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アルバン砦にある騎士の宿舎で、鼻歌交じりにノールが荷造りをしていた。鬼ごっこ大会でもぎ取った休暇に、これからはいるのだ。
「ノールさーん!準備できましたか?」
「おう!ミカエラ。そろそろ行くか!」
こちらも休暇をもぎ取ったミカエラ。旅装を整え、いい笑顔でノールを呼びに来る。グゥエンとアーノルドは、二人とずらして休暇を取ることになっている。
「はぁ、心の浄化〜。待ってろよ!温泉!何者にも邪魔させない!」
ぐわっと拳を上げ、本音をダダ漏らすノール。それに強く同意するミカエラ。
心軽やかに厩に向かいはじめた二人を見て、土の精霊が顔を出す。
『ノール、ミカエラ!どこかに行くの?』
「これは、精霊様」
「あ、精霊様!温泉に入りに行くんです」
歩きながら、ご機嫌で精霊の相手を始めるミカエラ。ノールは二人の会話に入らず、隣を歩く。
『おんせん?』
「温かい水が湧く場所ですよ」
『へー。楽しい?』
「うーん?楽しいというより、心と体がホッとする場所でしょうか」
『二人はホッとしたいの?』
「「ええ!」」
力いっぱい肯定する二人に、ちょと距離をあけた土の精霊だった。
砦に赴任してきてから、魔物の暴走対策のため、何度も気絶に耐えながらスープを飲み続け、精霊や冒険者たちとひと夏訓練に耐え続け、たまに漆黒にしごきに来てもらい、耐えに耐えぬいた半年であったのだ。
ちょっとぐらい、ホッとさせておくれというのが、騎士たちの心であった。
『ついていってもいい?』
「「分体でしたら」」
『わかったー』
砦の一部が一度壊れて以降、特に問題という問題も起こさず、騎士や騎士見習いたちの訓練にも付き合い、すっかり騎士たちに馴染んでいる土の精霊。
その精霊に、騎士たちの方も慣れてしまい、どこかに行くという精霊の本体にすがりはすれども、分体に関しては好きにさせていたりするのだ。
馬に乗ったノールとミカエラは、精霊とともに温泉村に向けて出発した。
そして、アルバン村の前で、鬼ごっこの優勝賞品を温泉旅行に決めた、シルヴァンと黒紅一行(もちろんアマーリエも含むノールにしてみたら面倒くさい人々エトセトラ)とかち合うことになる。
「「げっ」」
「ノール!ミカエラ!いいところに!」
「カークスウェル殿!?」
白告の鳩の馬車の横を馬で並走していたカークスウェルが、ノールとミカエラに声をかける。
「何がどう、いいんですか!?」
「あー!精霊さん!ノールさん、ミカエラさん、こんにちはー」
「リエ!?」
『パン屋さん?髪の色が茶色?おそろいー』
白告の鳩のダッカが御者をする横で、髪を茶色に染めたアマーリエが、精霊たちに手をふる。
「精霊さん、この人冒険者で、白告の鳩のダッカさん。初めて?」
『神殿でたまに会うよー』
「おお、もう、お知り合い?」
「ああ。神殿前の訓練で時折会うな」
精霊とのんきに話に花を咲かせるアマーリエ。一方のノールとミカエラは休暇を盾に、必死で一行と行動を共にすることを拒否する。馬を疾駆させて、アマーリエ達と一気に距離をあけたい心境であった。たとえ終着点が同じであったとしても。
「休暇なんです!温泉村で!」
「休暇!やっと取れたのか!良かったなぁ。ロトリーの温泉に行くんだろ?行くところはどうせ同じなんだから、一緒に行けばいい」
爽やかな笑顔で言い切る、カークスウェル。しかし、そのお腹の中は、爽やかさからほど遠かったのである。
なぜなら、今回のメンバーは、白告の鳩の馬車にアマーリエ、ゲオルグ、アーロン、シルヴァン、黒紅が、商業ギルドの馬車の中には、ギルド長と職員、料理人三人が乗っていて、その護衛兼ストッパーはカクさんとスケさん、白告の鳩三人の合わせて五人だけなのだ。完全に力負けである。
ここで重要なのは護衛の仕事というより、問題児がなにかおこしたときに、誰が止めに入るのかということなのだ。しかも集まった問題児がそれぞれに癖があり、問題の方向性が多岐にわたるため、制御不能になる可能性が高い。
カクさんとしては、極力、問題を誰かに押し付け、消耗するようなことは避けたい心境であった。
そこにアマーリエ担当大臣、問題処理の実務エキスパート、ノールの登場である。誰が逃がすもんかとなるのは致し方ない。
「なんで、休みの日に上司と一緒にいなきゃいけないんです!?」
「お前たちは、俺の部下じゃないぞ」
あえて、とぼけた顔をしてカクさんが言ってのける。実際、ノールやミカエラの直属の上司はグゥエンで、統括する上司は砦の司令官であるティールだ。
それにカークスウェルとスケルヴァンは騎士ではあるが、直属の上司はゲオルグで、部下はいない。独立したセクションなのだ。嘘はかけらも言っていない。
「そんなの詭弁だー」
