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13.戦士

 



「―――さて、二人とも座りたまえ。本題に入るとしようか」

「すげえ。何事も無かったように話を進めようとしてるぞ」



 ジュウロウの感想を無視して、レイズさんがソファに腰かける。(リア)としても先程までの彼女の狂気(性癖)を見なかったことにしたいので、素直に彼女の対面のソファに座ると話の続きを促した。



「さて、話さなければならない事は山ほどあるが……君達は何から聞きたい?」

「正直な所、(ジュウロウ)こいつ(リア)も現状について何も分かっていないというのが本音だ。そっちが話しやすい順番で話してくれ。聞きたい所が出てきたらこっちから切り出させてもらう」

「承知した。それでは、まずは私達―――"フェンリル"について説明させてもらおう」



 レイズさんはテーブルに用意されたお茶に口を付けると、彼女達の素性について語り始めた。




 **********




 "フェンリル"


 世界各地で武器・麻薬等の密輸、要人の拉致・暗殺、犯罪組織への傭兵の派遣、奴隷の違法な売買等の犯罪行為を行っている謎の犯罪組織"ヴォーデン"に対抗する為に設立された極秘軍事組織である。

 国家間を越えて暗躍する"ヴォーデン"の存在に気づき、彼らを危険視する各国の貴族や富豪達の助力により創設され、"ヴォーデン"が介入したと思われる犯罪や紛争の鎮圧、未然の防止を主な活動としている。

 そして、その活動を支える為の構成員は全て超級の技能を有した戦士・諜報員であり―――その要求水準の高さ故に、常に人手不足に頭を悩ませている。




 **********




「―――まあ、簡単に言えばジュウロウさん達を"フェンリル"にスカウトさせて頂きたいんですよ」



 レイズさんの説明が終わると、フゥリィがにこやかに僕達にそんな事を告げた。



「……お前(フゥリィ)(ジュウロウ)に対して妙に親身だったのは、初めからこれが目的だったって訳か?」

「私の主な仕事はヘッドハントですので。ついでに言えば、自由都市の冒険者ギルドは我々(フェンリル)の協力者です。有望な人材は把握しているんですよ。元聖騎士の凄腕冒険者、情に厚く人間性も申し分無し。どうですか?下世話な話ですが、お給金はかなり良いですよ?」

「ハッキリ言うぞ。悪いが、信用出来ない。あんた達がその"正義の味方"じみた秘密組織であることを、どうやって証明する?」



 ジュウロウの詰問に、レイズさんは表情を僅かにも動かさずに淡々と告げる。



「すまないが、私達は国際的に認められた正式な組織ではない。証明というのなら、それこそ金銭による契約と、恩着せがましくなってしまうが、君達の命を救ったという行いでしか示すことが出来ない」

「……すまない、一ついいだろうか?」



 (リア)はジュウロウとレイズさんの会話に割って入る。



「ジュウロウがスカウトされているのは分かった。だが、(リア)を勧誘する理由は?自分で言うのも何だが、素性の知れない……その、エルフの女だぞ?」



 僕は耳当て帽を脱ぐと、隠れていた長耳がピョンと天を突いた。

 レイズさんは僕の耳の先を眺めると、物憂げな表情で溜息を吐いた。



「……愛らしい」

「部長、流石に今は空気を読んでください」



 フゥリィに突っ込まれて、レイズさんは誤魔化すように咳払いを一つすると、話を続けた。



「リアに関しては我々の"戦力"としてのスカウトというよりも"保護"が目的と思ってほしい」

「保護、ですか?」

「ああ。理由は不明だが、"ヴォーデン"の連中はエルフに関する事柄に異常な執着を見せている。君達を襲った"ヴォーデンの使徒"……滅多に姿を現さないヴォーデンの幹部クラスが姿を見せたのが、その証拠だ。君をこのまま自由にするのは危険すぎる。だから、こうして少々強引な手を使ってでも私達の下へ来てもらったのだ」



 ……"危険"か。

 それは(ヴォーデン)に襲われる(リア)の身が危ないというよりは……



 "エルフ"という存在を野放しにしておく事の危険性。

 フェンリルはそちらを危惧している可能性の方が高そうだ。保護というよりは、監視の意味合いが強いのかもしれない。

 レイズさんの話に耳を傾けながら、僕は表情には出さずに裏の意図を読み取ろうとする。



(……ん?いや、待てよ)



