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ちょっと長めになります。
アマーリエはバネッサに成功例がないと周りも動かないだろうから、取り敢えず美味しい携帯食と支援系食事アイテムに関して、ちょっとずつ草の根運動的に平民が自発的にやる方向でアルバン村で試験運用しておかないかと提案しておいた。
美味しい携帯食を作るにしても廉価版の焜炉が普及しないことには話にならないと思ったからだ。それに、魔法瓶や魔法マグももっと量産体制が整うか、もっと安価な器が登場しないと仕出しするにしても値段が下げられない可能性もあるからだ。器返却をシステム化して、ゴミを出さないよう今から整えるというのも重要かもしれないなどなど、バネッサと話しているうちに思いついたことをアマーリエは、心のなかに記しておく。
なんにしても最初から予防線の張り様次第で公害が起こらないようにすることは可能だからだ。
そして保健衛生の体制も作っておく必要がある。ダンジョンで食あたりとか、命の危機が増えるだけなので。
アマーリエはつらつらと考えながら、バネッサにただこう言うにとどまった。
「美味しい携帯食や支援系食事アイテムを運用するにあたっても、多分色々問題が起こると思うので、問題が起こる前に先に防ぐための規則なり運用の仕方なりを考える必要がありますけどね」
「そうですか。では、やはりアルバンで試験運用するのが良さそうですね」
「はい。後、地域性や運用資金などアルバンで上手く言ったからと言って他方でうまくいくとは限りませんので、もしやってみたいところがあるんでしたら、一度アルバンで運営してるところで実際に働いてもらうとか、アルバンから職員を派遣して指導するとか、ゆっくりじっくり腰据えてやるほうが良いですね。一朝一夕にはいかないでしょうから」
「わかりました。まずはアルバン村の各ギルドや役場と調整を始めてみます。アマーリエさんには顧問という形で参加していただけたら助かります」
「美味しいものが、皆に広まるためでしたらお受けします」
「では顧問料は、成功報酬ということで」
「!」
ニコリと笑って言うバネッサにやられたと内心で臍を噛むアマーリエ。
「自信はありませんか?」
「いえ。流石は王国冒険者ギルドの上に立つ方だなあと思ったまでです。やってみせましょう、アルバン村美味しい携帯食事業。冒険者ギルドの懐を空にするほどの成功報酬にしてみせますよ」
バネッサ以上ににっこり笑みを浮かべて自信たっぷりに言い切ったアマーリエだった。売られた喧嘩は勝算があるものに関しては100倍で買い取ることにしているちゃっかりアマーリエ。負ける喧嘩は絶対しない主義である。
アマーリエの様子に、内心で冷や汗をかき始めるバネッサだった。
「ホホ。お手柔らかに」
「ふふふ、全力で応らせていただきますね?」
女二人の言葉の応酬を震えながら見ているビンセントであった。
「では、私は早速関係各所に伝達して、場を整えますわね」
「お願いします。では私はこれで御暇させていただきます。あ、そうだ。ショーンさんでしたっけ?」
いきなり声をかけられた警備員ショーンは慌てて頷く。
「その素晴らしい捕縛技術、スキルですか?」
ロープで見事に縛り上げられ、身動き一つ取れないビンセントを指差してにっこり問いかけるアマーリエ。
「いえ、家に伝わる技です。家族はみな使えます」
「なるほど。ぜひその技を騎士の皆様方にも伝授していただきたいほどです。バネッサさん、大隠居様にぜひショーンさんを紹介したいんですが?」
「ショーンさえ良ければ問題ありませんよ。捕縛術ですか、冒険者にも指導してほしいですね」
「ですよね!ショーンさん?」
「え、あ、家族と相談してからでも?」
「もちろん!一応大隠居様にはこういう方がいらっしゃるとだけお話を通しておきますね。話を聞いたら大隠居様から直接話が来るとは思いますが、無理なら断っても大丈夫ですよ。大隠居様、無理強いはしませんから」
