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アマーリエが、しみじみ平和なパン屋稼業を噛み締めている頃、シルヴァンの方はというと。
「ウワウ、ワウ!」
『ぬぅ!避けずにきちんと防御せぬか!』
黒紅の超手加減をした火の下級攻撃魔法【ファイアボール】を、風の下級防御魔法【ウィンドウベール】で防御する練習を始めたのだが……。
「「「「フレアボール並の威力」」」」
魔法職がボソリとこぼす。
「それ上級の単体魔法攻撃じゃ?」
グレゴールが心配そうに、火の攻撃魔法から逃げるシルヴァンを見つめる。
魔女達の指導により、黒紅は前よりも手加減ができてはいるのだか、まだまだ加減が甘かった。
シルヴァンは、魔女の弟子達のファイアーボールはいなせても、黒紅のは論外と鳴いて訴えたが、魔女達に大丈夫なんとかなると一蹴され、黒紅と一緒に訓練することになったのだ。
そして、また新たな一発がシルヴァンに向かうが、早々に一番安全な場所、東の魔女の後ろに退避したシルヴァン。
「まあ。シルヴァン、風魔法の防御はこうですよ」
そう言って東の魔女は飛んできたファイアボールを無詠唱の風の幕で包んで消火してしまう。
「「「「わ〜、実質フレアボールなのに、ウィンドベールで消滅させちゃった!」」」」
上級魔法を下級魔法で消滅させるという、理論上おかしなことをやってのけた伝説級の魔女に、魔法職は大騒ぎである。
「また無茶苦茶なことを。東の!ウィンドベールに限界まで魔力練り上げるとか何をやってるんだよ」
「省魔力ができるなら、下級魔法に最大どこまで魔力がつぎ込めるか試してみたかったんですの」
あっけらかんと言う東の魔女に、魔法職が脱力する。
「流石にシルヴァンにはあのマネは荷が重すぎたか?いや、慣れればできるはず。普段あれだけ器用に風魔法を使いこなしているのだからスキルレベルも魔力もあるはずなんだ。シルヴァン、東ののマネをするんだ!きちんと火の攻撃魔法と黒紅殿と向き合うんだよ」
「黒紅ちゃ〜ん、火力高すぎぃ!もう半分以下に魔力減らして威力抑えてぇ、もっと手加減が必要よぉ!」
首をかしげながらも、シルヴァンに逃げないように言う西の魔女と黒紅に指示を出す南の魔女。だが、二人とも中止とは決して言わないのであった。
『ぬぅ、手加減とはなかなかに難しい。もっと魔力を減らしてと。駄狼!もう一度行く!うりゃ!』
「キャウキャウ」
「「「「頑張れ〜」」」」
魔女達のスパルタに慣れきってしまっている弟子達は、応援するだけであった。
「ワウ!」
やけくそで、アマーリエ式防御陣を展開して、黒紅に魔法返しをするシルヴァン。
『のわ!?』
「ちょっとぉ!危ないでしょぉ!」
慌てて、避ける黒紅。流れた魔法は、南の魔女によって無効化される。
「オン!」
やり返したもんねとばかりにドヤ顔するシルヴァンに、キレる黒紅。
『きーさーまー』
「オンオンオン!」
『待て!』
「オン!」
結局、シルヴァンと黒紅の鬼ごっこが始まる。そして朝食の後、訓練を見に来ていた子ども達までそこに混ざり始める。
「羨ましい。わたしもあの高度なスキルを駆使した鬼ごっこに混ざりたいぞ」
「いや、ダフネ。ありゃ子どもの鬼ごっこだから」
ダフネの代わりに黒紅が加わることによって、鬼ごっこはどこか、ほのぼのしたものになってしまっている。
「なんだか平和だなぁ」
「……おまえもな」
「ん?」
ピーちゃんを頭に載せたダリウスが、更に緊張感のなさを醸し出す。その横でベルンが深い溜め息を吐き出す。
「二人共ぉ!待ちなさいったらぁ!チビ達もまざんないのよぉ!」
「きゃっきゃ」
南の魔女が慌ててその後ろを追いかけ始める。新たな鬼の出現に、さらに盛り上がる子ども達であった。
「「「「南の魔女様元気だなぁ」」」」
「あれ、追いかけるの大変なんだよね」
「僕たち頭脳派だし」
「子ども達が混ざるともう無理」
「お師匠様がんばって」
昨日の宴会で、えらい目あった弟子達はあっさり師匠を見捨てたのだった。
「……いいんだろうか?」
「あんた止められるの?」
グレゴールのつぶやきを拾ったマリエッタ。
「無理」
「でしょ。任せとけばいいのよ」
