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プロミステイク ~俺と彼女の中二病的恋愛遊戯~  作者: 阿津沼一成
第2章 サマータイム・ラプソディ
72/90

第72話 Summer Date act.4 -Deep Impact-

園崎と二人、フリーフォールに乗るため順番待ちの列へと並ぶ


正直、気は進まなかったが、あまりムキになって拒否してビビリだと思われても嫌だしな


覚悟を決めるしかあるまい・・・


そうこうしている内にも列が進み、俺達の番が来た


係員の手で体を座席へと固定される

もう逃げることは出来ない


俺はバクバク鳴る心臓の音を耳の奥に聞きながら、隣に座る園崎の横顔をチラリと窺う


「ククク・・・死地へと向かう心の準備は出来たか、経吾?」

「・・・お、おう」


園崎の不敵な笑みに、俺は精一杯の強がりで微笑みを返す


・・・情けない悲鳴だけは上げないようにしないとな


注意事項のアナウンスが済み、マシンが動き出す


徐々に垂直方向へと上昇していくガード付きの座席



かたん・・・かたんかたん・・・かたん・・・



このゆっくりとした動きが、じわじわと恐怖感を募らせるよな・・・


段々と・・・地上が遠くなっていく


高所恐怖症の奴なら、もうこれだけで堪えがたい時間だろう



・・・。


・・・・・・・・・・。



なんか・・・園崎が妙に静かだな


不審な思いと共に視線を隣に移すと・・・あからさまに表情を強張らせた園崎が顔色を蒼白にしていた


えっと・・・



「・・・・うそ、なにこれ?どこまで上がるの?」



唇から漏らした言葉には絶望の色が滲む


「あー、でもこれ・・・まだ半分くらいだと思うぜ」

「ひっ!?」


俺の言葉に園崎の頬が引き攣る



かたん・・・かたんかたん・・・かたん・・・



そうしているうちにも、マシンは勿体振るようにゆっくりと上昇していく


「い・・・や・・・・・・・いやああああああああああああああああああああ

!!!!!!!!!!やっぱりやめるやっぱりやめるやっぱりやめるうううううううううう

下ろして下ろして下ろしてええええええええええええええええええ!!!!!!!!」


突然タガが外れたように園崎がパニックを起こした


「お、落ち着け園崎。この状態で止めるとか降りるとか無理だから」


「やだやだやだやだやだやだやだやだ!!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

許して下さい降ろしてくださいもう堪忍してええ!!!!!!!!!!!」


園崎は半狂乱になり、まるで幼児のように手足をバタつかせる


って、注意事項で危ないから暴れたり揺すったりするなって言ってたよな!?


と、とにかくなんとか落ち着かせないと・・・


「園崎っ!!」


俺は手を伸ばし園崎の手を掴んだ


「大丈夫だ!俺がついてる!何があっても平気だ!俺を信じろ!!」


全く根拠など無いが、力強くそう言って園崎の瞳を見つめた


「・・・ほ、ほんと?・・・経吾、あたしのこと・・・護ってくれる?」


「もちろんだ!この命に代えても・・・お前の事は俺が守る!!」


「けえごっ!!」


周りから見たら茶番以外の何物でもない熱苦しいやり取りだったが、『日常ではまず有り得ない程の高所』という状況に、俺は文字通りハイになっていた


そして、そんな俺達にツッコミを入れるが如く・・・


いつの間にか最高点へと到達していたマシンが・・・・猛スピードで下降を始めた


「い・・・、いやああああああああああああああああああああぁぁ!!!!!!!!!」


「う、うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


残響音を伴う悲鳴と共に、俺達の身体は高速で落下していく


その恐怖を存分に味わいながら


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ふっ・・・まさかGがあれほどキツイものだとはな・・・」


マシンから降りた園崎は真っ青に血の気が引いた顔でそう喘いだ


俺もフラフラとした足取りでそれに続きながら冷や汗を拭う


「ああ・・・・一体、何デシベルくらいあったろうな・・・」


え?単位が違うだろうって?

いや、これで合ってる


絶叫マシーンとはよく言ったものだ


左隣に座った園崎の上げた悲鳴の衝撃は、俺にとって落下の恐怖を塗り潰して余りあるものだった


耳の奥がまだキーンとしてる


それに下半身の一部も硬化状態をまだ維持したまま・・・っておかしいだろ!?


なんで俺は好きな女の子が上げた悲鳴を聞いて興奮してんだよ


変態か!?俺


いやいやいや、違う。

これは違うから


俺は異常じゃないから


少し・・・神経の伝達回路が混乱して肉体が間違った反応返してるだけだから



・・・・・・・・。



それにしても・・・・これはいつかの映画館でのことを思い出させるな


あの時も園崎は強がって妙な言い訳してたけど、こういった体感モノもかなり苦手っぽいようだ


まだ脚が小刻みに震えてるし


これって、いわゆる『膝が笑ってる』って状態なんじゃ・・・


っと、あぶね!?


