表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン村のパン屋さん2〜1年目の物語  作者: 丁 謡
第35章 目指せ至高のパン!
159/175

「剥けました!」

 なんとか、二個目が剥けたスケさんの喜びの声をよそに、カクさんの方はせっせと牡蠣を剥いては、色々味つけして焼き網の上に載せている。

「うーん、一杯、欲しくなるな」

「ワインの良いのを仕入れましたので、持ってまいりますね」

 カクさんのつぶやきを聞いて、ダニーロが食料庫に、ワインを取りに向かう。一杯ですまなくなるのが、呑兵衛達。

 スケさんの手付きを確認して、大丈夫と判断したゲオルグは、自分の分を剥き始めることにする。それは、まさに水産加工工場に勤める、熟練技のような早業であった。

 パトリックが、ゲオルグの牡蠣剥きの手付きの良さに驚いて、思わず褒める。

「ゲオルグ様、牡蠣を剥くのがお上手ですね」

「そうじゃろ。若い頃はマルガレーテを誘って、ローレンに食べに行っておったからの。ふぅ、アレのために、いくつ牡蠣を剥いてやったことか」

 なにげにのろけられ、乾いた笑いしか出ないパトリック。

「マルガレーテ?」

「わしの妻じゃよ。そなた様の言うところの番じゃな。パトリック、味付けは任せてよいかの?」

 大神が首を傾げるのを見て、ゲオルグが教える。任せられたパトリックは、せっせとゲオルグ好みに味付けして焼き始める。大神にも、いろんな味付けで牡蠣を焼き、その好みを探るパトリック。

「今は、一緒ではないのか?」

「ふむ。人の番は様々での。わしのように一緒に暮らしておらぬのもおれば、息子夫婦のようにどこでも一緒なのも居りますのじゃ」

「……翁は寂しくないのか?」

「寂しい時もありますの。じゃが、寂しいからというて、相手の自由を束縛して、相手の幸せを奪うようでしたら、それは何の意味もありますまい」

「相手の自由……幸せ?」

「大事な相手ですからの、幸せであってほしいんですじゃ。もちろん相手によっては、隣に居ることこそが最大の幸せという夫婦もありますからの。息子夫婦がそうですの」

「番の形は色々?」

「夫婦の数だけありますのぉ」

「正解はない?」

「夫婦が作り上げて変化させていくものですからの、正解なんぞありませぬよ」

「番うのは難しい……こと?」

「さあ?息をするように、楽に、相手の望むことと、自分の望むことをすり合わせられることが出来る相手こそが、本来、番う相手なのではありませんかな?」

 生きやすい相手、それは息がしやすい相手のことだとゲオルグは考える。マルガレーテが居るだけで、自分は楽に息ができ、思うように力を発揮できるからだ。

 マルガレーテの方も、離れていても背中を守ってくれているゲオルグが居るからこそ、王宮で働き、その働きで守りたいものを守れると考えているところはある。

 フリードリヒとルイーゼ・ロッテは時に並び立ち、時に背中合わせでお互いを守り合いながら、民を領地を守り育てていこうとしている。

「無理をしない?」

「人というものは複雑でしての。自分だけが我慢してる、頑張ってると思うようになると、とたんに上手くいくものもいかなくなるように、出来ておるのですじゃ」

「よくわからない……」

「それは大神様、ずーっと一人でおいでだったからですじゃ。周りに誰もおらねば、相手を思い、相手のことを考えることはありませんからの」

「……」

「人同士はですの、お互いにとって良い距離を探し合うのが、付き合いの仕方なんですじゃ」

「……我らが、お互いの縄張りを侵さないようにするのと同じでないのか?」

 自分より弱いものは絶対に近づいてこないし、エルフ族は距離を保って接してくるし、ガチで喧嘩をふっかけてくるのは古代竜で、いまいち程よい距離感がわからない大神であった。

