8.フレンド?3人目。②
「おぉ、結構色々なのが出来たな」
元々凝り性な所がある俺は、自室に籠って調合を始めるとついつい色々な事を試したくなって、ひたすら実験を繰り返し、気付けば床の上には所狭しと様々な種類、様々な形態の薬が並んでいた。
ちなみに、机の上ではなく床の上なのは、調合基本セットを並べた上で作った薬も置こうと思ったら、狭くて乗り切らない事に気付いたからだ。
それならいっそ火も使ったりするし、なるべく広い場所の方が作業しやすいだろうと考えた俺は、早々に机の上での調合を諦め床に座り込んで作業する事にした。
ただ、このゲームは西洋風なファンタジーの世界である為、基本的にどの建物も土足仕様。
ゲームだから、現実のように泥や砂がついているという事はないけれど、やっぱり何となくそのまま座るのも調合した薬を置くのも躊躇いが生まれる。
悩んだ結果、家主である師匠に相談したら、厚手の絨毯のような敷物をくれた。
……有料で。
そこら辺は、ゲームだけあって結構しっかりしているらしい。
そうじゃないと、ゲーム会社も儲からないだろうし仕方ないかと思って、きちんとお金を支払った。
「ジャズミントの葉もジャスミンの葉も、茶の木も意外と優秀な素材だったな」
ミントティー……正確にはジャズミントティーやジャスミン茶、緑茶を作ったら、それぞれに程度の違いはあれど、状態異常を直す効果がついた。
ジャズミントティーは一応Aレアの魔物の素材だからか、ほぼ全部の状態異常に効く状態異常限定の万能薬的なものになり、ジャスミン茶には錯乱を治す精神安定効果と……胃薬効果。緑茶には病気を治す効果がついていた。
ただ、これはあくまでお茶な為『料理』に付加されている効果であり、薬と呼ぶのは何だか違う気がする。
それに、これはあくまで形態が飲み物だから、戦闘場面では飲むのが難しい事もあるだろう。
……まぁ、この辺の知識はネットで調べて「こんな感じで戦うんだ」というのを見ての推測だ。
実際の戦闘経験がほとんどなく、状態異常なんてアイデとの戦いで食らった時くらいしかない経験していない。
しかも、アイデに状態異常を食らったあの時は初めての事過ぎて、状態異常の薬を飲もうなんて考える余裕すらなかった。
だから、この考えが「きっとこうだろう」という予測の域を出ないけれど……まぁ、あながち間違いではないと思う。
そこで、薬と言えるような形態の物も作ってみようと丸薬や粉末型、同じ水分であっても一気飲み出来るようなドリンク型等、色々な形態の物を作って見た。
……ちなみに、ドリンク型の薬を入れる為の瓶はもちろん師匠から買うはめになりましたとも。
「このジャズミントの葉とジャスミンの葉で作ったお香をアレンジした薬は、精神安定の効果がいい感じについたからついつい量産してしまった。これさえあれば、きっと俺も落ち着いて人と話が出来るはずだ!!」
ジャスミンの良い香りを楽しめるように試行錯誤している内に出来たお香。
手持ちの物でもっと色々な香りを作れないかと思って試している内に、誕生したジャズミントとジャスミンの葉を組み合わせたお香は俺のお気に入りだ。
ただ、お香の形態だと効果範囲は広がるけれど、効果自体はかなり下がってしまう。
折角、香りが良いだけでなく、人と話すのに緊張してしまう俺向けの『精神安定』効果が付いているお香が出来たのだ。
もっとしっかりと効果を得られるようにしたいと考えて、作ったのが『ジャスジャズミントの煙薬 (ホープオリジナルレシピ)★3』だ。
まぁ、オリジナルレシピと言っても煙を効果的に摂取できるように紙でお香を巻いただけの物だけど、結構いい品になったのではないかと思う。
後は、巻く為の紙をもう少し質の良い物にできれば、きっと★も上がると思うんだけど……ここでは、粉薬を包む為の薬包紙位しか手に入らなかったからその辺は追々という感じだ。
「カレー粉も色々と配合を変えて作ったら、効果のバリエーションが増えたな」
折角森で採取したスパイスだ。
ちょっとカレーの味にもバリエーションを増やしてみたいと思ってあれこれと試行錯誤している内に、カレー粉の配合割合や使うスパイスの種類を変える事で効果時間や効果の強さにも変化が出る事に気付いた。
また、あのネタシリーズのスパイスを使うと、『魅力上昇』『魅了回復』『火魔法攻撃力上昇』等の効果が付く事もわかった。
ちなみに、ダメーリックの効果が『魅了回復』、カモダモンの効果が『魅力上昇』、レッドチレが『火魔法攻撃力上昇』だった。
ダメーリックはきっと誰かが魅了に掛かったリックに注意をしているから魅了から回復するという事だろうけれど……カモダモンで魅力効果上昇なのは皮肉意外の何ものでもない。
だって、それはきっと魅力が上がっているのは当人に対してではなく、当人が貢いでいる物に対してだろうから。
ちょっと切ない気持ちになりつつも……色々調べたら魅力が上昇するとモンスターのテイムがしやすくなるらしい事がわかったから、カレーの味のバランスが悪くなり過ぎない程度にカモダモンの比率を増やしたカレー粉を増産した。
