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暑くなってきましたねー。冷たいもののとりすぎにはご注意を!
『「できた!」』
ブランケットの真ん中に、保温マグや魔法瓶を並べ終え、簡易お茶会会場の完成である。
『さ!座るのじゃ。今日はの!クリームあんみつじゃ!』
黒紅は自分の隣をしっぽでペシペシとたたいて、ダンジョンの主を隣に誘う。ダンジョンの主はお邪魔しますと、素直にその横に正座したのである。
「あ」
『どうしたのじゃ?シルヴァン』
「あいさつ、まだだった」
『お!そうであったの!主よ、妾の主と同居しておる魔狼のシルヴァンじゃ』
「はじめましてでいいのかな?こえだけ、まえにきいてるけど。シルヴァンです!よろしくね」
「こちらこそはじめまして。アルバンダンジョンの主です。名前は……ないんだった……。あ、えっと声って?」
ダンジョンの主は名前がないことにちょっと落ち込みかけたが、声を聞いたと言われて首をかしげる。それをみて、シルヴァンが黒紅をダンジョンから連れ帰ったときのことを話す。
『クッ、あれは妾、初の負けじゃった』
「ああっ!あのときの魔狼ちゃん!えええ!?人型に成れるの?」
あの時、ダンジョンの主は、あんなに強い者たちがあんなに大勢で来たため、すわっ、ダンジョンの主討伐か!?とかなり慌てた記憶がある。あとから、黒紅を慌てて召喚したのはまずかったと反省しきりの主であった。
なぜなら、そもそもアルバンのダンジョンは攻略深度は三十階層にも到達していないし、主が暇を持て余して作り続け、いまやダンジョンは百五層目になろうとしている。
そして、深度の浅い最初の五階層分は、冒険者たちが色々採集に夢中になるようにと作った階層なのである。攻略よりも楽しくなるように設定したつもりだったのだが、その目論見はあっけなくハズレ、一〜五階層は閑古鳥が鳴いていた。
しかし、この年の春は珍しく、攻略よりも五階層までの採集の方を冒険者達が頑張っていることに、主は気がついてはいたからだ。
大勢で来た彼らもわざわざ一階層に入っていったのだから、採集に来ていることに気がつけばよかった、預かっていた黒紅を召喚しなかったし、連れて行かれることもなかったと、緑青が説明に来るまでダンジョンの主はかなーり落ち込んだのだった。
「うん!じんかできるようになったの!」
「すごいね。あ!そうだ!あの時の容器、まだ預かってるんだ!」
そう言うと、靄はどこからともなくシルヴァン用の平たく大きな保温マグを取り出して、手渡す。
「あ、ありがとう」
「カレー食べられるんだね?玉ねぎ大丈夫なの?」
魔狼は犬とは違うのかなと首を傾げる靄。
「うん。からだのなかでまりょくにかわるんだって。うんちでないよ」
「ワ~、排泄物なしの、完全循環てこと?」
「あはは、えこだよねー」
「味はするの?」
「うん!リエちゃんのカレーおいしいよ」
「いいなぁ。ぼく、自分が作ったものって、自分の魔素と一緒だから味がしないんだよね」
「え?」
「冒険者たちは、ダンジョンの魔物討伐や採集する時に無意識に自分の中の魔素を使ってるから、そこで魔素が変質して完全物質化するんだよね。だから、ダンジョンでできた物を食べられるし、味わえるんだよ。ぼくの場合は自分の魔素だから、もとに戻るってだけなんだ」
『ダンジョンの主の場合、おそらくじゃが、人の手で加工されたものならば食べられるのではないか?まあ、魔素に戻るではあろうが、味はするはず』
「かなぁ?」
「みかくはあるの?」
手がすり抜けてしまうが物は持ててる靄の不思議構造に、味蕾があるのかと首をかしげるシルヴァン。しかも呪いで生物になれないと言ったのはダンジョンの主である。なんか別なセンサーがあるのかと首を傾げる。
「わかんない。他の人が作ったものを食べる機会なかったから」
「え。このカレーたべなかったの?」
「いい匂いがしたけど、我慢したの。勝手に食べちゃ悪いなって」
「そっか。まあ、ひろぐいしちゃだめだもんね」
ベルンから、お腹壊すから拾い食いしちゃだめだぞと、言い含められているシルヴァンであった。アマーリエの方はと言えば、魔力に変わるのなら何食っても大丈夫なんじゃないのと、わりとおおらかに対処されてしまっている。
「え、それは考えなかったよ」
食べられないとわかった時点で、落ち込んだけれども、食べることをすっぱり諦めたダンジョンの主。飢えもないため、そもそも拾い食いしてまで、腹を満たそうという発想がない。
『嗅覚があるのなら、味覚もあるであろう。そなたの創造力で、魔素が勝手に働くのじゃ。試してみい。そのカレーには、妾も一口で魅了されたのじゃ』
黒紅は、そういうとクリームあんみつの入った保温マグを開けて、マイスプーンで食べ始める。それをごクリとつばを飲み込むような動作をして、見つめるダンジョンの主。
