あの~、夜のお勤めって何ですか?
『ここはどこだろう?』
一瞬自分がどこにいるのか分からなくなる。確か城の中庭にいたはずだけど、目の前にあるのは、ステンドグラスの明かりが差し込む立派なホールだ。その奥の一段と高くなった、いかにも偉そうな椅子に私は座っていた。
『あの変な夢の続きを見ている?』
傍らには朝方に見た夢と同じく、山と盛られたイチジクがある。だとすれば、ホールに居並ぶ面々は、立派な服に身を包んだ貴族たちのはず。そう思ってホールを見回すと、予想通り、高そうな服をきた人たちが並んでいる。
「貴き御方よ!」
中でも立派な服に身を包んだ人物が、声を張り上げた。
「我らは一日千秋の思いで、御身のご帰還をお待ちしておりました」
そう告げると、部屋中にいる紳士や淑女が、床をなめんばかりに頭を下げた。
「あなた様の敵は、私どもがすべて排除しました」
そう告げると、何かを私の前へ転がす。赤い血にまみれた鋼鉄製の鎧だ。鎧には、月と星の紋章が描かれている。それを見て我に返った。
『これは夢の続きなんかじゃない!』
よく見れば、私に向かって、頭を下げている人たちには顔がない。いや、顔だけじゃなかった。体の全てが真っ黒い影で覆われている。
「偉大なる主よ、我らに御慈悲を――」
そう一斉に唱和しつつ、両手を上げて私の方へ迫ってくる。その姿は飢えた者たちが、食べ物を奪いに来るような勢いだ。間違いない。私はゴーストに憑依されていて、そいつらに取り込まれようとしている。
「出て行け!」
影たちへ叫んだ。だけど何の効果もない。このままでは、私はこいつらに乗っ取られて、サラさんや城の人たちを襲ってしまう。椅子から飛び降り、奴らから逃げるが、真っ黒な壁があるだけで、出口らしきものはどこにも見当たらない。
『だめだ……』
こんな悪夢の中で、どうやったら、こいつらに抵抗できると言うのだろう。頭の中が真っ白になる。
『お前の心臓が動いている限り、考え続けろ!』
不意にあの男の台詞が頭に響いた。そこで自分が、何かを握っているのに気付く。銀色に輝く、古めかしい諸刃の剣。アズールの剣だ。
「お前たちなんかに、私の魂を汚されてたまるか!」
アズールの剣を握りしめると、こちらから影たちへ突き進む。
「斬撃!」
放たれたそれは、なぜかまばゆい光となって、辺りを白く染めていった。その光の中で、亡者たちの影が消えるのが見える。でも油断は出来ない。次の一撃を放とうとしたが、あまりのまぶしさに耐えきれず、腕を上げた。
「ま、まぶしすぎ!」
そう声を上げた私の目の前で、肩までに切りそろえた髪と、少し日焼けした顔が、そのまぶしすぎる光を遮った。
「やっと目が覚めたみたいだね」
「サラさん!」
慌てて起き上がると、あたりはのんびりとした牧草地が広がっており、頭の上では光の玉、もとい、太陽のまわりを、数羽の鳶がゆっくりと弧を描いて飛んでいる。
「あの~〜」
「あんたがいきなりぶっ倒れるのにも、だいぶ慣れて来たよ」
サラさんが、私に大きく肩をすくめて見せる。
「すいません。どこからぶっ倒れましたでしょうか?」
確か、とんでもない男にひっかかった挙句、迷宮化した城に閉じ込められましたよね。
「まだ寝ぼけているのかい?」
まさか全部が夢だった、なんてことはないですかね。それならすべて納得です。
「ゴーストが、あんたの方へ行ったところまでは、覚えているだろう?」
「は、はい!」
「ゴーストたちは、全部が全部、あんたの中に入り込んだ」
あれは夢ではなかったんですね……。まだ乙女だというのに、自分がとんでもないものに、汚されてしまった気分になってくる。
「せめて私がとどめを刺してやろうと思ったんだけどね。どう見ても、単にぶっ倒れているようにしか見えなかった。それであんたを担いで、噴水の下の通路から逃げて来たのさ」
「いきなりとどめを刺されなくて、本当に良かったです」
ホッと胸をなでおろす。でもかなりやばかったと言うことだ。
「でもアイシャ、見直したよ。男だけじゃなく、ゴーストにも袖にされるだなんて、中々やるじゃないか!」
サラさんが、いかにも感心した顔で私を見る。
「はあ?」
袖にされるとは何ですか!? せめて、打ち勝ったと言ってください。そう言えばアズールの剣は?