案の定、園崎は急に脚の力が抜けたように膝から崩れ落ちそうになった


注意を払っていた俺はとっさに園崎の身体に手を伸ばし、両腕で上体を前後から挟む格好で支える


具体的に言うと左腕を背中側に回し、手の平で園崎の左肩を抱くようにして支え

右腕はお腹の上辺りの位置に回し、手の平の位置は左脇腹へと


ベタなマンガみたいに胸を掴むような真似はしていない


してはいないが・・・


右腕の手首から肘までの前腕部の上に、柔らかく心地好い重みが乗っている


俺の片方の腕はお節介にも園崎のその豊満な二つの膨らみをも支える格好になっていた


「だ、大丈夫か?園崎」


縺れそうになる舌でそう声をかけると髪から漂う甘い香りが鼻先をくすぐった


と同時に跳ねた髪の毛の毛先が物理的に鼻先をくすぐってきて、俺はその頭髪の中に顔を埋めたくなる衝動を必死で堪えた


「あ、ありがと、けーご。きゅ、急に脚の力、抜けちゃって」


「お、おう・・・と、取りあえずベンチにでも座って落ち着こうぜ」


俺はそう言って目についたベンチの方へと、その体勢を維持したまま歩を進めた


歩きながらも園崎の髪から漂う甘い香りを愉しむ


これは使ってるシャンプーの香りだろうか?


・・・・・・・どこのメーカーのなんて銘柄だろ


同じ物が手に入れば・・・・いつでもどこでも『園崎の髪の香り』を楽しむことが出来る・・・


・・・たとえばアレの時とか・・・どれだけリアルに園崎を脳内再現できるだろう


・・・って、待て。俺


片想い拗らせ過ぎだろ


変態過ぎるわ!


俺は自分が思いついたバカな発想を払い除けようと努めた


「んふ・・・、けーごの匂い・・・すごい安心する」


俺の胸元に鼻先を埋めたような格好の園崎がそんな声を漏らす


「そ、そうか?洗濯に使ってる洗剤の匂いだと思うけど」


エチケットとして制汗防臭のスプレーは念入りにかけて来たが、それは無香料のものだ


匂いがするとすればTシャツについた洗濯洗剤の残り香だろう


「ふーん・・・・・・・・・・・・・・・・・なんて銘柄?」


「えっと確か・・・・『ニュー●ーズ』じゃなかったかな」


俺は洗濯機が置いてある風呂の脱衣所を思い返しながらそう答えた


「なるほど・・・・・・・・・つまりそれ買ってきてシーツとか洗えばけーごの匂いに包まれた状態で・・・・・・・ヤバい、メチャクチャ捗りそう・・・・」


「・・・・園崎?」


俯いたまま何やらブツブツと喘ぐような呟きを漏らす園崎


大丈夫か?


想像以上にフリーフォールの精神的ダメージが大きいみたいだ


早く落ち着かせた方がいいな


「ほ、ほら園崎。ベンチ着いたぞ。座れるか?」


「あ、ありがと。けーご」


俺は園崎の身体を支えながら、ゆっくりとベンチへと腰を下ろさせる


その時・・・決して意図した訳ではないのだが・・・・


俺の右腕に乗っていたものを下から押し上げる結果となり・・・・


豊満な二つの膨らみが今にも襟元からこぼれそうなほどの状態になった


しっとりと汗ばむ肉感的な肌で形作られた見事なまでの双峰と渓谷に俺の目は釘付けになる


ごきゅり


思わず喉を鳴らした時、俺の顎を伝った汗が一粒落ちた


そのひと雫は彼女の片方の峰に落ちたあと、伝い流れ谷間の奥へと滑り落ちていった


「ご、ごめん園崎!」


「え?なにが?」


慌てて謝罪する俺に園崎がキョトンとした顔で仰ぎ見てくる


「いや、その・・・・とにかくごめん」


俺は理由を説明することも出来ず、目を逸らしながらもう一度謝った


「けーごってば変なの」


挙動不審な俺に対し屈託のない笑顔を向けてくる園崎


「と、取りあえず少し一休みしようぜ」


俺はそう言って園崎の隣へと腰を下ろした


軽く深呼吸して気を落ち着ける


そっと横目で園崎を盗み見ると、降り注ぐ木漏れ日にその横顔は神々しい程にきらめいて見える


特にそのふっくらとした唇は絶妙なボリューム感と瑞々しさに濡れ光り、まるで一流の菓子職人が作り上げた生菓子のようだ


今の俺はただそれをショーウインドゥ越しに、指をくわえて見ているしかできない


いつか・・・その味を味わえる日が来るんだろうか?


