5
鑑定を終えたアーロンが、口から魂魄を出しそうな勢いでため息を付いた。
「ふぅ、終わったわい」
そう言って、机に突っ伏したアーロンのところにアルギス達が、申し訳無さそうな様子で歩み寄る。
「アーロンさん」
「おお、これはこれは。アルギス神官様、何か御用ですかの?」
「疲れているところ、大変申し訳無いのだが、あるものを鑑定してもらいたいんだ」
なんとも表現しにくい表情を浮かべるアルギスをみて、首をかしげるアーロン。
「黒紅ちゃん、シルヴァンちゃん、万屋さんにあの光る泥玉見せてあげなよ」
「オン!」
『おお!おじいにも見せねばな!』
ネスキオに言われ、いそいそと自分の力作をアイテムバックから取り出し、机の上に乗せてみてみてと顔で物言う二匹。
「ほぉ!こりゃぁ、ピカピカきれいな石の玉じゃの」
アーロンは二個の玉を手にとって、しげしげと眺める。
「それ、もとは泥玉なんですよ、アーロンさん」
ファルが苦笑しながら言う。
「泥玉?」
「黒紅様とシルヴァンが土の精霊様に泥玉を作ってもらって、磨いてできたのがその光る泥玉なんだ」
「なんと!土の精霊様が作った泥玉を黒紅様とシルヴァンが磨いたじゃと!」
アルギスの言葉に慌てて鑑定を始めるアーロン。
「……【職人技の加護玉(加護微力):物作りする人々の集中力と器用さを応援する加護あり。範囲小。加護喪失済み】応援……?もう一つは【職人技の加護玉(加護強烈):職人の集中力と感覚と器用さを思いっきり底上げする加護あり。範囲極大。加護喪失済み】!!!!」
鑑定結果を口にしながら首を傾げたあと、思いっきり目をむくアーロン。そして、やっぱりかとうなだれる神官達。横で話に聞き耳を立てていたギルド職員達も、思いっきり視線を光る泥玉に向ける。
「伝説級の装備の量産原因はこれか」
「……パン屋さん、可能性とか言ってたけど、ほんとは結果がわかってたんじゃないの?これ!」
「それは否定できませんね。リエさん勘がいいですから」
騒ぐネスキオに、半眼になるファル。
「オン?」
『加護を与えておったのか?』
キョトンとしていた二匹が口を開く。
「そのようですのう。ただもう加護は切れておりますから、職人達ももとに戻っとるようですがの」
「……その玉を量産したら?」
いろいろ勘定を始めるベーレントにメラニーがすばやく突っ込む。
「副ギルド長、装備は装備できて、はじめて装備なんです。無駄にうるさいゴミ以下が増えるだけですよ」
「だな」
がっくり肩を落とす、ベーレント。
「はぁ、伝説級の装備一歩前の装備がいっぱいできれば戦力増強になるのに、うまくいきませんね」
やってらんねーと仕事に戻る、メラニーを始めとする商業ギルド職員達であった。
「黒紅様、シルヴァン、泥遊びはしてもいいですが、光る泥団子は禁止の方向で。特に黒紅様」
『アウ』
真面目な顔で言うアルギスに、うなだれる黒紅。
「そだねー。光る泥玉ができるたびに職人さんが過集中起こしてたら、きっと壊れちゃうよ」
サラッと怖いことを言うネスキオに、ファルも真面目にうなずき返して言う。
「それは危険ですね。黒紅様、光る泥玉はここぞの時にしましょう」
『わかったのじゃ。楽しかったのになぁ』
「加護がかからんように作れんのかのう」
黒紅がうなだれる様子に、かわいそうになってアーロンがつぶやく。
「どうだろ?」
「どうでしょう?」
「どうだろうな?」
神官三人は無理じゃないかと首を傾げる。
「例えば、土の精霊様ではなく人が元になる泥玉を作るとかならどうじゃろ?」
「うーん、下手に試してまたあのうるさいのができても……」
「アーロンさん、鑑定したいですか?」
「うぐっ。スキルレベルが上がるのは嬉しいんじゃが、流石にあのうるさいのはのぅ。何故あそこまでうるさかったのやら?」
「あんなにうるさくないんですか?」
「そもそも、伝説級の装備があんなにたくさん一堂に会する事なんぞないからの。わしとて、これまでいくつか伝説級の装備を鑑定したが、人生で二度ほどじゃぞ?しゃべる装備なんぞ。それが今日は一度に三十二点も、はぁ。記録更新じゃわ」
今日のことを思い出してぐったりするアーロンに、皆心の底から祈りを捧げる。
「あ、それもそうか。たまにだから伝説級なんだしー。あれ?じゃあいっぱいできたら伝説級じゃなくなるの?」
ネスキオが首をかしげる。
「いやいや。装備の特質じゃよ。自ら使い手を選ぶというな。それが伝説級の基準じゃ」
「ああ」
アーロンの言葉にそうだったと頷くネスキオ。
「数が集まると喋りだすんでしょうか?」
「ギムレーの錫杖は、一点しかありませんよ」
アルギスに突っ込むファル。
「あーそうだった」
さっぱりわからず首を傾げるアルギス達であった。
「とりあえず、装備に懐かれなかっただけでも良しとしよう」
「そうだな。あんなうるさいの、ずっとそばに居たら不眠症になりそうだよ」
「そうですね。ダンジョンでも出るみたいですけど、懐かれないようにしないと」
ファルの言葉にうなずくアルギスとネスキオ。伝説級の装備がしゃべる理由もわからないまま、神殿の訓練に戻ったアルギス達であった。
