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鬼ごっこ大会翌日。いつもの通りに起きて、つつがなくパン屋業務を遂行するアマーリエ。
パンを買いにやってくる村人や冒険者たちも、昨日の鬼ごっこの話で盛り上がりつつ、日常に戻っている。
ただし、次回に向けて鬼ごっこはやめていない。年に何回やる気かなーとアマーリエは複雑な気分である。
「アマーリエさん」
「あれ?えーっと奥様の侍女の?」
午後にやってきたお客の一人に声をかけられるアマーリエ。
それは、辺境伯家の使用人のお仕着せを着た、ルイーゼ・ロッテに長く仕える侍女の一人だった。
「昨日はご挨拶もままならず、失礼いたしました。ルイーゼ・ロッテ様の使いの者になります」
「はぁ、お久しぶりですね。このところは奥様に付いて、ずっと王都のお屋敷勤務でしたっけ?」
アマーリエは、名前は知らないが顔なじみの侍女に近況を尋ねる。
「はい。久しぶりに領都に戻り、すぐさまアルバン村まで出掛けることになった次第でございます」
「ん?領都の屋敷には長く居なかったの?」
「ええ。こちらにご用事があるとかで、長居することなくこちらに」
「それはそれは。お疲れ様です。これ、お付きの皆さんでどうぞ召し上がってくださいな」
一応、原因に心当たりのあるアマーリエは、円滑な人付き合いのためにお菓子の入った袋を侍女に手渡す。
「いつも、お心遣いありがとうございます。皆、楽しみにしてますから」
にこやかに侍女の方もアマーリエからは、付け届けを受け取るようにしている。
なにせ、アマーリエの場合、周りに実害を与えてからのごめんなさいを兼ねた、お詫びの品だからだ。
これが、よその商家の販売拡大のための付け届けや他の理由の場合は、一旦断った後に、上長もしくは主に確認、今後の指示を受けるのが辺境伯家の使用人ルールである。
袖の下に関しては上の判断を仰ぐことで、報連相が行われ、相手の動きを見定める機会が生まれるのだ。うっかり受け取らないことが、下の人間の安全にもつながる場合もあるからだ。
「いえいえ、それで今日は?まだお仕事中ですよね?奥様方のお茶菓子ですか?領都に売ってないお菓子もありますよー」
商売っ気を出して、生クリームとあんこを挟んで冷やしたどら焼を、侍女に見せるアマーリエ。
「あらあら、お屋敷の料理長が知ったら、お屋敷を出奔してしまいそうですわね」
「え?」
「こちらに来る際に、連れて行ってほしいと旦那様、脚にすがりつかれて、料理長に哀願されてましたのよ?」
アマーリエは、大変でしたオホホと嘘偽りのない笑顔を侍女に見せられる。
「まじか……相変わらずだなぁ、熱血料理長……」
「秋には、温泉村の宿も完成しますから、そちらの料理指導に携わられるそうですわ」
「へー、そうなんだ!」
「ええ。流石にこれ以上、屋敷でおとなしくさせるのは無理とのダールさんの判断ですね」
「あらま。秋からの王都の社交シーズンはどうするんだろう?」
「屋敷の料理人の皆様、だいぶ腕が上がっておいでですので、そのあたりは大丈夫でしょう」
首をかしげるアマーリエに、調理場で超人のごとく頑張っていた料理人達を思い出して侍女が太鼓判を押す。
「そうなんだー」
「コホン、お話を変えさせていただきますが、実は、奥方様方からご伝言がございまして。本日、閉店後、こちらにお邪魔してもよろしいかしらとのことです」
「こちらにいらっしゃられるんですか?私が伺うのではなく?」
「はい、そうしたいと伺っております」
「珍しい。いつもは何かある時には、お屋敷に呼ばれるのに?宿じゃ都合が悪い女同士の話とかか??」
「クスクス。アマーリエさんたらっ!いいえ、お庭で飲食するというのをお耳にされて、ぜひやってみたいとのことです」
首をかしげるアマーリエと、主のちょっとしたおねだりを思い出して笑みこぼす侍女。
ルイーゼ・ロッテは、アマーリエがパン屋の庭に飲食スペースを作ったことをダニーロから聞いて、見てみたくなったと侍女にこぼしたのだ。
めったにわがままを言うことのない主の、たまの小さなわがままを叶えることに生きがいを感じる侍女は、今回も主のささやかな願いを叶えるべく動いたようだった。営業時間中は主の安全のことや村の人の食事の邪魔になりかねないため、閉店後に訪れることを頼みに来たのだ。
「はぁ、そうでしたか。えーっと、では、鐘六つ過ぎにでもいらしてくださいとお伝え下さい」
「ありがとうございます。そのように伝えます」
「これって、事情聴取も兼ねてますよね?」
ただのお茶会じゃすまないことを察しているアマーリエが、おどけ半分に侍女に確認すると。
「ええ、もちろんお話をあれこれ伺うまでは離さないおつもりのようですから、お覚悟くださいね」
「ぐはーっ」
最高の笑みを浮かべる侍女に、しっかりとどめを刺されたアマーリエであった。
