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「剥けました!」
なんとか、二個目が剥けたスケさんの喜びの声をよそに、カクさんの方はせっせと牡蠣を剥いては、色々味つけして焼き網の上に載せている。
「うーん、一杯、欲しくなるな」
「ワインの良いのを仕入れましたので、持ってまいりますね」
カクさんのつぶやきを聞いて、ダニーロが食料庫に、ワインを取りに向かう。一杯ですまなくなるのが、呑兵衛達。
スケさんの手付きを確認して、大丈夫と判断したゲオルグは、自分の分を剥き始めることにする。それは、まさに水産加工工場に勤める、熟練技のような早業であった。
パトリックが、ゲオルグの牡蠣剥きの手付きの良さに驚いて、思わず褒める。
「ゲオルグ様、牡蠣を剥くのがお上手ですね」
「そうじゃろ。若い頃はマルガレーテを誘って、ローレンに食べに行っておったからの。ふぅ、アレのために、いくつ牡蠣を剥いてやったことか」
なにげにのろけられ、乾いた笑いしか出ないパトリック。
「マルガレーテ?」
「わしの妻じゃよ。そなた様の言うところの番じゃな。パトリック、味付けは任せてよいかの?」
大神が首を傾げるのを見て、ゲオルグが教える。任せられたパトリックは、せっせとゲオルグ好みに味付けして焼き始める。大神にも、いろんな味付けで牡蠣を焼き、その好みを探るパトリック。
「今は、一緒ではないのか?」
「ふむ。人の番は様々での。わしのように一緒に暮らしておらぬのもおれば、息子夫婦のようにどこでも一緒なのも居りますのじゃ」
「……翁は寂しくないのか?」
「寂しい時もありますの。じゃが、寂しいからというて、相手の自由を束縛して、相手の幸せを奪うようでしたら、それは何の意味もありますまい」
「相手の自由……幸せ?」
「大事な相手ですからの、幸せであってほしいんですじゃ。もちろん相手によっては、隣に居ることこそが最大の幸せという夫婦もありますからの。息子夫婦がそうですの」
「番の形は色々?」
「夫婦の数だけありますのぉ」
「正解はない?」
「夫婦が作り上げて変化させていくものですからの、正解なんぞありませぬよ」
「番うのは難しい……こと?」
「さあ?息をするように、楽に、相手の望むことと、自分の望むことをすり合わせられることが出来る相手こそが、本来、番う相手なのではありませんかな?」
生きやすい相手、それは息がしやすい相手のことだとゲオルグは考える。マルガレーテが居るだけで、自分は楽に息ができ、思うように力を発揮できるからだ。
マルガレーテの方も、離れていても背中を守ってくれているゲオルグが居るからこそ、王宮で働き、その働きで守りたいものを守れると考えているところはある。
フリードリヒとルイーゼ・ロッテは時に並び立ち、時に背中合わせでお互いを守り合いながら、民を領地を守り育てていこうとしている。
「無理をしない?」
「人というものは複雑でしての。自分だけが我慢してる、頑張ってると思うようになると、とたんに上手くいくものもいかなくなるように、出来ておるのですじゃ」
「よくわからない……」
「それは大神様、ずーっと一人でおいでだったからですじゃ。周りに誰もおらねば、相手を思い、相手のことを考えることはありませんからの」
「……」
「人同士はですの、お互いにとって良い距離を探し合うのが、付き合いの仕方なんですじゃ」
「……我らが、お互いの縄張りを侵さないようにするのと同じでないのか?」
自分より弱いものは絶対に近づいてこないし、エルフ族は距離を保って接してくるし、ガチで喧嘩をふっかけてくるのは古代竜で、いまいち程よい距離感がわからない大神であった。
「フォフォ。縄張りに入らないのとは違いますからの」
「むぅ」
「シルヴァンは、そなた様の縄張りを侵しましたかの?」
「いや。シルヴァンは、わたしが北神様より預かったから……」
「それでも、侵されたくない領分はございましょう?」
「……」
ゲオルグに聞かれ、コテンと首を傾げて、この修行期間を顧みる大神。
「……居心地が良かったように思う。でも、シルヴァンはどうであっただろう?」
素で相手を思いやれる大神の様子を見て、ほっと胸をなでおろしたゲオルグ。
「フォフォ。あれは、居心地が悪ければ、魔狼の形態であっても、わかりやすく居心地が悪いと顔に出ますからの。そんな顔をしておりましたかの?」
「いや。生き生きと楽しそうにしていた。修行中は、ムームー唸っていたが、それは居心地の悪さからではなかった……」
「あれは、相手が好ましいなら、全身でそれを表しますからの。あやつに抱っこしろとせがまれませんでしたかの?」