粛々と自分達の訓練に戻る冒険者であった。
鬼ごっこを始めたシルヴァン達は、神殿へとなだれ込んで隠れんぼを始める。
「オンオンオン!」
「神殿長様〜どいて〜」
『おじじ殿!どいてたも!』
「うぉ?また隠れんぼか?」
神殿の掃除をしていたヴァレーリオが慌てて端により、シルヴァン達を避ける。
「オンオン!」
『分散とな?よし!者共別れて隠れるぞ!』
「わかった!」
「うん!」
シルヴァン達は、廊下の角を曲がった後、それぞれに分かれて隠れ場所に潜り込む。
「こらぁ!待ちなさいったらぁ!」
「今日の猫は……南の、お前か!お前から逃げるとは子ども達のレベルも上ってきたな!」
「ヴァリーうるさぁい!そこどいてぇ!」
「ははは。楽しくて結構!結構!ものは壊すなよ!」
「ちょっとぉ!どこいったのよぉ!【気配察知】!」
子ども達VS南の魔女による、ガチの隠れんぼが始まったのであった。
「あはは、魔女様楽しそう」
「子ども達も最近、気配隠すのうまくなってるな。気配がつかみにくくなってきた」
「そうですね」
「そう?」
ネスキオとアルギスとファルは神殿の中庭で、稲の苗の栽培観察をしながら、かくれんぼの様子を見守る。
「アルギスさん、そろそろ草丈が10ナークを越えそうですよ」
「育ったな。そろそろ広い場所に植え替えか」
「無事に育つといいですねぇ」
「うん」
ファルが苗の丈を測って、アルギスが記録する。ネスキオは、苗をそっと触りながら病気をしていないか、育成具合を確かめる。
「ネスは、子ども達がどこに隠れたかわかるか?」
南の魔女が右往左往しながら、シルヴァン達を探す様子を見てアルギスが心配してネスキオに聞く。
「うん〜、だいたいね。黒紅ちゃんは気配が大きすぎて逆にわかんないし、シルヴァンちゃんは一切気配がしないけど」
「シルヴァンは、またスキル鑑定をしたほうが良さそうですね。あそこに居ますけど、気配が全く感じられません」
茂みからしっぽが出ているシルヴァンを見つけて、ファルがポツリという。
「アチャ。僕としたことが。あんなところでバレバレなのに気がつかないとか。かなり隠形スキルのレベルが上ってるんじゃないかなぁ」
「なるほど。子ども達は危ないところには隠れてないか?」
「大丈夫。無茶なことはしてないね。ただ、魔女様が入れなさそうな隙間に入ってる子も居るね」
ネスキオが気配察知を展開して、子どもの安全を確認する。
「……小さいからできる技ですね」
「……とりあえず、魔女様に任せておけばいいか」
「うん。朝食の準備始めちゃっていいんじゃないかな。今日は結構訓練参加者が多いし。食器の用意は手伝うよ」
「料理の方はリエがシルヴァン達にいろいろ持たせたようだから、足りない分だけ作る」
「わかった」
「お二人って、なんだかんだ面倒見がいいですね」
「そうだろうか?」
「?」
首をかしげる二人に、ファルがニコニコ微笑んで頷く。
「さ、魔女様方のお弟子さん達に声をかけて、食事の準備に入りましょう」
三人は神殿前の広場に行って魔女の弟子達に声をかけ、訓練に混ざっている冒険者の数を数えて朝食の準備に入った。
南の魔女は神殿のあちこちを駆けずり回り、隙間に潜んでいるちびっこ達を回収していく。
「ちょぉっとぉ!なんでそんな隙間に入っちゃうのよぉ!もう!【風の網】!」
「きゃぁ!見つかっちゃったぁ」
「次はあっちね!み〜つ〜け〜た〜わ〜よぉ〜」
「見つかっちゃったぁ」
「はぁ、これでチビ達は全部かしらぁ?」
風魔法で捕獲して、再度逃げられないように自分の後ろに浮かせて、子ども達を運ぶ南の魔女。子ども達の方はと言えば宇宙遊泳状態で移動と言う滅多にない体験でキャッキャとはしゃいでいる。
「さて黒紅ちゃんはぁ……、あっちねぇ」
真剣な表情で魔力感知を高め、より魔力の濃い場所へと向かう南の魔女。後ろの子ども達のはしゃぎ具合で、真面目な表情が台無しである。
「黒紅ちゃん!降りてらっしゃい!」
『ぬ、見つかってしもうたか。残念。お、童子達は楽しそうじゃな。魔女殿、妾にも魔法をかけてたも』
「黒紅ちゃんたらぁ。自前で飛べるんだから、わざわざ風魔法で浮かなくってもぉ」
『自前とは違うことをしてみたいのだ!』
