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緊張の解けたミカエラが、周りを見ながらアマーリエに話しかけはじめる。
「階段上り始めちゃいましたね」
「これはどこに向かうんです?」
「二階なら会議室ですけど、その上はご領主様方の泊まる部屋ですね」
どんどん階段をのぼり、二階三階を通過していくシルヴァンに、騎士達は首をひねりだす。
「この上は?」
「物置だったはずです。めったに誰も来ませんよ」
四階へは絨毯が敷かれていない、木の板がむき出しの階段が続く。
四階にたどり着き、その廊下の奥を見た後、アマーリエ達を振り返るシルヴァン。木の床の廊下にはうっすら埃が積もっている。
アマーリエ達の頭に響いていた泣き声は、聞こえなくなっていた。心なしか、空気もひんやりしたものになっている気がするアマーリエであった。
「あの」
アマーリエの声に肩をビクッと揺らすミカエラ。
「言わないでください!」
「いやでも」
「ぎゃー聞きたくない!」
「それでも言いますよ。何の足跡もないですよね?ネズミすら。それにですね、頭の中に直接聞こえてた、泣き声しなくなってませんか?」
ギャーギャーいい始めたミカエラを無視して、アマーリエが埃の積もった廊下を指差して、カクさんの方を見る。カクさんの表情もなにげにこわばっているようだ。
「あの。砦に幽霊とか出ます?というかそういう話はあるんですか?」
「……レイスの出る砦とかダメだろ?」
ちょっと呆れた目をしていうカクさんに、そりゃそうだと頷くアマーリエ。
「浄霊魔法は使ったが、効果がなかったぞ」
砦に居たノールが、状況を話す。
「そうなんだ。じゃ、なんだろ?とりあえず浄化魔法で埃とっちゃいますよ。窓開けるの手伝ってください」
「リエ、掃除どころじゃないと思うんだが」
「シルヴァンの鼻が馬鹿になったら困るんで、掃除優先です!」
埃のほうが気になったアマーリエは、窓を開けて浄化魔法を使って廊下を掃除する。きれいになった廊下を、シルヴァンが進み始める。
そして、廊下の突き当りの扉の前で止まったシルヴァンに、皆ゴクリとつばを飲み込む。
「この部屋なの?」
「オン!」
「鍵はかかってませんが、開きませんよ?」
扉の取っ手に手をかけたグゥエンの言葉にカクさんが唸る。
「え~。何か魔力で鍵がかかってる状態とか?」
何やら面白い状況にワクワクしはじめるアマーリエ。
「ミカエラ?」
「ううううう、調べますぅ」
ミカエラは探索魔法を展開して調べ始めるが、反応が思わしくないのか首を傾げはじめる。
「……単純に中から強い力で抑えてる感じなんです」
「ホへ~。シルヴァン、なんか聞こえる?」
アマーリエに聞かれたシルヴァンが扉にピタリと耳を引っ付ける。そして、シクシクと静かに泣いているような女の子の画像をアマーリエに送る。
「えーっと、幼い感じの女の子が静かに泣いてるような音がするのね?」
「オン」
「ひぅっ」
怯えはじめるミカエラを横目に、考えはじめるアマーリエ。
「ちょっと待った。幼い女の子?レイス?村にも出てたよね?噂にもなってたし」
「オン!」
「シルヴァン、もしかして、村でもなんか匂いしてたとか?」
「クゥ?」
「そこまではわかんないか」
「キュゥ」
「アマーリエ?」
「いや、祭りの前まで、村に女の子のレイスが出るっていう話があったんですよ。わたしも一回見ましたし」
「……聞いてないんだが」
カクさんの発言にええっと驚くアマーリエ。
「いや、結構、村で噂になってましたよね?噂話聞きませんでした?ただ出るだけの女の子のレイスの噂」
「初耳だ」
「情報収集大事ですよ〜。村の人と話しなくっちゃ」
「……こちらが丸裸にされるからな。侮れんのだ、あそこの村の衆は」
「……ま、たしかにそんじょそこらの諜報員より情報収集能力高いですもんね」
アマーリエとカクさんは深々とため息を吐き、苦い顔をする。
「で、カークスウェル様、どうするんですか?」