こうして並んで隣に座って・・・簡単に触れられる距離にいても、決して触れることは出来ないもどかしさに心がざわめく


「・・・経吾」


感傷にも似た心情に沈みかけた時、園崎が俺の名を呼び・・・ゆっくりと立ち上がった


そして・・・どこか憂いを帯びた表情で振り向く


サラサラとした髪が陽の光を受けキラキラと輝き、俺はつい感嘆の溜息を漏らす


「じゃあそろそろ・・・次なる試練のステージへ向かうとしようか?」


うん、いい感じに雰囲気をぶち壊す残念なセリフだ


この中二病が改善しない限り、園崎とレンアイなんて事は無理なのかもな・・・


俺は複雑な心境で苦笑しつつ、ベンチから腰を上げた


「で?次はどうするんだ?」


「よし、次は・・・・あれだ!あれに乗るぞ!けーご!!」


再び何処かへ向けて園崎が『ズビシッ!!』と人差し指を向ける


その先を目で追った俺は・・・思わず半眼にならざるを得なかった


・・・懲りない奴だ


俺は深い溜息と共にぐねぐねと曲がりくねったレールを仰ぎ見た


「あー・・・・ところでまた確認なんだが・・・園崎、あれも乗ったことは・・・・」


「ない!今日が初めてだ!」


「・・・そうか」


容易にオチが想像できて溜息も出ない


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


よりにもよって最前列か・・・


園崎と二人、ジェットコースターに乗る順番待ちの列へと並び十数分後


係員の誘導に従い案内されたシートは先頭車両の一番前だった


視界の端で園崎の頬がヒクッと引き攣ったのが見えた


「園崎・・・、止めるならいまの内だぞ?肩、震えてんじゃねえか」


俺はそう言って中止を促すが、園崎は片頬を引き攣らせたまま首を横に振る


「く、くく・・・、何を言ってる経吾。僕が怖じ気づいてるとでも?・・・これは武者震いだ」


・・・青ざめた顔で武者震いもないもんだ


負けず嫌いの園崎の事だ。いくら言っても聞くまい


「やれやれ・・・」


そうこうしている内にシートに身体を固定される


注意事項のアナウンスが流れ、動き出すコースター


レールに沿い急角度で上っていく


さっきのは垂直に落ちるだけだからすぐに終わったが、これはある程度の時間走り続けるものだ


「経吾・・・」


名を呼ばれ横を向くと、園崎がフッと微笑を浮かべサムズアップしてきた


微妙に涙目で・・・


「経吾・・・たとえこれから向かう先が地獄だとしても・・・

お前と共に堕ちていけるなら僕は・・・

ぎにゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


なんかのアニメのセリフらしきものを言いかけていた園崎だったが、最後まで言い終わる前にコースターが加速を始め・・・・後半は謎の悲鳴となった


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「フ、フヒヒ・・・、な、なかなかのスピードだったが『狂団』本部殲滅戦の折り、突入に使用した禁呪による特攻に比べれば・・・」


フラフラになりながらコースターを降りた園崎は、喘ぎながらそう言って強がる


「ああ、そうだったかもな」


そんな園崎に俺は適当に相槌を打つ


「こふんこふん・・・あー、ところで経吾。そろそろ・・・空腹を覚える頃じゃないか?」


「ん?ああ、そう言われれば少し腹へったかも」


園崎の言葉に園内の時計へと目を移すと、その針はすでに正午を回っていた


久しぶりの遊園地が、意外にもかなりの楽しさで・・・すっかり時間の経過など忘れていた


「どうする?売店で何か買って食べるか?」


俺は近くの売店へと目をやりながらそう提案した


ぱっと見た感じ、ホットドックなど軽食の類いが売られているようだ


「うむ・・・まあ、それも悪くはないが・・・えっと、その・・・」


しかし、俺の問いに園崎はそわそわと目を泳がせながら答えを濁す


「ん?レストランぽい建物もあるみたいだから、そこのがいいか?」


「いや・・・その・・・えーと・・・・・・」


別の選択肢を提案するものの・・・それにも明確な返答はない


どうかしたのだろうか?


いつも即断即決の園崎にしては珍しい


俺は返事を急がせることはせず、そんな園崎のちょっと貴重な様子をただ黙って観賞しつつその答えを待った


やがて園崎は逡巡するように目をさ迷わせた後、思い切ったように口を開いた


「じ、実はね・・・・今日、お弁当作ってきたんだ。一緒に・・・それ、食べよ?」


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



園崎と二人、並んで歩きながら、俺はペットボトルのお茶を飲み下し内心の緊張を解す


手作り弁当・・・


それも好きな女の子の手作り弁当だ


男子であればこれがどれほどテンションの上がることか言わずとも分かろう


俺は今にもニヤけ出してしまいそうな表情筋の手綱を引き締め、努めて平静を装った


そうしながら、ちらりと横目で園崎が手にしたバックを伺う


このバックは遊園地に着いてすぐ、園崎がコインロッカーへと預けていたものなんだが、俺はてっきり『術式』とやらに使う道具なんかが入ってるんだとばかり思っていた


その中身に対し、俺は密かに戦々恐々としていたのだが、実際はまるで対極に位置するようなそんな素敵アイテムだったとは


「せ、折角だし、芝生の上で食べない?」


「そ、そうだな。あの辺の木陰になってる辺りが、いいんじゃないか?」


園崎の提案に俺は一も二も無く同意する


芝生のそこここで家族連れやカップルなどが弁当を広げている


俺達もその中の空いたスペースへと場所を取った


「ちょっと待ってね、けーご」


そう言うと園崎はバックから折り畳んだ布を取り出すと、それを広げて芝生の上へと敷いた


それはアウトドア用のラグらしく、ちょうど二人くらいがゆったり座れるくらいの大きさだった


「用意いいな、園崎」


「ふふん、全ては想定内のことだ」


俺の言葉に得意げに胸を反らす園崎


「まあ、靴を脱いでゆっくりするがいい」

「おう」


園崎に促されスニーカーを脱いで布の上に腰を下ろす


ふう・・・


靴を脱いだだけで、とてもくつろいだ気分になれる


いまさらながらに園崎の気配りの細やかさに感動を覚える


甲斐甲斐しいその姿は、周りからは俺のカノジョにしか見えないことだろう


手を繋いで歩いて、一緒に乗り物乗って、そのうえ手作りの弁当まで・・・


これはもう『デート』と呼んで差し支えないんではないだろうか?


