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パン屋に戻って必要な食材や香辛料をリュックに詰め込んだアマーリエは、ギルドの宿屋の食堂に向かった。なんだかんだで興味を持った人が増えたため、じゃがいもからポテトスターチを作るのは必要量が多すぎて無理だと判断したのだ。
食堂に向かうとすでに貸し切りの札が下がっている。
「アマーリエ様ですか?こちらにどうぞ」
給仕係に連れられて食堂の厨房へと向かう。給仕係に礼を言って、アマーリエは厨房に居たダニーロとパトリックに声をかけた。
「すみません、巻き込んじゃって!」
「ああ、アマーリエさん。大丈夫ですよ。先々代様と南の魔女さまからお話は伺いました。南の魔女さまも料理をなさるということでお待ちしているところですよ」
「あ、そうなんですね」
「お・ま・た・せぇ~」
淡いピンクのハート型の胸当て付きフリルエプロンをした南の魔女の登場にアマーリエは一歩、後ずさった。
「……エプロンすごくお似合いです」
そうなんとか絞り出して、南の魔女の機嫌を維持したアマーリエだった。
「当然でしょぉ!さ、やるわよぉ!」
「ポテトスターチ足りないといけないと思って持ってきました」
アマーリエはリュックから片栗粉の袋を取り出して調理台に置く。
「市販されているんですか?」
「領都は食料品店で置くところがちょっと増えたかな」
パトリックが口を挟む。
「ふむ。ではうちでも仕入れてもらいますか」
「ええ、そうしましょう」
「始めるわよぉ?」
「「「はい!」」」
オクターブ下がった魔女の声に背筋を伸ばして返事をした三人だった。
こうして、南の魔女監督の元、マジッククェイルを使った塩揚げ鶏他、料理実験が始まったのであった。
「作るのはいい?普通のサイズのマジッククウェイルを使った塩揚げ鶏。アマーリエが買った大きな個体の塩揚げ鶏。普通のサイズのマジッククウェイルを使ったソテー。大きな個体のソテー。それぞれで作るわよ?」
「あのあの、魔女さま!私が買ったお肉、アーロンさんに鑑定してもらっちゃだめ?」
「そうねぇ、確認は大事よねぇ。頼みましょうかぁ」
アーロンが厨房に呼ばれ、アマーリエの買ったマジッククェイルの鑑定が行われた。
「お嬢ちゃん、今回は儲け話を貰ったし、特別じゃぞ?食事の支援効果についても知りたいからの」
アーロンの言葉にアマーリエは頷いて、買ったお肉をアーロンの前に置いた。
「ふむ【ビッグマジッククウェィル:ダンジョンに住む隠形特化型。隠形からの攻撃により敵を翻弄する】とあるの」
「一応こっちの普通のもお願いします」
ダニーロも厨房のストック肉をアーロンに鑑定してもらう。
「どれ【マジッククウェイル:ダンジョンに住む隠形スキル持ちの鳥型の魔物。隠形を使って敵から姿を隠す】だそうだ」
「ぬーん、どっちも隠形はあるのか」
「それじゃぁ、わしは食堂で楽しみに待っておるからの」
アーロンが手を振って食堂に戻る。
「これである程度の予測はついたわね。調理法の可能性が上がったかしらぁ?次点でやっぱり個体差、後はあんたよねぇ」
「私でないことを祈ります!」
それぞれ、肉の下揃えと下味付けを始め、肉を調味液に漬けてる間にソテーから作ることになった。疑問の対象アマーリエが一番手だ。その間にダニーロとパトリックは前菜を仕上げていく。
「んじゃ、モモ肉のソテー作ります!」
簡単に塩胡椒した特殊個体のモモ肉を焼き上げていく。焼いたものは誰が作ったかわかるようにして南の魔女が用意したアイテムボックスに保存していく。普通サイズのマジッククウェイルは骨付きモモ肉を一人四本ずつ焼いて、食べる前に一口ずつに切り分けて食べさせるのだ。
焼き終えたアマーリエは、ダニーロに代わり前菜づくりの手伝いに入る。南の魔女がソテーに入った時点で、アマーリエが塩揚げ鶏の衣を付けに入る。ここで肉を取り違えないように気をつける。
「陶器のお皿ってどこから手に入れたんですか?」