「開けるしかなかろう」
聞いてきたミカエラに、扉を指差してあっさり答えるカクさんであった。
「……ここに魔法職は一人。私が開けるってことですよね?」
「そうなるな」
無情なカクさんの言葉に涙目になるミカエラ。
「あの、無理だと思います」
「オン」
「「「「リエ?」」」」
「私のざっくりな魔力感知ですら、ミカエラさんの方の魔力量のが少ないのはわかりますから、どう考えても力負けしますよ?」
「ですよね!明らかに向こうのほうが莫大な魔力量ですよね!私ひしひしと、肌で感じてますから!」
「無理か?」
「無理です!」
「対抗しうる魔力持ちは?」
「黒紅ちゃんかなぁ?魔女様方もここまで魔力量はないし」
「黒紅ちゃんとは、今朝の古代竜のことか?」
「あ、グゥエン様達はまだ紹介してませんでしたね」
「……古代竜?」
「アルバン村にエンシェントドラゴンの家族が住むことになったんです」
まだ確定していないが、誰も拒否れないだろうということで決定事項として話すアマーリエ。
「家族ぅ?」
話を聞いていたノールが、耳を抑えて首を横に振りだす。関わりたくないという消極的な意思表示であった。
「いや、ちょっと待てアマーリエ。古代竜並の魔力の持ち主が、この扉の奥に居るというのか?」
カクさんが、今朝の古代竜の圧倒的な力を思い出して顔をひきつらせる。
「そこまでの魔力じゃないですけど。人よりか遥かに多いですよ。ね、シルヴァン?」
「オン」
素直に同意するシルヴァンに、絶句する騎士達。
「一旦撤退します?」
「するしかなかろう」
「多分、黒紅ちゃんを呼べると思いますけど、ただですね」
呼んだらシャレにならないことになりそうだと思い、言葉を濁すアマーリエ。
「言わずともわかる。あの古代竜達のような力同士がぶつかりあえば、砦なんぞ跡形も残らん」
カクさんも、視線でアマーリエに絶対呼ぶんじゃないぞと言いながら、想定しうる事象を口にする。
が、物事というのはそううまくいく訳ではない。
突如アマーリエの前に、転移の魔法陣が浮かび上がる。
「あ……れ?なんか来た?魔女様か?」
流石に何度か転移魔法に付き合うことになったアマーリエ。目の前のそれが何を意味するか気が付き、驚きに目を見張る。
『主!実は……』
魔法陣から小さなままの黒紅が登場する。それに反応したのか、しまっていたはずの扉が大きな音をたてて開き、中から巨大な魔力の膨れ上がる気配がする。
「退避!」
叫んだカクさんに、襟首をひっつかまれるアマーリエ。だが、逃げようにも逃げようがない。
「シルヴァン!黒紅ちゃんも!全力で私の防御魔法真似して!【アイギス】」
アマーリエの魔法の防御幕の上からシルヴァン、黒紅が言われるがままに真似をして防御幕を張る。
三重の防御幕は、瞬時に騎士達をも包んで構築され、扉の向こうから放たれた攻撃魔法を思い切り跳ね返した。
跳ね返された魔法の巨大な溶岩石は、砦の壁をあっさりぶち抜き、はるか向こうに見える魔の山に着弾したのであった。
「ま、間に合ってよかった」
結界の中で腰を抜かしそうになるアマーリエ。騎士達は自身の戦闘系スキルを展開し、武器と盾を取り出して防御幕の中で身構えたまま、部屋の中を注視する。
シルヴァンは、扉の向こうの砦の溶けた石壁に空いた大穴と、そこから見える景色に目が点になっている。
『おお!主の防御魔法はすごいな!魔法の反射とはまた違う!土魔法を跳ね返す、なんという弾力性か!』
今の状況を娯楽程度に認識しているのは、自身も巨大な魔力を持つ黒紅だけである。
『ウッ、ワーン』
「「「「「!」」」」」
『なんぞ?』
突如頭のなかに響く幼女の大泣きと、同時に始まった砦の揺れに、ビクリと身をすくませるアマーリエと騎士達。黒紅の方はふよふよ自前の羽で飛びながら首を傾げて、防御幕ギリギリまで扉に近づいていく。
『主、中に精霊がいるのだが?』
「せいれい?」
『うむ。属性は土のようだ』