「それにしても、胃薬 (ホープオリジナルレシピ)★9って何に使えるんだろう?」
色々と楽しみながら調合をしている内に、たまたま出来た★9の胃薬。
ちなみに、これにもジャズミントの葉とジャスミンは使われている。
どうやら、ジャスミン自体に胃薬効果があるようだが、それにジャズミントの葉も加えると凭れた胃に清涼感までプラスされるようで、備考欄に二日酔いにも効くと書かれていた。
……ゲームの世界にまで二日酔いなんてものが存在するのかと驚いた一方、飲みに行く相手もいない俺は二日酔いになった事ことすらない事に気付いてしまい悲しい気分になった。
と、とにかく、このジャズミントの葉とジャスミンに毒消しの効果のある薬草や茸を乾燥させ粉末にしたのをすり潰し、混ぜ合わせている内に出来たのこのとても品質の高い胃薬だ。
出来た時にはあまりの星の高さに思わず喜びの叫びをあげてしまったが……これはあくまで胃薬。
何かには使えるかもしれないし、ギルドで商品として出せば売れるかもしれないけれど……戦闘等には使えないだろう。
胃をピンポイントに攻撃してくるモンスターなんてきっといないだろうしね。
……いない……よな?
そんな精神攻撃特化のストレスばかり与えて来るモンスターとか嫌すぎる。
でも一応、折角品質の良いオリジナルレシピの薬が出来たのだから、売る為にも量産はしておこうかな。
もしもの時の、胃の防御にもなるし、二日酔いの人に胃薬渡したのが切っ掛けでフレンドにってパターンもなくはないだろうし。
そんな思いで、更に薬の量産に励んでいたその時……
ピーッ!ピーッ!ピーッ!
「うぉっ、な、何だ!?」
突然鳴り響いた今までとは違う種類のアラーム音。
「何事だ!?」と驚いて、手にしていた器を落としそうになって、慌てて器を持ち直して視線を上げると、視界の端に赤いビックリマークが浮かんだ小さな画面が浮かんでいた。
戸惑いつつも、如何にも「開きなさい!」という感じで浮かんでいるそれにゆっくりと手を伸ばして触れると、新しい画面がパッと開く。
『達成期限が迫っている依頼があります。ご注意下さい』
「……あっ」
……しまった。
受けた依頼内容はとうの昔に完了しているけれど、それに安心してギルドに報告に行くのを忘れていた。
「そういえば、もう期限か……」
かなり余裕のある期限だと思っていたけれど、採取したり調合したりしていたらあっという間に過ぎてしまった。
「依頼期限の10日なんてあっという間だな」
この依頼の期限というのは、総ログイン時間で換算される事になっている。
まぁ、ゲーム内は現実と違うペースで時間が進んでいるし、ログインのタイミングで昼になった夜になったりするから、その辺りはわかりやすいように設定してくれているんだろう。
ちなみに、ギルドの依頼は基本的に一人で受けられる依頼は全てこの総ログイン時間で期限ががカウントされるけれど、複数の人と受けた依頼については、一緒に依頼を受けた人の内、誰か一人でもログインしていると時間がカウントされ、ストーリーも進んでいく仕組みになっている……と説明書やネットに書いてあった。
仲間同士でパーティーを組んでゲームを進めるならば、なるべくログイン時間を合わせるようにすればいいけれど、複数の人で同じ依頼を受ける場合は依頼を行っている時間内にどれだけログイン出来ているか、そこでどれだけ活躍出来たかで報酬が変わるから、注意をしないといけないらしい。
連続プレイ時間の上限の問題で、途中で休憩を取らないといけなかったり、家の事や他にやっておきたかった事をやったりもしていた。だから、1日中ずっとゲームをし続けていたわけではないわけだけど、それでもログインの総計が10日分に達したという事は、当然ゲームを初めてからの現実の日にちもかなり過ぎているという事になる。
「あぁ、休みも後少しか」
思い切って取った1週間の休み。
それも残すところ、後1日だ。
元々ゲームをやるつもりで取った休みだったから、余暇のほとんどはこのゲームに費やしている。
だが……
「あれ?部屋に閉じこもって調合三昧とか、ほとんど仕事と変わらなくないか?」
ふと気付いてしまった事実。
おかしい。
俺は友人を作る練習をする為に、休みを取ってまでしてこのゲームを始めた。
それなのに、現状フレンドは妹とクレオのみ。
ちゃんとしたフレンドはまだ1人も出来ていない。
というか、ここ暫くNPCの師匠やテイムモンスター達としか交流していない。
「って、何やってるんだよ、俺はぁぁぁぁ!!」
完璧に目的を見失っていた。
ちょっと前にも恵に目的を見失っている事を指摘されたのに、その後不貞腐れ採取に明け暮れ、この場所に辿り着いてからは調合に明け暮れ、行動としては何も改善していない。
どうやら俺は学ばない人間だったらしい。
