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厨房でおおよその準備を済ませ、一服していたアマーリエ。そこへ賑やかにパン屋に入って来たのは、先代&先々代領主夫人一行であった。
何故か黒紅とシルヴァンが一緒である。
『主ー!メグとロッテと一緒にお茶をしようぞー』
「リエたん、たらいまー!おやつー」
「アマーリエさん、お邪魔いたしますよ!」
「あ、二人のこと忘れてたし。あの声は侍女さんか?なんで一緒に帰ってきてるんだ?」
慌てて、店の方に出迎えに行くアマーリエ。
「いらっしゃいませ!えっ!?ちょっ!?黒紅ちゃん、シルヴァン!?」
アマーリエの目に入ったのは、マルガレーテに抱っこされたミニドラゴン姿の黒紅。
そして、人型になったシルヴァンはルイーゼ・ロッテに抱っこされていた。
「アマーリエさん。お気になさらず。さっ、お茶の準備を手伝いますよ。あなたは庭に奥様たちをお連れして。あなた達は厨房よ」
あっけにとられるアマーリエを置いて、馴染みの侍女がその場を仕切り始める。指示を受けた侍女の一人が、奥方達を庭へと誘う。
アマーリエの方は馴染みの侍女に背中を押され、厨房へと連れ込まれる。
「あの、あの、いいんですか?」
「いいんです。いいんです。久方ぶりに小さなお子を抱っこされて、お二方とも満足されておりますから」
背後を振り返りつつ言うアマーリエに、にこやかに言い切った馴染みの侍女。
「サヨウデー」
「さっ!どうすればよろしいのかしら?」
「えっとですね……」
馴染みの侍女に、用意しておいたお茶と茶菓子を出すタイミングを説明しはじめる。
一通りの説明が終わってからの侍女方の感想は。
「素晴らしいですわね!ぜひ、近隣のご領主夫人方をお招きするお茶会でも取り入れましょう!それにあの庭のしつらえ!生け垣越しにちらりと見ましたが、麗しい!あれも、あとでじっくり見させてくださいましね!うふふふふ、うちの奥様方の王都での社交を完璧に準備しなくては!ふふふ、宮廷雀ごときに奥様方を田舎領主の嫁などと陰口叩かせませんからね!」
「「ええ!シーナさん!」」
なぜか熱くなっている馴染みの侍女の言葉に、やる気に満ちた他の侍女達が力いっぱい同意する。
(うへぃ、土地なし宮廷貴族VS土地持ち古い門閥貴族の構造が出来つつあるのか!?メンドクセー。絶対、関わり合いになりたくない!)
欲しくもない貴族情報を仕入れ、内心で毒づくアマーリエ。
「そ、そうですか?(シーナさんていうのか、やっと名前覚えたし)準備は村のお母さんたちが頑張ったんですよ」
「あら?そうなんですの?」
「ええ!なので細工士の女将さんに、細かなことは聞いてくださいね。あ、ガラスの食器類はガラス屋のおじさんに!」
燃えたぎる侍女たちの矛先を用意し、さっさと逃げる準備をするアマーリエ。
「そうですのね。わかりました。後で詳細を伺ってまいりますわ」
「頑張ってくださいねー。じゃあ、あとお願いしますね」
「「「ええ、お任せください!」」」
何やら盛り上がる侍女たちにあとを任せ、厨房からそそくさと退散するアマーリエ。
「またやらかしたっぽいような?ま、いいか」
ハハハと乾いた笑いをこぼしつつ、アマーリエは庭に出て、村のご婦人方の力作のもとに向かう。
「大奥様!奥様!パン屋モルシェンアルバン支店へ、ようこそお越しくださいました」
両手でスカートを軽く持ち上げ、片足をひき、膝を軽く曲げ、一応それらしく挨拶をするアマーリエ。
「お招きいただき感謝しますよ、アマーリエ」
「今日は、ありがとう、アマーリエ」
上流夫人の上品な笑みを浮かべて、アマーリエに挨拶を返すマルガレーテとルイーゼ・ロッテ。それぞれの膝の上に居る黒紅とシルヴァンが、三人の大人しやかな様子に首を傾げる。
ただし、上品さも一瞬のこと。
「「さっ!固い挨拶はいいの」」
「そこに早くお座りなさい!」
「聞きたいことが山ほどあるのよ!リエ!早く座って!」
マルガレーテは真顔で急かし、含み笑いに変わったルイーゼ・ロッテは椅子のクッションを叩きながらアマーリエに座るよう促す。
「はいはいー」
おとなしく二人の間の椅子に座ったアマーリエであった。
アマーリエが席についたのを見計らって、シーナが侍女たちと一緒にお茶とお菓子を運んでくる。
