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領都のお屋敷で突如膨れ上がった魔力の大きさに、悲鳴を上げて目を覚ましたウィルヘルムであった。
「きゃー、食べられる!」
「失礼しちゃうわねぇ!好みじゃないわよぉ!っていうか、なんで言うことが芋っ娘とおんなじなのよぉ!」
「はっ、南の魔女様、おはようございます。お久しぶりです?」
ベッドからのそのそ降りて、挨拶を始めるウィルヘルム。
「はい、おはよう!久しぶりねぇって、それどころじゃないのぉ。すぐに村に行くわよぉ!」
「……落ち着いてください、魔女様。朝ごはん食べてません」
「なんで、こう食い意地がはってるところまでそっくりなのぉ!」
「領民と領主は一心同体ですから」
「キリッとした顔して嘘くさいこと言ってんじゃァないわよぉ」
「ひどいー」
「ウィルヘルム様、何事でございますか?」
主人の寝室での大きな魔力の発動に気付き、そっと扉を開けて中を確認するダール。
「あ、ダール。南の魔女様に強制連行されそうなんだけど」
「魔女様、ごきげんよう。急ぎの御用とは?」
何があっても動じないダールは、侍従にゲオルグを起こすよう言いつけ、ウィルヘルムの支度を手伝い始める。
「あら、ダールも久しぶり。村で大事件なのよぉ!」
「大旦那様から、古代竜が村に来た経緯を伺っておりますが、その件でございましょうか?」
ウィルヘルムの着替えを手伝いながら、南の魔女と会話を続けるダール。
「そのご両親も来ちゃったのぉ」
「え」
「で、村にしばらく逗留したいって。竜だからそのしばらくが人の感覚とあってんのかわかんないけどねぇ。村に滞在するのには、ご領主の許可が要るでしょぉ?」
小首を傾げる南の魔女に、目をキラキラさせて竜に思いを馳せるウィルヘルム。ダールは気が遠くなりかけたが、踏ん張り直して原因の名を挙げる。
「……アマーリエのせいでございますか?」
「ンー、遠因はあの子だけどぉ。なんか、他にも村の先にある魔の山に用があるみたいなのよぉ。卵を育てるのに魔力が要るとかなんとか」
「抱卵中の竜を村でですか?危なくないの?大丈夫なのかな?断る力は欠片も持ち合わせてませんので許可しますけど、陛下にもご許可を頂く必要あるよね?」
寝起きの頭で、浪漫の方に割合が割かれたため、領地に古代竜がいっぱい居たらどうなるかまで頭が回っていないウィルヘルムであった。
ダールの方は、それを踏まえた上で、使えるものはなんでも使うつもりになっていたため、ウィルヘルムに一つ頷いて答える。
「陛下ですら、断るお力などお持ちじゃないでしょうな。せっかくですから、住人としてしっかり領地経営を手伝っていただきましょう」
さっさと領地経営に組み込むことを決めるダールに、南の魔女が相変わらずねぇと肩をすくめる。そこに寝間着のままのゲオルグが駆けつける。
「南の!何があった!」
「ンー、色々ぉ?なんであの子が絡むと物事が突拍子もない方に転ぶのかしらぁ?」
「いつも、いつも、あの娘は!」
流石に立て続けに大事件になり、キャパオーバーになりつつあるゲオルグであった。
「大旦那様、落ち着いてくださいませ。今回はアマーリエのせいばかりとも言えぬようです。とりあえず、皆で村に行くしかないのでは?」
「父上にも連絡して、陛下に古代竜が増えることをお伝えしたほうが良いのでは?お祖父様」
「古代竜が増えたじゃとぉ?」
「なんでもご両親がやってきたとか」
「……なんでそうなったんじゃ?」
「さぁ?行って詳しい話を聞いたほうが早いですよ」
ウィルヘルムは屋敷の中での缶詰から開放されそうな状況に、ウキウキしている。
「そうじゃな。来て早々悪いが南の、村に跳んでくれ」
「もちろんよぉ。東のは?」
「まだ寝て居るんじゃないか?」
「寝起き悪いからぁ、あたしが起こしてくるわぁ」
「……そうじゃったの。頼んだ。ダール?」
「大旦那様も若旦那様も、食事の用意はできておりますから、まずは腹ごしらえを済ませてくださいませ。南の魔女様、ご案内いたします。」
ダールに頷いて、食堂に向かうウィルヘルムとゲオルグであった。ゲオルグの背中が、心なしか煤けている気がしないでもない有様であったが。
「ねぇ、アマーリエっていっつもこんな騒動起こしてんのぉ?」
「年々規模が大きくなっておりますな」