「はいはい」
諦めた南の魔女は、黒紅にも風魔法をかけ、子ども達の中に放り込む。
『ワハハ、これは楽しいな』
「「「「「ね!」」」」」
「ご機嫌ねぇ。さてぇ、最後はシルヴァンねぇ。あの子ったら、隠形のスキルどれだけ上げたのよぉ。こうなったら奥の手ねぇ」
『魔女殿、奥の手とは?』
「ふっふーん。シルヴァン!朝食にするわよぉ!」
「オン!」
『……食い意地の張った奴め』
「捕まえたわよぉ」
「キャウ」
南の魔女は、投降してきたシルヴァンも風魔法で捕獲し、子ども達の中に混ぜる。
「疲れたわぁ。本当にあんた達と来たらぁ!真面目に訓練しなさぁい!」
『うっ、はい』
「キュゥ」
「魔女様こあい」
「うぐっ。怖くないわよぉ」
涙目になった一番小さいのの機嫌を取りながら、神殿の食堂へ足を向ける南の魔女であった。
子ども達は、朝の一仕事を終えた親や兄弟姉妹達に連れられて家に戻り、神殿組と訓練に来ていた冒険者達が朝食を済ませ、それぞれの用事を始める。
シルヴァンと黒紅は、今度はヴァレーリオの調薬の手伝いをする。もっぱら風魔法で薬草を粉末にしたり、魔法の火で薬草を煎じたりと魔力の微調整の要る、魔法の使い方の訓練を兼ねているのだ。
『おじじ殿、この大鍋を弱ーい魔法の火で次の鐘が鳴るまで煮るのじゃな?』
「うむ。よいかな?この程度の火だ。これ以上弱くても強くてもいかん」
『任せるのじゃ!さっきの練習でだいぶ魔力の調節ができるようになったからな!』
「頼んだぞ?」
「オンオン!」
「そうそう、シルヴァンはそこの乾燥させたウコンを粉にするんじゃ」
「オン?」
「うむ、それぐらいのきめ細かさなら十分だな」
「オン!」
それぞれ仕事を与えられ張り切るシルヴァンと黒紅。ヴァレーリオの方は二匹の様子を見ながら、自分の調薬の仕事を始める。
「あれー?ヴァレーリオ様のやってるのって?」
作業台に並べられた薬草類の瓶を見た、ネスキオが首を傾げる。
「……カレー粉の調合」
「ぇえ?なんで?」
「今度のカレーの会で自分で好みに調合したカレーの審査会をするんだそうだ。わたしも兄上に調合したカレー粉を送りたいのに調合してる暇がない」
渋い顔をしたアルギスがブスッと言う。
「へ〜。自由だなー。帝国の神殿てもっとこうさー、ギスギスしてただろ」
「帝国の中央神殿に居た頃より、明らかに楽しくやってる気はする」
楽しそうに調合しているヴァレーリオの姿に、アルギスが肩をすくめる。
「実際、いろいろ起こって楽しいもんなー。アルもなんだかんだ楽しいだろー?」
「大変なんだが、楽しいのを否定出来ないのがなんか悔しい」
「なんで?」
「リエに踊らされてる気がして」
「ああ、それは否定できないねー。ああ見えてパン屋さん、うまいことできないところはできるやつに仕事を振っちゃうからな。で、その後の様子もちゃんと見て、仕事振ったやつが機嫌良く働けるようにしてるし。パン屋さん自分も大変になってるけど」
「そこなんだ。あれでリエが楽してたら、こっちも文句を言うんだが、やれることはちゃんとやるからな」
「コメの栽培もなんだかんだ、手伝ってくれてるんだろー?」
「ああ。ファル殿や黒の森の梟達からダンジョンのコメの生育情報を聞いて、いろいろ知恵を分けてくれてる」
「おかげで、今のところは順調に育ってるか。今度は、水を貯めた広い場所に一定の間隔で苗を植えるんだったか?」
「ああ」
「場所はどうする?」
「精霊様の協力を得て、魔女様方の弟子と一緒に村の中の水はけの悪い土地に土手を作って植えようと思ってる」
精霊の力を借りるというのも、アマーリエの入れ知恵である。アルギスの仕事は、人に仕事を割り振ることだからとゲオルグ様のマネをして、慣れていくと良いとアドバイスしたアマーリエだった。
「子ども達にも手伝ってもらう?」
「そうするつもりだ。泥まみれになりそうだが、皆でやるほうが手早いからな」
「うまくいくといいなー」
「ああ」
今のところ、ダンジョンの米の育成環境に似せて少しずつ米を育てているアルギス達だった。
7月10日、カドカワブックス様より「ダンジョン村のパン屋さん3〜美味しい携帯食を作ろう!編〜」発売です。よろしくお願いします。




