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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘  作者: 橋本 直
第十一章 『特殊な部隊』のありふれた日常

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第50話 かなめの恐れる『母』

 隠れていたアメリアを追い返すといつまた戻ってくるか分からないアメリアに怯えながら誠はそのまますばやく着替えを終えた。そして廊下に出ると誰にも行き会わずにシャワー室に入った。


 『特殊な部隊』の男性隊員に朝シャンなどをする気取った人間は居ない。誠は誰も居ないシャワー室で体に染みついた酒の匂いを洗い落とすと、再び服を着て食堂に向った。


 食堂は出勤前の時間帯とあって込み合っていた。隊員達が食事当番から受け取っているトレーに乗ったスクランプルエッグが食欲を誘った。すでに早番の整備班員達は朝食を済ませて、食事の終わったトレーを食事当番の隊員に手渡しているところだった。


「かなめちゃんは味なんてわからない割には素材とかこだわるのよねえ。『このウィンナーソーセージには魚肉が入ってやがる』なんて。そんなの私は気にしないわよ。安けりゃいいじゃない。うちが予算が無いのは今に始まったことじゃ無いんだから。ここの安い家賃と食費だけでも感謝しないと」 


 そう言いながら緑色のジャケットを着たアメリアがちゃんとマスタードを塗りながらウィンナーソーセージを食べているのが目に飛び込んで来た。誠は食事当番から朝食の乗ったトレーを受け取ると彼女の隣に座った。


「そう言えば今日から隊長休みだったわよねえ。『殿上会』……一度見てみたい気がするけど。まあ、甲武国にはテレビもラジオも無いからその様子が全くの秘密に包まれてるってところもまた逆に好奇心をそそるのよね……かなめちゃんは警護で会場の近くまで行ったことが有るんでしょ?隊長は何をさせられるの?」


 情報通らしくアメリアの好奇心は人一倍の物があった。彼女もまたカウラと同じ人造人間『ラスト・バタリオン』なのだが、その自然な表情にはそんな暗い過去は一分も見ることが出来なかった。 


「知らねえよ、アタシは叔父貴の保護者じゃねえんだから。それにどうせ宰相と関白の代行をしている左大臣にかえでの嵯峨家の家格の相続をしたら叔父貴の仕事は終わりだ。そのために一週間も休みを取りやがって……本来アタシが『関白太政大臣』になればいろいろしなくちゃならない事が有るからそれを口実に倍は休めるのに……」 


 周りは半分も食べていないと言うのに皿の隅に残った卵のカスを突くだけになったかなめが答えた。休みを取りたいがために貴族の最高官位である『関白』になりたがるかなめに誠は呆れたような笑みを浮かべて答えた。


「殿上会。お前はで筆頭公爵の爵位を持っているんだから出ないといけないんじゃないのか?」 


 そう言いながらトマトを箸で掴むカウラをあからさまに嫌な顔をしたかなめが見つめた。彼女がここ遼州星系の第二惑星国家甲武国の四大公家の筆頭公爵の位を持っていることは誠も知っていた。


「誰が出るかって!出たくったってアタシの官位は未だ『検非違使別当』だから殿上会の会場に上がる権利はねえんだ。警備の仕事を押し付けられるのが関の山。それにあんな鼻持ちならねえ公家連中の相手なんて想像しただけで吐き気がするぜ。せっかく警護してやっているってのに頭の一つも下げやしねえ。全く癪に障る。ただ、関白になれば話は別だ。そいつ等はみんなアタシに逆らえねえ、それを想像すると最高の気分になるぜ」 


 そう言いながらかなめはテーブルに置かれたやかんから番茶を汲んだ。


「そう言って、殿上会に出たくないと言うのは口実で、実は康子様に会うのが嫌なんじゃないの?隊に入ってから一度も甲武には帰ってないんでしょ?それもすべてお母さんに会うのが怖いから……逆マザコンね」 


 アメリアのその言葉にびくりと震え、かなめは静かに湯飲みをテーブルに置いた。


「康子様?それがかなめさんのお母さんの名前ですか?」 


 不思議そうに誠はかなめの顔を見つめた。その名前を聞いてから確かにかなめの行動がどこか空々しいものになってきているのは誠もすぐに気づいた。


「そうよ、この甲武四大公筆頭西園寺かなめ嬢のご母堂様よ。まあ甲武国西園寺義基首相のファーストレディーと言った方がいいのかしら。別名『甲武の鬼姫』。まあ、『近藤事件』で法術の存在が明らかになるまでは知られていなかったけどランちゃんに匹敵する程度の法術師らしいから……法術がまるで使えないかなめちゃんが会いたくないのも分からなくはないわね」 