「って、自分の阿保さ加減に黄昏ている場合じゃない!一先ずシルドラに戻って依頼を完了しないといけないし、せめて休み中に1人位はフレンドを作らないと!!」
慌てて床に広げてあった薬を全部アイテムボックスにしまう。
せめてもの救いは依頼分の薬もちゃんと作り終えていた事くらいだろう。
もし、そっちも放置して趣味のみに走っていたら、今頃大慌てしてただろう。
「依頼の薬は……問題ないな。冒険者ギルドの方の依頼も、クレオが頑張ってくれたから余裕で終わっている。後はギルドに行けば依頼を完了出来るはずだ」
そういえば、この『マビナの森 魔女の家』を見付けた事は幸運だったな。
ここには聖樹があるから、簡単にシルドラと行き来できるけれど、もしここを見付けてなかったら、これからマビナの森を抜けてシルドラに帰らないといけないところだった。
そんな事になったら、期限内に依頼完了報告を出来たかどうか……。
少なくとも、休み中にフレンドを1人でも作るという夢はあっけなく消え去っていただろう。
森で突然の出会いでもしない限り依頼完了させるだけに精一杯になってただろうからな。
「ビルマナ師匠、俺これからシルドラに戻ります」
1階にある師匠専用の調合室で、紫色の怪しい液体を大鍋で煮詰めている師匠に声を掛ける。
「おや、シルドラに行くのかい。なら、丁度良い。そこに置いてある薬を薬師ギルドに持って行っておくれ。頼まれて作ったはいいけれど、持って行くのが億劫でね」
チラッと俺の方を見た師匠が、視線でテーブルの上に並んでいる瓶に入った薬を指し示す。
手に取ってジッと見詰めると『上級回復薬 (ビルマナオリジナルレシピ)★9』と表示が現れた。
それと同時に、師匠からの依頼を受けるかどうかの確認画面も。
「もちろん、良いですよ。ここにあるのを全てビルマナ師匠の名前でギルドに届ければ良いんですね?」
「あぁそうだよ」
手早く依頼受託のボタンを押すと、師匠の表情が僅かに和らぐ。
まぁ、変化としてはいつも吊り上がり気味の眉が1~2mm下がった程度の差なんだけど。
すぐに俺から視線を逸らし、薬作りに意識を戻した師匠に少し溜息を吐きつつ、テーブルの上にあった薬をアイテムアイテムボックスに回収した。
全部回収し終えてから、アイテムボックスの中身を確認すると、師匠から預かった分の薬は『ビルマナの薬』と一括りにまとめられていた。
一応、その詳細を確認しようと思えば出来るようにはなっていたけれど、これなら自分の作った薬と混同して使ってしまう心配もないだろう。
「それじゃあ、行ってきます」
「ふん!転んで私の作った薬を割るんじゃないよ!!」
持ち物を確認した後、再度師匠に声を掛けると、今度はこちらを振り向く事すらなく返事が返って来た。
素っ気ない師匠の様子に嘆息しつつも、相手がNPCだと思うと『嫌われているかも』なんて心配もせずに付き合える分、気楽で良いななんて思う自分がいた。
「さて、シルドラに帰って依頼を完了してくるか」
師匠の家の裏に回り、暫く放置するような形になってしまった事で不機嫌になっているクレオに詫びて人参を貢いで機嫌を直してもらい、聖樹の許へと行く。
幹に触れるとすぐに、セーブをするか移動をするかの選択肢が表示された為、移動を選択する。
「行先は……シルドラだな」
ゲームを初めてから、ほとんど移動していない俺の選択肢はまだほとんどない。
表示画面から行先を探す手間もほとんどなく、目的地を選択する事が出来た。
最後に、『移動をしますか?』という最終確認のような画面が現れた為、それをタップするとパァァァと目の前が明るくなり真っ白になる。
次の瞬間には、最初にこのゲームを始めた時と同じようにシルドラにある世界樹の傍に立っていた。
「戻って来たな……」
さっきまでの森の中の静けさとは正反対の、人で賑わう街中。
やっとプレイヤーのいる所に戻って来たんだという思う反面、ここでは下手な事が出来ないという緊張感が体を覆う。
心臓がドキドキしている。
周囲を見渡せば、こちらを見ているプレイヤーも多く、やたらと目が合う……のに合った瞬間に逸らされる。
……あぁ、こんな感じだったな。
懐かしくもちょっと切ない気持ちを感じつつ、隣を見ればクレオが「ヒヒンッ?」と心配そうに俺を見つめ、顔を摺り寄せてくれる。
その首筋を撫でていると少しだけ気持ちが落ち着く。
「……行くか」
クレオとのふれあいで少し気持ちを落ち着けつつも、冒険者ギルドへと向かう。
ちなみに、アイデは俺が腰から下げている土を入れた革袋の中で休憩中だ。
今は口を閉じた袋から入りきらずに出た頭(?)の先の葉っぱと位しか見えない。
周囲からはひそひそと「あれが噂の黒騎士」とか「もしかして、イベントが始まるのか?」とか声が聞こえるけれど、「俺はテイマーでただの初心者プレイヤーだ!」と否定しに行く勇気もない為、ただひたすら前だけを見て歩き続ける。
遠巻きにされたって気にしない。
……いや、嘘。物凄く気になるけれど、どうしようもないから平気なふりをしているだけだし!!
