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早朝のパンの配達を終わらせたシルヴァンと黒紅は、神殿の訓練に参加する。アマーリエが、週の頭にパンやスープの配達が必要なところを店頭で募集して、冒険者ギルドに配達依頼を出しているのだ。この依頼は、シルヴァン達だけでなく、他の冒険者が受けることもある。
辰砂は漆黒が採集に出たため、神殿に遊びに来ていて、娘達の訓練の様子をニコニコ見ている。アルギスはそんな辰砂に、昔あったいろんな出来事を質問して、辰砂は知りうる限りのことをアルギスに話して聞かせる。
一通り訓練が終わると、黒紅はクレウサとおしゃべりを始め、シルヴァンはこのところ一番のお気に入りのクレウサの仲間の狼人、アルバートのところに行く。
そしてアルバートにまとわりついて、抱っこをねだっている。
「オン!」
「ん?また抱っこか?変な魔狼だなぁ、お前は」
「キュウキュウ」
「しょうがないなぁ。ほれ」
「オンオン!」
ちゃっかり、アルバートに抱っこしてもらうシルヴァン。それを見て南の魔女がため息を漏らす。
「はぁ、バートとぉダリウスには、遠慮なく甘えまくってるわねぇ」
「ダリウス殿が、シルヴァンを抱っこするから、抱っこグセが付いてしまったんじゃ?」
アルギスがそう漏らして首をひねる。
「むぅ、僕も抱っこしてあげるのにー」
モフモフスキーの一人、ネスキオがアルバートにちょっぴりやきもちを焼いて、殺気を漏らす。
「おい!神官さん!殺気が漏れてるから!」
殺気を感じたアルバートが、焦った声を上げる。
「おい、ネス!」
「エヘッ」
アルギスに睨まれ、ごまかし笑いをするネスキオが、背後から来たファルに蹴倒される。
「ネスキオさん!リエさんの新しいお菓子食べたんですって!?」
「ファル!帰ってきてそうそう、蹴り入れるとかなんなの!ただいまが先でしょ!」
「新しいお菓子!一人で食べたんですか?」
足蹴にされたまま、常識を諭すオカンな元凶手を無視して、ファルが言い募る。それを見たアルギスは、祝詞勝負に負けてよかったと安堵の息を漏らす。
「足退かして!」
「一人で新作のお菓子食べたって聞いたんですよ!」
「……なんで昨日もらったばっかりの新しいお菓子の話を、今日帰ってきたばっかりのファルが知ってるのさ!」
「諦めなさぁい。ここの村で内緒事なんて殆どできないからぁ」
地面に八つ当たりするネスキオに、諭す南の魔女。
「どんなお菓子だったんです!?さあ、キリキリ吐いてください!」
「あわわわわわ」
ファルは、ネスキオを無理やり立ち上がらせて、襟首を掴んで揺さぶる。
「あらァ、意外に力あるのねぇ。ちょっとぉ、ファル。落ち着きなさいなぁ」
「無理です!」
真顔のファルに、さらに深々とため息をつく南の魔女。アルギスはと言えば、ネスキオにお菓子を見せびらかされた腹いせに、止めるどころかファルを煽り始める。
一方、ダリウスとダフネは、広場で伝説級装備達の歌を一曲聴いてから来たので、ファルより少し遅れて神殿に着く。
そして、ダリウスはいつも帰ってきたらまっさきに飛んでくるシルヴァンが、アルバートにベッタリのなのを見てショックを受ける。
「シ、シルヴァン……」
ダリウスの声に気がついて、あっと気まずくなるシルヴァン。
「お!ダリウスの旦那、久しぶりだな……どうした?」
アルバートがシルヴァンを抱っこしたまま、ダリウスに近づく。
「……シルヴァンと仲良くなったんだな」
ちょっぴり恨みがましい目で見てくるダリウスに、首をひねるアルバート。シルヴァンはと言えば、ダリウスから目をそらしている。
『駄狼、浮気がバレたようじゃの』
クレウサとおしゃべりをしていた黒紅が、ツッコミを入れる。
「う、浮気!?え?え?」
とぼけるシルヴァンとは対象的に、浮気相手にされたアルバートの方はオタオタし始める。
「……いいんだ。ピーちゃんに会ってくるから」
そう言って肩を落として神殿の中に入るダリウスに、呆然となるアルバート。
「どういうことよ?」
ベルンやグレゴールが居たならば、アルバートにわかりやすく説明したであろうが、そこに居たのはお菓子に気にとられたファルと天然ダフネである。
「不憫ねぇ」
静かに涙を拭うふりをする南の魔女と、ファルに襟首を締め上げられたまま、それに頷くネスキオ。放置されたアルバートから、そっと降りるシルヴァンの姿がそこにあった。
「母者!久しぶり。元気そうで何より!黒紅様とも仲良くなったんだな」
空気を読んでも気にしないダフネは、広場の芝生に黒紅を膝に乗せて座るクレウサに話しかける。
「お前も元気そうだね、ダフネ。ダリウスが落ち込んでたようだが、ほっといていいのかい?」
「大丈夫!ピーちゃんがなぐさめるって」
「そうか。ベルン達はどうした?」
あっさり母娘は、話題をさっさと次に移していく。
