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茶の日の夕方、新顔の冒険者が三人、アマーリエのパン屋にやってきた。
「「「こんにちはー」」」
「オンオン!」
訪いの声に反応して、庭で遊んでいたシルヴァンが駆け出して出迎える。
「お!」
「あら」
「よぉ」
「オンオンオン!」
しっぽをフリフリ、三人に愛想を振りまくシルヴァン。
「はーい。どちら様?ってシルヴァン、知り合い?」
中年男性の冒険者に撫でられるシルヴァンを見て、アマーリエが首を傾げる。
「ああ、神殿の訓練で一緒に」
無精髭を生やし、ちょっとくたびれた感じの中年男性冒険者が、シルヴァンの代わりにニカッと笑って答える。
「冒険者の人?はじめまして、アマーリエ・モルシェン、この村のパン屋です」
「はじめましてパン屋さん。裏の家に越してきた【白告の鳩】のダッカだ。数年、この村に滞在して、ダンジョンに潜る予定だ。パン屋さんにも世話になると思う。よろしくな」
「同じくミッテよ。まだ来たばかりなの、よろしくね」
二十代後半ぐらいの女性冒険者が、ニコリとアマーリエに笑いかける。続けて、茶色い巻き毛の少年がアマーリエに挨拶する。
「アシュって言います。なんか依頼があったら言ってね」
「こちらこそよろしくお願いします。この村に滞在するんですね。冬になると冒険者の人は村を去るって聞いてたんですが」
「そうみたいだな。俺たちはじっくり腰据えようって決めてな。それに、ちょこちょこした依頼は、冬場でもあるだろうし。なくても越せるだけの稼ぎは雪のない間、ダンジョンで稼ぐ予定だ」
「そうなんですね。私もまだこの村に来て一年にもなってないから。この村の冬も初めてで、色々頼むと思います。その時はお願いしますね」
「わかった。任せときな」
「それじゃあ、パン屋さん、またね」
「はい」
軽く挨拶を交わして、別れた冒険者とアマーリエであった。
「村に滞在するんだね。ふふふ。雪かき手伝ってもらおうね!」
労働力を確保とばかりに喜ぶアマーリエに、しっぽを振って同意したシルヴァン。
「さて、ちょっとダールさんに、聞きたいことがあるから地下の転送陣使おうかな……」
そう言って、地下に降りてダールと領主に連絡を始めたアマーリエ。シルヴァンの方は、居間の暖炉に火を入れて、夕飯までゴロゴロする予定だ。
アマーリエは、あまりにもコッホの滞在期間が気になりすぎて、領主とダールから情報を得ようとしたのだ。
コッホ本人に確認しようものなら、そのまま徹夜コースになるからだ。
ウィルヘルムから返ってきた手紙を読んで、アマーリエは無言になる。
コッホの休暇期間は何日なのか、答えて欲しいというアマーリエの問いに、コッホがアマーリエとの料理談義に満足いくまでの間だから、何日になるかわからないと、そこには書いてあったのだ。
「……料理長さんの休暇期間が書いてない?どれぐらいになるか不明って……ご領主さま、書いてる意味がわかんない。どういうこと?きっちり説明しなきゃ、お菓子送らないっての」
言葉のまま、ウィルヘルムからの手紙に返信するアマーリエ。それに間断なく返事が届く。
「なになに?……いつまで休みをとっていいか伝えるのを忘れただぁ?」
アマーリエはペンを取ると、【お菓子抜きの刑、期間:料理長さんの休暇明けまで!以上】としたため、ウィルヘルムに転送し、夕飯を作るために厨房に入った。以降、転送陣を起動させなかったアマーリエ。
一月後にダンジョンの主からの通販物を受け取るために起動して、ウィルヘルムの涙に濡れた手紙を大量に受け取ることになる。もちろん、黒ヤギさんたら、流し読みして暖炉の焚付に使って仕舞いである。