ルイーゼ・ロッテもマルガレーテも昨日、西の魔女からツッコミどころ満載の話を聞いて、好奇心が膨れ上がってしまっているのだ。
「大丈夫ですよ、ゆっくり奥様方のお話相手をしてください。私達が給仕をいたしますのでご安心くださいな」
「それ、全然安心できないってことでしょ!?逃げ場がないんだから!」
「うふふ、そうとも申しますかしら?では……」
なにげにノリの良い侍女の受け答えに、がっくりしたアマーリエであった。
「あ!ちょっと待って、先代様方もいっしょ?」
「いえ、大旦那様も旦那様も、本日はレジェンド級装備のことで商業ギルドと職人達とお話があるそうですから、ご一緒は無理かと存じます」
「そっか……(命綱なしなのか)。じゃあ、準備しておきます。なにかあります?」
アマーリエは、ストッパーが居ないことを確認し、生き残るためにも、できる侍女から情報収集を怠らない。
「そうですね、昨日のアイスクリームはいたく感激されていらっしゃいました。他に、目新しいお菓子があればご紹介いただければと思います」
アマーリエの意図を汲んで、侍女も情報を与える。
「ありがとうー。美味しいもので追及の手をゆるめてもらわないとね!」
「うふふ、うまくいくとよろしいですね。では、のちほど」
こうして、侍女はにこやかに美しいお辞儀を披露して帰っていった。
「「「アマーリエさん!奥方様達がいらっしゃるの!?」」」
「いらっしゃるみたいですねー」
固唾をのんで見守っていた従業員と客の集中砲火に、恬淡と答えるアマーリエ。アマーリエの内心は、いかに手早くお茶会を終わらせるかでいっぱいだったからだ。
「あらあら!準備があるでしょう?邪魔したら悪いから、帰るわね!」
「え」
「何か必要なものはある?持ってくるわよ?」
「いや、なんか庭でお茶したがってるだけですし」
「まだ日差しが強いわよ!?村役場からテントを借りてきてあげるわ!」
「えー、皆さん、日焼けなんて気にしてないじゃないー」
夏が短めのアルバン村では、大人も子どもも、日焼けするのが夏の楽しみのうちなのである。
焦げ具合は、パン屋のパンに負けていない。外によく出る子どもたちなんかは、こんがりたぬき色になっている。
「パン屋さん、大奥様も奥様もお城で戦ってらっしゃるんです!女の戦は美容も含めてです!美しい肌を保つために、お城の女官方やお城を訪れる貴族のご婦人方がどれほど苦労なさっているか!」
テントといい出した、村の細工士のおかみさんが続けて貴族女性の実情を話し始める。
「ええええ!?なんでそんな事知ってるんですか!?」
「ああ、ハンスのとこの奥さんは王城で下働きしてたから、意外と内情知ってんだよ」
「そうなんだ!」
「ハンスが御城下の細工師のところに弟子入りしてた頃に、出会ったんだとよ」
「「へー」」
アマーリエとソニアがそれにうなずく。
「うふふ、あの頃は……」
そこからハンスのおかみさんののろけ話に脱線したが、村の女衆は聞き飽きているのかサラリとそれを流す。
「うーん、テントがあったら長居されそうな?」
奥方達を、早く追い返す気のアマーリエがボソリとつぶやく。
「そうかしら?なかったらそのまま二階に移動して、もっとながくなるんじゃないの?」
ソニアに突っ込まれるアマーリエ。
「うぐぐぐ、その可能性も否定できない」
悩み始めて頭を抱えたアマーリエに、ハンスのおかみさんがはっきり言い切る。
「諦めて、付き合ってあげてね?パン屋さん。奥方様たちにも気晴らしは必要だと思うから!じゃぁ、すぐにテントを持ってくるから!」
「パン屋さんとこの庭は、まだ花がないから、うちの庭に咲いた花を持ってきてあげるよ!」
「折りたたみの机用に、とっておきのレース編みのテーブルクロスを持ってきてあげるわ!」
「なら、うちは椅子に置く、お客様用のクッションを持ってきてあげるよ」
「「「パン屋さんとこの紅白の格子布も可愛くっていいけど、あんまりにも奥方様たちにはそぐわないからね!」」」
そう言って、おかみさん達が家にすっ飛んで帰っていく。
「いや、だから、長居させたくないって……言ってんじゃんよー。なぜ居心地よくしようとするんだー。私の話を聞いてくれー」
「「聞いちゃいないから」」
ソニアとブリギッテが顔の前で手を振って、カウンターに突っ伏したアマーリエにツッコミを入れる。
「うふふ、おかみさんたち楽しそうね。じゃあ、私は、外の机と椅子を浄化してくるわね」
のほほんとナターシャが庭に出ていく。
「一応、私がお茶会の主催者だってのに、着々と外堀が埋められてる気がするのはなぜだ?四面楚歌とはこのことか?」
ブチブチ言っているアマーリエ放ったらかしで、お茶会という名の事情聴取の場が、好奇心旺盛かつ心優しき村のご婦人方によって整えられていったのであった。
お久しぶりです。もう梅雨ですってね。仕事では冬物の手編みの本が始まってますよ。季節逆転生活は死ぬまで続くだろうなぁ。




