申し訳ありませんが、前言撤回させていただきます!
「さあ、小休止はおしまいだ。第五層へ進むとしよう」
ランドはそう言ってその場を締めると、第五層への降り口になっている、らせん階段を指さした。そこへ手にしたたいまつを投げ込む。その横ではミルコが、じっと床に耳を当てながら、下の様子を伺っていた。リアも杖を掲げて、探索の術式を唱える。
「何かいます」「何かいるな」
二人が同時に声を上げた。
「でも、すぐ近くではありません。待ち伏せはなさそうです」
「同感だ」
ミルコもリアにうなずいて見せる。
「罠を確認しながら俺が先行する。リンダは支援を頼む。ランドさんはお嬢さんたちの護衛と、退路の確保を。それと、いざと言う時の殿をよろしく」
そう告げると、ミルコは罠探知用の重りを投げつつ、らせん階段を慎重に降りていった。ミストランドの冒険者らしく、その動きには無駄がない。リンダはミルコの背後で、いつでも剣が振るえる位置を確保すると、ミルコが同時に見れない、天井や反対側の壁に注意を払っている。
リアはと言うと、背後にいるクラリスへの芝居だろうか? 時おり蜘蛛の巣が絡むのを、鬱陶しそうに手で払い除けながら、特に緊張する様子もなく、階段を降りていく。一体どれほど降り続けただろうか? 迷宮の中には、洞窟の奥と同様に、ひんやりとした空気が流れている。
「まだなの?」
リアがたまらず声を上げた時だ。前を行くミルコの松明の明りが、消えてしまった様に思えた。しかし松明は、まだ炎を上げて燃えている。
「こ、これは……」
ミルコの口から驚きの声が漏れた。そこは松明の明りが届かないほどの、とてつもなく広い空間になっている。
「随分とたいそうな仕掛けね。前潜った時もこうだったの?」
リアの問いかけに、リンダが首を横に振って見せる。
「上の層と同じだったはずよ。一体どうなっているのかしら?」
「それを聞きたいのはこっちよ。何かの認証欲求じゃない。ほら見て、すごいでしょうってやつ」
周囲を見回しつつリアがつぶやく。天井も光がほぼ届かないほど高く、天井と床の間を、何本もの石で出来た細い柱が支えている。その先にある広間の奥は、ひたすらに闇が広がっており、何も見えない。
「歓迎されているのは確かだな。クラリスを中心に円陣を組む。リア、明かりをお願いできるか?」
リアがランドへ頷く。
「光の女神に祝福あれ!」
杖の先に浮かんだ光が、たいまつとは比べ物にならない明りをもたらす。これだけの明りがあれば、名もなき影の接近も防げるはずだ。だが光が照らし出したのは、ゴーストではなく、はるかに意外なものだった。
「山?」
リンダの口から当惑の声が漏れる。その視線の先、巨大な空間の真ん中に黒い山があった。それは一つの大きな岩ではなく、岩の破片を積み上げたみたいに見える。
「これって、なんの残骸?」
リンダの問いかけに、ミルコは首をかしげながら、手にした松明を山へ投げた。次の瞬間、松明が弾き飛ばされ、瓦礫の山がゆっくりと崩れ始める。いや、瓦礫ではない。破片に見えた部分が小さく、そして素早く蠢いてる。それを見たクラリスが、口を大きく開けて、声にならない叫びを上げた。
「あんたもきらいなの? 私も鳥肌が立つくらい苦手よ」
そう吐き捨てつつ、リアはクラリスを庇うように杖を上げる。次の瞬間、山全体がはじけ飛び、瓦礫に見えた物がその正体を現す。細長い胴体の両側に、黒光りする無数の足が並んでおり、それが冒険者たちへ向かって、一斉に動き出した。
「大百足、しかもこんなに!?」
それを見たリンダが、剣をかまえつつ声を上げる。
「リア、前言撤回だ。こいつらは火に弱い。近づかれないうちに炎を放て!」
ランドはそう指示を出すと、こちらへ近づこうとする百足の目へ、次々とナイフを投げた。だが百足たちに止る気配はない。黒い刃を備えた矛のような触角を掲げると、細い柱を回り込みつつ、ランドたちへ近づいて来る。
「一度上へ逃げて……」
そう口にして、背後を指さしたリンダの動きが止まった。百足の山が崩れた先に、微かに光が見える。その周囲を数匹の大百足が、見えない球に拒まれている様に、宙ををぐるぐると回っていた。その向こうに人影が見える。杖を手にした二人の魔法職だ。
トランス状態で術式を唱えているのか、背中合わせに立ったまま、微動だにしない。それを見たリンダの顔に、驚きの表情が浮かんだ。それが歓喜の表情へと変わっていく。
「グラディオ!」
そう叫ぶと、リンダは剣を振り上げつつ、出口とは真逆の、ムカデの群れへ向かって突撃した。
「リンダ!」
ミルコは慌てて呼びかけたが、リンダの足は止まらない。迫りくる大百足の体を、細い石の柱もろとも、真っ二つにぶった切る。今度はその柱を手にすると、渾身の力で振り回した。
ブギャ!
ムカデたちがつぶれる鈍い音があたりに響く。ミルコもリンダへ迫る大百足の触角を両手でつかむと、それを頭ごと引き裂いた。いくら冒険者とはいえ、人の為せる業とは到底思えない。
「グラディオ、私よ!」
周囲にいた大百足を、ほとんど叩き潰したリンダが叫んだ。その叫びの先で、光の領域に立つ男性の杖が動く。そしてその目がゆっくりと開かれた。緑色の瞳が、周囲に散らばる大百足の残骸を、そして自分の名を叫ぶリンダを見つめる。
「リンダ、どうしてそこにいるんだ?」
男性の顔に、驚きの表情が浮かんだ。
「やっぱり無事だったんだね。ミルコや後ろにいる連中と一緒に、あんたを救いに戻ってきたの!」
男性の背後に立つ女性も、トランス状態が解けたらしく、慌てて辺りを見回す。そして前に居る男性同様に、こちらへ向かってくるリンダを見つめた。
「ひっ!」
あたりの惨状に驚いたのか、女性は小さく叫び声をあげると、恐怖に顔をゆがめながら後ずさりする。そして、自分たちの周りにいる百足たちを撃つつもりか、腰にぶら下げていた短弩弓を手にした。
ブン!
弓の放たれる低い音が響く。その矢は大百足に突き刺さることなく、リンダの体へと吸い込まれた。
「ハンナ、どうして?」
リンダが呆気にとられた顔で、自分に突き刺さった鉄製の矢を、そして矢を放った相手を見つめる。だが女性は素早く次の矢をつがえると、呆然と立ち尽くすリンダへ、再びそれを向けた。
ブン!
女性が躊躇することなく、再び矢を放つ。その矢はリンダではなく、その前へ立ちふさがった、ミルコの胸へと突き刺さった。
「ミ、ミルコ……」
矢を受けたミルコへ、リンダが恐る恐る声を掛けた。
「リンダ、思い出したよ……」
「何を?」
「俺たちはもう死んでいるんだ」
そう告げると、ミルコは肺に溢れた血を口から吐き出した。




