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村に鐘六つの音が鳴り渡る。最後の客を送り出して、アマーリエ達は店じまいをした。
「「「「はぁああ」」」」
「ハヒュ〜」
四人は庭の椅子に腰掛けて、机に突っ伏した。シルヴァンは地べたに伸びきっている。
「……村の人ほぼ来てたと思う」
ブリギッテがボソリと言うとナターシャが顔を上げて、そうかもしれないとつぶやく。
「売上凄いわよ、アマーリエ」
ひたすら会計をしていたソニアは、スキを見ては途中で会計をしめて、売上をアマーリエに預けていたのだ。
「初日としては素晴らしい売上ですよね。流石、独占販売!おそらく明日は半分ぐらいに人出は減ると思うんですが……」
ソニアの言葉を受けて、アマーリエがそう毎日パンを買いに来たりする人も居ないだろうと今後を予想するも、
「そう願いたい。でも明日から朝食べていく人と昼を食べていく人が増えそうな悪寒」
ブリギッテがブルリと体を震わせてアマーリエの予想を否定する。
「うちにあったかぼちゃ使い切ったよ。明日のスープはどうしよ……」
「オン……」
厨房でひたすらかぼちゃのポタージュと追加のサンドイッチを作っていたアマーリエとシルヴァンだった。シルヴァンは風魔法を使い熟し、サンドイッチの具をはさみカットするところまでできるようになっていた。アマーリエはシルヴァンがダンジョンに行くようになったらどうしようかと本気で悩みはじめている。
「パンを切って欲しい人も結構居ましたね」
ナターシャが首を傾げながら言うとソニアもうなずきながら答える。
「ええ。切ったパンとスープでお昼にする人が結構居ましたよね」
「シルヴァンがパン切るのが面白かった人も多かったですけどね……」
アマーリエが苦笑しながら言う。アマーリエの手が空かないときはシルヴァンがパンを切っていたのだが、それが驚きで頼む人が増えたのもある。なんだかんだそのおかげで、村人に受け入れられたシルヴァンだった。
「外で食べる人が増えたせいで、机と椅子まで増えることになろうとは……」
ブリギッテは机に載せたままの頭をを横に向けて、庭に増えた折りたたみの机と椅子を見る。
「増えましたね……。まさかジュブワの女将さんが『開店祝いよ』なんてポンと出してくださるとは思いもしませんでしたね」
ナターシャが力なく笑う。ジュブワは、奥さんに引っ張られて一緒に来ていた。なんだかんだ村の既婚者は仲がいい夫婦が多いのかもしれない。
「うん。ジュブワさん顔が青くなってたけど、大丈夫かな?」
アマーリエはナターシャに同意し、首をかしげる。
「大丈夫だと思う。多分今頃、村のみんなが庭用に折りたたみの机と椅子を注文してるだろうから。元は取ってるはず」
ブリギッテはジュブワの女将の計算高さをよく知っていた。今度は別の意味で焦っているジュブワの顔が浮かぶブリギッテだった。
「「「えっ!?」」」
「うちのお母さんもだけど、アリッサのとこのおばさんも庭に置こうって話てたもの」
「「「そうなの!?」」」
「うん。おばあちゃん達はベンチもいいねぇって話てたし」
そんなこんなでアルバン村に庭でお茶会をしよう!ブームがくることになる。
「変な波つくっちゃったかな?」
「オン」
アマーリエのつぶやきを拾ったシルヴァンが小さく鳴いて同意する。
「そうなるとうちのイワンも他人事じゃなくなるのかしら?」
「かもね」
「「?」」
ナターシャとブリギッテの会話に首を傾げるアマーリエとソニアだった。二人はまだ村に来て日が浅く、村人の行動パターンが読めない。
「庭に直接出られるドア作ったでしょ?」
「うん」
「そういうドアがある家ってないから、頼む人が増えるかもしれないなって。玄関と勝手口だけの家がほとんどだもの」
アルバン村の殆どの家は玄関と台所直通の勝手口がそれぞれの道に面して作られている。庭に出るには玄関を通るか、勝手口をまわるかしないといけないのだ。この村の家の庭は前庭ではなくイギリスで言う所のバックヤード(裏庭)が多いのだ。
「ありゃま」
「そうなの?」
「庭いじりの好きな人はこうやって出入りしやすいドア、ほしいと思うよ」
ブリギッテが新しいドアを指差す。
「なるほどねぇ」
ソニアが頷く。
「まあ、新しい事があると活気が生まれるからいいんだけどね」
「ええ、そうね」
「器も途中で足りなくなりそうだったけど、木工細工屋のおじさんが売りに来てくれたからなぁ」
洗うのは浄化魔法なので問題はなかったのだが、木の器の絶対数が足りてなかったのだ。あそこまで皆が食べていくとは思わなかったアマーリエだった。そして、厨房のパンの冷却棚の一部が食器棚に変わってしまった。
「アルバン村じゃぁ、商売の種を逃がすようなうっかりは居ないよ」
「そうねぇ」
「「なるほど〜」」
ブリギッテの言葉にナターシャが相槌を打ち、村の新参二人は感心したように言葉を漏らす。
「……キュゥ」
シルヴァンが顔を上げてアマーリエに訴えるように鳴いた。お昼のまかないでハヤシライスを食べて体力微回復がついていたのが切れ、ちょっと何か食べたい気分になったのだ。
