私だって、やるときはやるんです!
半開きになった扉の外を伺うと、急ブレーキをかけたらしい一台の馬車が止まっている。やっぱり、誰か住人が残っていたのだろうか?
でも用心するに越したことはない。サラさんと目で合図して、剣を手に扉の外へ飛び出した。だけど、馬車の手綱を握る人物に思わず目が点になる。
「あれ、アンジェさん!?」
さっきまで、私たちと一緒に居ましたよね?
「いつの間にそこにいるんです?」
「はい。私の方では地図の中身は分からないので、移動のための馬車を探してきました」
アンジェさんが、私へにっこりと笑って見せる。やはりこの方、どう考えてもただ者ではありません!
「あんた、やっぱり侍女をやらせておくのはもったいないね。今からでも遅くないから、私が鍛えてやろうか?」
短剣を鞘に戻しつつ、サラさんも呆れた顔で告げる。その通りですが、今は無駄話をしている暇はありません。
「ともかく迷宮へ向かいましょう!」
「はい。皆様、後ろに乗ってください」
えっ、ちょっと待ってください。
「目的地は迷宮ですよ。アンジェさんは、ここで私たちを待っていて!」
しかしアンジェさんは私へ、思いっきり首を横に振って見せた。
「皆様に何かあれば、私がここで一人残っていても同じことです。ならば、少しでも皆様のお役に立つべきかと思います。それに私は冒険者ではありませんが、それでも赤毛組の一員です」
そう告げると、荷台から私へ手を差し出した。確かにアンジェさんの言う通りだ。冒険者かどうかなんて関係ない。私たちは赤毛組であり、一心同体だ。
自分のふがいなさを恥じつつ、アンジェさんの手を握って荷台へ飛び乗ると、彼女の体を両腕で抱きしめた。
「ア、アイシャール様?」
アンジェさんが、驚いた顔で私を見る。
「そうだったわね。アンジェさんも赤毛組の一員よね。それに私の事はアイシャと呼んで頂戴」
「アイシャ、アンジェ、いつまで御者台で乳繰り合っているんだい!」
後ろに飛び乗ったサラさんが、いらついた声を上げる。
「あっ、はい!」
それを聞いたアンジェさんが、慌てて私から離れた。
「ちょっと、サラさん。人が感動していると言うのに、乳繰り合っているとは何ですか!」
「そんな事より、さっさと迷宮に行くよ。道はまっすぐだ。アンジェ、食料もかさばらない奴を選んでくるとは上出来だ」
「ありがとうございます!」
アンジェさんはそう答えると、馬を軽く手綱で叩いた。車軸の回る音が響き、馬車は人気のない街の目抜き通りを疾走していく。
すぐに空きっぱなしだった街の裏門を抜けると、冬枯れした耕作地の間の道へと進んだ。やがて道の先に小さな林が見え、その前方に、この場所に全くそぐわないものが見えてくる。
「これって、神殿型の迷宮……」
「間違いなくSランクのやつだ」
私のつぶやきに、サラさんが半ば呆れたように答える。馬車が進むにつれ、それは次第に大きく、そして全容を明らかにした。
「こんな奴が、いきなり現れたと言うのかい?」
目の前にそびえるそれは、冒険者になりたての頃、お姉さまたちに連れて行ってもらった迷宮によく似ている。
お姉さまたちは、それを鼻歌交じりに吹き飛ばしていたが、お姉さまたち以外だと、ミストランドの冒険者が、総出で対応しないといけない代物だ。ランドさんやクラリスちゃんを、なんて所へ送ってくれるんです!
「あのくそじじい!」
思わず罵声が口から洩れる。
「アンジェ、すぐに馬車を止めな!」
サラさんがアンジェさんに声を掛けた。
「眺めている暇はない。アイシャ、すぐに潜りの準備だ」
「はい!」
そう答えたところで、首の後ろがチリチリどころか、焼けたようにジリジリする気配がした。顔を上げると、神殿の入り口と思しき辺から、黒い霧のような何かが噴き出しているのが見える。
だが決して霧でも煙でもない。それは簡易設置された封印柱に囲まれた、狭い空間の中をたちまち満たすと、そこをまるで夜の闇が広がったみたいに変えた。
「アイシャ、崩れだ。ゴーストが迷宮からあふれ出してきやがった!」
サラさんが、アンジェさんから手綱を奪いつつ、馬車を反転させようとする。
「ちょっと待ってください。何をするつもりですか!」
「どうするって、逃げるに決まっているだろう。一人でも生き残って、これを誰かに伝えるんだ!」
「なら、私が逃げる時間を稼ぎます!」
「アイシャ、待ちな。もう手遅れだ!」
私はサラさんの声を無視すると、馬車から飛び降りた。そして腰から剣を抜く。
「中にはまだ三人が残っています。サラさん、リアさんはとびっきりの魔法職なんですよね!」
「ああ、あの子はとんでもない才能に恵まれていたよ」
「ハマスウェルの時、サラさんとクラリスちゃんが頑張ってくれたおかけで、私たちは助かりました。今回は本職の魔法職であるリアさんがいます。絶対に三人は無事です!」
私の言葉に、サラさんがハッとした顔をする。だがすぐに首を横に振って見せた。
「あんたの言う通り、三人は無事かもしれない。だけど、アズール城ではどうだった? 私たちだけであれを、何とか出来ると思うかい?」
「あの時は気合が足りませんでした」
そうだ。あの時はゴーストが私の方へ向かってきた時点で諦めていた。
「気合?」
「はい。今回は後先なしで、私の全てをぶつけてやります」
「厄災は気合ぐらいで、何とかなったりはしない。三人を信じてここは――」
「出来るか出来ないかじゃありません。やるんです!」
バーン!
