どう考えても、ただのエロじじいですよね?
「確か、この辺りなんですが……」
アンジェさんが少し自信なさげに、私たちの方を振り返った。
そこは街を囲む丘の間に挟まれたくぼ地で、狭い道を挟んだ両脇には、びっしりと日干し煉瓦の建物が並んでいる。その間を色とりどりの洗濯物が、まるで船の帆の如くなびいていた。
建物の狭い隙間から飛び出してきた子供たちが、冒険者ごっこでもしているのか、手に木の棒を持ちながら、私たちの前を駆け抜けていく。先程いた宿とは違い、どこか懐かしい感じがする場所だ。私は先頭で棒を持って、子供たちを率いていた。
「多分、こちらのお宅です」
アンジェさんが、その一角にある二階建ての家を指さす。他とは違う作りで、高い壁に囲まれており、庭から伸びた木が風に揺れている。二階の窓のところには、いくつかの風鈴もぶら下げられていて、海風と共に澄んだ音を響かせていた。
「引退しても、仕事のあっせんなんて事をしているんだ。変り者なのは間違いないね」
サラさんが人ごとみたいにつぶやく。分かっていますか? その人を頼らないといけないのは、私たちですよ。
「すいませ~ん!」
壁にぽっかりと設けられた、風雨にさらされた扉の前で声を上げる。だけど何の反応もない。
『まだ寝ているのだろうか?』
扉の横に、元は金メッキされていたらしいが、それが剥げて、下地がのぞいているドアノッカーがあるのに気づいた。
トン、トン、トン!
少し強めにそれを叩く。扉の背後で、誰かがこちらへ来る気配がした。
ギィギギギギ――!
何年も油を差してなさそうな音を響かせながら、扉がゆっくりと開いていく。
「朝早くから申し訳ありません」
そう言って、下げられるだけ頭を下げる。年寄り相手には、ともかく礼儀正しくするのが一番です。
「本当に朝早くからよね」
『あれ?』
聞こえてきたのは女性の声だ。それも妙に艶っぽい。同時に、とてつもなく大きな胸が目に飛び込んできた。それも薄着の寝間着で、わずかに隠されているだけだ。顔を上げると、真っ黒な瞳が、こちらをけだるげに眺めている。
『なんて色っぽい人なんでしょう!』
サラさんも、かなり色気がある方だとは思いますが、この人がまとっているのは別物です。世の男性たちを、決して浮かんでこれない、沼の奥へと引きずり込む何かだ。そう言えば、ジェニファーさんも、店の中ではこんな感じだった気がする。
「それで、この家に何の用?」
そう言うと、女性は少し癖のある黒髪をかき上げながら、私たちを見回した。
「私たちは冒険者なのですが、この家の方にご相談があって、お邪魔させて頂きました」
「あなたが冒険者?」
「は、はい。私は赤毛組の、アイシャール・カーバインと申します」
女性が首を傾げて見せる。まあ、私だけ見たら、そう言う反応になりますよね。でも後ろを見てください。このちょっとやばそうな目つきは、どこからどう見ても冒険者ですよ。と言うか、サラさん、いきなり相手を睨みつけて、どうするんですか!?
「そちらの、侍女姿のお嬢さんも?」
「アンジェと申します。赤毛組の侍女をさせていただいております」
アンジェさんが、丁寧に頭を下げた。サラさんはと言うと、相変わらず機嫌の悪そうな顔をしている。
「こちらは、同じく赤毛組のサラ・アフリートです」
とりあえずは私の方で紹介です。でもサラさん、頭ぐらい下げてもらえませんか? だが女性はそれを気にすることなく、扉の背後へ顔を向けた。
「オン爺、あなたに客よ」
「誰もいないと言ってくれと、お願いしたじゃないか……」
扉の奥から、男性の機嫌の悪そうな声が聞こえてくる。
「若い女性が三人だから、オン爺好みの客だと思って、教えてあげたんだけど」
「それならそうと、早く言ってくれ」
その声に、思わずサラさんの方を振り返った。サラさんが、私に小さく肩をすくめて見せる。確か、ギルドの事務長を引退した人だって言っていましたよね。どう考えても、ただのエロじじいとしか思えません!