「それは会ってすぐ」
「フォフォフォ。最初から遠慮なく来ましたか!」
「西の魔女が呆れていたような?」
「フフフ。師匠になるものへの敬意よりも、まだまだ庇護者への甘えのほうが先に出るようですのう。修行はまだ、あやつには早かったようですの」
「シルヴァンは、まだまだ幼いはず。群れの中にいるような歳のはずだ」
かつて、自分がただの狼であった頃の記憶を掘り返して、ちょっと驚いたように目をみはる大神。
「魔狼にしては小型だと思うておりましたが、やはり子狼でしたか、シルヴァンは」
「私が、魔狼になったのは、もっと大きくなって群れを出て、食えずにのたれ死にそうになったときだ。シルヴァンは、もっと幼い頃に群れからはぐれたのか?」
「さて、そのあたりのことは本人からまだ聞いたことはありませんの」
「聞いたほうがいいのだろうか?」
「本人が話す気になれば、師匠のそなた様に話すのではないですかの?(最も、あれは聞かれれば、なんでも素直に答えそうじゃが)」
「待てばいいのだな」
「ええ。信頼をしっかり築いて、お待ちくだされ」
「信頼?」
「本当のことを話しても、この人は態度を変えないという思いこそが信頼ですの。時には背中を預けても大丈夫だと思える気持ちでもありますがの」
「……信頼を得るには、時間がかかるのだろうか?」
「時間ではありませんの。相手側の心の問題ですからの」
「相手側の?」
「自分の心を預けることに躊躇いのない者もおれば、慎重に慎重を重ねる者もおり、一切心を預けぬ者もおりまする。そこもまた人それぞれですの。それ故に、心を預けられたと感じたのなら、裏切る者になってはならんのですじゃ」
「……」
「最も弱く脆い部分を託されておるのですからの。それを守れもせぬのに、自分に預けろや寄越せというのは失礼極まりない上に、傲りが過ぎるというものですじゃ」
ゲオルグの言葉に、シュンとなる大神。
「わたしは、リエに対して礼を欠いた行いをしていたのだな」
「大丈夫。大神様はきちんと己を省みて、相手に無理強いしておりませんからの」
「そうか」
「それに、ですじゃ」
「?」
「相手に信頼されたいと思うのなら、嘘偽りない態度を心がけねば。大きく見せたり、相手を試そうなどとすれば信用すらも失いますぞ」
「リエの前で神狼の姿になってはだめか?かなり大きいのだ」
「「「「「大きく見せるって、そこじゃない!」」」」」
大神の天然ボケ炸裂に、牡蠣を食べることに専念してるふりをして、耳だけダンボにしていた他の人々が一斉に突っ込む。
「!?」
「大きく見せるというのはですの……」
「うん」
「……困りましたのぅ」
素直過ぎる大神の性格を知ったがゆえに、どう具体的に言えば伝わるのか、悩み始めるゲオルグ。
「ゲオルグ殿ぉ、それ難しいわよぉ。相手の許容範囲次第じゃない。欠片の嘘も許せない人もいれば、まあこんな嘘ついちゃって可愛ぃ!な人もいるんだものぉ」
「……この牡蠣、ほんとにうまい!普段は許さなくても、惚れた弱みで、許してしまうのもいますよ」
ベーレントが、牡蠣に舌鼓を打ちながら言う。
「たとえ虚勢でも、張らねばならん時もありますからな」
カクさんがしみじみ言うと、思わず、ゲオルグとコンラートが深く同意する。心当たりが、それぞれの奥方に対してあるのだろう。
「大神様、リエちゃん限定なら、どんな大きさなのか知らないけど、別に神狼の姿でも大丈夫だと思うよ。むしろ人型よりおすすめかも。シルヴァンと違って、イケメンが苦手なとこあるから、リエちゃん。あ、大神様、熱いから気をつけて」
パトリックは焼けた牡蠣を大神に手渡しながら、アマーリエに有効な具体的なことを、のんきに言い放つ。
「そうですね。アマーリエは、美美しい男に一歩引くようなところがありますからね。どちらか言うと華々しさよりも、渋みのある男のほうが、好みではありませんか?出会ったばかりの頃、カークスウェルのほうが、珍しく子どもだったアマーリエになつかれていて、驚いた記憶があるんですが」
スケさんが、顔立ちの整った華やかな雰囲気の騎士に対して、少し距離を置くアマーリエの行動を思い返して言う。
「そうだったな。他の子どもに怯えられることはあったが、アマーリエのやつは遠慮がなかったな、ガキの頃から。むさ苦しいのは気にしないのにな。スケルヴァンはリエと出会った頃、ちょっと距離を置かれて悩んでたろ?」
むさ苦しい方代表のカクさんも頷いて言う。どちらかと言うと艶やかな顔立ちのスケルヴァンだが、物静かな性質のおかげで華やかな感じは出ていない。