俺は顔面の筋肉が緩まないように細心の注意を払いつつ、心の内はデレデレと弛緩しまくった状態で園崎の姿を眺めていた


バックから箸やおしぼりなどのあと、最後に布に包まれた箱状の物が姿を現す


俺の目にはそれが輝きを放っているようにすら見えたが、それは自分が涙ぐんでいるんだと気づいて慌てて目元を拭う


「沢山作ってきたからね、遠慮なくいっぱい食べて?」


園崎がそう言って包みを解くと、中から出てきたものは『弁当箱』というより・・・『重箱』だった


「す、すごいな・・・こんな沢山・・・作るの大変だったろ?」


「えへへ・・・早起きして作ったんだよ?・・・けーごに食べて貰いたくて・・・」


ふぐっ!?


なんか刺さった!


『ハートの矢』的なモノが!


俺の心にクリティカルな感じで!


俺は爆発的に沸き起こった園崎を抱きしめたくなる衝動を必死に押さえ込む


なんて攻撃力だ


これ以上は持ちこたえる自信がないぞ


勢いのまま、玉砕も厭わず想いを告白しちまいそうだ




・・・落ち着け、俺



園崎は『親友としての俺』の為に作って来てくれたんだ


それを履き違えるな


・・・よし、少し収まった


「開けてみて。デコレーションにもかなりチカラ入れたんだよ」


「お、おう」


園崎の言葉に促され、重箱の蓋へと指先をかける


・・・妙な期待感と緊張感で手が震えてきた


デコレーション・・・って、盛り付けってことだよな・・・まさか!?


脳裏に・・・ベタな感じの予想映像が浮かんだ


弁当箱いっぱいに、桜でんぶかなんかで描かれたピンクのハートマーク・・・


海苔とか胡麻で形取った『LOVE』の文字・・・




まてまてまてまて


どこのラブコメだよ


そんなこと現実にあるわけねーだろ


あまりにもバカバカしい自分の願望に呆れ果てるぜ




・・・・・・・・。




ちらりと正面に座る園崎の顔を見る


園崎は・・・俺と目が合うと僅かに頬を染め、恥ずかしそうに目を伏せた




・・・なに、その反応?


まさか・・・


もしかすると、もしかするのか!?



どくん どくん どくん どくん・・・



どんどんと心拍数が上がっていく


これは・・・期待してもいいのだろうか


いや、落ち着けって、俺


だけど、この園崎の表情は『恋する乙女』のそれじゃないのか?


わざわざ手作りの弁当なんて『愛』が無きゃ出来ないモノじゃ・・・


宥めようとする理性を大きく上回り、膨らみ・・・上昇を続けていく期待感


俺は・・・深呼吸したあと意を決してその蓋を・・・開けた



こ、これは・・・・・!?



蓋を開けた重箱の中身



覗き込んだ俺の目に飛び込んできたものは・・・


色とりどりの食材で描かれた見事なまでの・・・








魔方陣だった





「ど、どう?けーご。結構凄いでしょ?かなりの力作なんだよ」


園崎が両頬に手を当て、照れ照れと身をよじらす


俺は・・・先刻のフリーフォールをも上回る程の落下感を味わっていた


「こふん、料理は見た目も大事だが一番重要なのは味だ。・・・もちろんそちらも手を抜くことなく全力を出したつもりだ。さ、さあ、食べてみてくれ」


園崎が上擦った声でそう促してくる


ま、まあ見た目はアレだが・・・これが『手作り弁当』であることに変わりはない


多少奇天烈な盛り付けだが、要するにこれは『ちらし寿司』だろう


園崎の料理は何度か口にしてるから、そういう意味では不安は無い


俺は気を取り直し、箸を持ち直して重箱へと向き合う


そして一口分をつまみ取り、口の中へ・・・



「!?」



「ど、どう?けーご・・・」



箸を口に入れた体勢のまま動きを止めた俺を、園崎が不安そうな瞳で見つめてくる



「う、う、う・・・・・・・美味ぁああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!!!!!」




なんだこれ!?


口に入れた途端に視界に写るもの全てが極彩色に輝いたような錯覚を覚えたぞ!?


あ!これ前にテレビで、料理アニメの演出で見たよ!


あれ見てた時は『食い物食ったくらいでそんななるわけねーだろ』って思ったけど・・・あれ本当だった!!


今、宇宙見えてるもん



美味!美味!!美味!!!



