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抜けるような夏の青い空に、少し風が秋の気配を忍ばせるようになったアルバン村。
アマーリエの方は、いつもどおり忙しくパン屋稼業に精を出している。シルヴァンと黒紅は、銀の鷹と黒の森の梟と一緒に調味料を探しにダンジョンに潜りに行ってしまい、魔女のお弟子さん達が代わりにパン屋の手伝いをしていた。もっぱら、朝のパン焼きと昼間は配達だったりするのだが。
「はぁ〜、平和だ〜」
「パン屋さん?」
「いや、今、私すごくパン屋してるなぁって」
村に来てからを思い出して、しみじみ言うアマーリエに首をかしげる村の人。
「そうか?パン屋さんちゅうより、なんでも屋のほうがしっくり来るから、今のパン屋さんは変な感じだぞ」
「んだな」
「アマーリエさんらしくないわね」
不思議そうに、おかしそうに言うお客達に、アマーリエが言い放つ。
「わ・た・し・は!パン屋と言ったらパン屋なんだー!」
「わかってるよー、ちょっというてみただけだわぁ」
「冗談冗談」
「パン屋さんはパン屋さんだよ」
「「「あははははー」」」
村人にからかわれる程度に、村に馴染んできている、アマーリエであった。
「そうそう、パン屋さん!ご領主様の料理人さんが来るそうだよ」
「は?」
「「え?ご領主様の料理人さんですか?」」
硬直したアマーリエに代わって、ブリギッテとアリッサが話の続きを促す。
「商業ギルドの宿の若い料理人さん、えーっとパトリックさん!あん人が、難しい顔をしとったんで、話を聞いたら何でも、お屋敷のえらい料理人さんが来るって言ってな」
「へぇ。お屋敷の料理人さんが、何しに来るんだろうね?」
「なんでも、新しい料理をおぼえるとかなんとか」
「「ほうほう」」
「……ついに来るのか?熱血料理人が……」
再起動したアマーリエが、ブルリとふるえて言葉を漏らす。
「ねっけつ?」
「アマーリエさん大丈夫?顔が青いよ」
「だいじょばないが、逃げ場もないので受けて立つしかない」
そう言って、自分を鼓舞するように拳を握るアマーリエ。
「言葉が変になってるよ」
「受けて立つって、なんか勝負でもすんのか?」
アマーリエの様子に、不審がる店員とお客達をよそに、アマーリエは気合注入した。
「気合だ!気合だ!気合だ!」
そう言って、自分の頬をピシャリと両手で挟んで、結局、いつ屋敷の料理長が来るのか聞かずに厨房に逃げこんだアマーリエだった。
「「「「?」」」」
残された店員とお客は、首をひねりつつも、噂の料理人が村に着いたら、何かが起こるのだろうと視線で会話して、それぞれ自分の用事に戻ったのである。
ところと時間が変わって、こちら先代夫婦と大奥様が出立された直後の、夏真っ盛りの領都のお屋敷。
「「……」」
玄関で屍のようになっている料理長をどうするか、無言で顔を見合わせる領主とダール。屍もどきからウッウッと泣き声が聞こえるのが、怖いやら鬱陶しいやら。
「えーっと、コッホ料理長?お祖母様から料理長宛に仕事を言いつかってるんだけど……生きてる?」
「……あ゛い」
「王城の料理人を鍛えてほしいんだってさ」
「?」
玄関に倒れたまま、涙に濡れた顔だけをウィルヘルムに向ける料理長。フリードリヒに置いていかれたのが、かなり心の痛手であったようである。
「(五歳児か!?)料理長、しっかりしてください。王国のために頑張っていただかねばならんのです。あなたの料理の腕が、王国の料理界を支えるのですぞ」
ダールが料理長の熱血魂に油を注ぐ。
「王国の料理界のため?」
涙がピタリと止まり、目に生気が宿る料理長。