「……あたしぃ、皇帝陛下の依頼引き受けるんじゃなかったわぁ。いつの間にか巻き込まれちゃってるしぃ。護衛するより大変なんだものぉ、精神的にぃ。心臓保つかしらぁ」
心臓のあたりを両手で覆いながらため息を吐き、ダールの後を追う南の魔女であった。
そしてこちらは結界が復元以上に修復されたアルバン村。
「すごいな。以前よりさらに強化された上に三重になってるよ」
西の魔女が目に魔力をまとい、結界を精査していく。
「すごいですね、お師匠様!」
キャイキャイとはしゃぎながら結界の精査を手伝い、古代竜の凄さを話す魔女の弟子達。おそらく、今いる魔法使い達の中で自分達以上の貴重な体験はしていないだろうと、かなり興奮気味である。
『どうだ?すごいであろう!』
巨体で反っくり返る黒紅、皆やんやと褒め称え始める。
「ああ、すごい。これなら完全に魔物の暴走は防げるな」
大真面目な顔で頷く西の魔女に、魔女の弟子たちがすごいーと黒紅達に憧憬の視線を向ける。
「じゃあ、近隣の村の人達もここに避難すれば安全ですかね?」
「ああ。そうなれば、冒険者達や騎士達も魔物の殲滅の方に全力を向けられるな」
アマーリエに答える西の魔女の言葉で、歓声を上げる村人達。スタンピードの際、いつもなら点在する村の防衛にも戦力を残さねばならず、その分魔物の殲滅に時間がかかっていたのだ。
「魔女様、とりあえず村は安全なんでしょうか?」
アマーリエの首根っこを、逃げられないように掴んで捕獲したグゥエンが、西の魔女に話しかける。
「ああ。前よりも安全だぞ。外からの魔法攻撃が反射されるようにもなってる」
「わー、リフレクションだ。すごい」
「オンオン!」
「なら村の方は、村の人達に任せておけば大丈夫ですね」
アマーリエとシルヴァンを一睨みで黙らせて、グゥエンが西の魔女に確認する。
「そうだね。問題ない。古代竜達に関しては、南のがご領主方を迎えに行っているから、彼らが解決するだろうね」
「わかりました。アマーリエ」
「なんでしょう?」
「在庫のパンをありったけ、砦に売ってくれ。お前の事だ、かなり作ってあるだろう?」
「はいぃ?」
「砦の厨房が壊れて、食事の用意ができんのだ」
グゥエンの言葉に、アマーリエを始め周りに居た人々が目を丸くする。
「何があったんですか?」
「わからん。砦に緊急警報が鳴り響いて村の結界が破れたことがわかった。と同時に厨房付近で爆発する音が聞こえた。我らは、すぐに村の様子を見るためにこちらに来たから、厨房が壊れたぐらいしかわからんのだ」
「パンがなければ米を食えばいい。備蓄庫に余ってるんですよね?」
どこかの国の王妃様が、いったか言わないかのようなセリフをはくアマーリエ。
「調理方法がわからん。不味いと士気に関わる」
「ウグッ。わかりました。教えますから」
「騎士様、うちの簡易焜炉持っていきな。火がなけりゃ、料理も大変だろう」
「おう、炊き出しで余った料理も持ってけ」
そばで聞いていた魔道具屋のベルクや、炊き出し有志組ができることを申し出る。
「お力添えありがとうございます」
「なんの。いつも村を守ってくれてるのは砦の騎士様達だからな」
「パン屋さん、今日は店休んで、砦の炊き出しを手伝いに行ってやんな」
「村の方は、料理を習ったやつに任せとけ。どうせ今日はどの店も休みだ。仕事になりそうもないからなぁ」
騎士達を助ける機会ができた村人達は、恩返しのためにさっさとアマーリエをグゥエン達に差し出したのであった。そしてそれぞれ、古代竜との会話や新しい防具や武器の話に花を咲かせるつもりの職人達であった。
「はいー。砦に行ってきますよ。いつもお世話になってましたし。砦でダンジョンの米がいつでも炊けるようになれば、心強いですしね」
「騎士様、ちょっと待ってろ。すぐ用意してくるからな」
「アマーリエと支援物資を砦まで運ぶぞ、グゥエン殿」
ベルンが、手伝いを申し出る。
「助かる。冒険者ギルドに依頼を出してくる」
軍馬とは言え、流石にもう一人載せて無茶な走りをさせられないため、ベルンの申し出を受けるグゥエンであった。
「わかった。では一緒に冒険者ギルドへ。ミルフィリア!受付を頼む」
「わかりました。行きましょう。バネッサ様!冒険者ギルドの方でも砦に支援を送る準備を」
「ええ。こちらでできる最大限、お手伝いいたしましょう」
そんなこんなで、急遽店を休みにして、砦に出張炊き出しに行くことになったアマーリエであった。