「は、あ、わかりました」
アマーリエから話を聞いたゲオルグが、見てみたいと直ぐ様、お供二人を連れて冒険者ギルドに行き、ビンセント(一番暇そうだった)を素材に、捕縛の仕方を身に着けたのはここだけの話である。
暇乞したアマーリエは、そのまま神殿へとシルヴァンを迎えに行く。とっぷり日が暮れ、家々から明かりがこぼれ、道には人っ子一人居ない。
「遅くなっちゃったなぁ。シルヴァンお腹空かせてそう。早く迎えに行かないと」
いつもより早足で神殿に向かうアマーリエ。神殿に着くと、そのまま食堂へと向かう。そこで待っていると聞いていたからだ。
「……なんですか?この人数?え、アルギスさんまで何やってんの?」
こう見えて一応皇弟殿下なアルギスはダニーロとパトリックに混じってせっせと給仕をやっていたのであった。グレゴールとメラニーも配膳を手伝っている。
食堂はゲオルグを始めとする老人会に、銀の鷹と黒の森の梟の冒険者たち、商業ギルドの見知った顔と見知らぬ顔に占拠されていた。
「「「「ソースの会」」」」」
口の中があいた複数から返答が返ってくる。
「はい?」
各々から返ってきた長い話を要約するとアマーリエがまとめて注文したソース類が美味しいとそれぞれの耳に入り、なら皆で試せばいいんじゃないのという話になったらしい。ギルドの食堂でやると職権乱用になるから、神殿に場所を移したようである。
そして、アルギスが頼んだ新しい焜炉の試用運転も兼ねているとのことだった。
ちょっと呆れの入ったアマーリエが、傍を通ったパトリックにシルヴァンはどこかと尋ねると食堂でせっせと米を炊いていると答えが返ってくる。銀の鷹と黒の森の梟が採集してきた米を使い切っているらしい。
「……あの子何やってるの?」
どうやら褒められて、量産しているようであった。余った米は、アルギスや銀の鷹から話を聞いたダニーロとパトリックが後からおにぎりにすると言っている。
「シルヴァン?」
厨房に入って焜炉の前に陣取っているシルヴァンに声をかけるアマーリエ。
「オンオン!」
「お米炊いてるって?」
「オン!」
「もうそろそろ炊き上がるのね」
鍋の音を聞いて判断するアマーリエ。
「アマーリエさん!」
「ああ、ダニーロさん。なんか大事になってるみたいですけど」
「マリエッタさんから伺ったトンカツですか?素晴らしいですな!ソースに合います!神殿の鶏でも作ってみましたが、豚とはまた違った味わいになりましたよ」
「ああ、マリエッタさんの前でトンカツ作りましたね」
旅の道中でトンカツを作ったことを思い出すアマーリエ。
「ええ。再現はできないが手順は覚えているからと教えてくださったんですよ」
「なるほどなるほど」
「他に何かソースに合う料理やソースを使ったものはありますか?」
「炊きたての米を使うのもったいないですけど、オムライスとソース焼き飯作ってみます?」
本当なら冷やご飯で作りたいとお腹の中でつぶやくアマーリエ。キラキラ目を輝かせるダニーロにまずチキンライスとウースターソースを使った焼き飯を作ってみせる。
「なるほど!ソースを変えれば味が変わりますな!具材によっても変わってきますし」
「あとは、この間やったように卵で包む方法ともう一つ半熟のオムレツを乗せて切る方法があります」
「!他の方法もあるんですか!」
「半熟の卵が苦手な人も居るので好き嫌いが別れますけどね」
そう言ってアマーリエはチキンライスを作り、小ぶりのお椀に入れ、皿に伏せてご飯のドームを作る。浄化魔法できれいにしたフライパンで続けて半熟オムレツをこしらえる。
「で、このお椀を取って、その上にこの半熟オムレツを乗せ、真ん中に切り目を入れると」
チキンライスの山を覆うように、半熟のトロトロ卵が流れ出す。
「素晴らしい!」
