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その日、村の衆は度々、魔の山の方向の空を見上げては、漆黒が見えないか確認していた。そして、日が傾き始めた頃、夕焼け空にキラキラ光る点を見つけ、村の衆は慌てて、漆黒たちを出迎えに村の外に出た。
「「「「「「「「おかえりなさーい!」」」」」」」」
『「「「ただいまー」」」』
漆黒から下りてきた、南の魔女の腕の中には人型なれど、見たことのない姿の存在があった。
「羊の獣人?」
頭に生えている角を見て、アマーリエがつぶやく。
「いやいや。獣人なら、あんな肌の色じゃあないぞ」
「そう言われれば、そうですね」
村の人に言われ、よくよくアマーリエが見る。青白いを通り越した肌の色は、容態が悪いでは、説明のつかない青さだった。
「「「「「「「「誰それ?」」」」」」」」
心の声をそのままに、首を傾げるアマーリエと村の衆。
「拾っちゃったぁ♡」
「「「「「「「「はぁ?どこで!?」」」」」」」」
「済まない、ゲオルグ殿を呼んできてくれないか」
南の魔女のテヘペロを無視し、真面目な顔の西の魔女の言葉に、村人の一人が駆け出す。
「魔女様、薬が必要か?」
村の衆がザワザワしているのに、南の魔女の腕の中でピクリとも動かぬ存在を不安に思い、薬師が西の魔女に声をかける。
「いや。魔の山の魔力にあてられて、気を失ってるだけだと思うんだが……」
「おじちゃんの、とっときの気付け薬使ったら?」
シルヴァンが、この夏、依頼をこなしている際にひどい目にあった(小話参照)薬をアイテムポーチから取り出す。
「「「「「「「「それはやめとけ。強烈すぎるから」」」」」」」」
村の衆が満場一致で止める。薬師の作った新しい気付け薬は、睡眠状態を解除するだけでなく、気絶状態も解除できるとわかったため、村人達の気絶耐性アップのためにも使われた。
だが、かがされた後の半日は、ずーっとその気付け薬の匂いが鼻の奥にこびりついて離れなくなるのだ。
「一発で目が覚めるよ?」
そう言うシルヴァンに、全力で首を横に振る村の衆。
初対面の、しかも意識のないものに与えていいものではないと、心の底から認識しているのだ。覚悟を持って使うことを了承した者のみが、使用すべき薬だった。
「シルヴァン、それはやめたほうがいいよ。魔女様方も持ってるのに、使ってないんだもの。使わない理由があるんだよ」
「そっか」
アマーリエに、魔女様方にも考えがあると言われ、大人しく薬をポーチに戻すシルヴァン。そこに、呼ばれたゲオルグが、お供をつけて全力疾走してきた。
「ぜぇ、はぁ、先々代様、ゲフッ、年の割に足早すぎだぁ」
呼びに行った村人は、その場にしゃがみこんでしまう。
「年の割とか余計じゃわ!それで、何事じゃ!」
「ゲオルグ殿!ごめんねぇ。魔族をぉ、拾っちゃったのぉ」
「はぁ?」
「「「「「「「「魔族ぅ?」」」」」」」」
『魔族とは何じゃ?父上』
「詳しい話は、村の中に入って、神殿でしようじゃないか」
人型に戻った漆黒が、肩をすくめて村の門を指す。
「村に入れて大丈夫なのですかの?」
「うん。魔力の器は南の魔女より大きいんだけど、どうもこの子、器全部に魔の山の魔力を溜めてるみたいでね」
「はあ。では、とにかく神殿へ。村の衆は、自宅待機での。魔族のことに関してなにか知っているものが居るのなら、後でわしのところに報告に来ておくれ」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
村の人達は後ろ髪を引かれながらも、村の中へ戻る。アマーリエもそれに続こうとしたのだが、後ろ襟首を掴まれ、南の魔女の展開した転移魔法陣に巻き込まれる。