心の中で叫びつつ、せめてもう少し優しそうな表情が出来れば違うのかなと思う。
まぁ、実際には注目される事で余計に顔が強張って無表情になっているんだけどね。
「……早く何とかしないとな」
こんな状況を、早く打開して仲間とゲームを楽しみたいと思い呟いた俺の言葉。
それを偶々すれ違いざまに聞いた他のプレイヤーがギョッとした顔を俺の方を二度見してから、友達のプレイヤーに「今のイベントのフラグかな?!」と語り掛けている声が聞こえる。
君達、よく見てくれ。
俺はNPCじゃなくプレイヤーだ!
運営側じゃないんだから、イベントのフラグとか立てたりしないから!!
気付けば、俺の耳と尻尾はしんなりと萎れていた。
***
冒険者ギルドの依頼については、特に何の問題もなく済んでお金も貰えた。
ゲームとはどんな感じなのかを調べる上で資料として見た漫画の定番パターンのように、他のプレイヤーに絡まれるような事もなかった。
……というか、寧ろ絡んでくれと言いたくなるくらい、通路を譲られてしまった。
何だか前よりちょっと悪化している気がするのは気のせいだろうか?
再び耳と尻尾を萎れさせつつも無表情……というか、単純に顔が強張っているだけのなのだが、とにかくその状態のまま薬師ギルドに向かう。
「ようこそ、薬師ギルドへ……」
薬師ギルドにはいると、何故か今日もまた副ギルドマスターのエンニースさんが案内役をしていた。
「こんにちは、エンニースさん。あ、副ギルドマスターの方がいいですかね?」
相変わらずの顔色の悪さで、目の下の隈も健在なエンニースさんに親近感を覚えて声を掛けると、彼は一瞬訝しむような表情をして俺の顔を見た後、「あぁ!」と先日会話をした事を思い出したのか、笑みを浮かべた。
「この前の新人さんですね。私の事はクロウで良いですよ。……苦労人のクロウが私の通り名なので」
「……クロウさんはそれで良いんですか?」
「ハハハ……」
自虐ネタとしか思えない通り名の暴露に、思わず尋ね返してみると遠い目をされ、乾いた笑いが返って来た。
……どうやらここはスルーをすべきところだったようだ。
前回合った時に彼の苦労話を聞かされたばかりの俺は、フォローのしようがなくて困ってしまう。
「えっと、あの、今日はまた何で案内役に?」
「聞いてくれますか!?」
何とか話題を変えようと思い、気になっていた事をうっかり尋ねてしまうと、クロウさんが俺の肩をガシッと掴んで、一気に愚痴を語り始めた。
……ヤバい。これ地雷踏んだってやつだ。
最早、全ての愚痴を聞き終えるまでは逃がしてもらえないだろう。
そこから、朗々と語られる案内係への文句。
要約すると、どうやら自分の庭で育てている貴重な薬草の葉が虫に食べられているのを発見した今日の案内係の職員が、「私の愛しのマリア―デちゃんを食い散らかす酷い野郎を八つ裂きにしないと気が済まない!」と言って、犯人(虫)の捜索をする為に仕事を休んだらしい。
クロウさんは捜索は仕事が終わってからにするよう言ったようだけど、「初動捜査の遅れは大きい」と言い張り、結局仕事には来なかったそうだ。
……その薬草が食べられたのがいつの事なのかわからない時点で、初動捜査の遅れもへったくれもないと思うのは俺だけだろうか?