「ああ、シルヴァンお腹すいた?」
「オン」
「今日は魔力もいっぱい使ったもんねぇ」
「オンオン」
「隠形付いちゃうけど塩揚げ鶏の残り食べる?あれなら魔力も補給できるでしょ」
「オン!」
「取ってくるよ。皆にもお茶とお菓子持ってくるね」
「「「ありがと〜」」」
アマーリエはアイテムリュックに入れっぱなしの塩揚げ鶏と魔道具の試運転で残ったあんドーナツとクリームパンを皿に盛り、お茶を入れて持っていく。
「おまたせ。あんドーナツとクリームパンだよ。どっちも甘い菓子パン。この先、店に出す予定。ほい、シルヴァンは塩揚げ鶏」
アマーリエはお盆をテーブルに載せ、お茶を皆に渡し、菓子パンの皿を真ん中に置く。シルヴァンの前に塩揚げ鶏を乗せた木皿をおいた。
「甘いの?」
「うん。こっちの砂糖がかかった揚げパンは、中に甘く煮たマメのペーストが入ってるの。こっちは卵を使ったクリームが入ってる」
「ほうほう」
ブリギッテがアマーリエの説明にうなずきながらクリームパンを取る。
「豆が甘いの?」
ソニアが怪訝な顔をして、それでもあんドーナツを取っている。
「うん。苦手な人もいるかな」
「食べてみましょう」
ニコニコとナターシャはあんドーナツを手に取った。
「「「ンフッ!!!」」」
「ワフー」
「うん、疲れた後の甘いものって五体に染み渡るぅ」
アマーリエがあんドーナツにかぶりつき、ハァと息を吐く。
「これ好きだわ。甘さ控えめだけど、油の分こってりしてるっていうのかしら」
ナターシャがあんドーナツをしみじみと見つめる。
「うん、油で揚げてあるからね。美味しいと感じる思う」
「このクリームとパン生地のふわふわなのが甘くって美味しい。アリッサごめん、先に美味しいもの食べちゃったわ」
「ああ、一応帰る時に渡しといたよ。昼のまかないと一緒に」
「なんだ〜。そうだったのか。お昼のまかないもはじめて食べた味だったけど美味しかった!体力回復がちょっと付いたのには驚いたけど」
アマーリエの言葉にブリギッテが口を尖らす。アリッサは昼から家の仕事を手伝うため、お昼のまかないとおやつをアマーリエから手渡され、スキップしながら家に帰っていったのだ。その後アリッサはおやつのクリームパンとあんドーナッツをめぐって、弟達と戦うことになった。結果は明日の朝、アリッサが愚痴をこぼす事で皆の知ることとなる。
「アマーリエさん、このあんドーナツも分けてもらえるかしら?ハリーも好きだと思うの」
「いいですよ。試作品てことで持って帰ってください。その代わり食べた感想くださいね」
「わかったわ」
「うちもいいかしら?」
「もちろん」
「数があるなら、私もいいかな?うちの男連中が甘いもの好きだから、その分もお願いしたいんだけど」
ブリギッテは取り合いになることを見越して数を確保する。
「いいよ〜。先行投資うふふ。次買ってくれたら嬉しい」
「……間違いなく毎日おやつに買っていきそうだよ」
ブリギッテは苦笑しながらあんドーナツにかぶりつく。
「うはは、明日はスープの種類増やして、甘いものも置こうかな」
「値段は?」
ソニアが種類が増えると計算が面倒になるためにアマーリエに確認する。
「あんまり増やすと面倒?一律同じになるようにするよ、スープは」
「お願いします。価格表があってもけっこう大変だし」
「だよね。あっ、そうだ。ソニアさん!」
「何?」
「ヨハンソンさんが迎えに来た時に、鍋に状態維持の魔法付けてもらおうかと」
「ああ、そうすればスープの鍋を店に置いといて、お客に頼まれたら私達がよそって渡すことができるものね」
今日の自分たちの仕事のバランスを考えて、ソニアがもう少しできること増やしても問題ないと頷く。
「そうね、パンを選んでもらってる間に用意できるものね」
「うんうん。それぐらいなら仕事増えても大丈夫。パンを切るのも練習しとくよ。シルヴァンに頼むのもなんだかなぁだし」
「よろしくお願いします。ほんと助かります」
「慣れてきたらもっと他の仕事も手伝うから言ってね。あとは村の皆が落ち着いたら、もう少し余裕ができるかな」
「誰か食堂とか休憩処を始めたりしないかしら。冒険者ギルドと商業ギルドの食堂の中間みたいな感じの食堂。このまま行くとパン屋兼食事処兼休憩処になっちゃうわよ」
ソニアが忙しくなりすぎると洒落にならないと思いつぶやく。
「アハハ、確かに」
「あ〜、でも火の扱いが難しいから料理人スキルが高くないと難しいよ、それは」
ブリギッテがソニアに答える。
「ああ、竈使って、毎度出す味が変わらないように調理するのって難しいからねぇ」
アマーリエが相槌を打つ。
「魔導焜炉が新しくなったってハリーが言ってたわよ?」
「あれ、普及版の焜炉できたんだ!」
「ええ。そっちの仕事も一段落して、さらにスキル磨くためにアルバン村に修行に来たのよ、ハリーは」
「そうだったんですね。しかし、ソニアさんよく付いてく決断されましたよね」
「うふふ、ハリーの隣が私の生きる場所だもの!」
ナターシャは同意するようにうなずき、アマーリエとブリギッテ、シルヴァンは砂を吐き出した。




