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雪が降る間も長くなり、そろそろ春の兆しが見えようかという頃。
パン屋の二階の居間で、もう間もなく雪解けが始まり、次の春は何をするのかという話から、南の魔女と西の魔女、そしてバネッサに、魔の山を見に行くことになったと聞かされたアマーリエ。
アマーリエの頭の中で、唐突にフニクリ・フニクラが流れ始めた。流れる歌声は、前世で有名だった三大テナーの一人のものである。
「魔物ーが下りてく、あの山へー、登ろう!……」
三人が魔物を蹴散らして山に登る様子を妄想し、アマーリエは、思わず替え歌を口ずさんでしまう。
「「「アマーリエ?」」」
「鬼のパンツの替え歌??」
「「「シルヴァン?」」」
「「ゲホン。なんでもないです」」
三人に怪訝な顔をされ、我に返った二人。ただし、シルヴァンの方は、そのまま頭の中に鬼のパンツの歌が回りだし、しばらくそれに悩まされることになる。
「えっと、魔の山に行くんですか?」
「ああ、そうだよ。漆黒様が連れて行ってくれることになったからね」
そう言って、レーズンの入ったクッキーをつまむ西の魔女。
「へー。急ですね」
「黒紅様のおかげで、ビーシープの毛が加工できるようになって、耐寒装備のいいのが出来たのですよ」
「ああ、はいはい!鎧下のいいのが出来たって、職人のおじさんが言ってましたね」
バネッサが、右の拳を握り熱く語り、アマーリエが村の職人の喜びの舞を思い出してうなずく。
アマーリエとシルヴァンが見せてもらった金色の鎧下は、なかなかに派手であった。聖闘士になれそうだなと思ったのは、シルヴァンである。
「漆黒様のぉ、背中に乗っけてもらってぇ、かなり上空から魔の山を観察するからぁ、耐寒装備必須なのよぉ」
高度はいくらぐらいだろう、極寒になるぐらいなのかなーと思いながら、南の魔女におかわりのお茶を淹れるアマーリエ。
「万全の準備ができた今だから、行くわけですね」
「「「そう!」」」
「魔女様達、漆黒さんの背中に乗せてもらうの?空飛ぶんだ、いいなぁ」
シルヴァンが、クッキーを食べながら、羨ましそうに西の魔女たちの方を見る。
「古代竜の背に乗るなど、初めての体験だから、どうなるかわからんがな。そういうシルヴァンは、大神様の背に乗ったり、咥えられたりして、空を飛んでるじゃないか」
シルヴァンに、西の魔女が肩をすくめながら答える。
「師匠、速いの!」
「西の、大丈夫ですよ。漆黒様ですから。アルバンの魔物の暴走の原理を解明できればいいのですけどね」
「そうですね。どこから湧いて出てるんでしょうね?」
「場所もそうだけどぉ、上空からならぁ、魔物の数がどうなってるかもぉ、わかるでしょぉ?」
「確かに。前情報は必要ですね。で、わたしは携帯食を作ればいいんですね。何日分ですか?」
「話が早くて助かる。行ってすぐ帰ってくるから、昼の分だけ頼みたいね」
西の魔女が、お茶のおかわりを淹れながら、アマーリエに注文を出す。
「日帰りなんですね。わかりました」
「そうなのです。流石に漆黒様も、魔の山自体の魔力が強すぎて、長居はできないとおっしゃられて」
「なるほど。狂うとおっしゃってましたもんね」
「そうなのよぉ。漆黒様よりぃ、あたし達のがぁ、保たなさそうよねぇ」
「そうだね」
「そうなんですよ」
そこが心配だと、難しい顔になる西の魔女達。アマーリエは、クッキーを口に放り込んで考える。
「……いつ行くのか知りませんが、空の魔石で、周囲の魔力を吸収し続けるような魔道具作ってもらったらどうですか?魔力溜まりの魔道具の応用でできそうじゃないですか?」
「それは、いいね。まだ、日はある」
「空の魔石なら、結構ありますよ」
「結界みたいにならないかぁ、相談してみるぅ?ベルクにぃ」
三人は、後でベルクの店に寄ることを決める。
「それでぇ、話は変わるけどぉ。リエは、次の春はどうすんのぉ?」
「パン屋ですから、パン焼きますよ」
「仕事以外よぉ」
「魔物の暴走に備えて、携帯食とか、支援や補助の効果が付く料理の量産ですかね?」
恋話なんて振ってやらんと、真顔で真面目な話をするアマーリエ。
「僕も手伝うのー」
「「「ああ」」」
それに、真顔でうなずく西の魔女達。
「それは大事だね」
「助かります」
バネッサは、冒険者たちの仕切りをするため、支援が多ければ多いほど、冒険者たちに無理させずに済むので、心の底から感謝する。
「あんたが仕切るのぉ?」
「仕切れるほど経験がないので、経験のある人に聞きながらです。村の携帯食の仕出しを担当してる人達と、何度か、まとめて作り置きしようって言う話にはなってますよ。後、他の村からの避難してくる人のための分の食料の備蓄もです。ダンジョンの主が、食材の提供協力してくれてるので助かります」