「……シルヴァンちゃん、そのカレー食べていい?」
「どうぞー」
と、シルヴァンはダンジョンの主にカレーの入った保温マグを手渡す。そして、慌ててアイテムバッグからスプーンを取り出して、靄に渡そうとする。
「スプー……ん」
が、ダンジョンの主、フタをタップして開けるとそのままカレーを流し込んだのである。シルヴァン、スプーンを持ったまま目を丸くして、その状況を見つめるしかなかった。
「……ウッウッ、カレーだぁ!」
保温マグを掴んだまま膝立ちして、ガッツポーズを繰り出すダンジョンの主。なぜか靄の目がありそうな辺りから水が滂沱と流れ出ている。
「……だんじょんのぬしのからだのしくみがよくわかんにゃい」
ポツリと漏らしたシルヴァンであった。
『ほれ!でざーとに、クリームあんみつも食せ』
黒紅の方はと言うと、クリームあんみつを詰めてもらった保温マグを主に手渡している。
「いただきます!」
「あ、スプー……ん」
泣き?ながらクリームあんみつを流し込み、そのまま他のお菓子までも袋から流し込む靄に、もう何も言えないシルヴァンだった。
『満足したかの?』
「うん!大満足」
心の汗を拭って、うなずいたダンジョンの主に、黒紅がニヤリと笑う。
「え、黒紅ちゃん何、その笑みは?」
笑まれた方は、ないはずの心臓がドキドキし始めている。
「べにちゃん、わるっぽいー」
『何を言う!主は交渉の時、よくこの顔をしておるではないか!』
アマーリエが、ごくたまに交渉という名の脅しを行う時に浮かべる笑みを真似してみた、黒紅であった。
「それはひていしないけど、ぬしさん、こころなしかふるえてるし」
そう言って、目に見えるか見えないか程度で小刻みに揺れている靄を指差すシルヴァン。
「こ、こわくないよ?」
『そうであろう?妾が怖いなどありえぬ。妾と主の付き合いは長いからの』
いい笑顔を浮かべていう黒紅に、シルヴァンは肩をすくめる。
「こ、交渉って?」
『主に頼みたいことがあるのじゃ。の、シルヴァン?』
「うん」
「シルヴァンちゃんも?何?ぼくにできることかなぁ?」
「『多分?』」
首をかしげる靄に合わせて、同じく首を傾げるシルヴァンと黒紅。
「あのね、おみそとおしょうゆ、だんじょんのどこかででたりする?」
「ああ!そういう!五階層までの各部屋で色んなものが出るよ!ちゃんと味噌蔵も醤油蔵も酒蔵も麹蔵もあるから!」
『あるんじゃな!』
「……くらごとあるんだー」
「うん!ウッドゴーレムがそれぞれの蔵で醸造してるよ。言えば分けてくれるから!」
安堵した靄の陽気な雰囲気と饒舌さに、ちょっと腰の引けるシルヴァンであった。
『よし!シルヴァン行くぞ!』
「えー。なんへやあるとおもってるの、べにちゃん。もうかえらないとごはんだし!りえちゃんしんぱいするもん」
『ぬ、そうであったな。主よ、おみそとしょうゆなるものを少しでいいのだが用意できぬだろうか?主を喜ばせたいのじゃ』
「いいよ。何がどれぐらい要るの?」
『シルヴァン?』
「あー、リエちゃんのこのみきいてない。どうしよ?」
「なら、あるだけ出そうか?」
「いいの!?」
「うん。今日、ダンジョンの主になってから初めて食事ができて嬉しかったし。作ったの、君たちの主さんなんでしょ?お礼しなきゃ」
そう言うと靄、ありったけの調味料の入った瓶と樽を魔素から作り出したのである。
「わー」
『大量じゃの』
地面が見えなくなるほど埋め尽くした瓶と樽に、目が丸くなるシルヴァンと黒紅であった。靄の方はやりきった感を何気に出しているが。
「ねえ、ベニちゃん、転送陣魔法って使える?」
『ギルドや役場で使ってるアレか?』
「そうあれ。ぱんやのちかにてんそうじんあるから、つかったほうがはやいよ」
『できるぞ!確かにそのほうが早く主に届くの!』
「うん」
「転送魔法陣?」
「ひととかどうぶついがいをべつのばしょにおくる、まほうだよ」
「ぼくもつかえるかな?」
『ああ。魔法陣を覚えて、相手先を指定すれば送れるのじゃ』
「やってみる!そうしたら、君たちの主さんにいつでも調味料送れるようになるよ!」
『「おお!」』
「せっかくだから、つうはんにしたら?ちょうみりょうとこうかんで、りえちゃんになにかおいしいものつくってもらうとか」
「いいの!?」
「リエちゃん、それぐらいならしてくれるとおもう。ぶつぶつこうかん!」
「OK!じゃあ、黒紅ちゃん、魔法陣教えて?」
『もちろんじゃ』
「あ!いきなりものだけ送ったらだめだよね?ちゃんとお手紙つけないと!」
「かくものあるよー」
そう言って、ヴァレーリオからもらった帳面と木炭鉛筆を靄に手渡す、シルヴァン。
こうして、ダンジョンの主の一方的な通販が始まったのであった。




