まさか私が悪女役!?
「地震!」
思わずそう叫んだが、地震の揺れ方とは全く違う。どちらかと言えば、お姉さまたちが、極大魔法を打った時に近い揺れ方だ。
「ともかく外へ!」
グラントさんの呼びかけに、慌てて外へ出る。私たちがいた温室は、見るも無残なガラスの破片へと変わっていた。もしあの中に居たら、体中が切り刻まれていただろう。そう思うと、背筋に冷たいものが流れてくる。
ドカン!
再び耳をつんざく轟音が響き、建物の石壁からもうもうと粉塵が舞い上がった。
『これって、外から攻撃を受けている?』
急いで噴水の先にある城壁へ走ると、城門の向こうに、銀色に輝く鎧の列が見えた。いつの間に持ち込んだのか、その後ろにはカタパルトまで並んでいる。そこから再び砲弾が放たれた。砲弾は地面に這いつくばった私の頭を越え、夕飯を食べたホールの天井へと激突する。耐えきれなくなった天井が、大きな音を立てて崩れ落ちていくのが見えた。
『あの巨大なシャンデリアは、どうなっただろうか?』
一瞬そんな考えが頭に浮かんだが、そんなことより、城門を包囲する月と星の旗印には見覚えがあった。あれは間違いなくエミール家、マリアンヌさんのものだ。
「グラント殿、エミール家とは話がついているのではなかったのですか!」
私と同じように、城壁のレリーフに身を寄せたスニファノ卿が、グラントさんを、掴みかからんばかりに怒鳴りつけた。
「そのはずです……」
グラントさんが、うつろな目でスニファノ卿に答える。
「どう見ても、これは戦争ですぞ!」
スニファノ卿が、さらに口を開こうとした時だ。
ヒヒーン!
城の外から馬のいななきが聞こえてきた。いつの間にか砲弾の雨は止んでおり、不気味な静けさが辺りにただよっている。城壁のレリーフの間からそっと外をうかがうと、見事な白馬に横乗りしたマリアンヌさんが、その周りを重装備の騎士たちで固めつつ、軍の先頭へ進み出るのが見えた。
「厚顔無恥な簒奪者のグラントよ。我らはお前の罪をただしに来た」
マリアンヌさんの声が響く。
『簒奪者?』
どう言うことだろう。少なくとも私たちが襲われた後で、マリアンヌさんに会った時には、そんなそぶりは全くなかった。むしろ、グラントさんの身の安全を、心から喜んでいたはずだ。たった数日で、一体何が変わってしまったのだろうか。考えられるとすれば……。
「え”っ!」
まさかですけど、私との婚約が原因? でも貴族の耳は、おばさんたちの井戸端会議なみだと聞いたことがある。たとえそうだとしても、いくらなんでも早すぎじゃないだろうか?
「お前が私の婚約者の前アズール侯を殺害し、当主の地位を簒奪しようとした証拠がある。半時だけ待つ。その間に何も申し開きがなければ、覚悟せよ!」
再びマリアンヌさんの声が響く。その声は先日あった時とは全く違って、何の温かみも感じられない。
「マリアンヌ殿、どうやら誤解があるようです。そちらへ伺って、申し開きをさせてください」
グラントさんが、城壁の背後から声を張り上げる。そして私の方を見ながら、とても気まずそうな顔をした。
「アイシャール殿、婚約早々、このような事態に巻き込んでしまって、申し訳ありません」
「私との婚約が原因でしょうか?」
「さあ、分かりません」
グラントさんが、首を横に振って見せる。
「いずれにせよ、直接向こうへ出向いて、言い分を聞いてきます。それと、城の者たちの安全もお願いするつもりです」
「ですが……」
危険では、と告げようとして、その台詞を飲み込んだ。たとえ危険であっても、ここはグラントさんに任せるしかない。
「流石に、このまま出て行くわけにはいきませんので、部屋で着替えをしてきます」
そう告げると、埃だらけになった服を指さした。確かにいくらイケメンでも、これでは何の威厳も尊厳もない。そう言えば、スニファノ卿はどうしたのだろう。こういう時こそ、大法院とかいう権威の出番ではないだろうか? さっきまで一緒にいたはずなのに、いくら辺りを見回しても、どこにもその姿が見えない。
「ともかく頭を低くして、身を守っていてください」
そう告げると、グラントさんは城壁沿いに、館の入り口へ走っていく。その後ろ姿を見守っていると、誰かがこちらへ駆け寄ってくるのが聞こえた。皮の鎧に身を固めたサラさんが、巧みに温室の残骸を避けつつ、私の背後へ体を寄せてくる。
「アイシャ、無事だったかい!」
「なんとか」
「さっきのやつは、あんたの婚約の祝砲じゃないよね」
「マリアンヌさんが、攻めて来たみたいなんです」
「マリアンヌ? あの貴族のお嬢さんがかい?」
サラさんから短剣を受け取って、一緒に外を伺う。その先にいるのは、重装備の騎士たちに囲まれ、白馬に横乗りするマリアンヌさんだ。遠すぎて、その表情は分からない。でも、間違いなく負のオーラが漂っているのを感じる。
「つまり、あんたに嫉妬して、全軍率いていきなり攻めて来たという訳だ。しかもご丁寧に、攻城兵器まで持ってきているじゃないか」
「その言い方はやめてください!」
まるで私が、男を奪った悪女みたいじゃないですか!
「他に何の言いようがあるのさ。やっていることは、振られた腹いせに、包丁振り回すのとなにも変わりはしないよ。それでもあのぐらいの家なら、普通は誰かが止めるはずだけどね。蝶よ花よと、大事にされすぎてんだろうさ」
「蝶よ花よですか……」
その台詞が、自分がミストランドで冒険者をやっていた時に重なった。あのままあそこに居続けたら、私はどんな人間になっていただろう。
「まずいね。やつら、またカタパルトを使うつもりだ。それで、あんたの婚約者は、どこへ雲隠れしたんだい?」
「交渉へ行くために着替えると言って、館に戻りました」
「時間だ!」
城外から声が聞こえた。カタパルトが放たれる風切り音と共に、再び石で出来た砲弾が城壁へ激突する。このままだとなぶり殺しになる。そう思った時だ。
ギィギギギギィ!
砲弾がぶつかる音とは違う、金属同士のこすれ合う耳障りな音が響く。それは城門を兼ねたつり橋が、ゆっくりと降りていく音だった。




