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銀の鷹が帰ってくるまでの二日は、朝早くから(起きてるのはわかってるのよぉとは魔女さまのお言葉)南の魔女に連れられて何故か神殿で訓練されることになったシルヴァン。もちろんピーちゃん乗せで。
帰ってきたシルヴァンに画像念話であれこれ教えられるアマーリエ。ピーちゃんも何やら一生懸命喋っているが、こっちは何を言ってるのかはさっぱりだった。
シルヴァンの話によると訓練にはヴァレーリオもまざり、アルギスも一緒に鍛えられることになってしまったようだった。
パン屋の方の客足は落ち着いてきており、新しい物が出る時に忙しくなるぐらいだろうとアマーリエは見ている。
「今日もシルヴァンはいないのかい?」
パンを買いに来た村人に聞かれるブリギッテ。
「ええ。神殿でダンジョン探索のための訓練を受けてるそうですよ」
「神殿長様だけずるい!」
ブリギッテの話を聞いて、村人たちはヴァレーリオの噂話を始める。
「どうしたの?」
「アマーリエさん。いや、シルヴァンのこと話したら神殿長様に飛び火しちゃって」
「?」
「クスクス。神殿長様からシルヴァンは魔狼だけど、テイムはされてない状態でアマーリエさんちの子になってるから、シルヴァンに勝てない人は気安く触っちゃダメってお達しがあったのよ。皆シルヴァンがおとなしいし、愛想が良いから触ってみたくてしょうがないのよ」
アナスタシアが笑いながら話す。一応シルヴァンも距離感というものをわきまえていて、まとわりついても嫌がられなさそうなら、グイグイと構われに行っている。その最たる対象はダリウスである。
「ありゃ、いつの間に……シルヴァンに勝てるって、それファルさんやグレゴールさんより強いってことですよ」
「何人か居るよ。元冒険者の人もこの村には居るもの」
「そうなんだ。でもテイムされてないって不安になる人いなかったの?」
「一応、ここは開拓の最前線でもあるから、皆それなりに覚悟はあるのよ。魔狼一匹ぐらいで腰を抜かしてるようだと、アルバン村の住人なんてやれないのよ?」
「おぉ!(そりゃコリンさん、魔狼怖いなんて言えないわな)」
守られてるのが似合いそうに見えるアナスタシアからの言葉に驚きを隠せないアマーリエ。色んな意味でタフネスなアルバン村の住民達であった。
「子どもたちは、意地悪したり乱暴なことしちゃダメってガッツリ釘刺されてたし」
ソニアが笑いながらアマーリエに教える。
「時々、加減がわからない子がいるからそこはちゃんと言っておかないとだめですよね」
「昨日今日と見習い前のちび達が、神殿に押しかけてるよ」
王国では7歳になると見習いとしてそれぞれ家業や他の職業のところに手伝いや行儀見習いとして通いで行くことになる。
「ブリギッテさん?」
「シルヴァンとピーちゃんを見に。南の魔女さまの魔法も人気よ。あとは、神殿の鶏の卵集めもやってるみたい」
「へ〜。アルギスさんてば、卵集めの人員確保したわけだ」
「お駄賃は、集めた卵ね。って言ってもあの歳の子が集められるのなんて数個ぐらいだけどね。家族分確保できたら御の字よ。お母さんたちは、子どもたちが神殿に居るからその間に家事や仕事が済ませられるって大好評よ」
「ほんと助かってるのよ!シルヴァンと南の魔女様様よ!」
ブリギッテの話に村のお母さんの一人が強調する。ソニアとアナスタシアはそうなんだと頷いている。
「何ていう副次効果!」
「シルヴァンがダンジョンに潜っちゃうとなるとその間がねぇ」
困ったわと溜息を吐く村のお母さん。
「あー、そっか。神殿なら神官さんが何かあった時には癒やしを与えられるから安心して預けられる面もあるのか!」
アマーリエの言葉に深く頷く村の人々。
「あれ?他の神官さんがいた頃も神殿に遊びに行ってました?子どもたち」
「まさかぁ。神殿前の広場でたまに遊ぶ程度よ」
「ああ、そっちなのか」
「朝の忙しい時間は、大きい子のお手伝いは小さい子の子守なのよ。だけど、なんだかんだ喧嘩したり、目が離せない部分はあるからねぇ。落ち着いて家事や仕事をこなせないのよ」
「この二日の家事のはかどり具合といったら!」
「たまにでもいいから、こういう日があればホント助かるのよ」
「なるほど。シルヴァンがダンジョン探索に出るのは訓練の仕上がり次第ですし、しばらく子どもたちの神殿通いが続くのでは?お母さんたちがそれに慣れちゃわないように気をつけてくださいねとしか」
「ううう、そうよねぇ」
「子育ては親の成長の機会でもありますから」
あっさり突き放したひどいアマーリエであった。見習い前の子を神殿に集めて文字や数字を教えるのもありかなとちらりと思ったアマーリエだったが、誰が教えんだという点に思い至り、あんちゃんの神殿掃除が終わって、人員確保できるまではだんまりを決め込むことにしたのであった。
店じまいをしてからしばらくしてパン屋の店先が賑やかになる。
「オンオンオン!」
「シルヴァンおかえり〜。ん?ピーちゃんは?」
見慣れてきた存在がなく、首をかしげるアマーリエ。