「土の……精霊?って、えーっと、精霊って建国の伝説とうちの領地にまつわる、あの精霊のこと!?」
『あのがどれをさすのか知らぬが、土の精霊なのは確かぞ』
アマーリエの今生での知識の中にある精霊は、子供の頃、親やゲオルグから聞かされた領地の昔話に出てくる、初代王とバルシュテインの初代領主の精霊との冒険譚である。
その、アマーリエの素っ頓狂な声に、ハッとなる騎士達。
「あの御伽ばなしの最後って、確かバルシュテインに領地を賜った初代様を守る誓約をして精霊が眠りについたって終わるんでしたよね?」
「そうわたしも、親や祖父母から聞いてますよ。バルシュテインは精霊の加護とともにあるって」
杖を握りしめたミカエラが緊張したまま答える。
「カークスウェル様?」
最年長かつ騎士としてゲオルグの側近くに居て、他より情報を持っていそうなカクさんに、疑問の視線を投げるアマーリエ。
「いや、精霊の加護があるのは確かだが」
「?」
カクさんの言葉に首を傾げるアマーリエ達。
今ここにいるカークスウェル以外の騎士、グゥエンもミカエラも砦はじめて組で、ノールにしても魔物の暴走は経験していないため、まるっきり情報を持っていない。
「二十年毎の魔物の暴走に、加護が働くんだ。だが、本当に、砦に精霊がいるという話は聞いてないぞ」
愕然としたままカクさんが、アマーリエに答える。
「え、じゃあ詳しいことは大隠居様にもわかんないかもしれないってことなんじゃ?」
慌て始めるアマーリエに、黒紅がのんきに声をかける。
『主、妾が連れてきてやろう。本人に聞けばいい』
「え」
「「「「本人?」」」」
『精霊なら言葉は通じるからな』
そういって、防御幕を通り抜け(術者が自分の意志で幕の外に出ることはできる)、部屋の中に入っていく黒紅。
「大丈夫なのか?」
「さぁ?言葉が通じても話が通じるかは別問題ですよね?」
「リエ!碌でも無いこと言うんじゃない!」
「いやだって、古代竜と精霊ですよ?種族違うじゃないですか。わたしとノールさんだって、言葉は通じてますけど話は通じてないでしょ?しょっちゅう」
「それはお前の中に、自重っていう言葉がないからだ!」
「自重はしてますって!想定外になってるだけ」
「「「言葉は通じてるが、確かに話は通じてないな」」」
二人の会話に、共感した三人がボソリと突っ込んだ。
「キュゥ」
収拾がつくのか心配になったシルヴァンが、みんなの顔を順繰りに見つめる。
『これ、そこな精霊。泣き止め。妾の主が用があるから、ちょっと来い』
「うわー、すごい上から言っちゃったよ、黒紅ちゃん」
「オン」
「でも、実際、古代竜の力の方が上だからいいんじゃないかな?」
首を傾げながら、アマーリエの言葉に反応するミカエラ。
「黒紅ちゃんや?」
アマーリエが呼ぶと、人の手のひら程度の大きさの幼女型の精霊を爪で摘んで黒紅が出てくる。戦意喪失状態の小さな存在は、泣きはらして目が真っ赤になっている。
『この小さいのが、土の精霊じゃ。主は初めて見るのか?』
そういって防御幕の中に入り、薄茶色の色味をした精霊をプラプラ振って、アマーリエ達に見せる黒紅。騎士達の方は内心冷や汗モノである。
「うん。そもそも、精霊の存在自体、黒紅ちゃん達古代竜以上におとぎ話に近かったしね。南の魔女様とか西の魔女様とかなら見たことあるかもしれないけど、それも聞いてみなきゃわかんないぐらい、稀な存在だよ」
アマーリエにしてみれば、精霊の加護など、建国や統治の際の箔付けのための与太話ぐらいにしか考えてなかったことである。しみじみと自分が前世とは違う世界に生きているんだと実感しているところである。
『では、良いものを見たな!』
そういってぽいっと、アマーリエに精霊を放り投げる黒紅。アマーリエは慌てて精霊をキャッチする。
「ちょ、黒紅ちゃん、手加減手加減!」
『ぬ、そうじゃった。でも主、精霊は主達より形は小さいが、遥かに頑丈ゆえ大丈夫だ』
ドヤ顔する黒紅に、色々諦めたアマーリエであった。