「ギルドマスターはギルドマスターで、気になる男性に気に入られたいから魅力的な女性になれる薬を作って欲しいと依頼してきた女性貴族に媚薬を渡してしまいますし。その女性が王族の男性に襲い掛かってしまって、王宮からクレームが来たんですよ!しかも、私が何でそんな事をしたのか問い質したら、『異性としての魅力といえばフェロモンだろ?それを増す薬を作っただけだ』と、私が怒っている意味がわからないという顔をするんですよ。意味がわからないのはこっちの方だというのに!!……うぅ、胃が……胃が……」
ちなみに、その女性貴族はとてもふくよかな感じの40代後半の女性で、王族は20代の王族だったらしい。
直系の王族ではないようだけど、それでもそれなりに地位はあるし、不敬罪とか色々と問題になる部分もある。何よりその20代の王族が怯えてしまい引きこもり状態になってしまっているとの事で、ちょっと問題になっているようだ。
その被害者の王族と、ギルドマスターの尻ぬぐいをさせられているクロウさんが気の毒過ぎる。
あ、そうか。こういう時こそ、あれの出番だな。
「クロウさん、良かったらこれどうぞ」
胃を抑えて背を丸めているクロウさんに、俺特性の胃薬をプレゼントする。
「これは……胃薬!!しかも、まだ私が試した事がないオリジナルレシピな上に、かなり質の良いものですね!!」
薬包に包んである粉末タイプの物と瓶に入ったドリンクタイプの物を差し出すと、暫くジッと見詰めた後、暗かったクロウさんの表情がパッと明るくなる。
多分、あの見つめている時間で、それが何であるのかを鑑定していたのだろう。
そして、俺作の胃薬はどうやら彼のお眼鏡に適うものだったようだ。
「胃薬マニアの私にはとても嬉しい贈り物です。有難うございます!有難うございます!!」
両手を握られ、お礼を言われた。
どうでも良いけど、胃薬マニアって何だ?
え?ストレスから胃を守る為に胃薬を飲み続けていたら、ハマってしまって、色々な物を試すようになった?
いや、それ駄目だよな!?
ってか、胃薬を色々と試している暇があるんなら、ストレスの方を何とかしないと……あ、何とかならないからこの状況なのか。
「……クロウさん、体を労わって下さい」
「ハハハ……。努力はします」
苦笑いを浮かべるクロウさんにお茶各種のティーパックと、精神安定に効果のあるジャズミントの葉とジャスミンをブレンドしたお香もプレゼントした。
大盤振る舞いだけれど、あまりに哀れ過ぎて何もせずにはいられなかった。
「有難うございます、ホープさん。そして……図々しいお願いなんですが、もしまた胃薬の良い物が出来ましたら、私に売って頂けないでしょうか?」
俺のプレゼントを手に、感動して目を潤ませていたクロウさんが申し訳なさそうに申し出る。
まぁ、胃薬は消耗品だし、そんなに量を渡しているわけではないから、きっとあっという間になくなるだろう。
それに、クロウさんが買ってくれるというんだから、俺としても損はないはずだ。
そんな風に考えていると、目の前にクロウさんの依頼を受かるか尋ねる画面が現れる。
内容を見ると、彼に3回違う種類★5以上のオリジナルレシピの胃薬を渡すと、薬の代金の他に別の特別報酬が貰えるらしい。
ただ、報酬の内容については「???」になっており、実際に依頼を熟してからでないとわからないようになっていた。
期限の方は『無期限』になっており、彼が言うように本当に良い胃薬が出来たタイミングで持ってくればいいという事なのだろう。
そうだとすれば、俺に断る理由はない。
目の前に浮かんでいる「はい」のボタンを押す。
「えぇ、もちろんいいですよ」
「有難うございます!!」
嬉しそうに笑みを浮かべる彼に、俺はしっかりと頷いてみせた。
「そういえば、今日はどのようなご用件で?」
本来の用件に到達する前に大分時間が掛かってしまったが、一先ず胃薬の一件がひと段落ついた所で、クロウさんが尋ねてくる。
それを聞いて、本来の目的を思い出し、その事を彼に伝えた。
「依頼達成の報告と依頼品の納品、それと師匠……ビルマナさんに頼まれてあの人の作った納品分の薬を持って来たんだ。あ、後、いくつかオリジナルレシピの薬も出来たから、それも売ってみたくて……」
「なるほど、なるほど。そういう事でしたらお任せ下さい」
俺が色々とプレゼントしたせいか、機嫌良さそうなクロウさんが自ら案内や手続きをしてくれる。
彼が持ち場を離れる為に、近くを通りがかった他の職員に案内役をするように指示を出した際、文句を言ったその職員に「彼は私の胃の恩人なんですよ!!」ときっぱりと言い切っていたのは見なかった事にする。
ついでに、言われた方の職員が「命の恩人じゃなくて!?」とツッコミ入れいたのもだ。
「では、依頼分の納入は確かに確認しました。報酬の方をどうぞ」
そういって手渡されたお金をしまうと、ステータスの所に表示されている所持金の金額が増える。
現実と違って、全てシステムで管理されているから、落としたりする心配がなくて助かる。
「ビルマナ様の分の報酬につきましては、ご本人の口座の方に支払い済みになっております」
自分の分の報酬はその場でもらって懐……アイテムボックスに入れておけば良いけれど、師匠の分はどうなるのだろうかと思っていたら、振り込みで渡せるようになっていたらしい。
人のお金を預かるのは心配だったから良かった。
「では、次はオリジナルレシピの販売ですね。では、ショップの方に移動しましょう」
「助かります」
スタスタとショップに向かって歩いて行くクロウさんの後を追うように歩く。
こちらをチラチラと気にするような視線……あれ?一人チラチラどころかジーッと見つめて来る白衣を纏った小柄な女性がいる。
俺と目が合っても一切目を逸らそうとしないどころか、キラキラ……違うな。ギラギラした目で見つめてきて、更には頭について真っ白の兎耳を嬉しそうにピクピク動かしている。
な、何なんだ?