俺は取り憑かれたように重箱の中身を口の中へと掻き込んだ


「うぐっ!?・・・ごふっ!ごふっ!」


しかし、夢中で頬張り続けた結果、俺は喉を詰まらせてしまい、咳込んだ


「大丈夫けーご!?ほら、お茶」


「さ、サンキュ・・・」


差し出されたお茶のペットボトルをあおり、飲み下す


「はあ・・・ひと心地ついた・・・」


「そんな慌てて食べなくてもいいんだぞ、けーご」


そう言って嬉しそうな表情でくすくすと笑う園崎


「わ、悪い・・・。美味過ぎてつい食うのに夢中になっちまった」


「あはは、でもよかった。けーごの口に合って」


「俺の口に・・・っていうか誰だって美味いって言うとおもうぜ、これ」


材料にヤバいクスリが入ってるって言われても信じるくらい異常な美味さだ


改めて園崎の料理の腕前に感嘆を覚える



「ほんと園崎っていい嫁さんになれると思うぜ」


「・・・・・・・へっ!?」


思わず口をついて出た月並みな俺のセリフに園崎が目を円くする


・・・しまった。こういう場面でのお約束セリフを無意識に口走っちまった


でもまあ・・・『中二病さえ直れば』って枕詞がつくんだけどな


「・・・そんな・・・けーご、なに言って・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、『親友』と『嫁』は同義語みたいなもんだけど・・・・・・」


俺のベタな褒め言葉にも園崎は照れたように俯き、何やらモゴモゴと言っている


「あれ?・・・・・これ、2層になってるんだな」


食べかけになったちらし寿司の断面を見た俺は、真ん中辺りで上の層と下の層に分かれていることに気付いた


芸、細か過ぎだろ


具材豊富な上の層に比べ、下の層はシンプルに薄桃色と白で彩られているようだ


「こ、こふん。よく気が付いたな、けーご。それはいわば『裏の魔法陣』。・・・いや、隠された『真の魔法陣』とでもいうべき物だ」


無駄に手が込んでるな・・・でも、見れないのは少し残念かも


「どんな模様だったんだ?」


「う、・・・・それはその・・・・・・し、『心臓』をモチーフにした意匠のデザインだ」


・・・・・・・心臓・・・・・ね。見れなくて正解だったのかも


園崎の事だ。その『心臓』ってのも無駄にリアルだったかも知れない



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ふう・・・。ご馳走さま、園崎。スゲー美味かったぜ」


「くふ。お粗末さま」


二人で仲良く重箱をつつきあった結果、程なくそれは空になった


「よし、腹拵えも済んだし、午後も目一杯遊・・・・部活に勤しむぞ、けーご」


「ああ・・・」


ザシュッという効果音とともに立ち上がる園崎に続き、俺もやれやれと腰を上げる


「さあ・・・次なる試練だが・・・さて・・・」


そんなセリフで目をつむり顔に手をやるポーズを決める園崎


これが無ければ文句なしの美少女なのに・・・残念なことこの上ないな


俺は苦笑しつつ園崎の次なる言葉を待った


「次なる我等の試練は・・・あれだ!次はあれに乗るぞ、けーご!」


「待てぇえ!?」


ズビシッっと指差すポーズを決める園崎に俺は瞬時にツッコミを入れた


園崎が指差した先にあったものは・・・ブランコ状の座席に乗って遠心力でぐるんぐるんするタイプのものだった


「いやいやいや、ちょっと待て園崎!?いまこの状態で腹にGなんかかけてみろ?取り返しのつかない事態になるぞ!?」


俺は容易に想像のつく地獄絵図を脳裏に浮かべ、園崎の浅慮ともいえる行動計画に異を唱える


「うむっ!?確かに・・・そう言われればそうか・・・さすがクロウ、的確な状況予測だ」


どうやら園崎は俺が抱いた懸念を理解してくれたようだ


「僕としたことが・・・つい功を焦ってしまったようだ・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

手作り弁当から一気に畳み掛けるように親密度アップって思ったのに

・・・・・計画の進行を焦るあまり取り返しのつかない事態を招く

ところだった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

万が一『リバース』などという事態にでもなっていたら

ロマンチックなどとは程遠い雰囲気に・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

計画に致命的な齟齬が生じることになっていたかも・・・・・・」


ブツブツと呟きを漏らす園崎を横目に、俺は悲劇的な未来の可能性を摘み取れたことに安堵し胸を撫で下ろした


いくらこれがデートではないとはいえ、わざわざせっかくのイイ雰囲気に水を差すことはないだろう



なら・・・・よし!


「園崎、それじゃあさ、『観覧車』とか乗ってみないか?」


俺は思い切って、そう園崎に提案した


あの大観覧車はここの名物だし、実は何回か園崎が視線を送っていたのを俺は気付いていたのだ


「・・・・・・・・・・・・・・・。」


「園崎?」


「けーご、じゃあ『ミニ鉄道』に乗ってみない。まったりと園内一周ってのも悪くないと思うんだ」


「え?・・・・ああ・・・・・・・うん」


あれ?・・・なんか・・・意図的にスルーされた?