神殿の祈りの間に出現する南の魔女たち。夕の祈りをしていたヴァレーリオとネスキオは、目を丸くして魔女達を見る。
「なんで私も一緒ですか?村の衆は待機のはずじゃ?」
ゲオルグに首根っこをつかまれたアマーリエ。黒紅は漆黒に抱っこされていたし、シルヴァンはアマーリエの前掛けの裾を掴んでいたため、一緒に転移してきてしまっている。
「大隠居様!私は一般大衆だ!」
「寝言は寝て言え!そなたの突飛な発想が、必要になるかもしれんじゃろが!」
想定外になるが、だいたいなんとかなる方向で落とし所を見つけてくるアマーリエに、期待するゲオルグ。
「えー。シルヴァン、とりあえず毛布出せる?」
「あるよー」
そう言って、アイテムポーチからズルズルと、毛布を出すシルヴァン。アマーリエはそれを受け取って、祈りの間の長椅子に、毛布を敷く。黒紅は、シルヴァンから教わった空間収納魔法にしまっていた、黒紅印のビーシープの毛布を取り出して、アマーリエに手渡す。
「黒紅ちゃんありがとう。南の魔女様、その人をここに」
「ありがとうねぇ」
南の魔女は、そっと魔族をそこに寝かし、アマーリエがビーシープの毛布でくるむ。
「で、お前らは一体何を拾ってきやがったんだ!アマーリエが、シルヴァンを拾う程度で済んでるのか!?」
ヴァレーリオが漸く口を挟む機会を見つけて、魔女達に突っ込む。
ちなみに、アマーリエがシルヴァンを拾う程度とは、多少の問題は起こるが、並べて皆が幸せを享受できる程度を指す、アルバン村での基準である。
これが、シルヴァンが黒紅を拾う程度となると、問題なしにするには、世界レベルの巻き込みが必要になることを指すようになる。
「うーん、どうかしらぁ?どこからぁ、どう話すぅ?」
「優先順位が変わったからね……」
「時系列でいいのでは?魔の山の詳細については、各所あてに報告書を出すことになりますが、取り敢えずどこまで報告するかも、今、この場にいる者で相談した方がいいでしょう」
魔女達とバネッサが、顔を見合わせて肩をすくめる。そして、西の魔女が中心で、他の三人が補足する方向で話をすることになった。
「では。魔の山は、山全体がダンジョンだった。魔力が濃すぎてダンジョンが探索されず、ダンジョンの魔物が淘汰されないため、二十年ごとにダンジョンの魔物が溢れ出てたことが判明した。これが、魔物の暴走の原因だった。そして、魔の山の反対側の麓に、この魔族が落ちていた。そのままにしておいたら、魔力濃度のせいで発狂するか死ぬかだったから、寝覚めが悪い思いをしたくなくて、取り敢えずこちら側に連れてきた。以上」
「ちょっ!?それ重要な点を引き抜いただけ!」
「西の、それは結論では?」
「「「「……」」」」
西の魔女の結論に近い事実のみの説明に、ツッコミどころが満載過ぎて、その場で一緒に体験した南の魔女とバネッサ以外は、何をどう言えばいいかわからず、口をパクパクさせている。
「いや、まあ、わかりやすいと言えばわかりやすいですよね。それが事実ですよね?」
面倒になったアマーリエが、突っ込まずに確認だけする。
「そうだろう!アマーリエ。事実だけを述べたんだよ」
「で、この場合、問題は二つ。魔物の暴走対策とこの魔族の正体。で、どう頑張っても、今以上の魔物の暴走対策はでそうにないので、緊急を要するのは、目の前のこちらの方でいいですか?」
「そうよぉ!そうなんだけどぉ!」
シンプル・イズ・ベストとばかりに、アマーリエがサクサク仕切っていき、イーッとなった南の魔女が、頭をかきむしる。
「落ち着け、南の」
「けど、この人が目覚めないと、事情はわかんないですよね」
アマーリエの言葉に、魔の山に出かけた四人が頷く。
「じゃあ、この人が目を覚ます前に、取り敢えず情報収集しましょうよ。私、魔族って、伝説ぐらいしか知らないんですよね。精霊さんも実物見たばっかりですし。知らないこと多いんですよね」