チラチラ見られるのも居心地が悪いけれど、それ以上にあの真っ直ぐな視線は落ち着かない。
「ホープ様?」
思わず足を止めてしまっていた俺に、クロウさんが不思議そうに声を掛けてくる。
俺は慌てて、兎耳……おそらく兎の獣人をアバターとして選択しているであろうそのプレイヤーと重なっていた視線を切って、クロウさんの方に向ける。
「すみません。行きましょう」
足早にクロウさんの許に歩み寄り、一緒にショップへと向かう。
背中にはまだあの強い視線を感じるけれど……今はこっちが優先だろう。
「こちらがショップのオリジナルレシピの販売所になります」
調合用の道具や薬草、一般薬等を販売しているギルドが運営している店の一角にある、中身が見えるように正面がガラス張りになっているコインロッカーのような物が立ち並ぶ場所へと案内される。
「開いているボックスを選択して、ギルドカードをあてると扉が開き、そこが貴方の販売ブースになる仕組みになっております。ブースに店舗名を付け、品物を入れて頂くと自動的に商品登録されるので、商品を入れ終えた所で表示されている商品と入れた内容に間違いがないかを確認した後、扉を閉じて下さい」
クロウさんの説明に合わせ、一番奥の丁度俺の胸の位置位にあった空きボックスに自分の商品を詰め込んでいく。
「店名は……無難に『ホープ薬店』とかで良いか」
俺は名前を付けるのが苦手だ。
クレオやアイデの名付けの時にそれはもう十分実感している。だから、一番無難なものにしておく。
「中は見た目より入るようになっているのか……」
「最高20種類まで入れる事が出来ますよ」
どうやら、このブースは特別仕様になっていて、見た目とは関係なくかなりの量の商品を入れる事が出来るようんだ。
ちなみに、ポイントなのは、20『種類』という所だろう。
同じ種類の薬はいくら入れても容量には換算されないし、サイズの大きな商品を入れても1種類は1種類という換算になるようだ。
こんなロッカーが現実世界にもあったら物凄く便利だろうな。
「こんなもんか……」
一通り売ろうと思っていたオリジナルレシピの薬と……薬扱いになっていたカレー粉やお香等を入れ終えると、納品一覧として出ている物と入れた物が合っているかをザッと確認して扉を閉じる。
すると、納品一覧の画面が値段設定画面に自動的に切り替わった。
「次に、商品に値段を付けて頂きます。値段設定はご自身の主観で付けて頂いて構いませんが、販売期間を過ぎても売れ残っている商品につきましては、返品という形になりますのでご了承下さい」
「なるほど。この画面を使って値段を付けていけばいいわけだな」
値段は……どれ位が妥当かわからなかったから適当に付けた。
他の人のブースを参考にしようと思ったんだけど、人によって値段の差が激しく参考にならなかったから、大体1000~3000G位の間で★の高さと使い勝手の良さを加味して主観で付けてみた。
まぁ、今はこんな感じて適当だけど、慣れてくれば相場とか本当に売れそうな物とかがきっとわかってくるに違いない。
それまでは、1回の販売量を絞って様子を見ればいい。
「値段を確定して頂き、最後に販売開始のボタンを押して頂くと、他の方々に薬を買って頂けるようになります」
言われた通り、値段を確定させ販売開始ボタンを押すと、画面の上側に『販売中』の文字が表示され、各商品の値段の横に表示された販売終了までの時間がカウントされ始める。
「これでご説明は全てになります」
「クロウさん、有難うございました」
「いえいえ。また何かあったらお声掛け下さい」
ニッコリと笑みを浮かべたクロウさんは、軽く頭を下げて去って行った。
「さて、これでやろうと思っていた事は全て終わった。次はどうするかな?」
『ホープ薬店』と表示されている販売ブースを眺めながら、次にやる事について考える。
やっぱりここは、フレンドを作る切っ掛け作りの為に駄目元でパーティー募集をしてみるか。
或いは、別の依頼を受ける事でさり気なく他の冒険中の人達に接近して声を掛けてみるとか?