「ただいま〜」
「あれ、おかえりなさい、グレゴールさん。無事で何よりです」
探索から戻り、神殿に帰ってきたグレゴールは、シルヴァンをパン屋まで送るよう言われたのだ。
「うん。リエさ、これから俺たち冒険者ギルドで宴会だけど一緒に来ないか?シルヴァンも。ピーちゃんはダリウスさんの頭の上だから。あれ、ある意味、殺傷能力高いよ。おれの腹筋はかなり鍛えられた」
シルヴァンの頭の上からピーちゃんをすくい上げ、少し悩んだ後、自分の頭の上に載せたダリウスだった。それを見ていた周りは必死に笑いをこらえていたのだ。
「ああ、笑い殺しに来るんですね」
想像しただけで腹が捩れ始めるアマーリエ。
「うん」
グレゴールも思い出して笑い出しそうになるのをぐっとこらえている。なんというか、ここまでくると笑ったほうが負けだという変な勝負意識が首をもたげてきているのだ。
「冒険者ギルドの食堂ですか?」
「そうそう」
「はじめてです!ぜひ!っとその前に。魔道具屋さんでシルヴァン用の魔法瓶とマグを受け取らないと」
朝、ヨハンソンから仕上がったから取りに来いと言われていたのだ。
「ああ、シルヴァンのも作ることにしたんだ」
「ええ。色々私の方で用意できる道具は用意しようかなと」
「あれ、やっぱりいいよ。ダンジョンの中で温かいご飯食べられるって、すごく気持ちが落ち着く」
「そうですか」
「美味しい食事って、馬鹿にできないねぇ」
アマーリエはグレゴールと話をしながら、戸締まりをして魔道具屋に向かう。
「あ、そうそう。ベルンさんがカレー食べたいからってリエ用に鬱金掘ってたよ」
「あらま」
「村の中なら使って良いことになってるし、大丈夫だろ?」
「ええ。じゃあ、他の香辛料用意しとかないと」
「オンオン!」
カレーに胸ふくらませるシルヴァンに二人は苦笑する。
魔道具屋についたアマーリエはヨハンソンから保温瓶とマグを受取り、中に水を入れて、シルヴァンに使用感をみてもらう。
「どう?問題なく飲める?」
人用より直径が大きく、高さが少しでている保温マグに顔を入れて水を飲んだシルヴァン。
「オン!」
前脚で二度縁を叩いて、蓋を閉じてみせたシルヴァンは、ヨハンソンに使い方もバッチリだねと言わせた。
「問題なさそうだな」
「ええ。これなら今作ってるシルヴァンの鞄の口の大きさより小さいから、間違いなく入るし、大丈夫」
グレゴールの言葉にうなずき、保温瓶とマグの大きさを確かめシルヴァンの鞄に入ることを確認したアマーリエ。
「……リエさぁ、これ出来てから頼みなよ、鞄。入らなかったらシルヴァンも親方達も泣いちゃうよ?」
「ハハハ。ちょっとうっかりしてたんです。入るから大丈夫ですって」
「なんだかなぁ……。シルヴァン、これ親方達が全力で作ったすんごい頑丈な保温瓶と保温マグだからね」
「オン?」
「竜が踏んでも壊れないから安心していいよ」
碌でもない太鼓判を押された、保温瓶とマグであった。そこまで頑丈にする必要性ってあるのだろうかと、ちょっと呆れたアマーリエだった。
「オン!」
「現時点最高の鍛冶師と魔道具師の作品かぁ。すごいなぁシルヴァン」
「え、それお値段の方は?」
グレゴールの言葉に滝汗がでそうになるアマーリエ。
「大丈夫。大きくなった分が上乗せされるだけだから」
「良かった。おいくらですか?」
「マグは三千、瓶の方は三千二百ね」
アマーリエはヨハンソンにお代を渡す。
「あ、そうだ。魔道具屋さん。銀の鷹で近々保温瓶とマグを注文しに来ますんで、よろしくお願いします」
「毎度ありがとうございます」
「忙しいのに、悪いね」
「ふふふ。大丈夫です、他所の魔道具屋も既に巻き込んで数は揃えてますから」
抜かりのないヨハンソンであった。
「リエが絡むと大変だよな」
「ええ」
「えー」
「廉価版の焜炉も注文も出始めてて、嬉しい悲鳴なんですよ。あれなら旅にも持っていけますから、銀の鷹の皆さんもいかがですか?」
忙しいと言いながら営業活動をするヨハンソンにアマーリエは肩をすくめる。
「こんろ?」
「うちで使ってる、竈を魔道具にしたやつ」
この間使っているところを見ていたグレゴールに説明するアマーリエ。
「ああ、あの火が出るところが四つあって、火の調節が簡単にできる魔道具ね!」
「廉価版は、その火が出る部分が一つなんですけどね。その分大きさが小さく持ち運びしやすいんですよ」
すかさず、商品紹介するヨハンソンであった。
「おお!俺が料理の腕を上げたら是非欲しいかも!野営が楽になるし、ベルンさんたちと相談してみるよ」
あっさり乗り気になったグレゴールだった。
「うーん、この勢いだと料理講習会も早く開いたほうがいいのかな?」
「ソニアも楽しみにしてたよ。後、ご領主様と役場の方にも頼んどいたから、村でコンベクションオーブンの共同購入も検討してくれるってさ」
「お!いいこと聞いた。それなら家で使い方の練習を始めてもいいか」
「だねー」
「オン!」
「ああ、そろそろ行かないと」
シルヴァンに催促されて、アマーリエ達はヨハンソンに暇を告げ冒険者ギルドに向かった。




