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おまたせしました。まだまだ暑い日が続きますが、皆様お体お大事に。
「ゴホン。まずは、大将と相談してからと思うたんじゃがの。耳の早いお方ばかりでちょいと呆れておるんじゃ」
「すまんな。息子に心づもりをしてもらおうと思うて連絡を入れたらこのざまじゃ」
「私とて、連れてくるつもりは皆目ございませんでしたよ?父上。妻と温泉を楽しむためでしたからね。王都で旅の準備をしていたら、突然やってきた緑青と父上の知らせがかち合ってしまって……」
爺様二人の解脱顔を前に、ムスッと経緯を答えたのはフリードリッヒ。
「あれ?奥様いらっしゃってるんですか?」
居たらもっと賑やかのはずと、アマーリエはきょろきょろする。
「そちらの若様の母上とうちの嫁御と孫、東の魔女様と大将の護衛二人も一緒にまた温泉村じゃわ」
成り行き上、身分をぼかしつつ、アーロンが女性陣の行き先をアマーリエに伝える。視線で、帰ってきたら美味しいものを要求されるぞと訴えるアーロンに、その心を間違いなく読み取って苦い顔で頷くアマーリエ。
「ああ、魔女様の転移で。アルギスさんのあんちゃんは何しに?」
「アズリアスを探しに来てしまってね」
「アズリアスを探すのが面倒で、スキルを使って転移したら、フリッツの屋敷だったんだ」
こちらも想定外だったんだとブスッという帝国のやんごとなきお方。
「はぁ。そっちのにーさんはどういう?」
「妻をこっそり見送りに、御母堂と一緒にいらっしゃってね」
「え、先代様達の見送り?なんで?」
一貴族のたかが帰郷に王族が見送りに来るとか、こっそりでも意味がわからんと、顔にでかでか書いたアマーリエ。
「……温泉村土産がどうたらとかおっしゃってたね。結局、先に来ていた二人を見て、移動手段が出来たと一緒に来てしまったんだよ」
「ワ~、にーさんのお母さん最強ですね!」
「あー、そうなるのかな?」
「「……断れなかったんだ」」
首をかしげる王太子に、諦め顔でつぶやく帝国のやんごとなきお方と緑青。その二人をじーっと見てアマーリエがポツリと漏らす。
「……どんな弱みを握られたんだ?」
その言葉に全員がそっと顔をそらし、みんな何かしら王妃に弱みを握られていることを察したアマーリエ。おじさん達のお通夜な様子に、シルヴァンと黒紅はキョトンと首を傾げている。
「……ハハハー、うちの王妃様最凶ー」
うつろに笑ってつぶやいたアマーリエだった。
「コホン。もういっそ、アーロンの話をみんなで一度に聞いたほうが無駄がないかと思ってね」
フリードリッヒが咳払いして場の雰囲気を変え、言葉を続ける。
「そりゃ、その場で聞いたほうが、また聞きするよか無駄がないですけど。お父さん、留守番とかって絶対すねてますよね?」
アマーリエがどう考えても、置いていかれたとしか思えない王国のやんごとなきお方。
この間の、王国のやんごとなきお方のごねまくりを記憶にしっかり残していたアマーリエが、王太子に遠慮なく突っ込む。
「えへ。お菓子を買っていきたいんだが?」
「えへって、にーさん……。ダニーロさんがベリーの一口パイ作ってたはずだから、交渉してください。あと私が今すぐ出せるのは、アーロンさんと相談して温泉村で売ってもらおうと思ったベリーの炭酸水ぐらいですよ」
「「「「「?」」」」」
「飲んだらわかりますよ」
首をかしげるおじさん達にそう言って、アマーリエは魔法瓶をいくつか取り出す。中には、冷やした温泉水にベリーの果汁を絞って、温泉村のはちみつで味を整えたものを入れてきたのだ。
温泉村ではちみつが採れたからと温泉水と一緒に、村長が送ってきてくれたものだ。それを活かそうとアマーリエが考えたのが、炭酸ジュースである。
基本この世界の飲み物は、自分の魔法で出した水、それで入れたお茶、牛や山羊など動物の乳等である。
余裕があれば、果実を絞って飲むこともあるが、実がもったいないのでそのまま食べるのがほとんどである。
「そしてこれが、ガラス屋の小父さんに特注した、切子細工のガラスのコップ。どうです?洒落てるでしょ?」
店の、夏の飲み物用にガラスのコップをあえて注文したアマーリエ。壊れたらもったいないとかいいながらも、切子のことを教えられ、張り切ったのはガラス職人でもある店の親爺であった。
