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おまっとさんです。
宴会のさなか、黒紅からダンジョンを出ることになったいきさつを聞いた緑青は、腹を抱えて爆笑中である。もちろん笑われている黒紅は、小さな姿のまま涙目で、ポカポカと緑青をたたいているが、緑青にはまるで効いていないようである。
「叩くならこちら側にしてください」
そう、黒紅に言って背中を向け、肩たたき代わりに使っている緑青であった。
「そなたのところの魔狼、ぼやっとしているように見えて、知恵で古代竜を制するとは、なにげにやるな」
緑青の側で話を聞いていた帝国のやんごとなきお方は、真面目な顔で給仕に徹しているアマーリエに話しかける。
「そこでダンジョンに置いてくればよかったんですけどねー。連れて帰ってきちゃったから、結果これですよ」
肩をすくめて、宴に興じる人々を見渡すアマーリエ。王妃は、魔女達と温泉の美容効果を話しながら、デザートのプリン・ア・ラ・モードを堪能中である。
王太子はと言うと、アルギスと一緒にカツカレーを楽しみ、米と鬱金の栽培について話し合っている。
順調に温泉とカレーの布教が進んでいるようである。
「……ウム、驚きである。まさか、あの伝説の黒炎の竜とはなぁ。この塩揚げ鶏の追加を所望する」
頷いて口の中のものを咀嚼しきった後、アマーリエに答えた王国のやんごとなきお方であった。
「はい、どうぞ」
「そなたの魔狼は何を思うて、古代竜を連れて帰ってきた?」
「……私に見せたかったみたいなんですよね。良いもの見つけてきてねと言っちゃいましたしね。ま、そりゃ、古代竜なんて街に居たら見ることなんて一生なかったでしょうからねー」
「「「「……」」」」
解決策(責任の転嫁先とも言う)を見出したため、遠い目をしながらも、わりとあっけらかんと答えるアマーリエであった。喉元をすぎればなんとやらである。
「犬の子や猫の子じゃないんですから、今度は考えて拾ってくるように言いつけます」
古代竜を子犬や子猫扱いされてはたまったもんではないと、巻き込まれた人々はしみじみ思う。
黒紅の自己紹介と言って、スキルの紙の読み回しを無理やり(緑青も同意した)させられたやんごとなきお方達。飲んでるものや食べてるものを辛うじて噴き出さずに済んだのは、日々、貴族達との肚の読み合いの成果である。
「それでですね、馬鹿が馬鹿な真似をしないように、竜の鱗と加護が得られる機会を作ろうと思うんですよ」
「「フム」」
「はぁ、久々に大笑いさせていただきました。それで、世界を巻き込んでの食の祭典が、どうそこに絡むんです?」
頷くやんごとなきお方達と笑いの収まった緑青がアマーリエに先を促す。
「単純に言えば、食の祭典で各国の料理を競ってもらうんですよ。その優勝賞品に竜の鱗と竜の加護をつけようかと」
「鱗を?」
「怒らんのか?」
黒紅の昔話を知った両やんごとなきお方が、顔をひきつらせる。
「黒紅ちゃんとはちゃんと交渉しましたんで、生え変わったのでよければかまわないと、許可もらいましたし」
「「「「え」」」」」
「ベレスフォード商会の元会頭も交渉して、鱗もらってましたよ」
「ぬぅ、ベレスフォードならばかなりの交渉手腕を持っていようなぁ」
「うむ、かの豪商の凄さは、我が国の文官としても通用するからな。あとで招聘して、どうやったのか聞かねば」
交渉内容はあえて伏せて、アーロンにしっかり報復したアマーリエであった。
が、感心するやんごとなきお方たちには絶対、黒紅の食い気重視の交渉内容は言えないなと目をそらしたアマーリエであった。
「なぜ、あなた方はそんなに竜の鱗や爪を欲するのです?あなた達にしてみれば抜け毛や切った爪ですよ?」
緑青が首を傾げてやんごとなきお方たちを見る。言われた方は複雑な表情を浮かべて互いにどういったものかと視線で相談しあっている。
「あはは。そう言っちゃうと身も蓋も無いんですけどね。人にしてみれば古代竜は浪漫なんですよ。憧れです。滅多にお目にかかれない、限りなく強い者に対するね。その証に鱗がほしいと思うんですよ」
アマーリエが代わりに答え、それにやんごとなきお方たちがウンウンと頷いている。
「ふむ。あなた達にしてみれば価値があるわけですね。黒紅」
『呼んだか?』
ゲオルグに料理を取り分けてもらいながらせっせと食べていた黒紅が、緑青の方に飛んで行く。
「鱗を何と交換したんです?」
『内緒』
「黒紅?」
緑青の威圧に慌ててアマーリエにしがみついた黒紅であった。
「黒紅ちゃん、ひ弱な人間を盾にしないでね」
「そう言いながら、あなた、欠片も私の威圧に堪えちゃいないじゃないですか」
とばっちりを受けて動揺している他の人間達をちらりと見て、威圧を解いた緑青がアマーリエに言う。
「えー、気のせいですよー」
『いや、主の心臓は欠片も動悸が激しくなっておらぬぞ?』
アマーリエの胸元にしがみついていた黒紅が、アマーリエを見上げて首を傾げる。
「心臓には毛が生えてるんです、わたし」
『そうなのか!』