「ああ、そうでしたね。子どもに受けの良い方の私が、あなたとは逆に距離を取られて不思議だったんですよ。最近は、遠慮が無くなってきてますけどね。わたしも歳を重ねて、渋みが、増してきたんでしょうか?」
「そなたも、大概じゃの。スケルヴァン」
真顔で言うスケさんに、ちょっと呆れて突っ込むゲオルグ。
「むさ苦しいのは気にしてませんけど、暑苦しいのは逃げてますよ。コッホ料理長のこと嫌いじゃないけど、苦手じゃないですか、リエちゃん」
パトリックは、カキフライを作り始めながら言う。
「確かに」
コッホと一緒にアマーリエのところに通ったダニーロが同意する。
「芋っ娘のぉ、好みってぇ、華やかな顔立ちの美形じゃなく、味のある顔の男でやや渋め?暑苦しくなくてぇ、落ち着きのある男ぉ?」
「年下や同い年は、男の枠にも入ってないですよ」
「洟垂れ小僧扱いじゃの」
「ノールは年上ですが、完全に遊んでますよね?リエ坊」
アマーリエが聞いたら、人聞きの悪い言い方するんじゃないとキレたであろうことを、カークスウェルが言う。
「あれはのぅ……」
「それは、ノールさんの反応が、面白いからですよ」
口を濁すゲオルグをおいて、パトリックがサラッとひどいことを言って、揚がったカキフライを皆に提供し始める。
「まあ、確かにからかうと面白いんだが。アツッ!ウマッ!パトリック、これ追加!」
「カークスウェル、程々にしてあげてくださいよ。この間も休暇のノールに絡んで、灰にしてたではありませんか」
「とどめを刺したのは、シルヴァンと黒紅様であってだな。俺じゃないぞ、スケルヴァン」
「まあ、ノールさん、ことなかれ主義だからなぁ。リエちゃんとはないか」
軽くノールをディスるパトリック。
ノールは、単に穏やかで平和な、なにもないことが幸せな普通の騎士なのだ。
もちろん騎士なので、いざって時には、本領発揮はするのだが。周りからすると、それが出し惜しみしているようにみえてしまう、損な男なのである。
「「胃薬が手放せなくなる。押し付けたら可哀想だろ」でしょ」
「ですよね〜」
「それより、年の近いグゥエン様は最近どうなんです?子どもの頃は、よくご領主様とリエちゃんのいたずらに振り回されてましたけど」
「「「グゥエンな……」」」
パトリックの言葉に、すっと目をそらすゲオルグ主従。
「なんかあったんですか?」
追加のカキフライを皿に載せながら、首をかしげるパトリック。
「砦勤務になってからのぅ……一皮むけたと言うのかのう」
「……吹っ切れたと言うか」
「……よりしっかりしはじめたと言うか」
「そうじゃの。ウィルヘルムにとっては、頼もしい片腕になっておるわけじゃが……いかんせん方向がのぅ」
目が泳ぎ、言葉を濁す三人に、領都の屋敷で見たことのある光景を思い出したパトリック。
「……つまりダールさんが二人になったと」
「……そういうことじゃの」
「俺も気をつけよーっと」
「ゲオルグ殿ぅ、ウィルちゃん、はどうなのよぉぅ?幼馴染みたいなぁ、もんなんでしょう?」
「あれは弟分じゃろ。ウィル坊のほうが年上じゃが、完全に弟扱いじゃぞ」
南の魔女に聞かれ、ゲオルグが肩をすくめて答える。
「いやー、弟分ていうか、あれは、手下その一だったんじゃないかと」
「だな」
「でしたね」
子供の頃のアマーリエとウィルヘルムを思い出して、パトリックが遠慮なく意見を述べ、カクさんとスケさんが遠い目をして同意した。
部下の躊躇のない同意に、がっくりうなだれるゲオルグ。
「んっまぁ!ご領主なのに、手下その一なのぉ?芋っ娘ったらやるわねぇ」
「ええ、二人でなにかやらかしては、グゥエン様がオロオロ振り回され、ノールさんが尻拭いに奔走してリエちゃんに説教し、ダールさんが、美味しいとこ全部、持ってってたじゃないですか」
「パトリック、お前さん容赦ないのぅ」
「客観的な意見、大事ですよね?」
「そうなんじゃがの」
真顔のパトリックに、コヤツもアマーリエに毒されてき始めたかと、内心忸怩たる思いのゲオルグであった。
「それで、リエの番は誰なんだ?」
パトリックに次々カキフライを渡され、口封じされていた大神が、やっとのことで口を挟み込む。
「「「「「「「いない、いない」」」」」」」
その場の全員に、本命なんていないと言い切られた、アマーリエであった。
夕方からくしゃみが止まらず、シルヴァンに、風邪をひいたんじゃないかと心配されるアマーリエの姿があったそうな。
その夜、知らぬ場所での久しぶりの一人寝に、寂しさが募る大神。
「……一人とは、こんなに寂しいものであったのだろうか?」
他人の温かさを知ったがゆえに、己が寂しかったことに気がついてしまった大神であった。
酢の物と冷奴の美味しい季節になりましたね。




