒にいたい」


 (な…なんかこれ……ヤバい、かも)


 さっきから頭がぽうっとして、京一の一言一句にふわふわする。

 TS症の症状が酷くなっているようだった。

 どうやら今日は―― 女の子寄りの日、なのではないか。

 予感に真夏は焦り出す。

 だって京一の顔をまともに見れない。

 そんな状態で一緒にいられ続けてしまったら……。


「ば、ばか。帰れって。そこまで迷惑かけらんねーよ」

「いいんだ。今日はPC持って来てる。写真の整理、してていい?」

「俺もう眠いの!」

「もちろん静かにする。駄目?」

「う…………」


 京一が静かにすると言ったら置物レベルで大人しくなることを幼馴染としてよく知っている。

 そもそも「うるさく」したことなんて無い人間だ。

 そんな相棒に邪魔だなんて言えず引き下がり、後ろから作業風景を眺める。


「あ。それ懐かしー。TSしたての俺」

「うん。思わず撮ってしまった」

「お前、知らない内に撮る技術高いよな」

「意識されてない、一瞬の視線とかが好きなんだ」

「ふぅん……?」


 病気になってから半年以上たち、PC内の画像はそれなりの量になっていた。

 京一は仕分けをこまめにするタイプで「真夏専用」のフォルダも当然ある。

 消すのがもったいない、という理由で容量が相当なことになっている……のは真夏に話せない秘密だ。


「やっぱスマホで撮るのと違うの」

「そうだね。機能が段違いだ。画質の差はそこまで無くなって来たけど」


 こんな風に写真について話すのは初めてだった。

 長い付き合いだと言うのに、意外と知らないことが多い。


「写真を始めたきっかけは?」

「父さんが持ってたのを貰った。『家族写真はお前が担当』って」

「おもしろいな、それ」

「今は人を…真夏を撮るのが楽しい」

「そ、そうか」

「いつも撮らせてくれて、ありがとう」


 振り向いて真夏へ笑いかける京一。

 きゅー、と胸が締め付けられる。


 (あれ……? 京一ってこんなにカッコよかったっけ)


「今日のけーいち、かっこいい……」

「!!!?」


 ふわふわとした頭が無意識に言葉を吐き出させる。


「ありがとうは俺の方だ…いっつも世話になってるし…」

「ま、真夏?」

「京一が撮る俺の写真、評判いいんだぞ。他のやつが撮るのと全然ちがうって…」

「それは、ありがたいよ」

「今日だって文句ひとつ言わずになんでもしてくれて…」

「こういうこと好きだから」

「すごいやつだよ、お前はさ~」

「…………真夏に言われると、凄く、嬉しい」

「そーだよなぁ、彼氏だもんなぁ……」


 にへえ、と真夏は締まりなく笑った。


挿絵(By みてみん)


 京一はごきゅ、と喉を鳴らして固まる。


「けいいち……」

「な、なに?」

「俺さぁ……」

「うん」

「…………熱、上がって来たかも。寝るわ」

「! ごめん、話し込んで」


 いいよ、と真夏は目を閉じた。


「お前がいると、安心する……」

「…………………っっ」


 爆発しそうな感情を飲み込み、京一は作業に戻る。

 「@manamy(マナミー)」に投稿できそうな画像を精査するのは日課だ。

 アカウントは順調に伸びていた。

 映える場所に行き、そこで楽しんでいるマナミーの姿を伝える。

 方針を変更した初めの内はフォロワーが増えるより減る数の方が多かったが、現在は固定のファンもかなり付いている。

 ファッションも彩陽のおかげで好評だし、同じ年代の子からの支持も厚くなっていると感じる。

 夢瑠がたまにマナミーの投稿を拡散してくれるおかげだ。


「真夏?」


 どうやら本当に眠ったようだ。

 すーすーと息を吐く寝顔に目を細めながら、さらさらの髪を再び撫でる。


 ――それは一目惚れ、だったのだと思う。


 抗えなかった。

 病院で再会した女の子の姿から、人生で感じたことのない衝撃を受けた。

 小さな頃から一緒の幼馴染で親友だと頭ではわかっているのに、心がそれを離さなかった。


 どうしたらいいのか、ずっとわからなかった。

 2年以内に真夏は元の姿に戻るという。

 なら自分の気持ちは押し殺すしかない。

 苦しくとも。


 ――そう、思っていた。


 今の状況は恵まれすぎていて、それ以上が踏み込めない。


 本音では四六時中そばにいたい。

 SNSをやらずに、自分だけの真夏でいて欲しい。

 本当は、もっと触れたい。


 けれど真夏は心まで女性な訳ではない。

 それを無視することはできないし、ありえない。


「真夏」


 どこまで許されるのだろうか。

 どこまで許してくれるだろうか。

 これがもうすぐ終わる恋で、思い出を残すことに意味はあるのだろうか。

 全て無駄だったと、後で思うのだろうか。


 (……それでも)

 

 京一は、静かに呟く。


「……真夏、好きだよ」


 誰にも聞かれないその言葉は、夏の暑さに溶けていった。







10話まできました。

後半に突入しておりますので、このまま頑張って参ります。

引き続き応援して頂けましたらこの上ない喜びです。よろしくお願いいたします。

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