「フォフォ。縄張りに入らないのとは違いますからの」

「むぅ」

「シルヴァンは、そなた様の縄張りを侵しましたかの?」

「いや。シルヴァンは、わたしが北神様より預かったから……」

「それでも、侵されたくない領分はございましょう?」

「……」

 ゲオルグに聞かれ、コテンと首を傾げて、この修行期間を顧みる大神。

「……居心地が良かったように思う。でも、シルヴァンはどうであっただろう?」

 素で相手を思いやれる大神の様子を見て、ほっと胸をなでおろしたゲオルグ。

「フォフォ。あれは、居心地が悪ければ、魔狼の形態であっても、わかりやすく居心地が悪いと顔に出ますからの。そんな顔をしておりましたかの?」

「いや。生き生きと楽しそうにしていた。修行中は、ムームー唸っていたが、それは居心地の悪さからではなかった……」

「あれは、相手が好ましいなら、全身でそれを表しますからの。あやつに抱っこしろとせがまれませんでしたかの?」

「それは会ってすぐ」

「フォフォフォ。最初から遠慮なく来ましたか!」

「西の魔女が呆れていたような?」

「フフフ。師匠になるものへの敬意よりも、まだまだ庇護者(大人)への甘えのほうが先に出るようですのう。修行はまだ、あやつには早かったようですの」

「シルヴァンは、まだまだ幼いはず。群れの中にいるような歳のはずだ」

 かつて、自分がただの狼であった頃の記憶を掘り返して、ちょっと驚いたように目をみはる大神。

「魔狼にしては小型だと思うておりましたが、やはり子狼でしたか、シルヴァンは」

「私が、魔狼になったのは、もっと大きくなって群れを出て、食えずにのたれ死にそうになったときだ。シルヴァンは、もっと幼い頃に群れからはぐれたのか?」

「さて、そのあたりのことは本人からまだ聞いたことはありませんの」

「聞いたほうがいいのだろうか?」

「本人が話す気になれば、師匠のそなた様に話すのではないですかの?(最も、あれは聞かれれば、なんでも素直に答えそうじゃが)」

「待てばいいのだな」

「ええ。信頼をしっかり築いて、お待ちくだされ」

「信頼?」

「本当のことを話しても、この人は態度を変えないという思いこそが信頼ですの。時には背中を預けても大丈夫だと思える気持ちでもありますがの」

「……信頼を得るには、時間がかかるのだろうか?」

「時間ではありませんの。相手側の心の問題ですからの」

「相手側の?」

「自分の心を預けることに躊躇いのない者もおれば、慎重に慎重を重ねる者もおり、一切心を預けぬ者もおりまする。そこもまた人それぞれですの。それ故に、心を預けられたと感じたのなら、裏切る者になってはならんのですじゃ」

「……」

「最も弱く脆い部分を託されておるのですからの。それを守れもせぬのに、自分に預けろや寄越せというのは失礼極まりない上に、傲りが過ぎるというものですじゃ」

 ゲオルグの言葉に、シュンとなる大神。

「わたしは、リエに対して礼を欠いた行いをしていたのだな」

「大丈夫。大神様はきちんと己を省みて、相手に無理強いしておりませんからの」

「そうか」

「それに、ですじゃ」

「?」

「相手に信頼されたいと思うのなら、嘘偽りない態度を心がけねば。大きく見せたり、相手を試そうなどとすれば信用すらも失いますぞ」

「リエの前で神狼の姿になってはだめか?かなり大きいのだ」

「「「「「大きく見せるって、そこじゃない!」」」」」

 大神の天然ボケ炸裂に、牡蠣を食べることに専念してるふりをして、耳だけダンボにしていた他の人々が一斉に突っ込む。

「!?」

「大きく見せるというのはですの……」

「うん」

「……困りましたのぅ」

 素直過ぎる大神の性格を知ったがゆえに、どう具体的に言えば伝わるのか、悩み始めるゲオルグ。

「ゲオルグ殿ぉ、それ難しいわよぉ。相手の許容範囲次第じゃない。欠片の嘘も許せない人もいれば、まあこんな嘘ついちゃって可愛ぃ!な人もいるんだものぉ」

「……この牡蠣、ほんとにうまい!普段は許さなくても、惚れた弱みで、許してしまうのもいますよ」

 ベーレントが、牡蠣に舌鼓を打ちながら言う。

「たとえ虚勢でも、張らねばならん時もありますからな」

 カクさんがしみじみ言うと、思わず、ゲオルグとコンラートが深く同意する。心当たりが、それぞれの奥方に対してあるのだろう。

「大神様、リエちゃん限定なら、どんな大きさなのか知らないけど、別に神狼の姿でも大丈夫だと思うよ。むしろ人型よりおすすめかも。シルヴァンと違って、イケメンが苦手なとこあるから、リエちゃん。あ、大神様、熱いから気をつけて」

 パトリックは焼けた牡蠣を大神に手渡しながら、アマーリエに有効な具体的なことを、のんきに言い放つ。

「そうですね。アマーリエは、美美しい男に一歩引くようなところがありますからね。どちらか言うと華々しさよりも、渋みのある男のほうが、好みではありませんか?出会ったばかりの頃、カークスウェルのほうが、珍しく子どもだったアマーリエになつかれていて、驚いた記憶があるんですが」

 スケさんが、顔立ちの整った華やかな雰囲気の騎士に対して、少し距離を置くアマーリエの行動を思い返して言う。

「そうだったな。他の子どもに怯えられることはあったが、アマーリエのやつは遠慮がなかったな、ガキの頃から。むさ苦しいのは気にしないのにな。スケルヴァンはリエと出会った頃、ちょっと距離を置かれて悩んでたろ?」

 むさ苦しい方代表のカクさんも頷いて言う。どちらかと言うと(あで)やかな顔立ちのスケルヴァンだが、物静かな性質のおかげで華やかな感じは出ていない。

「ああ、そうでしたね。子どもに受けの良い方の私が、あなたとは逆に距離を取られて不思議だったんですよ。最近は、遠慮が無くなってきてますけどね。わたしも歳を重ねて、渋みが、増してきたんでしょうか?」