「あとはここにケチャップを再度かけたり、違うソースを掛けても大丈夫です」
「ほうほう」
「あ!料理長ずるいですよ!新しい料理は一緒に習うとこの間誓ったじゃないですか!」
「うっ」
「「?」」
パトリックの言葉にダニーロが詰まり、アマーリエとシルヴァンは首をかしげる。
「あ、あなたも私が留守の間にあんかけごはんなる物を黙って教わっていたではありませんか!」
「だから、今度は一緒に習うって決めたんでしょ!」
ただの食い意地の張り合いであったようだ。アマーリエとシルヴァンは呆れた目で二人を見つめる。
「更にヴァリエーション教えましょうか?」
「「ぜひ!」」
「塩と魚醤で炒めた海鮮と野菜類と一緒に米を炒め、オムライス状にして、最後に片栗粉で作った餡をかけるんですよ」
「「おお!」」
「あとはそうですねぇ、ひき肉と玉ねぎをこの間のカレー粉で炒めて少々とろみを付けてから米にかけて、目玉焼き乗っけたりとかですね」
「「ふんふん」」
「ま、米は主張しすぎないので色々できるよって話ですね」
「「クゥ、奥が深い!」」
「慣れると、炊きたての米だけで十分なんですけどねー」
「オン」
アマーリエの言葉に頷くシルヴァンだった。
さて一方、バネッサはアマーリエが冒険者ギルドを去った後、自分の執務室にもどリ、先程までの話を熟考し始める。
「ふぅ。とんでもない娘ね。この私相手に怯みもせず挑んでくるなんて。魔力も少なく寿命も短い種族なのに……。このまま、あの娘と辺境伯が上手くやれば、辺境伯が王国から離脱する可能性も否めないし、領地ごとの格差が広がるばかりになる。やはりノイフェン侯爵が言うように辺境伯の力を削ぐ必要があるかもしれないわね。この間失墜したウルヴァ伯とは違ったやり方でね……」
バネッサは鏡を取り出すとノイフェン侯爵に連絡を取る。バネッサが持つギフトスキルの【鏡通話】を使ったのだ。そしてそのまま、今日話した内容を侯爵に伝えたのであった。もちろん、その話した内容を侯爵がどう使うかはバネッサの知るところではなかった。
バネッサは、珍しく判断ミスを犯していた。
別にアマーリエも三代居るバルシュテイン辺境伯も教えてくれと言われたなら、それ相応の報酬はもらうだろうが気持ちよく教えただろうし、お互いが発展するような別の知恵も出したはずである。基本的に相手を引きずり降ろそうという発想がないのだ。そんなことしても自分の立ち位置がずっと同じになるか、下手したら一緒に沈むことにしかならないとわかっているからだ。
荷物を持ちあい、助け合って一緒に山に登って、山の天辺からの景色を皆で楽しめばいい、そう考える人間に喧嘩を売るようなことをすれば、運から礼儀正しくしっぺ返しされることになる。
長く上に居て、貴族との交渉も多くなったせいか、バネッサは貴族対策の方に主眼を置きすぎ、アマーリエをそしてその後ろにいる辺境伯を見誤ったのである。
最良の結果を出すのであるならバネッサは辺境伯を通し、侯爵との橋渡しをして、両領地が共同で事業に当たる環境を整えるべきであったのだ。
結果、バネッサから情報を仕入れ、辺境伯を出し抜こうと勇み足となった侯爵家はやがて衰退の道をたどることとなる。
アマーリエとバネッサが話した時点での内容は、あくまで出発点であり、アマーリエの思いつきレベルでしかないからだ。悪く言えば、妄想レベルなのだ。
うまく実現実行するためには、その考えを具体的に実行する人物、調整する人物、運用資金の調達、諸々の現実を上手く捌く必要があるのだ。
ゲオルグに、携帯食騒動の話をして仕事を増やしてと毎度のごとく叱られたアマーリエは、近隣の領地も巻き込んで、人手不足は人を貸してもらって代わりに育てて返すことでチャラにしてもらえばいいと吹き込んだのであった。その結果、温泉村計画と流通関連事業、美味しい携帯食事業は、辺境伯領近辺領地と王領、アルギスによって巻き込まれた皇帝領で発展することとなった。