「「「え?」」」
三人は初めて聞く話に、目を丸くする。
「ダンジョンの主の制圧を、大隠居様が禁止にしたでしょ?その御礼に、それぐらいはさせてーということです」
「なんと義理堅い」
「ダンジョンの主と対話できるとは思いませんでした。他でも可能なのでしょうか?」
「主ってぇ、いい存在なのねぇ」
西の魔女は目を丸くし、バネッサは他のダンジョンに思いを馳せ、南の魔女は表情を緩め、それぞれ感想を述べる。
「アルバンダンジョンの主しか知りませんので、他はどうか知りませんよ。まあ、共存共栄できればそのほうが、みな助かるわけですし」
「そうよねぇ」
「今回は、漆黒様達のおかげで、装備や道具類も高品質なものをたくさん揃えられているからね」
漆黒や黒紅が高レベル帯の魔物や鉱石を集めてくるので、職人たちはせっせとそれを武器や防具、魔道具といったものに加工しているのだ。
「村の防御も、無駄に上がってますしねー」
「……伝説級装備たちも、スキルのレベルアップしていたな」
アーロンが冬場に再鑑定し、呪歌、祝歌、祝詞など、かなり高いレベルになっていた上に、お互いに歌を重ね合うことで、範囲拡大、効果拡大、威力拡大などの相互効果スキルもついた事が判明したと、西の魔女が、呆れたように話す。
「そうなんだ。後は、職人さんたちから切り離して持ち運びできるようになれば、かなり有用度が上がりますよねー」
「それなんですよね」
「そこがねぇ、あの子達ぃ、誰かの装備になる気はぁ、ないのかしらぁ?」
アマーリエの言葉に、バネッサと南の魔女が、眉間にシワを寄せてため息をつく。
「もういっそ、カカシみたいな人形にでも仮装備させて、移動できるようにするとか?」
「あー、本人たちに確認するか?」
「そうねぇ、神殿に帰ったら、聞いてみるぅ?」
西の魔女と南の魔女が面倒くさそうな顔でそう言うと、やるしかないかとお互いに顔を見合って無言で励まし合う。
「最悪、黒紅ちゃんに説得してもらいましょう」
「そうですね。黒紅様の言う事なら、あれらは言うこと聞きますからね」
ここぞというときの黒紅頼みをアマーリエが口にし、バネッサががうなずく。
「それで、魔物の暴走っていつ頃になりそうか、まだわかりませんか?」
「始まりは、野生動物達の大移動なんだよ」
「ああ、なるほど。逃げ始めるわけですね」
「それから大体二週間後ぐらいだね。雪解け前っていうのは、今までないんだ」
「近くの河の水量が増え始める頃から、砦の騎士たちが、監視をダンジョンの入口のあたりに、置き始めるのですよ」
「魔の山の雪が溶けて、足場がよくならないと魔物も移動しにくいんですね」
西の魔女とバネッサの説明に、アマーリエが理解したことを口にする。
「その判断で間違いないと思う。それも、今回確認する予定だ」
「結構、今回の魔の山の確認て、重要ですね」
「今までできなかったことだからね」
「シルヴァンが、黒紅様をダンジョンから、連れてきてくれたおかげですよ」
「えへ」
バネッサがしみじみ言って、シルヴァンの頭を撫でる。
「ふふっ。ダンジョンの時もぉ、神殿に帰ってからもぉ、ホント驚いたのよぉ。ねぇ!」
「ええ、本当に」
南の魔女とアマーリエが、しみじみとうなずき合う。
「まあ、今は丸く収まったんだ。協力もして頂いてる。問題ないよ」
西の魔女が肩をすくめて言う。
「そう言えばぁ、黒紅様はぁ、まだお祝い作ってるのぉ?」
「後、もう少しでできるそうですよ。替えも作ると言ってましたから、何枚かおくるみ作ってるんだと思いますよ」
「辰砂様の出産予定日は?」
「リラの花の頃だって聞いてますよ。魔物の暴走とかち合わなきゃ、いいですよね」
「そうだね。そうなったら、砦より先の地形が変わりそうだよ」
西の魔女が、背筋に走る悪寒に震えて言う。
「そうですね」
「漆黒様ぁ、手加減忘れそうよねぇ」
バネッサは遠い目をして相槌を打ち、南の魔女はため息を吐きながら言う。
「漆黒さんだけじゃなく、他の古代竜もお祝いに来るそうだから、そこで、魔物の暴走とか、全力で大地ごとえぐり取られそうな気がします。ダンジョン大丈夫かな?」
アマーリエは、真顔で古代竜が暇つぶしで来そうなことを告げ、起こってほしくない事態を口にする。
「「「……かち合わないことを祈りましょう」」」
想像して、神頼みに走る西の魔女たちだった。
8月ですね。長梅雨で、作物のできが気になる今日このごろ。こちらはやっと梅雨明け宣言でましたが。ここまで雨が集中してると、雨が全くふらなくなってるところもあるんだろうな。地球は丸いですからね。