三日後。きれいに晴れ渡った空のもと、アマーリエ達は田植えを行う。アマーリエ指導の元、アルギス達が用意した苗を、せっせと植えていく。
黒紅とシルヴァンは、土の精霊と一緒に泥遊び中である。今回はもちろん泥団子禁止である。
「おい、ネス。そのジカタビはどうだ?」
代かきの日の夕方、ネスキオが訓練のあとの気力を振り絞って、アマーリエとともに革細工屋に地下足袋の注文に行ったのだ。
「最高!足の裏にピッタリあってるから、ものすごく静かに動きやすい!裸足で歩いてるみたいに足の裏の感覚がつかみやすいんだけど、飛んだり跳ねたり走ったりするときの衝撃は分厚い革底の靴よりも少ないんだよ!すぐれものだよ!もう他の靴は履けないー」
「ホへー、革屋のおじさんと細工屋のおじさん、この二日で頑張りましたね」
アマーリエの構造説明とネスキオのわがままを聞いて、難しい顔をしていた職人達だったが、やり遂げたようである。
「僕も貯めてたお金、使い切っちゃった。革が高かったんだもの」
ヘニョリと項垂れるネスキオに、ファルが目を丸くして聞く。
「何の革に全額つぎ込んだんです!?」
「底は魔の山のビヒモスの尻の皮、側面は翼竜の翼と腹の皮を鞣して張り合わせたって。革屋さんと細工屋さんの自信作って、胸はって言われた」
「「「「うっわー」」」」
ネスキオの口から出た魔物の名に呆れるアマーリエ達。
漆黒が持ち帰った素材をいかんなく使いまくってる職人達は、かなりスキルレベルが上がっているようである。
「冗談抜きで有り金はたいたんですね……」
それぞれの魔物の討伐報奨金の額を知るファルは、その後の加工を考えてもかなりの額になることが他の誰よりも明確にわかる。心底呆れた顔のファルに、ニヤリと笑ってネスキオが言う。
「グレゴールも作るって、今日の朝言ってたし」
「え?」
今何をいいやがりましたこのやろうという顔を、ネスキオに向けるファル。
「足の大きさと形が近かったから、グレゴールにジカタビを履かせてあげたんだよ。で、そのまま革屋に行きそうになったから、脱がせた」
「ありゃま」
その様子を思い浮かべて、アマーリエが肩をすくめる。
「はぁ、グレゴールさん、懐具合大丈夫なんでしょうか……」
依頼の報奨金は五人山分けの銀の鷹。当然、ファルはグレゴールの懐具合を予測できる位置にあるため、心配になってくる。
「素寒貧にはなってないんじゃないかな?値段聞いて、大丈夫って言ってたよ」
その後、アルバン村ではグレゴールが個人で依頼を熟す姿が見られることになる。
「まあ、漆黒さんが狩りを頑張るみたいだし、今は超高級素材でも、いずれは値崩れするんじゃないの?」
アマーリエが、気休めを言うもファルは渋い顔を止めない。
「装備にお金をかけすぎるのもだめなんですよ!懐具合が悪くなって、ダンジョンの探索や討伐で焦りがでちゃいますから!怪我の元なんです!」
「あー、何事も程々?」
「ええ」
後でがっちりとっちめるというファルをなだめながら、田植えを再開するアマーリエ。
最初はぎこちなかったアルギス達も、終わる頃には見事な田植え姿になっていたのであった。
「はあ、終わった!苗を等間隔に植えながら、後ろ向きに歩くのってコツが要るね」
腰を伸ばしながら言うネスキオに、頷く一同。
「今回のは、ダンジョンで取れた種だからまだ少し魔力が残ってます。いずれは魔力の無くなった種になるでしょうね」
ファルが目を細めて、田んぼを眺めて言う。
「そうだな」
「ええ」
きれいに植わった、まだまだ小さな苗を感慨深げに見るアマーリエ達。
「無事に実るといいね」
「ああ。観察もしっかり続けないとな」
ネスキオの言葉にうなずくアルギス。
「今後は、水が潤沢な土地を探す必要もありますな」
「神殿の方でもコメの栽培に向いていそうな土地を探し始めました」
ファルがチャールズの言葉に応える。
「兄上からは、秋になって実らないとわからないけれど、それらしい場所を見つけたって話があった」
「「「「おお!」」」」
「鑑定のために植物の専門家をこちらに送るそうだ。専門家の能力次第でダンジョンに一緒に潜るか、コメの苗を調達することになる」
「四階層を順に回ることになりますね。うちのパーティで請け負いますか?」
「ぜひ頼みたい」
アルギスとファルが、今後の話を打ち合わせする。
「アーロンさんのところも、行商部門の人達が商い先の地域を調べるそうですよ」
アマーリエが腰を回しながら、人手が増えたことを話す。
「色んな人が、関わってきましたね」
感慨深げにチャールズが頷く。
「ええ。そのせいで、カレーライスを大量に作る羽目になりましたけど」
「「「「?」」」」
ロニーに頼まれて、ベレスフォード商会行商部を優先に炊いた米とカレーを送ったアマーリエであった。
「なんにも知らないで探すより、美味しいものお腹いっぱい食べたい!で探すほうが熱心さが違いますから」
「「「「ああ」」」」
アマーリエの言葉に、苦笑しながらも頷くアルギス達。
「さて、戻りますか!」
アマーリエの声にうなずき、帰る支度を始めたアルギス達であった。
光る泥団子の全国大会があるそうな。はじめて知った。