いや、いっそレベルの問題でパーティーを組みにくいというのなら、次の町へと移動しみても良いかもしれない。
そうなると、やっぱり護衛依頼を受けて……
「ふむふむ、なぁるほど。おぉ、これは面白そうな薬がいっぱいありますねぇ。って、えぇ!?回復カレー粉って何!?凄く気になる」
「っ!?」
悩み込んでいる俺の背後からぴょっこりと顔を出し、俺が設置したばかりの販売ブースをしげしげと覗き込んできた女の子……さっきの兎獣人のプレイヤーにびっくりして、思わず叫びそうになるのを必死で飲み込んだ。
「副ギルマスに何か面白そうな薬を渡していると思ったら……これは何ともまぁ……」
少し動けば触れそうな位置……いや、実際に長い兎耳はさっきから俺の顔にペシペシッ当たっている。そんな位置にいる女性を前に俺は固まったまま動けない。
そんな俺なんかお構いなしに、彼女はその位置をキープしたまま手を伸ばして俺のブースからいくつかの薬を買い漁っていく。
……ここは「購入してくれて有難う」と笑顔で声を掛ける場面か?
そして、それを切っ掛けに会話をしてフレンドになるパターンか?
そんな事を考えた瞬間、一気に緊張が増す。
心臓をドキドキと高鳴らせ、唾をゴクリッと飲み込む。
さぁ、声を掛けろ。声を掛けるんだ望!いや、ホープ!!
「っ……」
「ねぇねぇ、貴方噂の黒騎士さんでしょ?スレイプニルを連れた黒騎士ってだけでも凄いのに、こんな面白い薬まで作れるなんて、凄いね!!」
「っ……あ、あぁ」
……「あぁ」って何だよ、俺!!不愛想過ぎるだろぉぉぉ!!
ってか、話し掛けようとした瞬間、反対に勢いよく話し掛けられたせいで言葉が全て頭から飛んで行った。
ここからどうする!?と、とにかく「あぁ」だけじゃ、不愛想な上に偉そうだ。
一先ず、フォローの言葉を……
「いや、これ位別に凄くはない」
「これで凄くないって言えるなんて、やっぱり黒騎士さんは目指すところが違うね!!」
違うだろぉぉぉ!!
俺は「自分はそんなに凄い人間じゃありません」という意味で言いたかったんだぁぁぁ!!
確かに、緊張のし過ぎで顔強張っているし、ちょっと威圧的に見えるかもだけど、そんな「この程度、俺には大した事ない」的な傲慢な感じで言ったつもりはないのに。
ここは……そうだ!今こそ落ち着く為にあの薬を使うべき時だ。
ニコニコと笑顔で話し掛けてくれる兎獣人のプレイヤーの話に頷きつつ、俺はアイテムボックスから精神安定効果のあるジャスジャズミントの煙薬とマッチを取り出し、煙薬を銜えて火を点けた。
スーッと息を吸い込むと、口の中にミントのすっきりとした清涼感とジャスミンの華やかで、でも何処かリラックスの出来る香りが鼻を抜けていく。
これで精神が安定する……事はなかった。
いや、よく考えたら当然だ。
だって、これはあくまでゲームアイテムとしてアバターを精神安定させるものであって、中身の人の精神に影響を与える物ではない。
もし、これが中身の人の精神に影響するような代物だったら、ゲームとして大問題だ。
「わわわぁぁ!!凄い、それもお薬何ですか?」
「……まぁな」
自分が凄く馬鹿な事を考えていた事に今更ながらに気付いてしまった恥ずかしさに、ついプイッと顔を背けてしまう。
こんな調子では、この女性だってきっと嫌気がさして早々に去ってしまうに違いない。
「……君、名前は?」
折角のフレンドチャンスを無駄にしてはいけないと焦りを感じせいで、顔を背けたままかなり失礼な感じで名前を尋ねるはめになってしまった。
……俺、もう社会人としてアウトなレベルで失礼な人だよ。
仕事の時とかはちゃんと自己紹介だって出来るのに。
下手に意識し過ぎなのはわかってるけど、意識せずにはいられない。
「あ、すみません!まだ名乗ってなかってですね。私、薬の事になるとつい興奮しちゃって。私はクリスって言います。黒騎士さんは……ホープさんであってますか?」
俺の設定したブースの名前をチラッと見て小首を傾げながら尋ねて来る兎獣人の女性改めクリスさん。
よく見ると凄く可愛らしい感じの人だ。
「あ、あってる。俺はホープだ。よろしく」
ドキドキしながらも、何とかそれだけはいう事が出来た。
「こちらこそ、よろしくお願いします!!あの、あの、ホープさん。早速で悪いんですけど、良かったら私とフレンドになってもらえませんか?ホープさんに是非色々と薬のお話をお聞きしたくて。あ、もちろん、内緒にしたい情報とかは言わなくていいんで!!」
少し頬を赤らめつつも、両手を胸の前で握り締め、長い兎耳を揺らしながら必死で訴えかけて来るクリスさん。
……やっぱり可愛い。
って、今はそんな事を頭の中で考えている場合じゃない。
遂に訪れたフレンドチャンスだ!!