アマーリエが気になっていたことをダニーロに聞く。
「帝国からですねぇ。王国では上流階級は銀器が主流ですが、あれは磨きなど手間がかかりますから」
「いいなぁ~。王国も陶器や磁器の土が見つかったらいいのになぁ。木の器も好きだけど、やっぱり土の器もいいよねぇ」
「帝国では陶工は保護されておりますからなぁ。王国で庶民の方が焼き物が手に入るのは難しいでしょうな」
「やっぱり」
「大事な輸出産業ですからなぁ」
「アマーリエは焼き物のこと知ってるのか?」
パトリックも衣付けに入り、話に入り込む。
「んー、詳しくは全然。土のことや焼き窯とか規模が違いすぎて、さっぱりだよ」
「リエちゃんなら知ってるのかと思ったよ」
「流石に、器までは無理ですねー」
「はい!ソテー終わったわよ!次揚げ物!」
「は~い」
次々と揚がる塩揚げ鶏は誰が作ったのかと素材の区別がつく様、皿を替えて乗せていく。揚げ終わったアマーリエはカレー粉を作るために、鬱金を入れるところまで調合してある香辛料の瓶を取り出す。追加で入れるために予備の香辛料も取り出した。
「すごい香辛料の数ですな」
「これを調合して独自の香辛料を作るんですよ。今から作るのはお米に合うものなんですけどね」
アマーリエは、鬱金を錬金術で粉末に変え、乳鉢に小さじ三杯入れる。そしてすでに調合していた香辛料の瓶の中身もそこに入れ込む。きれいに混ざり込むよう混ぜ合わせる。
「揚げ終わったわよぉ~」
「んじゃぁ、南の魔女さまは、実験試食始めてて下さい。私鬱金を使った香辛料を作って料理しますから」
「わかったわぁ~」
南の魔女はアイテムボックスを持って、食堂へと向かった。
食堂では皆席につき、今か今かと待っていた。
「おまたせぇ~。あぁら~?人増えてなぁいぃ~?」
メラニーから話を聞いた商業ギルドのギルド長とベーレントが混じっていたのだ。
「魔女様、今晩は。面白いことをすると聞きましたので、是非参加させて下さい」
「そりゃぁ、試してくれる人が増えるのはいいんだけどぉ」
「よろしくお願いします」
「んじゃ、実験試食始めるわよぉ」
給仕に手伝わせて、アイテムボックスから皿を取り出し並べ始める南の魔女。それぞれの前に取り皿も並べる。
「南の魔女様!付いた支援効果が重なったらわからなくなるのでは?」
「マリエッタ、大丈夫よ。支援解除の魔法をかけますから」
おっとりと東の魔女がマリエッタに答える。
「え、いつの間にそんな魔法を!?」
「ねんねちゃん、魔法士は日々精進あるのみよぉ!」
「うぐっ」
「じゃあ、最初はぁ、普通個体のソテーからねぇ。それぞれ調理人が違うから、四つの皿から一口づつよぉ」
それぞれソテーが盛ってある皿から肉を自分の取り皿に乗せる。
「さっぱり塩コショウで、肉の旨味がわかりやすいですな」
「味の方は今日はいいのよぉ。効果は付かないわねぇ」
特に変化がないとその場に居た人々が口々に話し始める。
南の魔女はアイテムボックスから次のソテーの皿を取り出して並べる。
「次は特殊個体のソテーねぇ。どうかしらぁ?」
「!弱い隠行がついたぞ」
ダリウスがまっさきに声を上げ、皆それに同意するように頷く。
「まずは特殊個体の可能性ねぇ。東のお願いぃ」
「【解除】」
「さすがは伝説級。単詠唱ですか」
ギルド長が目をむいて効果の切れた自分の体を触る。
「無詠唱でもいいのですけど、わかりにくいでしょ?」
のんびり凄いことを言う東の魔女に、爺様達以外は目を白黒させる。
「はいは~い、次は塩揚げ鶏よぉ。普通の個体のからぁ」
皆ワイワイと盛り上げてある塩揚げ鶏を一個ずつ取っていく。
「今度は微弱ですが隠行がつきました!?」
ベーレントが声を上げるが、皆はじっくり味わって食べている。
「エールが欲しくなる味だ」
「はぁ、美味しい。揚げ物は癖になりますね」
ファルが美味しそうに塩揚げ鶏を噛みしめる。
「だ・か・らぁ!効果のほうよぉ!」
「微弱ですが付きました」
