第166話 『廃帝』と『甲武の鬼姫』
「義父上。話は変わりますが、なぜ『廃帝』を倒すためにお母様にご助力をお願いしなかったのですか?僕にはそれが不思議でならないんですが……『廃帝』を倒せるのはこの遼州の法術師でも数えるほどしかいない。その一人にお母様が居ることは義父上もよくご存じのはず。それを何故一言もお母様の前で『廃帝』の話をされなかったなんて……それが僕には不思議でならなかったのですが」
かえでにとってこれから配属になる『特殊な部隊』の宿敵である『廃帝ハド』打倒に『廃帝ハド』に匹敵する力を持っているとかえでが思うかえでの母西園寺康子に嵯峨がなんで助っ人を頼まないのか常に不思議に思っていた。
かえでの知っている限り、『廃帝ハド』を再び封じることが出来るのは、かつて『廃帝ハド』を封じた遼帝国太宗の遼薫と、嵯峨の部下であるクバルカ・ラン中佐。そして何よりもかえでがその実力を良く知っているのは彼女の母である西園寺康子くらいのものだった。嵯峨の期待していると言う神前誠も、おそらく『廃帝ハド』の歯牙にもかからない程度の実力しかもっていないだろう。
「そりゃあ決まってるさ。俺は無駄なことは最初からしないの。義姉さんは絶対に俺達に味方しない。そんなこと最初から分かってるもん」
あっさりと嵯峨はそう答えた。かえではそれがあまりに感情のこもらない言葉だったのであっけにとられた。
「驚いてるみたいだね、お前さんは。しかし、考えてみなよ。『廃帝ハド』が目指してるのは『力ある者の支配する世界』だもん。義姉さんは十分支配する側に立てる資格がある」
嵯峨は教え諭すようにかえでにそう言った。
「そこまで母上は腐っていません!そんなふざけた世界を母上が望んでいると言うのですか!いくら義父上とは言え言っていいことと悪い事が有ります!」
義父の言葉が『廃帝ハド』の野望に手を貸しかねないと言うような言葉に聞こえて、かえではつい大声で叫んでいた。
「かえで、とりあえず落ち着きなさいよ。腐ってるとか腐ってないとかいう次元の話じゃ無いんだよこれは。『廃帝ハド』が俺の考えた通りの頭脳の持主なら、当然義姉さんに『甲武の独立』を保証すると言う条件を付ければ義姉さんは動かないよ。それが義姉さんの理想であって、それについて俺がどうこう言えた義理じゃ無いね。それにだ。そもそも義姉さんは民間人だ。俺達に協力する義務は無い。違うか?」
嵯峨の表情は真剣だった。彼自身、かえでが言うように『廃帝ハド』を倒すための戦力は少しでも欲しかった。その為に誠の人生を滅茶苦茶にするくらい平気でできる男だった。
それでも西園寺康子だけは動かすことが出来ないことは分かっていた。それは自分が『最弱の法術師』で康子にはまるで歯が立たないからだけでは無かった。口先でも嵯峨は康子に負けると思っていた。
かえでは唇を噛みしめながら、義父の無念そうな顔を見つめていた。