このチャンスは絶対に逃せない!!
俺は返事をするより先に自分のフレカを取り出して差し出した。
「え?あっ!フレカ!!って事はフレンド登録して下さるんですね!!やったぁぁ」
クリスさんが兎獣人らしくピョンッと飛び跳ねた。
顔つきからして多分大人の女性ではあると思うんだが、いちいち行動が愛らしい。
女性とのお付き合いがなかった俺としてはついついときめいてしまう。
「有難うございます!これ私のフレカです。登録お願いしまう」
差し出されたフレカを受け取る。
あぁ、遂にこの瞬間が来たんだ。
俺の本当の意味での初フレンド。
その感動で胸がいっぱいになり、受け取った時にお礼を言い忘れていて、慌てて「悪いな」と詫びた。
お互いにフレンド登録がちゃんと出来ているか画面を操作して確認して、ホッと一息吐く。
「それにしても、私以上にヤバそうな薬作っているプレイヤーに初めて会いましたよ」
「……は?」
ヤバそうな薬?
何の事だ?
「私もこのゲームで結構色々な薬に挑戦してきて薬狂いのマッド兎なんてあだ名付けられて付けられてますけど、まさかゲームの世界で違法なお薬作っている人がいるとは思いませんでした」
「違法なお薬?」
不意に自分の手元を見る。
言われてみれば、確かにそれっぽい。
「ち、ちがっ!!これは合法なやつだ」
自分としては煙草もどきのような感覚で作っていたが、手元にあった使えそうな紙が薬包だけだったせいで、かなり怪しい感じの仕上がりになっている。
「そうなんですか?ちなみに効能聞いても良いです?」
「精神安定」
「……え?やっぱり怪しいじゃないですか!!流石私が師匠と見込んだ方ですね!!」
「いや、これは状態異常を直す為の薬で怪しくは……というか師匠って何だ!?」
慌て過ぎたせいで反対にいつもよりスムーズに話せた。
って、それで良かったとか思っている場合じゃない。
今、クリスさん色々と変な事言っていないか?
薬狂いのマッド兎って、どんなあだ名だよ!!絶対ヤバい奴だろう!?
しかも、そのマッド兎に師匠認定された俺って……。
「最初は副ギルマスに渡しているお薬が気になってただけなんですけど、それを見て私は決めました。ホープさんを師匠と崇めます!!」
「崇めるな!!」
「それ」と言って指差されたのは、もうすぐ使い切りそうになっているジャスジャズミントの煙薬。
これを見て師匠と崇めよう決めるなんてちょっとヤバい人な気がする。
自分で作っておいて何だけど、言われてみれば怪しい薬にしか見えないこれはお蔵入りさせるべき代物だ。
「もっと、こう普通に友達に……」
「師匠を友達扱いなんて出来ません!!師匠は師匠です!!」
鼻息荒く言い切るクリスさんに頭痛を覚える。
頭痛薬は……まだ作ってないな。
「これは、煙草の代わりのようなもので、きっと君の勘違い……」
「煙草の代わりにそんな怪しい薬を作るなんてなんてアウトローなんですか!!何処までも付いて行きます師匠!!一緒に怪しくも魅力的な薬の世界を極めましょう!!」
「いや、それはちょっと……」
耳をピコピコ上下させながら迫り来るクリスさんは見た目は可愛いけれど、怖いものがある。
「これからよろしくお願いしますね!師匠!!」
「……こんなはずじゃなかったのに」
黒騎士の次は危ない薬を作る薬師に勘違いされるなんて。
しかも折角フレンドが出来たと思ったのに、その実師匠枠だったとか、切なすぎる。
フレンド?3人目。
本人に既に友達ではなく師匠だと言われている上に、その理由がかなりアレな感じなんだが……、
……俺、本当に何をしてるんだろう?