背後で何かがはじける音がした。振り返れば、迷宮の周囲を囲っていた簡易封印柱が、粉々にはじけ飛んでいる。同時に、ゴーストたちが一塊の黒い奔流となって、一直線に私たちへ向かってきた。
元々、私たちに逃げる時間などなかったのだ。だとすれば、こいつらを迷宮ごと吹き飛ばしてやるしかない。
「アイシャ、あんたの言う通りだ。こいつらに、一発ぶちかましてやりな!」
「はい、サラさん!」
私はフリーダお姉さまが、斬撃で迷宮を吹き飛ばす時の姿を頭に思い浮かべた。フリーダお姉さまに出来るのなら、それが全くの不可能と言う事はないはずだ。吹き抜ける風の音も、迫ってくる厄災たちの音も聞こえない。
目を閉じて、自分の中にあるマナを、いや、自分の魂を意識する。それが自分の剣へ、その切っ先へと集まるのをじっと待った。二の太刀はいらない。自分が二度と斬撃を撃てなくなっても構わない。全てをこの一撃に掛ける。
「斬撃!」
剣の先から私の全てが放たれた。自分の中が空っぽになると同時に、周囲の音が一斉に聞こえて来る。それは、サラさんが、速攻魔法を唱える声に、馬車がはじけ飛ぶ音。そして視線の先で、迷宮が吹き飛ぶ音だった。
「なんなの!」
目の前に映し出された風景に、タニアは思わず叫んだ。視線の先では放たれた斬撃に、巨大な迷宮が基礎ごと吹き飛ばされていくのが見えた。それを受けて、本来なら物理的な攻撃が効かないはずのゴーストたちも、迷宮もろとも、どこかへ消し飛んでしまっている。
「これって……」
「間違いなく、神話同盟の連中が陰で手を貸しています」
アンチェラはそう告げると、手にした細身のステッキを前へ突き出した。
「ランセル、手を貸して。あの娘の身柄を確保します!」
ダン!
次の瞬間、不意にタニアの体が床から飛び上がった。見れば、アリスが悔しそうに床を足で叩いている。その小さな体のどこから出ているのかは分からないが、そのひと叩き毎に、床だけでなく、隠者の陰自体が大きく揺れた。
「ちょっと、アリス!」
タニアは慌てて声を掛けたが、アリスは頭に血がのぼっているのか、足を床に叩きつけるのを止めない。その激しさは、タニアが身の危険を感じるほどだ。
「アンチェラ、娘の確保は後だ。アリスを抑えないと、永遠に隠者の陰に閉じ込められるぞ!」
ランセルの言葉に、アンチェラが珍しく感情を露わにした顔をする。だがすぐに冷静な表情に戻ると、ステッキを頭上高く掲げた。
「タイトを二重召喚します!」
二人の詠唱の声と共に、アリスの体はまるで一体の彫像の様に動かなくなり、辺りには静けさが戻った。
「フリーダ、よくやった。いつも通り、完璧なタイミングだ!」
隠者の陰にアルフレッドの声が響いた。前には剣を手にしたフリーダの姿がある。
「エミリア、あの迷宮を作った連中を……」
そう口にしてから、アルフレッドは、フリーダがじっと剣を構えたままなのに気づいた。
「フリーダ、どうした? 一撃で全部吹き飛ばしたのではないのか?」
「アル、私は何もしていないぞ」
それを聞いたアルフレッドは、慌てて隠者の陰が映す映像へ視線を向けた。そこには基礎から吹き飛ばされ、瓦礫の山となった迷宮の姿がある。
「まさか……」
「そうだ。あれを撃ったのはアイシャだ」
フリーダはそう告げると、おもむろに大剣を背中へと戻す。
「どういう事だ!」
そう叫ぶと、アルフレッドは背後を振り返った。だがそこに立つ二人を見て、言葉を失う。杖を手にしたエミリアの手から、そしてリリスの額からは、一筋の血が流れ落ちている。
「抑えきれなかったのか?」
「ええ、抑えきれなかったわ」
エミリアが血の付いた手を、神官服の裾で拭いながらアルフレッドへ頷いた。
「アル、あれはもう目覚めているのだ」
リリスの言葉に、アルフレッドは唇をかみつつ、隠者の影が映すアイシャをじっと見つめ続けた。