「黒紅、真に受けるんじゃありませんよ」
『ぬ?』
「ただの喩えですよ。図太い人間の心臓は、毛が生えてるんだって言われるんです」
『ほう。なら、緑青の心臓はボッサボサに毛が生えているのじゃな』
そういった黒紅に、緑青はニッコリ微笑んで、黒紅を震え上がらせた。
「威圧ですけど、そこに敵意がなきゃあんまり気にしない方なんで。交渉事で相手に飲まれてちゃ、話になんないですし」
「ふむ。うちに欲しい人材ですね、よろしい、私との交渉も許しましょう」
「え!緑青さんも、鱗を提供してくれるんですか?」
「そこはあなたの交渉の腕次第です」
「大隠居様、緑青さんに今、建設中の温泉そばの高級宿屋の一部屋、宿泊一生ただでどうですか?」
「構わんぞ」
「いかがですか?」
自分の懐を痛めず、緑青との今後の関わりがなるべく最小限になるように、交渉を持っていくアマーリエ。アーロンが居たら自分の店に引き抜いたであろう。
「この、温泉マンジュウとやらも付けてください」
アマーリエが料理を並べたあと、時間が余ったので残っていたあんこを使って温泉で蒸して作ったのだ。
「いいですよー。ここのお土産の一つにするつもりですし」
アマーリエはこれで古代竜、イチオシの温泉まんじゅうとでも宣伝して、お土産で一儲けしようと肚の中で皮算用する。
「ふふ、交渉成立です」
「ありがとうございます〜」
安上がりな上にあっけない交渉をみて、やんごとなきお方たちは目を白黒させている。
「抜けた鱗はどうすればいいのです?」
「端に穴を開けていただいたあと、細工職人に賞品らしくちょっと体裁整えて加工してもらっていいですか?」
「構いませんよ」
「やった!鱗増えたから、料理を部門別に分けて競うことができそう!」
「はっ!話がだいぶ逸れていたな。食の祭典のほうだ」
「えっとですね……」
我に返ったやんごとなきお方たちに、アマーリエは、四年後に帝国か王国のどちらかで料理の世界大会を料理の種類、部門別に開催したいと説明する。世界大会開催までの間に、参加したい国ごとに、その国の中で部門別の参加者を決める国内大会をしてもらうことを話す。
「なるほどな。部門ごとにすれば、竜の鱗や加護を得られる者も増えるな」
「国ごとに選抜することで、国の中も経済が発展するわけだな」
「生活魔道具も各国で発達することになるでしょうね」
「いろいろな領地や地方のものを食べる機会が増えれば、人の行き来も増えるようになりますね」
「そのためには街道の整備や安全の確保も必要になる」
次々に、やんごとなきお方たちは食の祭典のために課題をあげていく。
「そうなれば、運用資金も膨大になるぞ?」
「ムフフ。はい、これ」
アマーリエは革袋を三つ、テーブルの上に乗せる。帝国と王国のやんごとなきお方は小さめの革袋を、それぞれ手にとって中身を取り出した。
「……素晴らしい」
中から出てきた、七色に輝くブリリアント・カットされた石に注目が集まる。
「これは?」
「竜の雫です」
アマーリエの言葉に、やんごとなきお方達、慌てて手の中の石を大事そうに掲げ持つ。
「……これが、あの幻の……」
「大きい方は、もとの大きさのを半分に割って、黒紅ちゃんに研磨してもらったんですよ。キラキラして綺麗ですよね。王国と帝国で一個ずつ持っててください」
「小さい方は?」
「参加国にでも、資金としてわたしてください。加工せず、そのままの状態です。細工師のスキルのレベルアップに使ってもらうのもありかなーと」
「どこで手に入れた?」
「黒紅ちゃんからです。閉じ込められたせいで、泣いちゃったみたいで」
「あの、魔狼の手柄か……」
顎を撫でながら、シルヴァンの姿を思い浮かべる帝国のやんごとなきお方。
「そなた良いのか?一財産どころでないぞ?」
皇太子が、首を傾げながらアマーリエに問う。
「そんな怖いもん手元にあったら、生きた心地がしないんで、遠慮なく使ってください」
「欲がないな」
「命のが大事ですから。あー、これで一安心」
心底安心した表情を浮かべるアマーリエに、ゲオルグが苦笑いを浮かべる。
「ほんとうに綺麗ですわねぇ。竜の涙が凝って、石になると聞いています」
王妃がため息を吐いて手のひらの小さな竜の雫を見つめる。
『少し鼻水も混ざってしまったがな』
ニコニコと黒紅が事実を話す。
「「「カラッ」」」」
やんごとなきお方たちの手から、竜の雫が机に落ちる。黒紅はその様子に首を傾げ、緑青は手で顔を覆う。
「……そう聞くと有り難みが失せるな」
苦い顔をした帝国のやんごとなきお方は、指で竜の雫を摘んで革袋にそっとしまう。王国のやんごとなきお方達も、それぞれ石を革袋に戻して、ため息を吐いていた。
「色々聞いちゃうと、あっさり手放せますよねー」
「うむ。他の者には内緒だな。価値を下げるわけにはいかぬから」
アマーリエは、今回のダンジョン探索メンバーに竜の雫がいるかどうか聞いたのだが、その際にも黒紅が鼻水も混じったと言ったせいで、みな謹んで辞退したのである。
色々、浪漫をぶち壊されまくった人々であった。