園崎の反応は俺の提案などまるで聞こえてなかったかのように不自然なものだった


俺・・・なんかマズいこと言っちまったか?


園崎、観覧車の事かなり気になってる風に見えたんだけど・・・


「ほら行こうよ、けーご」


「お、おう・・・」


俺は今ひとつ腑に落ちないものを感じつつも、この件を棚上げすることにして園崎の背中を追った


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「フッ・・・・なかなかの出来だったが・・・我等が前世で味わった恐怖に比べれば子供騙しというべきものだな」


そんなセリフで嘯く園崎に俺はお決まりの苦笑を向ける


俺達は小型のSL列車に乗ってまったり園内一周したあと、古式ゆかしいお化け屋敷に入ったんだが・・・


やっぱり園崎はホラー系が苦手らしく、いつかの映画の時みたいに、怯えてキャーキャーと泣き叫んだ


自分から誘ったくせに、入って早々足が竦んで動けなくなってしまった園崎のことを、俺は抱えるようにして何とか出口まで連れて来た


まったく・・・しがみついてくる園崎の身体を支えて歩くのはホント一苦労だったぜ


だから頭頂部辺りの髪に鼻先が埋まってしまった時、思わずクンカクンカしちまったり腰を支えた時、その下の柔らかい部分に何度か指先が触れてしまったりしたのは不可抗力であり俺が費やした労力への正当なる対価なのだ


・・・まあ、それはそれとして


お化け屋敷から出た園崎はしばらくの間、例によって顔を伏せプルプルと震え行動不能に陥った


そしてその状態から回復すると先程のセリフで自分の失態を取り繕い、虚勢を張る


怖がりなのに負けず嫌いなんだよな・・・


「さあ、次はどれに行こうか・・・よし!あれにしよう。行くぞ、けーご。ついて来い!!」


「え?・・・お、おい待てって」


まったく懲りることなく新たな絶叫系の乗り物に向かって園崎が走り出す


俺は慌ててその背中を追った


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「・・・ふう、園崎の奴・・・なんか吹っ切れた・・・ってゆーか振り切っちまったみたいだな・・・」


俺はひとり入った男子トイレ内、水道で手を洗いながら先程の状況を思い出していた


「くふ・・・あは・・あはは・・・・あははははははは・・

あははははははははははははははははははははははははは

ははは!!!!!!!!」


今日、何度目かの絶叫マシン


スピードが乗ってきたあたりで隣に座る園崎が突然笑い出した


「あははは・・・なにこれ?・・・ははははは・・・笑い・・・

止まんない・・・・・・あはっあはっ・・・・G・・Gがかかる

・・・あはっあはっあはっあはははははははははははははははは

はははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


・・・何度もGに晒された肉体的負担とスピードからの恐怖による精神的負担が、ピークを越えたことにより脳の防御機能的な何かが発現した・・・ってとこか?


ハンカチで手を拭きながら俺は自分の分析をそう結論付けた


それにしても・・・今日やるって言ってた『術式』っていつになったらやるんだろう?


トイレから出て空を見上げると太陽はだいぶ傾いて、既に夕闇の迫る時刻だ


場所やタイミングが難しい、なんて事を言ってたし、今日はこのままやらないで解散・・・て流れになるのかな?