「サラさん、アズールの剣はどこへ行きましたか?」
「もしかして、辺境伯とやらに未練でもあるのかい?」
そう告げると、訝し気な目でこちらを眺める。
「いえ、一切ございません!」
完璧にこりました。二度と貴族には関わりませんし、近寄りもしません!
「さあね。あんたを引っ張って来た時には、見当たらなかったよ」
「そうですか……」
一体あれは何だったんだろう。あの夢は、アズールの剣が私に見せた物としか思えない。でも、もうここに戻って来る事はないし、貴族とも関わらないから、どうでもいい話か……。だけど、相手はどうだろう?
「サラさん!」
「いきなりなんだい?」
「エミール家の連中はどうなりました?」
「どうなったって、あんたも見ただろう。全滅だ」
「違います。城の外にいた連中です」
「さあね。私たちが城から出た時には、もぬけの空だったよ。この馬車も、連中が残していったものをかっぱらった」
確かに、傷だらけだった前の馬車とは違い、まだ木の香りが残っているような新品です。
「これって、めちゃくちゃやばくないですか?」
あの女の高笑いする声が、いまだに耳にこびりついている。あの高慢ちきな女の事ですよ。絶対に、執念深く追ってきそうじゃないですか?
「どうだろうね……」
サラさんが首をひねって見せる。
「冒険者風情の女に男を取られたから、戦を仕掛けましたなんて、正面切っては言えないだろうね。だから、あんたをお尋ね者にはできないと思うよ。それに領地の近くに、あんだけやばい迷宮が湧いて出たんだ。冒険者相手に、揉めている暇なんか無いだろうさ」
「そ、そうですよね!」
「でも気を付けな。あの女の事だ。あんたの言う通り、何年か後で、みんなが忘れたころに狙ってくるよ」
「それって、今すぐ殺しに来るより、よほどにひどいじゃないですか!」
「貴族って奴は、みんな気が狂っているのさ。触らぬ神にたたりなしだよ」
その貴族のとんでもない男を、全推ししていた気がするんですけど……。
「でも、あんたと一緒にいると、本当に退屈だけはしないね」
サラさんが、呆れた顔で私につぶやいてくる。全部が全部、私のせいではないと思いますが? 今回については、イケメンに惑わされた私が間違いでした。その点については素直に認めます。
「それよりも、もっと厄介なことがあるんだよ」
「えっ、まだあるんですか?」
サラさんが荷台の方へ視線を向けた。そこにはサラさんが馬車と一緒に、エミール家からかっぱらってきた荷物が積んである。
『あれ?』
その中に、明らかに食料とは思えない、別の何かが乗っているのに気づいた。
「アンジェさん!?」
「お世話になります」
アンジェさんが私に頭を下げる。どこかの街まで、一緒に乗っていくと言う事ですかね? でも、サラさんは厄介事と言っていたけど……。
「アイシャール様、末永くよろしくお願い致します」
「ど、どういうことですか!?」
「私たちの侍女になるらしいよ」
サラさんが人ごとみたいに告げる。単なる冒険者ですよ。どうして侍女が必要なんですか!?
「一応は私も断ったんだよ。でもね、本人が言う事を聞かないのさ。それと、あんたを迷宮から担いでくるのを手伝ってもらったから、そう無碍にも出来ないんだ」
「夜のお勤めでも、なんでもします!」
アンジェさんが目を輝かせる。あの~、夜のお勤めって何ですか? それに私は女ですよ!