見習いの頃にしごかれて、ノールの体に染み付いた上下意識は、変えようがない。
「ノールさん、旅は道連れ世は情けってね。行くところが同じなら、諦めて一緒に行ったほうが、無駄な体力使わずにすみますよ」
見かねたアマーリエが、ノールに声をかける。
「リエ!なんにもするなよ!自重しろ!自重!」
「温泉楽しむだけで、なんにもしませんよ。わたしは」
「わたしは?」
アマーリエの言葉に、素早く突っ込むノール。
『おお!よく空を舞う騎士ではないか!』
「あ〜、騎士のおじちゃーん」
「!?」
馬車の幌から顔を出して、黒紅と人化したシルヴァンがノールに笑顔で手をふるも、もはや声もなく、口から魂魄が抜けかけているノール。
「あーあ、折角の休日なのに、死に体になってら」
「……」
「アマーリエの悪口に反応なしか。こりゃ、ちょいと衝撃が強かったか?」
カクさんが肩をすくめていう。
「カークスウェル様、ノールさん、大丈夫ですかね?」
「ほっとけ。そのうちもとに戻るだろ。ミカエラ、それまでこいつが馬から落ちないよう、見てろよ」
「はいー」
こうして、ノールとミカエラの休暇がどう転ぶのかは、神のみぞ知る所となったのであった。
呆然としたまま、馬から落ちずにいる辺り、腐っても騎士なだけはあるノール。それをチラチラ確認しながらも、ミカエラの方はアマーリエと話をし、それなりに楽しい旅路を過ごしている。
話題は、今日の野営地の夕飯をどうするのかに移っていく。
「何食べます?」
今回も食料や調味料の入ったアイテムボックスを載せてもらってきた、ちゃっかり者のアマーリエ。
「携帯食のつもりでしたからね」
ミカエラの方は、ノールと二人のため、特に道中の食事にこだわるつもりがなかった。携帯食も以前より遥かに向上しているため、問題がなかったのだ。
「リエちゃーん、あっちの方からワイルドボアの匂いがするー」
そう言って風上を指差す、シルヴァン。人の身であるアマーリエには、野生動物の影すら目に入らない。
「ボアかぁ。お肉が柔らかいといいねぇ。まあ、固くても、私のスキルで熟成させるけどな。うーん、味噌でお鍋にする?」
「なべー!」
『主!狩ってくるぞ!』
『私、解体しようか?』
「お願いしていい?」
誰も口を挟むスキもなく、秋になって身に脂肪を蓄えたイノシシが一頭、あっと言う間にボタン肉へと変化を遂げたのであった。
「おお!イノシシに追いかけ回されてたシルヴァンが、ちゃんとお肉仕留めてきたよ!がんばったね!」
アルバン村に向かっていた時のことを思い出し、シルヴァンの成長に感動するアマーリエ。シルヴァンの方も、ドヤ顔である。
「今日の夕食は、ワイルドボアですね!お見事です、黒紅様」
「土の精霊様は、解体がお上手ですな!素晴らしく無駄がない!」
「シルヴァン、うまい具合に風の魔法でボアを転がしてたね。美味しい夕食作るから、楽しみにね」
「「「「「……」」」」」
目一杯、シルヴァン達を褒めるアマーリエと料理人たちを、カクさんたちは言葉なく見つめる。
「……手伝う暇がありませんでしたね」
「ものすごく、手慣れてますな」
ミカエラは後に続こうと馬から降りようとした体勢のまま、ダッカは御者席から腰を浮かしたまま、言葉を漏らす。
『ダンジョンの修行の成果じゃ!』
「おにく、だいじ!」
ミカエラとダッカの感想に、黒紅とシルヴァンが応える。
「そろそろ日も落ちてきましたし、野営に入りましょ」
「ああ、もう少し先に野営地があるから、速度をあげよう」
アマーリエの言葉に、ダッカが座り直して、馬を急がせる。
野営地に入ると、アマーリエと料理人たちは食事の用意にかかり、ミカエラは黒紅に頼んでノールを馬から降ろす。
料理の方は廉価版のコンロを使うことにし、折りたたみのテーブルを出して作業台にする。料理人たちはそれぞれ、手分けして作業に移る。
白告の鳩たちやギルド職員は馬の世話に、爺様たちはおとなしく、暖を取るための火をおこして、準備ができるのを待ち、カクさんとスケさんは安全確認のため周囲の確認をする。
「できましたよー!」
日も暮れて、あたりの気温も下がり始めている。温かい汁物の入った木の椀とおにぎりを料理人たちから受け取って、皆で食事を始める。
「「「「「……はぁ。しみる」」」」」
汁を一口飲んで、心もち気が緩む人々。
ぼたん鍋と言うより、豚汁のイノシシバージョンになった汁物は、根菜をたっぷり入れてボリューム満点である。
「温まりますねぇ」
「うむ」
「おいしい」
そう誰ともなくつぶやいて、皆食べることに専念する。
こうして、温泉旅行初日は、ぼたん鍋でおわったのである。
なんか、黙示録化してきましたな。中国に蝗害も来そうですし(黄砂があんまり飛んでないのが逆に怖い)
今年はさらに世界レベルでハードモードな予感ですわ。