幾何学模様にきれいにカットされたガラスのコップに、赤紫色の炭酸水がシュワシュワ泡を立てながら注がれていく。それをおじさん達が、目をキラキラさせながら見守っている光景は、ちょっとばかり可愛くなかったかもしれない。
「はい黒紅ちゃん。シュワッとするから一気に飲んじゃだめだよ」
ガラスのコップをまっさきに黒紅に渡すアマーリエ。
『ありがとう、主!おお!泡がぷくぷくわいておる!』
渡されたガラスのコップの中身をしげしげと見て喜ぶ黒紅に、緑青が表情を緩めてニッコリ笑う。それを隣で見たやんごとなきお方が、自分は何を見たのかと愕然としている。
「オン!」
「シルヴァン……ごめん、あんたのお皿を特注するの忘れてたわ」
「キュゥ」
「!シルヴァン!我が最っ高のものを作ってやるぞ!まっておれ!」
ヘショッと耳をへたらせたシルヴァンを見て、何を刺激されたか帝国のやんごとなきお方、全力でシルヴァン用のガラスの器を用意するといい出す。
「いえ、うちでちゃんと作りますから。お気になさらず。さ、皆さん飲んでくださいな」
「なっ」
「はいはい、どうぞー。不思議な喉越しですよ」
面倒なことになりそうだと判断し、スパッと断って話を進めるアマーリエ。シルヴァンに、自分用の空の魔法マグを出させて、そこにベリーソーダを注いでやる。
「オンオン!」
「シルヴァン、むせないように気をつけなよ?あ、皆さんも一気にあおんないでくださいよ」
早速魔法マグに顔を突っ込むシルヴァン。おじさん達は、ガラスのコップを手に持って明かりにかざしたり、香りを嗅いだりと興味津々ではあるが、なかなか口をつける様子がない。
「うん、ちょうどいい甘さと酸っぱさが喉で弾ける!」
アマーリエはさっさと口にしてにんまり笑う。
『ベリーの味がする!チクチクするのが面白いぞ!妾はこれも好きじゃ!主もういっぱい!』
黒紅が自分の飲みきったガラスのコップをアマーリエに手渡して、おかわりを注いでもらう。それを見て、緑青が一口口にして目を丸くする。
「ん!泡が口の中で弾けますね。ベリーとはちみつの甘さが美味しい」
そのまま、緑青は一口、二口と飲んで、またガラスの中のベリーソーダをじっくり見つめる。それを見て、他のおじさん達も少し口に入れてみる。
「おほっ!こりゃあ、パチパチと口の中で弾ける不思議な飲み物じゃの」
「ふむ、私は少し苦手です。甘さと酸っぱさは程よいのですが」
目を丸くするアーロンに、首をかしげるロニー。
「ロニーさんは温泉水で割らないほうが良かったですかね」
「ええ、ちょっと刺激が強いですね、私には。リンジーは喜びそうです」
「「「「おかわり!」」」」
「はいはい。これ温泉村のはちみつと温泉水で作ってるんですよ。季節の果物の果汁を使って飲み物にしたら、村の売り物にちょうどいいと思ったんですよね。お風呂上がりにちょうどいいでしょ?」
アマーリエはおかわりを要求してきた、帝国のやんごとなきお方と王太子、商業ギルドの二人にベリーソーダを注ぎながら飲み物の説明をする。
「なるほど。でしたら、温泉水のものとそうでないものとあってもいいですね。これはうちで扱っても良いと?」
「村でどこまでできるかわかんないので、そのあたりの協議もロニーさん達にしてもらわないとだめですけどね」
「そうですね。村で加工販売までしてもらって、うちはそれを仕入れて他所で売るというのもありですし、うちが村に加工所を作って材料の仕入れをして、村の方を製造販売で雇うという方法もありますし」
「これでしたら、ギルドの運営する温泉宿で仕入れて売るのもありですよ、アマーリエさん。ウチも一枚噛みたいですな」
「そのあたりは、村での生産量次第になるじゃろ。要相談じゃの」
ゲオルグの言葉に頷く、商業ギルドの二人とアーロン達。
「このガラスのコップも涼やかな感じでいいですね。ここでも使いたいですな」
ガラスのコップをしげしげと見て、ギルド長がつぶやく。
「うちの職人にも見せたい。一つ持って帰ってもよいか?」
切子のガラスが気に入ったらしい、帝国のやんごとなきお方もアマーリエに許可を求める。
「いいですよ。どうぞ」
ガラスのカット自体はあるらしく、装飾に使う方にエネルギーが回っていないだけのようだったので、アマーリエはギルド登録のことは気にせず、帝国のやんごとなきお方にうなずく。平和になれば、もっと意匠にこだわるようになるだろうというのがアマーリエの読みだ。
「私もよろしいですか?」