まあ、俺にとってはその方がありがたいけど・・・


でも園崎はかなり意気込んでたみたいだから、それはそれで気の毒な感じもする


好きなコの為なら多少の恥ずかしさくらい堪える覚悟は出来てるつもりだし


そんな事を考えながら俺はこの辺で待ってて貰ってる園崎の姿を探した


お、いたいた


近くの売店に園崎を見つけ、歩み寄る


園崎はそこで何かを買っていたようで小さい紙袋と財布をバックに仕舞った


「よ、お待たせ。なに買ったんだ?」


「あ、けーご。・・・・・う、うん。ちょっとね・・・」


俺が尋ねると園崎は少し顔を赤らめ曖昧な返事を返す


その反応に購入物が何なのか、ちょっと気にはなったが・・・しつこい奴は嫌われるものだ


俺はそれ以上の追求は止めて話題を変えることにした


「ところで今日は何時頃までここで遊・・・じゃなかった、部活するんだ?帰りの時間とか考えるとあと1、2時間くらいか?」


「う、うむ・・・そうだな・・・」


俺の問いに園崎は眉を僅かに寄せる


そしてチラリと園内の時計を確認したあと


「そろそろ・・・・か。・・・・えと・・けーご・・・」


「うん?」


「・・・最後に・・・あれ・・・乗らない?」


そう言って指し示す指の先にあったものは・・・あの大観覧車だった


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


係員の女性から簡単な説明と注意事項を受けて箱状のゴンドラへと乗り込む


そして、俺達はお互い向かい合うかたちで座席へと腰を下ろした


中には程よく冷えた空気が満ちていて、涼しくて心地好い


「おぉ・・・冷暖房完備って言ってたけどホントだな」


「・・・ん」


「まあ、これ一周、約20分くらいらしいからな。冷房なかったらそんな時間、夏場にこんなとこ閉じ込められたら熱中症になっちまうか」


「・・・ん、・・・そうだね」


「・・・・。」


園崎は心なし緊張してるのか口数も少なめだ


この観覧車はスピード自体は早い物じゃないけど高さでいうと、ここの遊具で一番高い


単純に高い所が苦手なのかもな


だったら何も無理して乗らなくてもよかったのに、とも思うが・・・・


だけどここを指差した時の園崎の表情はどこかこれまでと違って見えた


何ていうか・・・なにかを決意したような・・・『覚悟』のようなものが感じられた


そんな園崎のどこか神妙な雰囲気に、俺も言葉を発するのが憚られ無言のまま窓の外を眺める


チラリと・・・横目で園崎の横顔を覗き見る


・・・ああ、やっぱ目茶苦茶かわいいな


夕暮れの陽の光にオレンジ色に染まって・・・・まるで一枚の絵画のようだ


特にそのふっくらとした唇は艶めき輝いて・・・なんともいえないエロティシズムを感じる


俺がしばらく見とれていると、やがてその唇がゆっくりと開き言葉が紡がれる


「・・・・ほら、下を見てみろ経吾・・・」


「ん?」







「・・・・人が・・・・まるでゴミのようだ」





・・・・・・。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



これか!?


このセリフか!?


このセリフが言いたかったのか!?


その為だけにこれに乗ったんだな!?



神々しいまでに美しい画面と、残念すぎるセリフのギャップがハンパねえ・・・・


俺は全身を弛緩させる、かつて無い脱力感に襲われた


・・・まあ、このセリフは高いとこ登った時のお約束みたいなもんだ


そういえば前に姉さんの口からも聞いた事がある


園崎の中二病を考えたら容易に想像がついたはずなのに・・・俺はデート気分に浸っていてそこに考えが至らなかった


思わず苦笑が漏れる


お陰で変に緊張してたのがいい感じに気が抜けた


ホント、飽きない奴だ


恋人になりたい願望はいまだ強く持ってはいるけど、この程よい距離感もなかなか心地好い


今のままが・・・一番いいのかもな


俺はそんな消極的ともいえることを考えながら、ぼんやりと園崎の横顔を眺めた


周囲のオレンジ色が濃くなる


傾いた太陽が山の稜線へと沈みゆこうとしていた


反対側では照り映えた海面がキラキラと輝いている


観覧車もそろそろ最頂部へと差し掛かるこのタイミングで、奇跡的な大パノラマが展開されていく


俺はかつてない美しい情景に・・・・そして、それをバックにした園崎の横顔に・・・息を飲んだ


不意にその顔が・・・俺へと向き直る


「・・・経吾」


「え、なに?」


「・・・い、いまから・・・じゅ・・『術式』を・・・行いたいと、思う・・・・いいか?」


「・・・お、おう」


僅かに緊張の響きを含んだ上擦った声音に、俺は思わず背筋をピンとさせる


・・・いよいよか。まさかここにきて例の『術式』とはな


急な展開に多少鼻白むが・・・前以て覚悟してた事でもある


腹を括ろう


「わかった。で、俺はどうすりゃ・・・・い・・い・・・」


出した声が思わず尻窄みになる


正面に座った園崎が無言のまま立ち上がり・・・俺の左隣に座ってきたからだ


園崎のいきなりの接近に俺は言葉を失い、思考が停止する


俯き・・・その瞳を揺らがせたあと・・・真っ直ぐに俺を見つめてくる園崎


いつになく真剣な眼差しに俺の心臓がとくんと脈打った


吸い込まれそうな・・・綺麗な瞳


夕焼けのオレンジ色を帯びて・・・その奥深くに小さな焔が燻っているようにも見える


その焔の色が・・・先程まで見えていた躊躇いの色を塗り替えていく


「じゃあ・・・『術式』を・・・始める・・・」


「あ、ああ・・・」


園崎の瞳にはもう躊躇いは見えず、その言葉には不動の意思が宿っていた


これは・・・自分の世界に入ってる時の園崎だ


自らが設定したキャラの人格が乗り移ってる・・・

強力な自己暗示にかかった状態


「・・・これから行う『術式』は【同調チューニング】・・・

我々二人の身体を流れる魔力回路の同期を図ることを目的とする術式だ・・・」


「魔力回路の・・・同期?」


なんか・・・よく解らんが言われた通りに動けばいいんだよな?


「・・・経吾、まず・・・左腕をボクの背中側に回してくれ」


「こ、こうか?」


俺は指示通り片腕を園崎の身体の後ろへと動かす


「・・・そうだ・・それで掌は・・・こうやって・・肩の位置に

・・・・・・・右手は・・・そうだな・・・この辺に添えてくれ・・・」


園崎に言われるがままに体勢を変える俺だが・・・


えっと、これは・・・


結果的に・・・・・まるで園崎の身体を抱きしめるような状態になってしまった


小さな肩を包み込むように抱いた左手


腰の下あたりへと添えた右の手の平


「・・・あの、園崎?」


困惑する俺の目の前に園崎の端正な顔がある


こんな体勢だけにその距離は唇から漏れる吐息が感じられるほど近い






「次は・・・・・・ボクの唇に・・・・・









・・・・経吾の唇を・・・・重ねて」




・・・・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?