「わしとて、伝え聞くだけじゃぞ。これが魔族だと言われれば、そういうものかと騙されかねんわ」
「この中で、よく知るのは私だろうね。一番長く生きているのだし」
アマーリエとゲオルグの言葉に、漆黒がそう言って肩をすくめる。
「漆黒さん、魔族の話の前に。この人はどういう状態なんでしょうか?なんか、さっきより、顔色がもっと青くなってる気がするんですが?小刻みに震えてませんか?」
アマーリエが魔族を見て、気を失っただけじゃないのかと首を傾げる。
「そうだね……。彼女の中は魔の山の魔力で一杯になってて、それが出せなくなってるような状態……だね」
「えーっと、彼女自身の魔力は?」
「それがね、ないんだ。魔族なのに」
「混ざってるんじゃなく?」
「うん、純粋な魔の山の魔力だけだね」
「じゃあ、空っぽの器に、許容量以上の濃い魔力が彼女の中にあって、中毒状態にあると?」
「うん、それが的確な表現かな」
「抜きましょう!魔女様、魔の山に行くために作った魔道具の指輪、貸してください!」
急性アルコール中毒と同じじゃないかと、慌て始めるアマーリエ。アマーリエに言われ、漆黒の言葉に考え込み始めていた魔女二人がハッとなって、指輪をアマーリエに手渡す。バネッサも、慌てて、空の魔石を指輪にはめ込み始める。
「一気に全部魔力を抜いたら、反動が怖いので、様子見ながら行きます」
魔族の上に指輪を置くと、あっという間に空の魔石が輝きを取り戻す。
「あ、これ、かなりまずいんじゃ?やばい、足りない気がする。全部出してください、魔道具」
魔女達が慌てて指輪に空の魔石をはめ込み、バネッサが用意できたものをアマーリエに渡してく。アマーリエは魔力で一杯になった魔道具を魔女に渡し、空の魔石に取り替えてもらう。
『お、主。少し頬に赤みがさしてきたぞ』
「うん。どれぐらい、魔の山の魔力が残ってるか、解る?」
「今ので半分減ったぐらいだね。器に空きが出たのに、なぜ、この娘自身の魔力は戻らないのかが、わからないけれども」
「え、漆黒さん。それ本当ですか?もともと魔力なしってこと?」
「かつてはそう言う者もいたと聞くが、世界に魔力が満ちてから、どんなに少なくとも魔力を持たねば、生きて行けぬようになったのだがなぁ」
アマーリエの言葉に、漆黒のほうが今度は首をかしげる。魔法バカたちは、原初の話を聞いて、ワクワクが止まらなくなってきていたが。
「魔女様がた、魔法の話は後で漆黒さんなり辰砂さんなりに聞いてね。今、この人の命のほうが、最優先だから」
「「うっ、はい」」
「魔力がないのがこの人の通常なら、もう、抜ききっちゃいましょう。さっきので半分だったから、魔女様、ネックレス型の貸してください」
「はーい」
南の魔女から手渡されたネックレスを魔族の上に置く。それが緩やかに輝き出す。
「どんなもんでしょ?」
「あと指輪一個ぐらいじゃないかな」
「魔女様ー」
「はいよ、これ」
そう言って、西の魔女が、空の魔石をはめ込み直した指輪を二つ手渡す。アマーリエは一個を魔族の上に置き、一杯になったのを見てもう一個を置く。変化のない指輪の魔石を見て、ホッとするアマーリエ。
「もうないみたいですね」
魔族のまぶたが震えたのを見て、アマーリエがいきなり声をかける。
「では!おい!起きろ!朝だぞ!」
「「「「「え!?」」」」」
「……むにゃ、もうちょっとだけー」
「大丈夫そうです、言葉もわかりますね。強制的に起こしましょう。黒紅ちゃん、シルヴァンやっちゃっていいよ」
アマーリエの言葉に、魔族をくすぐり始める黒紅とシルヴァン。
「いひゃひゃひゃひゃ、あだっ!?」
長椅子から、魔族が転げ落ちたところでくすぐりは終了となった。
いつの間にやら9月ですの