ロニーも気になって、アマーリエに断りを入れる。
「遠慮なくー」
ロニーの方も商売の種をさらに仕入れてホクホク顔だ。
「お前さん、そんなにあれこれ仕入れて大丈夫かの?手が足りんのじゃなかったんかの?」
「あ」
「それもあって、大将に相談しに来たんじゃぞ」
「つい」
ちょっとどころでなく呆れた顔で息子を見る、アーロン。
「手がまわらないんですか?ベレスフォードの規模でも?」
アーロンの商会が大きくなったのは、アーロンの力量もさることながら、その下で働く人々が優秀だからだと考えていたアマーリエが、ぎょっとした顔でアーロン達の方を見る。
「流石に。ご領主様方や陛下方にご助力いただかねばいけないことも多々でてきましてね」
「今日は、その下準備を話題にする予定じゃったんじゃわ。じゃがの……」
アーロンが、言葉途中でスイッと視線をそらす。いきなりトップ会談である。公式に発言を載せられない人物が多すぎた。
「じゃあ、今日の会合は、記録なしってことですね」
「うむ。致し方ないの」
「ですよね。それで、やっぱり温泉の件からですかね?」
アマーリエの言葉にうなずいて、ロニーがおもむろに二枚の地図を取り出す。
「わぁ!地図だ。かなり正確そうですけど、こんな大事なもの公開しちゃっていいんですか?」
アマーリエはそう言ってトップ二人の顔を見ると……。二人の目はギラギラ輝き、印のついた白地図を凝視していた。思わず乾いた笑いが浮かんだアマーリエであった。
「大丈夫です。これは王国と帝国で温泉が湧く場所を記しただけのものですからね」
「「うちの国のより正確そうなんだが?」ですが?」
ギロッとロニーに視線をやる王太子と帝国のやんごとなきお方。
「へぇ〜。国家財産よりも正確なんだ!さすがは大商会ですね。かなりの測量技術をお持ちの方を雇ってるんですね」
今日、某マップ屋のせいで誰もが世界の通りを知ることができるようになっているが、一昔前まで地図は国外持ち出し禁止だったのはご存知だろうか?軍事機密の最たるものである地図も、衛星のおかげで機密でなくなてしまっているのが現代の地球である。ただ、国によっては地図の持ち出し禁止のところが今もあるため、注意の必要はある。
そしてアマーリエが住むこの世界では、冒険者ギルドや商業ギルドなどギルドごとに地域のざっくりした白地図を高額で販売しており、冒険者や商人はお金を貯めてこれを買い取り、自分で地図を仕上げていくのである。アマーリエは街育ちなため、この世界の地図ははじめてなのである。
「わかりますか?うちは行商から発展し、今も行商をやっていますからね、正確な地図というのは大切なんですよ」
ロニーがニコニコと言う。
「ちょっ、そこの皆さん!目が怖い!顔が怖い!地図がほしいなら、自分とこでちゃんと予算割いて、測量士を育ててくださいよね!」
周りの地図の必要性、重要性がわかっている面々の怖い顔を見てアマーリエが慌てて突っ込む。
「リエ?」
「私は知りませんよ!」
アマーリエは今更サインコサインタンジェントなんて教える気はサラサラないので逃げをうつ。フリードリッヒとゲオルグがじーっとアマーリエの顔を見つめる。
「ふん、まあ今は勘弁してやろう」
「うむ。他の話もあるからのぅ」
「ちょっと!お二人とも!測量士が欲しいなら、アーロンさんと交渉してくださいよね!私を巻き込まないでくださいよ!」
「そうですね、ご協力次第では、うちの測量士の貸出もやぶさかではございませんよ?」
機を外さず、ロニーがニコニコと交渉し始める。
「「……」」
話を聞くだけのつもりできていた国のトップ二人は、いきなり始まった交渉にそれぞれの腹心の顔を見る。
「お得だと思いますよ。アーロンさん達に協力すれば、いずれ事業で税金ウハウハ、正確な地図も手に入って更に国力増量!測量士も育てられるかもしれませんよねー」
そう言ってロニーの援護射撃をするアマーリエ。
「そう言われてしまうと、全面降伏するしかないじゃありませんか。本当にたちの悪い娘ですね?」
緑青がにっこり笑ってアマーリエに言う。
「アマーリエ、そなた誰の味方じゃ?」
苦い顔で言うゲオルグ。
「そりゃ、私は庶民の味方ですよ。みんなの幸せが一番!」
「「「「うぐっ」」」」
ごくごく当たり前に返されて、がっくりうなだれる為政者たちでありました。
30度切ったら涼しく感じる人間の体の慣れに恐怖を感じるこの頃です。