え?え?え?


「園崎?・・・なに言って・・・・」


知識として言葉の意味は解るはずなのに・・・理解が追い着かない


真意を問おうと園崎の表情を伺うが・・・


既に両のまぶたは閉じられたあとだった


え?・・・ちょっと待って・・・・・・・・・マジですか?


目をつむり軽く唇を突き出した園崎の姿はこの上なく無防備で・・・・


俺の中の征服欲を瞬時に沸き立たせる


『チューニング』・・・っていうか『チュー』じゃねえか!?


いいのか?


いや、マズいだろ?


でも・・・こんなチャンス・・・・二度とないぞ


いや、良いわけがない。こんな形でキス・・・・・するなんて


俺の道徳観はそう結論付ける




だが・・・拗らせまくった園崎への片想いの感情はそんなものを軽く吹き飛ばした


俺は・・・


園崎の唇へと・・・・








自分のそれを重ね合わせた







全身に電流が流れたような気がした





初めて感じる女の子の・・・園崎の唇・・・・・・



柔らかい!

柔らかい!!

柔らかい!!!



唇から伝わる甘美な感触に脳が蕩けていく・・・・・


「・・・・・ん・・・」


微かに動いた園崎の唇の隙間から・・・甘い吐息が漏れる


それに続いて・・・柔らかな舌先の感触が・・・・・・・・・・って!?



さらなる予期せぬ展開に俺は面食らい、園崎との『接触』を解く


目に映った園崎はとろんとした表情で・・・


軽く開いた口の隙間から見える舌がなまめかしく光った


「・・・・ダメ・・・だよ・・・けえご・・・まだ・・・

『術式』・・・完了して・・・ない・・・・・」


「・・・・え、でも・・・・・」


「と、途中で・・・中断・・・すると・・・・・・・

た、大変なことに・・・なっちゃう・・・・・」


「大変な・・・こと?」


「う、うん・・・えっと・・・術の・・・・・暴走?・・・

的な?・・・・・・と、とにかく・・・大変なの・・・・」


「そ、そか・・・大変なことになったら・・・大変だな・・・」


「そーだよ・・・大変・・・だよ?」


「じゃあ・・・・・・わかった・・・・」


自分でも何を言ってるかわからないが・・・・とにかく大変なことになったら大変だ


俺は『術式』を再開するべく、もう一度園崎の唇へと自分のそれを重ねる


再び全身が痺れるような快感に包まれる


園崎の唇・・・吐息・・・舌先・・・その全てを余すことなく味わい尽くしたい・・・


俺は・・・その欲望を満たすことに夢中になり




園崎の唇を貪る行為に溺れていった



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「・・・さま。・・・・おきゃ・・ま・・・・・」


誰かの声が聞こえる


「・・・・くさま・・・・・。・・・・きゃ・・・ま・・・」



・・・うるさいな。今、いいとこなのに・・・・・




「・・・さま。・・・・・もうし・・せん・・・」




・・・だから、うるさいって




・・・・・・・。




「・・・・申し訳ありません。お客様」



・・・・・。


・・・・・・・。


・・・・!!!???


現実に引き戻された俺はびくりとして振り返る


そこにいたのは・・・


気まずそうに視線を泳がせる女性


えっと・・・この人は確か・・・


そうだ、さっき観覧車に乗る時、注意事項とかの説明してくれた係員さん・・・



あれ?



自分の置かれた状況をだんだん理解してきた俺の全身から・・・

一気に汗が噴き出す


ハッとして前に向き直ると・・・


そこには茹で上がったように真っ赤な顔でくったりした園崎


「あの・・・お客様・・・・」


その声にもう一度振り返ると、女性係員さんは気まずそうに目を逸らした


「申し訳ありませんが、しゅ、終点ですので・・・降りて・・・頂けますか?」


え?


あれ?


いつの間にか・・・地上に着いてた・・・?




「す、す、す・・・・・




すみませんでしたああああああああああああああああ

あああああああああああああああああああああああ

!!!!!!!!!!!!」



俺は叫ぶようにそう言いながら、ぐにゃぐにゃになった園崎の身体を抱えるようにして観覧車から飛び降りた


(つづく)

【あとがき】

皆様お久しぶりです。

お待たせして申し訳ありませんでした。約4ヶ月ぶりの更新です。

夏の間は暑くて全く文章を考える気力が湧かずダラダラして過ごしておりました。


なにはともあれ、やっとこのエピソードまでこれました。


『ファーストキスは夕暮れの観覧車の中で10分にわたるディープなやつ』


…っていうシチュエーションは一番最初に設定したネタだったので3年かけてやっと書けました


この状況に至るまでには積もり積もった抑圧がないと…という考えでのことだったんですが…少々引っ張り過ぎましたかね


でも、そんな濃いーのしといてもまだ『恋人』じゃないという状況


『恋人』『親友』


そんなものは所詮言葉によるだけの分類


二人の実際の関係は…どういうものなんでしょうかね


また更新が遅れるかもしれませんが次回もよろしくお願いします


PS.解説するまでもないと思いますが・・・「心臓」=「Heart」って事です。念のため。


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