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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘  作者: 橋本 直
第二十章 甲武軍内での動揺

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第90話 この腐りきった国で

 醍醐はなんとか嵯峨をこの場に引き留めようとその肩を掴んだ。


「彼女達にこの腐った甲武を渡すつもりは無いはずですよ!あなたにも良心と言うものがあるはずだ!」 


 そう言って笑ってみせる醍醐だが、嵯峨はまるで関心が無いというようにタバコをもみ消して缶の中に入れると再び新しいタバコを取り出して火をつける。


「別にカント将軍がどうなろうが知ったことじゃないんですよ、うちとしては。(はりつけ)だろうがさらし首だろうが好きなように料理していただいて結構、気の済むまでいたぶってもらっても心を痛める義理も無い。だが、二つだけどうにも譲れないことがあって今回の作戦には賛同できないんですよねえ」

 

 嵯峨の目がいつもの濁った目から鋭い狩人の目に変わった。そこに目を付けた醍醐は静かに、穏やかに、一語一語確かめるように口を開いた。


「アメリカ軍の介入と現在行われているバルキスタンの総選挙が成立するかどうか……と言うことですか」 


 嵯峨はまるで反応する気配が無かった。醍醐は嵯峨家の家臣としてこれまでも嵯峨の様子を見てきたと言う自信があった。だが今、醍醐の前にいる嵯峨はそれまでの嵯峨とは明らかに違う人物のように感じられた。


 残忍で、冷酷で、容赦の無い。かつて嵯峨惟基という男が内部分裂の危機を迎えた遼帝国に派遣されて『人斬り新三』と呼ばれた非情な憲兵隊長だったと言う事実が頭をよぎる。そしてその死んだ目つきが醍醐に突き刺さった。


「同盟司法局が取っている対抗措置を教える代わりに、甲武陸軍がどこまでバルキスタンの内情を把握してるか教えていただけますかね。情報のバーター取引。悪い話じゃないと思いますが」 


 そう言って口元だけで笑う嵯峨の姿に醍醐は恐怖さえ感じていた。


 醍醐は沈黙した。いくつかの甲武陸軍情報部所属の潜入部隊からのデータで司法局の動きは手にはしていたが、その多くは嵯峨が甲武と米軍の展開しようとしている作戦の妨害に同盟司法局が本気で動き出していると言う事実を示すものばかりだった。


「まず言いだしっぺと言うことで。司法局じゃあすでに公安機動隊が動いて三人の現役の甲武陸軍の士官の身柄を確保していますよ」 


 嵯峨の言葉は醍醐が作戦立案の責任者だった彼の腹心高倉大佐からの報告と一致していた。


「付け加えるとそちらには米軍からは話は行ってないと思いますが、バルキスタンアメリカ大使館付きの将校がバルキスタンのイスラム系武装組織に拉致されたのを取り返したのも……まあ私の同僚のお手柄と言うところですか……」 


 嵯峨の口から煙が天井に向けて煙が吐き出される。それを見ながら醍醐も久しぶりのタバコの煙を肺に吸い込んだ。手にしたタバコの先に醍醐は震え感じた。その視線の先には相変わらず殺気を放つ嵯峨の瞳があった。確かにすでに司法局の特務機関の隊長である安城秀美少佐の部隊が動いていることは醍醐も把握していた事実だった。


「だが、我々としては引くわけには行かない。その事情もわかってほしいものですね。事は甲武だけの問題ではなくなってきている。地球との関係の改善。これは甲武国の国益として譲れない一線です」 


 そう言った醍醐の額には汗がにじんでいた。


 譲歩をする余地はお互い無いことはわかっていた。バルキスタンでのエミール・カント将軍の略取作戦が急がれる理由くらい嵯峨が読めないわけが無いことは醍醐も知っていた。


 二人の間には三十センチの空間も開いていないと言うのに、二人の立場にはこの遼州から地球への距離よりもさらに遠い開きがある。そのことだけは二人とも自覚していた。



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