一方の、アマーリエの最後通告を受け取った方は号泣である。なにせ、アマーリエ次第でコッホの休暇期間が決まるからだ。
「シクシク。なんで休暇期間を決めなかったんだ、私の馬鹿……」
「大丈夫ですよ。アマーリエのほうが、すぐコッホさんにつきあいきれなくなりますから」
嘆くウィルヘルムをなだめるダールだったが、珍しく、その読みを外すこととなる。
そして翌日、白の日。
アマーリエはいつものように朝早くから起き出し、厨房で朝食と昼の弁当をこしらえる。
「……リエちゃん、おはよう。お腹すいた」
「おはよう、シルヴァン。ご飯直ぐだよ。今日は人型なの?」
眠い目をこすりながら起きてきたシルヴァンに声をかけるアマーリエ。
「うん。お弁当?今日訓練ないよ?」
作業台の保温マグを見て、首をかしげるシルヴァン。
「ああ、今日は村の森に採集に行こうかと思って。きのこや木の実がほしいからね」
というのは建前で、もちろん料理長から逃げるための算段である。コッホの永遠の休暇を手伝ってやろうという、親切心からでもあった。人はそれを親切ごかしの復讐と呼ぶであろう。
「!僕も行く!」
「もちろん、シルヴァンも一緒だよ。鼻をあてにしてるよ」
きのこや木の実探しにもシルヴァンは必要だが、最も重要な敵の気配を察知してもらうために必須なのだ。
「わかったー!ベニちゃんは?」
「一緒に行く約束しといたよ。もう少ししたら来ると思うよ」
「わーい」
「さ、朝ごはん食べよう」
朝食の乗ったトレーを持って二階への階段を登ろうたした、ちょうどその時、どんどんと表の扉を叩く音がする。黒紅が扉を叩くときはもう少し軽い音になるので、びくりと肩をすくめるアマーリエ。
「もしや?……来たのか?」
「南のまじょさまとマリねぇだ!!」
シルヴァンが鼻を利かせて言う。
「はいぃ?」
「芋ッ娘!起きてんでしょ!入れなさぁい!」
「おぉう、ほんとに南の魔女様だ、帰ってきたんだ。でもなんでうち?」
シルヴァンに朝食のトレーを任せ、表の扉を開けるマーリエ。
「おはようございます、南の魔女様。マリエッタさんもおかえりなさい。朝早くからどうしたんですか?」
「「美容講座って何ぃ!?」」
「え」
「「え、じゃないわよぉ!詳しく教えなさい!」」
そう言った二人に、押し込み強盗顔負けで二階の居間に押し込まれたアマーリエ。そしてこの間ちょっと話した、村で美容講座を開こうかと言った話を根掘り葉掘り聞かれることとなる。
そんな伏兵二人のせいで、家から逃げ出しそこねたアマーリエのもとに、真の敵がやってきた。
「モルシェンパン屋のお嬢さーん!いらっしゃいますかー!」
「「お嬢さん?」」
外からかかった訪いの声に、思わずアマーリエの顔を見やる南の魔女とマリエッタ。
「お嬢さんですよ、一応。お嬢様ではありませんけどね!」
なんか文句あるかと二人を睨み返したアマーリエ。そしてそのまま階下へ、やってきた敵を迎え撃ちに降りていく。
ちなみにコッホが、アマーリエをお嬢さんと呼ぶことになった経緯はとても単純である。娘を名で呼ぶなと視線に載せた、父の無言の圧のせいである。
「いませーん!」
「……お嬢さん、ひどい」
「ひどくない!徹夜反対!」
嫌がりつつも、コッホと実は遠慮杓子もない会話が成り立つアマーリエであった。というか、幼少の頃、お屋敷の料理長に少し遠慮をした父が徹夜コースとなったのを見て、絶対遠慮はしないと決めているアマーリエであった。
「徹夜はしないから!」
「嘘をつけ!」
「そこまでもう体力残ってませんから……」
しおしおと力のないコッホの声に、扉を開けるアマーリエ。
「あら」
珍しくよれよれになったコッホを見て目を丸くするアマーリエ。アマーリエの中のコッホ像は、コッホの皮を被った某テニスプレイヤーだったからだ。
