4
草木も眠る丑三つ時。もっとも、この世界では、神様の思し召しで鐘七つまでしか時は知らされぬのだが。
パン屋の裏の空き家に、人影がコソコソと。そうそれはアルバン村に住むブラウニーズ、またの名をアマーリエ部隊という。
裏の家に常駐することになった、昨夜遅くにアルバン村に到着した冒険者なブラウニーさん達。今日からこの家がブラウニーズの拠点となるのだ。
「……皆、集まったか?」
「なんで夜中になったんですか?」
「良い質問だ、新入り」
「ここの村人は侮れん。完全に寝静まってからでも安心出来んぐらい、地獄耳だわ、目敏いんだ」
「そう、どこに目があるのかわかんない。このあいだ飲んで今時分に帰ってきたら、次の朝、隣のばあさまにお楽しみだったの?と言われたし。しばらく俺の恋人は誰かって、密かに噂話でもちきりだった」
「うわー」
「で恋人?」
「ちげーよ。職場で飲んで料理談義に花が咲いて、ちょと帰るのが遅くなっただけだよ!危うく料理長さんとデキてるのかってなりかけたがな!」
「あらまー」
「難儀だな。夜中の行動は控えることにするよ。どうせ対象も今の時間は寝てるだろうしな」
「フッ、隠形スキルが上達するぞ?」
ニヒルな笑みを浮かべて、新入りに暗に精進しろという在村ブラウニーさん。
「今日は大丈夫?」
「マジッククェイルのカラアゲ食べて隠形効果を上げたから大丈夫だと思いたい」
「なにそれ?」
新入りの言葉に、在村ブラウニーさんの一人が、マジッククェイルの唐揚げ効果を説明しはじめる。
「料理人、一人だけうまいもん食ってんじゃないよ!あたしなんて屋根裏で!」
「屋根裏の、うるさい。みんなカラアゲ食ってきてるよ!隠形は必須だからな!それより!お前も毎夜リエちゃん飯食ってるだろーが」
「どういうこと?」
「実はだな……」
お互いに美味しいものばかり食べててずるいと言い合いを始めた二人をよそに、在村ブラウニーさんたちが新入りブラウニーさんに報連相をはじめる。
「つまり何かい?」
「屋根裏で一番身バレしちゃいけないやつが、最初っからバレてんの?」
「だめじゃん」
新入りブラウニー三人衆から冷たい視線を浴びる、屋根裏のブラウニーさん。
「ブラウニーさんだもん!バレてないもん!」
「それがバレバレだってんだろ!」
「「「だもんじゃねーよ!間者のくせに丸っこくなりやがって!」」」
「ま、丸くなんかなってないもん」
「ちょっと肥えたわよね?ここ」
新入り冒険者のねーさんブラウニーに、真顔で脇腹の肉をつままれた屋根裏のブラウニーさんは泣き崩れる。
「だって、だって!パン屋さんの料理、美味しいんだもん!屋根裏から動けないんだもん!しょうがないんだもーん」
「夜中にでも運動しろよ」
「レイスに間違われるじゃん!」
「レイスが居るだけなら、村じゃ噂になっても問題にはならん。大いに励め」
そんなこんなで、真夜中のダイエットが始まった屋根裏のブラウニーさんであった。その後、姿がないのに雪に足跡が残る真冬の怪事件になるが、特に被害がなかったため、真冬の村の怪談で終わることになる。
「……嵐の前の静けさか?」
店番をしながらポツリと呟くアマーリエ。
「えっ、そう?いつもと変わらず、お客さん達おしゃべりに花咲かせてるよ?」
アマーリエのつぶやきを拾って、アリッサがキョロキョロ店の中を見回して言う。そこにはいつものごとく、会話を楽しむ村人たちの姿があった。
「アリッサ。アマーリエさんは、そういう意味で言ってるんじゃないと思う」
指をフリフリ、そうじゃないのよとアリッサに意味深に告げるブリギッテ。
「ブリギッテ?」
「目と鼻の先まで来てるのに、噂の熱血料理長さんがパン屋に来ないのが、怖いんだと思う」
「ウッ」
「パトリックさんも、三日前に来て以降、音沙汰が無いのも怖いんだと思うわよ」
「グフッ」
ブリギッテとソニアの的確の指摘に胸を抑えるアマーリエ。それを見て、なるほどと頷くアリッサ。
「でもさ、パトリックさんが来られないのは、商業ギルドの宿屋の食堂のお昼の営業方式が、バイキングになったせいでしょ?」