予備の机の上に一旦お菓子や茶器を置いて、シーナがお茶を淹れ、侍女が黒紅から順に、ウスベニアオイの花の浮かんだ青いお茶の入った切子ガラスのカップアンドソーサーを置いていく。
「まぁ、ティーポットもガラスなの?」
「青いお茶?ガラスの中でキラキラして涼しげね」
『きれいな青じゃ。白縹の鱗の色のような青じゃ』
カップを持ち上げて、ガラス越しに其の色を楽しむ黒紅。黒紅から出た、新たな古代竜の名前にビクッとする人族。それは誰かと突っ込まず、スルーすることを目線だけで確認し合う。
「みずいろー」
「きれいでしょ?でも序の口ですよ〜」
「「あら!また何かいたずらを考えたわね?」」
子どもの頃からの変わらないアマーリエの表情に、孫と息子の子どもの頃を思い出して苦笑するマルガレーテとルイーゼ・ロッテ。
「見ててくださいよ。このレモンシロップを垂らすと、ほら!」
切子ガラスで誂えた小さなピッチャーから、シロップをお茶の中に数滴垂らして、スプーンでかき混ぜてみせるアマーリエ。
「「まぁ!ピンクに?」」
『おお!魔法か?主』
「ぴんく!」
「ふふ、内緒。面白いでしょ?さあ、お二人もどうぞ」
酸性反応をわかるように説明など出来ないアマーリエは、サラッと流して二人にお茶を勧める。
「レモンの酸味かしら?スッキリしたお茶ね」
「色が変わるなんて、面白いわねぇ」
「領地の社交にでも使ってくださいよ。アッカーマン薬草園で手に入るハーブのお茶ですから」
「ハーブのお茶なのね?」
「ええ。喉がイガライ時に飲むといいそうですよ。冬場におすすめのお茶なんですけど、今回は色の方を重視して、目からも涼やかさが楽しめるようにしてみたんですよ」
「それは良いこと。ポーションよりも安価で手に入るようならば、屋敷や王城でも冬場に常備させるようにしましょう」
「ええ、そうですわね。御義母様」
「育てやすいみたいですから、庭で育てて、自家製のお茶に出来ると思いますよ」
「「それは更にいいわね。早速、種か苗を取り寄せましょう」」
二人の言葉に、侍女の一人がうなずき、手配しておくことを了承する。
「今日は、アイスクリームを使ってクリームあんみつにしてみました」
アマーリエの言葉で、侍女たちがアイスクリームに餡、寒天、みかんとさくらんぼが盛られたガラスの器を給仕していく。
「「『くりーむあんみつ?』」」
「クリームは、今回アイスクリームに、餡とはこの豆を甘く煮たお菓子ですね。蜜はシロップのことですよ」
首をかしげるマルガレーテ達に、説明するアマーリエ。
「あんみちゅー!」
シルヴァンはお行儀そっちのけで、早速スプーンを手に取り、アイスクリームをすくって口に入れる。
「ムフー」
その幸せな様子に、黒紅も負けじと食べ始める。
「この赤黒い豆のお菓子は温泉村でいただいた温泉まんじゅうの中のものですね?」
「えっと、ああ、温泉村ですね。(久しぶりに正式名称聞いたし)ええ、あの村で栽培されてる豆を使ってます」
「「この、月長石色の不思議な触感の食べ物は?」」
「寒天ですよ。港町ローレンで手に入れました」
「海藻の?あなたが、料理長に教えた海藻サラダに入っている、あれ?」
人に必須な栄養素であるヨウ素を取るために、アマーリエが子供の頃、料理長に教えたのだ。
「ええ、あれです。使い方はいろいろありますけど、夏のお菓子に向いてるんですよ」
「そうね、涼しげだわ」
「牛乳を混ぜて固めても美味しいんですよ」
「それも美味しそうね」
「ところでアマーリエ。そのローレンでですが、新しい料理を作りましたね?穀物のと魚料理と」
「あー。もう、お屋敷で出ました?流石ダールさん!領内把握はお手の物ですね」
マルガレーテの言葉に、アマーリエが雇い主の前でダールを褒めておく。
「いえ、ダールから話を聞いて、ローレンで頂いたのですよ」
「え?もしかして漁業組合の食堂で!?大奥様が?」
「私も、若い頃は、旦那さまと一緒にローレンの食堂によく行ったものです。ふふ」
『じーじと逢い引きか?メグ。楽しそうじゃの』
驚くアマーリエにマルガレーテが惚気け、黒紅がのんきに感想を述べる。
「おほほ、二人の時間は、楽しかったですわよ?今回は息子夫婦と一緒でしたけど、それもまた面白かったですし」
「はあ」