「そなたも、大概じゃの。スケルヴァン」

 真顔で言うスケさんに、ちょっと呆れて突っ込むゲオルグ。

「むさ苦しいのは気にしてませんけど、暑苦しいのは逃げてますよ。コッホ料理長のこと嫌いじゃないけど、苦手じゃないですか、リエちゃん」

 パトリックは、カキフライを作り始めながら言う。

「確かに」

 コッホと一緒にアマーリエのところに通ったダニーロが同意する。

「芋っ娘のぉ、好みってぇ、華やかな顔立ちの美形じゃなく、味のある顔の男でやや渋め?暑苦しくなくてぇ、落ち着きのある男ぉ?」

「年下や同い年は、男の枠にも入ってないですよ」

「洟垂れ小僧扱いじゃの」

「ノールは年上ですが、完全に遊んでますよね?リエ坊」

 アマーリエが聞いたら、人聞きの悪い言い方するんじゃないとキレたであろうことを、カークスウェルが言う。

「あれはのぅ……」

「それは、ノールさんの反応が、面白いからですよ」 

 口を濁すゲオルグをおいて、パトリックがサラッとひどいことを言って、揚がったカキフライを皆に提供し始める。

「まあ、確かにからかうと面白いんだが。アツッ!ウマッ!パトリック、これ追加!」

「カークスウェル、程々にしてあげてくださいよ。この間も休暇のノールに絡んで、灰にしてたではありませんか」

「とどめを刺したのは、シルヴァンと黒紅様であってだな。俺じゃないぞ、スケルヴァン」

「まあ、ノールさん、ことなかれ主義だからなぁ。リエちゃんとはないか」

 軽くノールをディスるパトリック。

 ノールは、単に穏やかで平和な、なにもないことが幸せな普通の騎士なのだ。

 もちろん騎士なので、いざって時には、本領発揮はするのだが。周りからすると、それが出し惜しみしているようにみえてしまう、損な男なのである。

「「胃薬が手放せなくなる。押し付けたら可哀想だろ」でしょ」

「ですよね〜」

「それより、年の近いグゥエン様は最近どうなんです?子どもの頃は、よくご領主様とリエちゃんのいたずらに振り回されてましたけど」

「「「グゥエンな……」」」

 パトリックの言葉に、すっと目をそらすゲオルグ主従。

「なんかあったんですか?」

 追加のカキフライを皿に載せながら、首をかしげるパトリック。

「砦勤務になってからのぅ……一皮むけたと言うのかのう」

「……吹っ切れたと言うか」

「……よりしっかりしはじめたと言うか」

「そうじゃの。ウィルヘルムにとっては、頼もしい片腕になっておるわけじゃが……いかんせん方向がのぅ」

 目が泳ぎ、言葉を濁す三人に、領都の屋敷で見たことのある光景を思い出したパトリック。

「……つまりダールさんが二人になったと」

「……そういうことじゃの」

「俺も気をつけよーっと」

「ゲオルグ殿ぅ、ウィルちゃん、はどうなのよぉぅ?幼馴染みたいなぁ、もんなんでしょう?」

「あれは弟分じゃろ。ウィル坊のほうが年上じゃが、完全に弟扱いじゃぞ」

 南の魔女に聞かれ、ゲオルグが肩をすくめて答える。

「いやー、弟分ていうか、あれは、手下その一だったんじゃないかと」

「だな」

「でしたね」

 子供の頃のアマーリエとウィルヘルムを思い出して、パトリックが遠慮なく意見を述べ、カクさんとスケさんが遠い目をして同意した。

 部下の躊躇のない同意に、がっくりうなだれるゲオルグ。

「んっまぁ!ご領主なのに、手下その一なのぉ?芋っ娘ったらやるわねぇ」

「ええ、二人でなにかやらかしては、グゥエン様がオロオロ振り回され、ノールさんが尻拭いに奔走してリエちゃんに説教し、ダールさんが、美味しいとこ全部、持ってってたじゃないですか」

「パトリック、お前さん容赦ないのぅ」

「客観的な意見、大事ですよね?」

「そうなんじゃがの」

 真顔のパトリックに、コヤツもアマーリエに毒されてき始めたかと、内心忸怩たる思いのゲオルグであった。

「それで、リエの番は誰なんだ?」

 パトリックに次々カキフライを渡され、口封じされていた大神が、やっとのことで口を挟み込む。

「「「「「「「いない、いない」」」」」」」

 その場の全員に、本命なんていないと言い切られた、アマーリエであった。

 夕方からくしゃみが止まらず、シルヴァンに、風邪をひいたんじゃないかと心配されるアマーリエの姿があったそうな。

 その夜、知らぬ場所での久しぶりの一人寝に、寂しさが募る大神。

「……一人とは、こんなに寂しいものであったのだろうか?」

 他人の温かさを知ったがゆえに、己が寂しかったことに気がついてしまった大神であった。


酢の物と冷奴の美味しい季節になりましたね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アグレッシブな婚活村ガールズも流石に人外には手を出さないんか…。
[一言] 大神ちゃん、ペット枠でリエちゃんとこ住み着くのもありだよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