「ええ。年明け早々、王国に帝国より陶工が派遣されてきます。王城の料理人達は、彼らの胃袋を掌握せねばならんのです。間違っても、里心をつけさせ、帝国に帰られてしまってはならんのですよ」
マルガレーテの薫陶よろしく、ダールが金の卵を産むガチョウを囲い込むため、手段を選ばないことにしたのである。陶工さん来ちゃだめー!である。
「はぁ」
「あなたが王城の料理人を鍛え上げ、その料理技術をいかんなく発揮させて陶工を料理でたらしこむのです!陶工が、この国に居着けば、産業が生まれ、王国が発展します。もちろんこの領地もですぞ!」
「国の発展、大切ですな」
アマーリエから、領地や国が栄えれば、いろんな素材も流通するようになって美味しい料理や新しい料理が生まれると話を聞いていた料理長。ダールの言葉に、ピクリと反応する。
「それだけではありませんぞ!陶工達に、その料理をさらに美味しく見せる器を作ろうと職人魂に火をつけねばならんのですよ!その全てが、あなたの指導にかかっているんです!陶工が王国にいつけば、あなたもその器を使った、新たな料理の境地を開けるんですよ!」
油を注ぎまくるダールに、ウィルヘルムが一歩下がって距離を取りながらも付け加える。
「きっとアマーリエも、新しいお皿があったら、面白い料理を考えるんじゃないかなー。コッホ料理長が王城の料理人を鍛え上げて、陶工を確保できたら、アマーリエも喜ぶよ?たぶん……」
ウィルヘルム、油を注がれまくった料理長に火をつけやがりました。おもむろに立ち上がった、コッホ料理長、目から炎がメラメラ燃え上がっていました。
「やります」
そして、彼はウィルヘルムを引きずるように王都にすぐさま赴いて、王国のやんごとなきお方直々に王城の料理人を頼むと仰せつかることになったのです。
王の執務室での謁見で、ウィルヘルムが大見得を切る。
「陛下お任せください。我が辺境伯家の料理人、コッホがこの夏が終わる前に王城の料理人たちを仕上げてご覧にいれます」
その心は、貢献するんだから、陶工が来たらうちにも回せよなである。
「うむ。我が城の料理人たちの料理向上を楽しみにしておる。コッホ、そなたの腕はわしもよく知っておる。頼みにしておるぞ?そなた、褒美は何が良い?」
ウィルヘルムに鷹揚にうなずき、視線をその隣りにいたコッホ料理長に向ける王国のやんごとなきお方。
「!」
「直答を許す。申してみよ」
王国のやんごとなきお方の言葉に、隣りにいる領主を伺い見るコッホ料理長。それに苦笑いしてうなずく、ウィルヘルム。
「陛下はちゃんとお聞きくださるよ」
「あ、アルバン村に行かせてください!そして新たな料理を覚え、それをまた王城の料理人に伝えますゆえ!何卒!」
「あい解った。そなたのアルバン行、許可しよう。ぜひ、新たな料理も料理人達に伝えてくれ。楽しみにしておる」
料理長に威風堂々応える王国のやんごとなきお方。お腹の中では、美味しいものがこれから毎日食べられると小躍りしていると、誰にも悟らせなかったが。
こうして、王国のやんごとなきお方に火薬も投入され、やる気にみちみちた熱血漢、コッホ料理長。
有無を言わさず王城の料理人たちの特訓を始め、夏が終わる前に鍛え抜かれた新生王城料理人ができあがったのである。誰も新兵訓練をしろとは言ってないのに、である。
「皆よく頑張った!私についてきた強者どもよ!お前たちの腕は私が保証する!いいか!必ず帝国の陶工たちの胃袋を掴み取るんだ!わかったな!」
「「「「オー!」」」」
「父上、あれで本当によろしいんですか?」
「う、む。料理は確実に美味くなっておるし、問題なかろう」
こっそり調理場を覗きに来て、冷や汗を垂らすやんごとなき親子でありましたとさ。