「どうぞ中へ」
私たちを部屋の中へ招き入れた女性が、石のタイルが張られた床を、裸足のままぺたぺたと音を立てながら歩いていく。薄着の寝間着から覗く、真っ白な足がものすごくいやらしい。部屋の中はと言うと、変わった置物やら、壺やらが置かれていて、まるでどこかの古道具屋みたいだ。
「お嬢さんたち、こんな隠居じじいの所へ、一体何のご用かな?」
不意に部屋の片隅から声があがった。藤で編まれた椅子に、男性が寝間着姿のまま、気だるげに腰をおろしている。はみ出て見える足や、顎髭には白いものがまじっているから、確かに年をとってはいるのだろう。だけど、とても老人とは思えない姿だ。
と言うよりこの二人、もしかして、朝から一戦交えていました?
「初めまして、赤毛組のアイシャール・カーバインです」
「同じく、赤毛組のサラ・アフリートです」
流石のサラさんも、男性に対しては、自分から挨拶をする。
「専属侍女のアンジェと申します」
最後にアンジェさんがペコリと頭を下げた。それを見た男性が、わずかにほほを緩めて見せる。やっぱり、ただのエロじじいですかね? しかし男性はサラさんへ視線を向けると、わずかに首を傾げて見せた。
「グレイの所にいたお嬢さんか?」
「はい。ゴライオン卿、ご無沙汰しております」
サラさんが軽く頭を下げる。もしかして、前からの知合いですか? それならそうと、先に言ってくれないと困ります!
「時が立つのは本当に早いな。私が最後にオールドストンで君を見た時は、まだ冒険者見習いの子どもだったのに、今では随分と女性らしくなったものだ」
そう言うと、サラさんをしげしげと眺める。間違いありません。ただのエロじじい確定です。
「確か引退したと聞いていたが?」
「はい。ブリジットハウスに居ましたが、現役に戻りました」
「色々とあった所だね。私が現役だった頃と比べると、最近は随分と騒がしいみたいだ」
そう告げると、サラさんの顔をじっと見つめる。その視線の鋭さは、やはり只者とは思えない。
「カーティス殿、申し訳ないが、お客さんたちにお茶を出してもらってもいいかい?」
女性が片手を上げて部屋を出ていく。
「それと不揃いで申し訳ないが、好きな椅子に座ってくれ。どれも思い出の品でね。捨てるには忍びないんだ」
ゴライオン卿が、周りにある個性的な椅子を指さした。とりあえず、一番差し障りのない、丸い板で作った椅子に腰をおろす。
「ゴライオン卿――」
そう声を掛けたサラさんへ、ゴライオン卿が両手を上げて見せる。
「昔と同じく、オン爺と呼んでくれないかな。若い女性に卿付きで呼ばれると、棺桶に片足をつっこんだ気分になる」
「ではオン爺、私はこのパーティーのリーダーではないので、リーダーのアイシャールから説明させて頂きます」
それを聞いたゴライオン卿が、少し面食らった顔をする。
「これは失礼した。私はゴライオンというもので、以前はギルドの監督の仕事をやっていたが、今はただの爺だ。それでアイシャール殿、私にどんなご用かな?」
「仕事のあっせんをお願いしに、こちらへ伺わせて頂きました」
「あっせん? 最近は人手不足だと聞いているがね。この間、ミストランドのハントマンギルド長が、使えるやつがいないかと、私の所まで聞きに来たぐらいだよ」
「つい最近、アズールで貴族同士の争いに巻き込まれました。しばらくはおとなしくしていたいのですが、経済的に余裕がないんです」
「なるほど。だが君たちは、どちらかに雇われただけだろう? そのような状況から、冒険者を守るためにギルドはある。こんなおいぼれの所へ行くより、素直にギルドを頼るべきでは?」
た、確かに正論ですが、それが出来ないから、ここに来ているわけで……。一体どう説明すればいいのだろう。
「オン爺、それについては、私から補足させてもらっても?」
言葉に詰まっている私を見て、サラさんがゴライオン卿へ声を掛けた。
「もちろんだ」
「この子は以外と男からもてるんです。それでアズール家の次期当主に見初められました。どうもエミール家の当主が、それにやきもちを焼いたらしいのです」
ちょっと待ってください、なんて説明をしてくれているんですか!?
「もしかして、例の戦争の原因は、このお嬢さんという事かい? これは驚いたな……」
ゴライオン卿が、素で驚いた顔をする。
「あら、そんなに驚くことかしら?」
その声と共に、私の前へ、とてもいい香りのする紅茶が差しだされた。