 タレ目で迫力が減少しているとは言え、明らかに殺意を込めた視線をアメリアに送りながらかなめは誠を引かせるだけの迫力があった。かなめはそのままの表情でゆっくりと番茶をすすっていた。


「別名、『遼州星系最強の生物』あの『人類最強』を自称しているクバルカ中佐も『甲武の鬼姫』の話をすると顔を曇らせる。つまり相当の実力を持った法術師だってことだ」 


 そう付け加えるとカウラは茶碗の中の最後のご飯を口に突っ込んだ。


「西園寺さんのお母さんがですか?クバルカ中佐に匹敵するほどの法術師……つまり『人類最強』クラスに強いんですか……そりゃあ逃げたくもなるわけだ。でも一応お母さんでしょ?僕も実家に帰っていないから人の事は言えないけどせめて電話くらいしてあげたらどうなんです?」


 誠はランが常に自分を『人類最強』で神か悪魔でも無ければ絶対に勝てると自称しているので、それと同じくらいの強さとなる母を持つかなめにある意味同情する他無かった。ただ、実力者を母に持つのは誠も同じなので、せめてもの母心として娘の声くらいは聴きたいだろうと誠はそう言ってみた。 


「電話?やなこった。それにあれの強さは人類の例外だ。叔父貴に剣を教えたのもお袋だ。かえでが法術師としてほぼ完成されているのもこれもお袋の仕業。全くあれに逆らうことを考えると命がいくらあっても足りねえ。そんなのと話せってか?何を話すんだよ。どうせ面倒なことを押し付けられて終わりだ。そんな面倒なこと誰がするか」 


 いつもは怖いものなしに暴虐武人にふるまっているかなめが恐怖のあまりぎこちない動きを見せながらそう言うかなめに誠は思わず噴出しそうになる。だが、ここで噴出せばかなめが今小脇のホルスターに収めている銃で射殺されると必死にこらえて茶碗のご飯を無理やり喉に押し込んだ。


「まあ康子様からの電話を取り次いだ時のあの隊長の恐怖に震える表情は最高だったけどねえ。どんな鍛え方されたのかしら、隊長。まあ、あの人は死なないからそれこそ普通の人だったら即死クラスの一撃を毎日のように食らって……スパルタもそこまで行くと地獄ね」 


 そう言いながらアメリアは自分の手元にやかんを持って来た。


「隊長が恐怖に震える?あの隊長が?……つまり相当凄い人なんですね」


 普段は『駄目人間』で通っているが、怖いもの知らずだと思っていた嵯峨に怖いものがあると知って誠は驚いた。 


「法術師としてちっちゃい姐御と同等なだけじゃねえ。さらに腹黒い。……叔父貴がかわいく見えるくらいにな。だから官位ももたない平民の宰相婦人に過ぎねえのに政治家連中は年中お袋の顔色を伺いに来る。闇の女宰相とか呼んでる奴もいる。そのくらい政治好きの困ったお袋だ」


 かなめはそう言って番茶を飲んだ。政治家が宰相であるかなめの父西園寺義基ではなくファーストレディーで民間人に過ぎないかなめの母康子に会いに来る。そのことからも彼女は政治の裏事情に詳しいに違いないと誠は思った。


「親父とアタシが住んでる襤褸屋とは別にうちの敷地でもお袋だけ別棟に住んでるんだ。そっちはそれなりに貴族の偉いさんを迎え入れても恥ずかしくない程度の屋敷なんだ。おかげで子供のころからあのお袋の面はあまり見ないで育つことが出来た。あのお袋の面を毎日見て育ったかえでが人格破綻者になったのに比べたらアタシはずいぶんましな方だろ?なあ、神前」 


 かなめはそう自分の母と妹を切って捨てた。


「僕にそう言われても……かなめさんのお母さんにもかえでさんにも会ったことが無いので……今のところはノーコメントと言うことになりません?」


 あれだけ自分の血族を平気で誹謗中傷するかなめを見ながら何かというと人に銃口を向けて来る彼女の人格も十分破綻していると誠は思っていた。


「あんまり自分の母親をそう言うふうに言うもんじゃないわよ。当代一の薙刀の名手。自慢くらいしてみなさいよ。ああ誠ちゃんまだ酒臭いわよ。たぶん空いてるからもう一回シャワーでも浴びてきなさいよ。そのままじゃ機動部隊の詰め所でランちゃんにいろいろ言われるわよ」 


 アメリアはそう言うと誠の肩を叩いた。


「30分で支度を済ませろ。遅れたら置いていくからな」 


 カウラもそう言うと立ち上がった。誠は番茶も飲めずにそのままシャワーへいかなければならない雰囲気に立ち去らなければならなくなっていた。


「どうせ中佐は昼には最後の本務の教導とやらで出ていくのに……」


 誠は愚痴をこぼしながら自分の部屋にタオルを取りに向かった。



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