何やらマルガレーテの、ゲオルグに対して含みのある言葉に、突っ込んじゃだめだとアマーリエは自制する。突っ込んだら最後、延々とゲオルグのアレやコレを聞かされるハメになると、ルイーゼ・ロッテと視線で話し合う。
「あのあと、ローレンはどうなってるんですか?たまに漁業組合の食堂の料理人さんから、季節の挨拶と旬の魚介類が届くぐらいなんですよね。この間は、ベラ(関東ではキュウセン、瀬戸内の一部でギザミと呼ばれる魚)が届いたんで、油で揚げて、マリネにして食べました。美味しい食べ方を教えてほしいとあったんで、料理と一緒に伝えときましたけど」
「なんばんづけ、さっぱりうまうまー」
アマーリエの言葉に、一緒に食べたシルヴァンが思い出してうっとりする。
「美味しかったよね、シルヴァン」
「ごはんすすむー!また食べたい」
『妾も食べたいのじゃが』
「べにちゃ、おすにがてでしょー?」
『酸っぱいのか?』
「まだ、ワインビネガーしかないんだよね。ワインのお酢は酸味に角が立ちすぎるんだよね。米のお酒からお酢が出来たら、もう少しまろやかなマリネが出来るんだけどねぇ」
「酢に種類があるのですか?」
マルガレーテは、王城の厨房に入る食材も安全管理のために一通り把握しており、詳しかったりするのだ。
「ええ。ワインがさらに発酵した酢がこの辺りの主流ですが、米から酒ができ、さらにそこから酢ができれば新しいお酢が増えますよ。ただ、そのためのもとになるものを見つけるのが難しいってだけで」
麹問題に思い至り、苦虫を潰したような顔になるアマーリエ。
『頑張って見つけるのじゃ!』
「案外、アルバンのダンジョンにあったりしてねー。なんせ米生えてるし」
黒紅の言葉に、半分本気の冗談で返すアマーリエ。
「みつけてくりゅ!」
「是非お願い。醤油と味噌もね。流石に魚醤は飽きたわ」
「うんにゅー!てぃーけーじーにみそしるー!」
『それはなんぞ?』
「ちょうぜつうまいー。たましいのみなもと!」
シルヴァン、自分が違う世界の育ちだったことを全然隠す気がないようである。
『むぅ。アルバンダンジョンの主に聞いてくるのじゃ』
「ど、どなたに聞くと?」
恐る恐る、マルガレーテが尋ね、黒紅があっけらかんと答える。
『ダンジョンの主じゃ。ダンジョンを造っているから、何がどこにあるのか一番良く知っておる』
「へー」
いまいちダンジョンのことがわかっていないアマーリエは、そうなのかとのんきにうなずく。
ファウランド王国貴族の子女としての嗜み故に、ダンジョンに潜ったことのあるマルガレーテとルイーゼ・ロッテは、ダンジョンの主と聞いて、頭が真っ白になっている。
あの深さも広さもとてつもない、アルバンダンジョンを作ることができる力の持ち主だという、認識なのだ。
『そうじゃ、手土産も要るの!これ、侍女どの!このクリームあんみつをこの保温マグに詰めてたもれ』
黒紅がタップして蓋を開けた保温マグに、シーナが言われるまま、無意識にクリームあんみつを詰めこむ。
「これぐらいでいかがでしょう?」
『ウム!これでよし!駄狼、参るぞよ!』
「えー!?いまからー?いっしょにー!?」
『妾なら、ひとっ飛びぞ。それにそなたは、何が要るのかわかっているであろう?来るのじゃ』
そう言って、黒紅は少し身体を大きくし、赤い目を白黒させるシルヴァンの襟首を後ろ足で掴んで飛んでいく。
「にゃー!?」
「「「「「「……」」」」」」
あまりのことに絶句するご婦人方。
アマーリエはズズッとハーブティーをすすって、ポツリと漏らす。
「シルヴァン、狼なんだから、にゃーはないよ」
「アマーリエ、そこは突っ込むところじゃないでしょう?」
思わず我に返って、突っ込むルイーゼ・ロッテ。いつもはポヤポヤしてるふりをして、外交先で相手を油断させているのだが、本来はツッコミ気質である。
「そこ以外何を突っ込めと?」
「……突っ込んだらやぶ蛇になりそうですね」
アマーリエの悟りきった顔に、思考を一巡りさせて、ダンジョンの主まで村に遊びに来たら面倒が更に増えることに思い至り、言霊が発動するのを恐れて、渋々同意するルイーゼ・ロッテ。
そう、噂をすれば影とは、侮れない言葉なのである。
ベラの南蛮漬け好きなんですよねー。東京じゃ、みないんだよね。どうも関東のほうだと身の締りが悪いらしく、美味しくない魚にされてるっぽい。実家のほうじゃ高級魚扱いなのになぁ。不思議。