「なんでだ?」
「調理法のせいでしょうか?」
「衣をつけてあげることで魔力が逃げにくくなってるとかかしらぁ?」
南の魔女が料理の違いを分析する。
「南の。調理中に魔力感知を使わなかたのですか?アマーリエが使ってた、目に魔力を通すやつですよ」
「嫌だぁ。忘れてたわぁん」
「では、今度は魔力感知をしながら作りましょうね」
「あんた料理はぁ、からっきしでしょぉがぁ」
ニコニコ言う東の魔女を半眼で睨んでブゥっと頬を膨らます南の魔女。
「私は食べる方専門ですもの、食べる方は任せてくださいな」
「はいはい。じゃぁ解除お願い~」
「ええ」
あっさり今度は無詠唱で解除した東の魔女だった。
「はい!最後よぉ。特殊個体の塩揚げ鶏。まぁ結果はわかってるけど、食べてねぇ」
どの料理人が作ったものも隠形の支援効果が付いた。皆は物足りなさそうに空になった皿を眺めている。
「結論ねぇ。料理人は今のところ関係なしでいいと思うのぉ。考えられるのはぁ、材料の魔力残量と調理法による魔力残量によって効果が変わるらしいってところかしらねぇ。効果は材料が持つスキルが反映されてる可能性が高いわぁ」
「魔術士ギルドに報告して、料理スキルのある者に研究を続けてもらいましょうか?」
「それがいいわねぇ」
魔女二人の言葉に、皆がうなずく。そこに、パトリックが厨房から出てきて南の魔女に声をかけた。
「南の魔女様、結果出ましたか?」
パトリックに南の魔女が結果を伝える。
「そうですか、良かった。それじゃあ前菜をお持ちしますね」
パトリックは給仕達に前菜を運ぶよう伝え厨房に戻る。
「ところで、南の。厨房からいい香りがしてくるんじゃが、リエかの?」
「そうよぉ、さっき神殿で話したウコンを使ってなにかやってるわよ。出来たら持ってくると思うわぁ」
「ホウホウ、楽しみだの」
「ほんとお腹の空く刺激的な香りですよね」
ファルがお腹の辺りをさすりながらつぶやく。
「いろんな香辛料の香りがするな。ふむ、馬芹、小荳蒄、肉桂、丁子、月桂樹ににんにくかの?他に柑橘系の香りも少し入っておるのか?」
「ヴァレーリオは流石じゃなぁ」
「当たり前だ。調薬士は鼻も聞かねばだめだからな」
「そんなにたくさんの香辛料を使って何が出てくるんでしょう?」
東の魔女が可愛らしく小首を傾げる。
シルヴァンはキュウキュウ鳴きながら厨房の扉の前でウロウロしている。一緒に中に入るつもりが、邪魔になるから食堂で待ってなさいと言われたのだ。
「シルヴァンがものすごく食いついてる気がするんだが」
ダリウスが首を傾げてシルヴァンの様子をうかがい見ている。
「アーロンさんのお店の時からああでしたよね?」
「そうねぇ、わざわざ一緒に本見てたわよねぇ」
「そうだったのぉ」
「魔狼が本ですか?」
目をむいてマリエッタがアーロンに話しかける。
「おう。わしが鑑定したアイテムをすべて冊子にして置いとるんだが、それをお嬢ちゃんと神官さんと一緒に興味津々といった様子で見ておったぞ」
「なんか匂いがしたんですかね?」
「うーん、わからん。シルヴァンも謎が多すぎだ」
「あー、結局シルヴァンの鑑定結果誰も見てませんよね?」
「この場合、東の魔女様か南の魔女さまに見せろって命令してもらえばいいんじゃないか?」
「命令なんていやょぉ、嫌われたら嫌だものぉ。見せてって頼むわよぉ」
ブーッと頬をふくらませる南の魔女に東の魔女がうふふと笑って突っ込む。
「あなたになつく動物なんて貴重ですものね」
「巨人族はねぇ、動物になつかれ難いのよぉ!ねぇ!ダリウス!」
「ええ。同意します。俺も嫌われたくないんで、シルヴァンには命令したくないな」
「……シルヴァンの躾はどうするんだよ」
「ベルンがやってよぉ」
「ベルンでいいと思うぞ」
南の魔女とダリウスに振られたベルンが自分より強い判定をシルヴァンから受けたマリエッタの方に投げる。
「マリエッタ?」
「私は犬より猫派なの」
「わかったよ」
子供が増えたベルンであった。




