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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘  作者: 橋本 直
第二十章 甲武軍内での動揺

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第89話 かつての『被官』との取引

 甲武国の象徴とも言える金鵜殿(きんうでん)


 その首都鏡都の中央に鎮座する数千ヘクタールと言う巨大な庭園付きの宮殿こそが、甲武の意思決定機関である『殿上会』の舞台であった。


 その建物はすべての木材を遼帝国からわざわざ運ばせて建造され、その増築には百年の時間がかかったと言う。そのこの国の象徴とされる『御鏡(みかがみ)』を祭る贅を尽くした建物の中で甲武国のすべてが決定される。それはこの四百年の間変わることが無く続いてきた。


 甲武国にはテレビやラジオが無いので、主に新聞や雑誌の記者達のカメラのフラッシュが焚かれる中、西園寺義基首相はじめとする『殿上人』達が次々とその漆で塗り固められた門を高級車に乗ってくぐっていく。中にはわざわざ牛車(ぎっしゃ)に乗って現れる貴族も居る。そんな時代めかした雰囲気の中『殿上会』は始まろうとしていた。


 そんな光景を傍目に、嵯峨惟基は黒い公家装束に木靴と言う平安絵巻のような姿で手にタバコと灰皿代わりのマックスコーヒーを持って通用門そばの喫煙所でタバコをくゆらせていた。そこに一人の甲武陸軍の将官の制服を着込んだ男が近づいていた。


 その鋭い視線の壮年の男は、嵯峨に大げさに頭を下げた。頭を下げられることが嫌いな嵯峨は明らかに嫌な顔をする。


「醍醐さん。もうあなたは私の被官じゃなくなるんだからそんな態度を取られても迷惑なだけですよ。頭を下げるならかえでの奴にしてください。俺はもう知りません」 


 そう言いながら嵯峨は手にした安タバコを転がした。いつもならその醍醐文隆陸軍大臣は表情を緩めるはずだったが、嵯峨の前にある顔はその非常に複雑な心境を表していた。


「確かに法としてはそうかも知れませんが、主家は主家。被官は被官。分際を知ると言うことは一つの美徳だと思いますがね。内府殿はどう思われるかしれませんが、私はそう考えます」 


 醍醐の口元に皮肉を込めた笑みが浮かぶ。醍醐は西園寺義基の理想に感銘を受けて同志として軍内部で活動している典型的な『民派』の貴族だったが、彼自身はあくまで伝統にこだわる男だった。主家は主家、家臣は家臣。分際をわきまえることこそが美徳だと教育され、彼自身もそれを信じていた。


「なるほど。忠さんや高倉が嫌な顔していたわけだ。つまり今度のバルキスタンでの国家憲兵隊とアメリカ陸軍非正規部隊の合同作戦の指示は大臣の意向で動いてるってことですか……」 


 そう言うと、嵯峨はタバコの灰を空になったマックスコーヒーの中に落す。


「近藤資金。甲武軍が持っていたバルキスタンの麻薬や非正規ルートを流れるレアメタルの権益を掌握する。なんでこの作戦に同盟司法局が反対するのか私には理解できないのですが。あれは西モスレムが独占していていいものではありません。あれは遼州共有の財産です。それは有効に使われるべきだと考えますが、いかがでしょうか?」 


 そう言うと醍醐は手を差し出した。仕方が無いと言うように嵯峨は安タバコを醍醐に一本渡す。


「別に私はエミール・カント将軍に頼まれたわけじゃないんですがね。むしろ同盟議会の知らないところで話が進んでたのなら口を挟む義理も感じなかったでしょうがね。同盟議会も甲武の軍の動きを知ってしまった。そしてその背後に誰が居るのかも……そうなると同盟司法局としては甲武の独走を黙って見逃がす訳にはいかなくなる。そんなところです」 


 嵯峨はそう言い切ると静かにタバコをふかした。二人の見ている先では、初めての殿上会への参加と言うことになる西園寺首相の次女、かえでが武家装束で古い型の高級車から降りようとしているところにSPが立ち会っているところだった。


「来ましたよ、醍醐さんあなたの新しい主君だ。せいぜいかわいがってやってください。叔父としてそしてこれからは義父(ちち)として言えることはそれくらいですかね。バルキスタンの件、俺は絶対に醍醐さんの提案は飲めませんので。じゃあ」


 嵯峨はつれなくそう言っていつもの乾いた笑みを浮かべた。



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