「ベルンは、パン屋に寄ってからこっちに来るよ。ベルンは今カレーにハマってるから。マリエッタは伝説級装備達がどうなってるのか調べ尽くすんじゃないかな?魔法馬鹿だし、不思議な事は解明しなきゃいられない質だから。グレゴールは、弓の手入れを頼みに武器屋に行った」
「フフ、皆、元気なようだな。うちは新しい人員が入ったぞ」
「そうなのか?あとで紹介して。それより、アルバートに頼みたいことがあるんだ」
「バートに頼みたいこと?」
「俺にか?」
アルバートがシルヴァンと一緒にダフネ達の方に近づく。
「ああ。シルヴァンが、人化の方法を知りたいみたいなんだ。な?」
「オン!」
ダフネの言葉に尻尾をふりふり、元気よく肯定するシルヴァン。
『なんじゃ、駄狼。そなた、人化できぬのか?妾が見せてしんぜよう』
そう言って、ドヤ顔黒紅がクレウサの膝から降りると、ポフンと音を立てて姿を変える。
「「「「!」」」」
黒に見えるほどの深い赤い髪をした艶やかな美女が、赤を基調にし黒いレースとリボンの飾りのついたドレス姿で立っていた。
「まあ、紅ちゃんたら。ズルしちゃだめですよ。それは变化じゃないの」
メッと黒紅に言う辰砂に、オタオタする艶やかな美女、黒紅。
「う、母上。ばらしてはだめなのじゃ」
再度ポフンと音がして、すっぽんぽんの10才前後の少女が現れる。
「「「「!」」」」
「あわわわ、着る物、着る物!」
「それ被って!」
黒紅に背を向ける男性陣。アルギスの言葉にネスキオがあわてて、神官服を脱いで黒紅に放り投げる。
「ぬ、まずいのか。むぅ、もとに戻るのじゃ」
そして元の竜体に戻る黒紅。短時間の間の黒紅の変化に、辰砂以外は唖然呆然である。
「……何がどうなってるんだかぁ」
ボソリとつぶやく南の魔女に、辰砂がくすりと笑って説明する。
「紅ちゃんの最初のは、变化と言って幻術の類なの」
『ウム。これは父上の能力を引き継いだのじゃ』
「身体そのものが変化したわけではないのよ。あくまで、他の人に自分が見せたい姿をそう見えるように、目くらましをかけてるようなものよ」
「なるほどぉ」
「じゃあ人化は?」
興味津々でネスキオが聞く。
「獣人達が人の姿に体を構築し直すのと同じよ。それぞれの種族の実年齢が、人になった時の姿を取るの。だから服も着ていないし、それ以外の年齢にもなれないし、目や肌の色も変えられない」
「へー」
『妾は、人になると幼子なのじゃ』
「ああ、だから五百年も……」
「それで、力加減が……」
「ダンジョンに修行に出されるわけねぇ」
黒紅の言葉に、色んな意味で納得した南の魔女たちであった。
「我らの人化と同じだな」
クレウサがいい、アルバートが頷く。
「獣化すると服が脱げたり破れたりするからな。先に脱いでから獣化するんだ」
「焦ってるときはそんな余裕はないがな」
アルバートの説明に、クレウサがカラカラと笑って場合によると言い放つ。
「けど、魔狼って人化できるのか?」
アルギスが首をひねる。
「体内の魔素を使って身体を再構築するから、魔素量が多ければ出来なくはないのよ」
そう辰砂が言うと、シルヴァンがみてみてと皆に鳴いて、尻尾を消してみせる。
「「「「尻尾が消えた!」」」」
「オン!」
『尻尾のない狼……。ますます間抜けじゃな』
驚くアルギス達に、ボソリと感想を漏らす黒紅。
「それで、なんで俺なんだ?」
アルバートがシルヴァンに聞く。
「アルバートが狼の獣人だから。母者は虎の獣人だから、違いがあってシルヴァンが混乱したらまずいだろ」
ダフネがあっさり答える。
「うーん?人化したり獣化するのなんて、深く意識してやってないから、教えられるのか?なんとも言えんな」
シルヴァンを撫でながら、アルバートが首をひねる。
「とりあえずやってみたら?」
「だなぁ」
ダフネの言葉にアルバートがうなずく。
「一応、リエさんにも伝えておいたほうがいいんじゃないですか?」
「そうねぇ、一応あれでもぉ、シルヴァンの保護者みたいなもんだものねぇ」
ファルが口を挟み、南の魔女が同意する。
「じゃあ、みんなでパン屋さんに行こうよ!」
ネスキオの言葉で皆がうなずく。なんだかんだ、皆シルヴァンが人化したらどうなるのか興味津々なのだ。
そして、皆でぞろぞろとパン屋に向かう。
「あれ、皆さんお揃いで?」
やってきたお客をみて首を傾げるアマーリエ。
「リエ!アルバートがシルヴァンに人化教えてくれるって!」
ダフネがニコニコとアマーリエに話す。
「あら。アルバートさん、ありがとうございます」
「いや、教えられるかどうかはわからんぞ?」
頭を下げるアマーリエに、両手を振って、出来ないかもしれないと言うアルバート。
「オン!」
「まあ、きっかけにでもなれば十分かと思います」
シルヴァンの方を見て答えるアマーリエに、アルバートがわかったと頷く。
「パン屋さん、場所借りていいか?」
「ええ。二階でいいですか?」
「ああ」
「じゃあ、シルヴァン。アルバートさんを二階に」
「オン!オンオン」
いそいそとアルバートを二階へ案内するシルヴァン。ダフネ達は、そのままパン屋で昼食にすることにしたのであった。




