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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘  作者: 橋本 直
第十五章 説得に来た来客

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第66話 ベルルカンに関心を持つ『米帝』

「アメリカ軍。しかも陸軍に新の字がトラウマ抱えとるのはよう知っとるが、それは私情なんと違うか?昔から『政治に私怨を入れたらあかん』ちゅうのがお前の主義やろ?」 


 赤松は上目遣いに嵯峨を見上げてくる。だが、ゆっくりと嵯峨は首を振った。


「遼州同盟司法局の実力行使部隊というのがうちの看板だぜ、頭越しにそんなことを決められたら同盟の意味がなくなるじゃないの。アメリカは昔からあそこに手を出したがっていた。何度も言うがそれを抑えてきたのは遼州の犯罪は遼州が裁くと言う原則を貫いて来たからだ。それを遼州の有力国家である甲武が宰相貴下一斉にその原則を潰そうとするというのが俺には理解できないよ」 


 嵯峨はそう言って笑って見せるが、赤松はその笑いがいつも嵯峨が浮かべている自嘲の笑いとは違うものであることに気づいていた。明らかに悪意を持っている笑み。まだ嵯峨が遼帝国の亡命貴族として出会った時からその独特の表情をよく知っていた。


「それに『近藤事件』はもう終わったことだ。それをどうこうしてもはじまらないよ。甲武の官派の残党がいくら金をもらってたかしらないが、すでに証拠は隠滅済みだ。アメリカがどうバルキスタンの独裁官の職にあるエミール・カント将軍の口から兄貴の政敵を追い詰められる材料を拾えるかってところだが、まず俺は期待はできないと断言できるね……奴さんは原料生産までがお仕事。それを加工して店に出してたのは近藤の旦那だ。食ってる客の顔なんか見てる農家はいるかってえの」 


 嵯峨は赤松をにらみつけたまま煎茶を啜り、その香りを口の中に広げていた。


 一瞬、風の温度が変わった。都市近郊に設置された気温制御システムが夜のそれへと変わったのだろう。開いたふすまの向こうに広がる池で三尺を超える大きな金色の錦鯉が跳ねた。


「ほうか。じゃあお前さんはこのまま黙っとれ言うつもりか?汚れた金を使うて正義面しとるアホ共がぎょうさんおる言うのがわかっとるのに。ワシは黙っとれん!正直、そんなアホを全員どつきまわさな気が収まらん。そんなワシの性分を少しはわかってんか?」 


 赤松の眼が鋭く光る。湯飲みを口にする嵯峨の手元にそれは突き刺さる。茶を勧める老女が赤松から湯飲みを受け取る。中の冷めたお茶を捨て、新しく茶を入れていた。


「忠さん、私情を入れるなと言ったアンタが私情を入れてるぜ。誰もそんなアホを庇ってやるなんてことは一言も言っちゃいねえよ。いつかはけじめをつけてもらう予定だ。だが、けじめをつける面子にはアメリカ軍人はいらないな。いや、アメリカだけでなく遼州圏の住人以外はいちゃいけないんだよ」 


 嵯峨の言葉、そして赤松を見つめるその目はいつもの濁った瞳ではなく、殺気をこめた視線だった。赤松はようやく自分の説得が無駄に終わったことを感じた。


「ほうか、わかった。『人斬り新三』の手並みいうのを見せたってくれ。それと……今日来たんは他にも用があってな……実は貴子がな新三に久しぶりに挨拶したい言うとんやけど……」 


 そう言って相好を崩す赤松に嵯峨の瞳もいつもの濁った緊張感のない表情に変わった。貴子。赤松貴子。かつて軍の高等予科に所属していたときに憧れの美人と嵯峨も赤松も一緒になって盛り上がっていた女性だった。結局は赤松家に嫁ぎ、嵯峨はそのまま振られた感じを引きずっていた時期もあった。そんな甲武を代表する美女だった。


「貴子さんか。お前さんは相変わらず頭が上がらないらしいなあ。まああの人は昔からきつかったから」 


 嵯峨はそう言って笑った。貴子は今は亡きかつて二人の共通の親友の姉である。稀代の美女にして女傑と言われた彼女が赤松を尻に敷いていることを思い出しに嵯峨は下品な笑みを浮かべた。


「叔父上」 


 そう言って静かに廊下から入ってきたかえではそのまま嵯峨のそばに寄って内密な話をしようとした。


「いいぜ、別に。甲武海軍第三艦隊司令赤松忠満中将殿に内緒ごとなど無駄なことだよ。なあ!」 


 そう話を振られて少しばかりあわてて赤松が頷いた。


「では失礼して、ベルルカンの馬加(まくわり)大佐からの報告書が届いておりますが」 


 かえでの言葉に赤松は少しばかり頬を引きつらせた。


 現在、ベルルカン大陸には約三万の甲武軍の兵士が駐留していた。しかし、それはどれも二線級の部隊であり、馬加の指揮する下河内特科連隊のような陸軍の精鋭部隊が動いていると言う話は海軍の赤松には初耳だった。


「ああ、後にしろよ。時間はまだ来てはいないみたいだからな。それに仕事の話はもう済んだ。俺は面倒ごとは後に回す主義でね」 


 そう言うと嵯峨は立ち上がった。お互い年を取った。二人がかえでの報告で感じたのはそう言う実感だけだった。



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