それが、アマーリエの目の前でやつれはて、弱々しく微笑んでいる。そう、見事に村人たちの作戦が成功していたのだ。
「え、大丈夫ですか?うちに来てないで宿で寝てたほうがいいんじゃないんですか?」
心配するふりをしながらさっさと帰れというアマーリエ。
「いえ、休みは白の日しか取れなさそうですから」
「は?白の日だけ休み?今無期限休暇中なんじゃ?料理長さんはお屋敷の料理人でしょ?契約は?」
「……宿の食堂の臨時雇いになりました。ご領主様から、温泉村の宿の料理人が決まるまでは、副業していいと許可が出たと言うか」
そう言って、アマーリエから目をそらすコッホ。
アルバン村までの道々、コッホ料理長真面目に料理人と見習い候補をせっせと挙げていったのである。挙げ過ぎだったとも言うが。そのため、精査する方に時間がかかっているのだ。
「それ絶対違うでしょ!」
「うっ、ゲオルグ様とダールさんに、しでかしたことの尻拭いをするよう叱られました」
ポソポソというコッホに、ああという顔で頷くアマーリエ。
「……バイキングが落ち着くまで手伝う羽目になったと?」
初日のやらかしが、宿の食堂の大成功に繋がり、抜け出せなくなったコッホであった。蟻地獄とはこのことか、である。
「そうとも言う?毎日遠慮なく腕を振るえて楽しいですけど」
可愛らしく小首をかしげて肩をすくめ、反省の色を見せないコッホ。
日頃コッホは、領都の屋敷で料理をすると言っても、奥方もいなければ子どももいない領主の食べる分を作るだけ。屋敷で雇われている使用人たちの分は、部下の料理人たちが修行のために作っている。
社交シーズン中、王都の屋敷で腕を振るうと言っても回数が限られてもいる。貴族に料理を作ることは精神的にまいることはあっても、体が疲れきるまで料理を作り続けることなど、下っ端以来のことなのだ。
そのせいか、コッホは久しぶりに心地よい疲労で、あんまり受けてる罰に、堪えてないのである。
そんな様子を見てとったアマーリエ、深い溜め息を一つつくと言い放つ。
「うちに来るのは、白の日の鐘六つから鐘七つまで」
アマーリエ、自分の限界を二時間と見て、それ以上は無理と判断した。もちろん夕飯を作らせるという下心もあったりするし、ウィルヘルムに意趣返しをするためもある。
「そ、そんなぁ」
「それ以上は罷り通らん。うちは食堂じゃないから、いっぱい料理ができあがったって食べ放題はできないの!!もうダニーロさんと一緒に料理してんだから、色々知ったでしょ!うちに来たって教えることなんてないって!」
「そんなはずはない!もっと色々知らないことがあるはず!それにお嬢さんが料理をしてるところを直に見たい!」
「なら村の飲み会の料理を手伝いやがれ!」
「それはこちらから願い出たい!」
目新しいことを聞いて、コッホはむしろ進んで手伝うことを約束する。しっかりここでも労働力を確保するアマーリエ。
「うちだけじゃなく、カレーの会とソースの会にも参加すりゃいいじゃん!」
「なんですかそれ!?聞いてませんよ!でもそれとは別にもうちょっと!もうちょっとだけ時間伸ばして!せめて半日!」
「鐘一つ分!いやなら来なくていい!」
「ううう、でも……」
「休暇の期限、ないんでしょ?」
ニヤッと笑うアマーリエに、はっとするコッホ。
「ご領主様から、帰ってきてくれって言われるまで、村に居ればいいじゃん」
「そうですね!」
「料理長さん、端っこ仲間!さ、また夕方来てくださいね!」
「わかりました!じゃあ、また鐘六つ頃に!」
いそいそと宿に帰って、ダニーロとパトリックを誘って、夕方にまたパン屋を訪れることにしたコッホであった。
もちろん、これにはウィルヘルムのほうが、すぐに音を上げ、コッホは、雪が降る前に温泉村へと新たなブートキャンプをしに行くこととなる。