この三日間、お昼時は母親や弟妹たちと一緒に、宿屋の食堂に通っていた午前シフトのアリッサだった。ちなみに父親は、鍛冶場で缶詰状態で槍の穂先を打っている。家に帰ってきて、バイキングの話を聞いたらしばらくごねそうだと母親と話しているアリッサだった。
「え?どういうこと?」
高級宿屋が鬼門になったアマーリエは、この三日間、コッホに会うのが怖くて(徹夜に巻き込まれたくないとも言う)朝市にすら行っていない。
シルヴァンと黒紅にお使いを頼んで買い出しを済ませているのだ。朝市に店を出す、顔なじみの農家のおじさんが心配して、パン屋にアマーリエの生存確認に来るほどだった。そこで、パン屋のお客からバイキングの話を聞き、翌日家族を連れて宿屋に食事に行った農家のおじさんだったりするのだが。
甲羅に引っ込んだ亀状態のアマーリエは放置し、シルヴァンと黒紅はアルギスたちに連れられて、高級宿屋のバイキングに通っている。美味しいものと目新しいものを見逃すなという、もはや使命感に近い感じでアルギスは行動してるようであったが。
そんなこんなで情報に疎くなっている様子のアマーリエに、目をキランと光らせた噂好き達。一気にそれぞれが情報開示をはじめ、収拾がつかなくなる。
「……(私は豊聡耳じゃねぇのよ)はい!皆さん順番に!挙手!」
アマーリエの号令に、シュパッと手を挙げるアリッサとお客達。
「はい!」
「アリッサさん」
喋らせろと目が訴えるアリッサの圧に負けたアマーリエが、指名する。
「あのね!初日の話はもう知ってるでしょ?」
「うん」
初日の話は、すでにお客たちからも報告を受け、バイキングがかなり好評だったことは知っているアマーリエ。
そして、仕事の都合や噂の届いたタイミングのせいで食べられなかった村の人が地団駄踏んで悔しがったことは、その日、店に来たお客からの様子から、アマーリエはなんとなく察していた。
「食堂が今の時期に珍しく儲かったって話は?」
「めでたく懸案だった大量の料理は捌き切り、支配人さんと商業ギルド長さんが儲かったって大喜びしてたのは知ってるよ。二人して報告に来たからね」
宿屋の支配人と商業ギルドのギルド長も、食堂でかなり儲けが出たとパン屋の閉店時間頃にウハウハ顔で報告に来て、アマーリエが知恵を貸してくれたことに謝意を表して帰っていったのである。
「アマーリエさん。寒くなって、冒険者の人たちだいぶ村を去ったでしょ?」
「え、ああそうだね……そうか、この時期いつもなら客足が落ちるから売上も落ちるわけだ。そして暇だと」
「そう!それが予想外に儲かっちゃったんだよ」
バイキングの噂を聞いて、よその村からもお昼時に食べに来るため、まだまだバイキングの需要は続く。
「儲かるのなら儲からなくなるまでは続けようで、忙しくなってパトリックさんはこっちに来てる暇がないと」
「そうなの!」
「……もしや熱血料理長、巻き込まれた?」
ニヤッと笑って、コッホが来ない理由を推測するアマーリエ。
「手伝ってるんじゃないか?厨房の中をちらりと見たら、知らない親爺がフライパン振ってたぞ」
お客の一人が、アマーリエの推測を確信に変える。
「よっしゃー!なら次の白の日までは絶対来ないな!」
そう言って、厨房に意気揚々と引っ込むアマーリエ。
「パン屋さん、本気で会いたくないみたいだな」
アマーリエの様子を見て、ポツリと漏らすお客の一人。
「そりゃ、徹夜で料理談義に巻き込まれるのは嫌でしょ」
「美味しいものが食べたいだけだもんね、アマーリエさん」
ヒソヒソと顔を突き合わせて話し込む、従業員とお客達。
「お屋敷の料理長さん、バイキング料理を作りすぎて疲れてるぐらいが、丁度いいんじゃないの?」
ソニアが肩をすくめて言う。
「パン屋さん、朝が早いからなぁ。徹夜はかわいそうだべ」
「「「しょうがない、毎昼通って、大量に料理こさえさせて、熱血料理長さんを疲れさすだ!」」」
こうして、パン屋さんを助けるためという大義名分を掲げ、村人たちはまだ村に残っている冒険者も巻き込んで、白の日までバイキングを堪能したのであった。
パトリック、超とばっちりであった。