 レイズさんの話を聞いて、彼女達がそもそも根本的な勘違いをしている可能性を僕は指摘する。



「……すいません。貴方達は(リア)について、何処まで御存知なんですか?」

「……む?ヴォーデンが聖騎士団を利用して王国へ運び込もうとしていたエルフが、何らかのトラブルで抜け出したのだと把握していたが、違うのか?」



 隣でジュウロウが何かに気づいた顔をした。

 ……彼女は(リア)の事をあのエルフ―――ユーグが言っていた"ユグドラシル"というエルフと勘違いをしている。



「レイズさん。ヴォーデンの人間も勘違いをしていましたが、僕は恐らく純粋なエルフではありません」

「……何?そんなに可愛いのにか?」

「部長」

「冗談だ。リア、どういうことか話してもらえるか?」

「勿論。ただ、到底信じられない話だとは思いますが……」



 僕はそう前置きすると、レイズさんにこれまでの経緯を話し始めた。




 **********




「なるほど……いや、疑うつもりは無い。一応筋は通っている」



 意外にもレイズさんは、素直にこちらの話を受け入れてくれた。あまりにもすんなりと受け入れられたので、(リア)は思わず彼女に再度、問いかけてしまう。



「……あの、本当に信じてますか?自分で言うのも何ですが、相当無茶苦茶な話をしていると思うんですが……」

「ヴォーデンと戦っていれば、現実離れした出来事に直面することなど、そう珍しいことではない。君達も"ヴォーデンの使徒"―――奴らの中でも飛び切りの外道と戦ったなら思い当たる節があるのではないか?」

「それは………」



 先の戦闘で、ユーグが見せた常識離れした再生能力と、聖騎士団の任務の中でも見た事の無い"不可視の障壁"。確かに常識では測れない事象は僕もジュウロウも見ているが……



「それにしても、まさか君が元は男性だったとは……」

「うっ、いや、その……隠すつもりは無かったのですが……」



 レイズさんから咎めるような鋭い視線が僕に突き刺さる。彼女達を騙すつもりは無かったのだが、身分を偽り、女性のフリをしていたような気持ちになってしまった僕は罪悪感と羞恥に身を小さくしてしまう。



「……アリだな」

「は?」

「よかろう。女性としての作法については後程、私が手取り足取りレクチャーしよう。何も心配することはない。君の顔は頂点(テッペン)を狙える」

「いや、あの……」

「レイズ部長、脱線はそのぐらいで」



 テーブルに前のめりになっていたレイズさんに、フゥリィが軌道修正を促す。レイズさんは僅かに不満そうな表情を浮かべたが、居住まいを正すと真面目な話を再開した。



「……仮に君が純粋なエルフではないとしても、ヴォーデンの連中は構わず君を狙うだろう。やはり私は保護が必要だと考えている。それに……」



 レイズさんはすっかり冷たくなってしまったお茶を飲み干すと、僕の目を見つめて続けた。



私達(フェンリル)ならば、君を(人間)の身体に戻す方法を探すことも出来ると思う」

「ほ、本当ですか!?」



 僕が思わず立ち上がると、レイズさんは僅かに微笑んで話を続けた。



「恐らく、君の肉体を変化させたのはエルフが使う独自の魔術に依るものだろう」

「そうですね。人の肉体を作り変える魔術なんて聞いた事もないですから」

「先程も話したが、ヴォーデンの連中はエルフに関する事柄に関して異常な執着を見せている。表には流れないエルフに関する伝承や技術が書かれた書物も、幾つか奴らから押収しているし、今後もエルフに関する情報を入手出来る可能性が高い。その中には君が求めている情報も有るかもしれん。少なくとも普通に一般人として生活するよりは余程可能性が高い筈だ」



 レイズさんの言葉に、僕は胸が高鳴るのを抑えられなかった。

 あんな現実離れした方法で男の身体を棄てさせられたのだ。半ば諦めてはいたが、元の身体に戻れるのならば、戻りたくない筈が無かった。



「……分かった。フェンリルのスカウトに乗ってもいい」

「ジュウロウ?」



 僕達の話を静かに聞いていたジュウロウが突然、そんな事を言った。



「但し、二つ条件がある」

「聞こう」



 レイズさんが、僕からジュウロウに向き直る。



「一つはこいつ(リア)に可能な限り不自由の無い生活を送らせて欲しい。いくら敵から守る為とは言え、薄暗い部屋に閉じ込めるような扱いは論外だ」

「勿論だ。最低限の監視と護衛は付けさせてもらうが、普通の人間と変わりない生活が送れるように尽力する」

「ジュ、ジュウロウっ。何を言って……」

「二つ目」



 僕の言葉を遮るように、ジュウロウは指を二本立ててレイズさんに告げる。



「エルフに関する情報が手に入りそうな任務は優先して俺に回せ。それと、フェンリルがこれまで入手したエルフに関する情報は全て俺とリアに開示しろ」

「前者に関しては、可能な限り配慮しよう。後者については私の一存では決められないが、上に掛け合ってみよう。それで構わないか?」

「ああ、今はそれでいい」

「ちょっと待ってくれ、ジュウロウ!一体どういうつもりだ!」



 ―――これではまるで、ジュウロウが僕の為に命懸けの戦いに身を投じるようではないか。


 流石に黙って聴いていられずに、僕はジュウロウの胸倉を掴んで食って掛かった。



「……前も言っただろ。親友(ダチ)助けるのに理由なんて要らないって。後は俺に任せて―――」

「ふざけるな!君だけを矢面に立たせて、自分だけ後ろで安穏としているなんて、僕が出来ると思っているのか!」



 僕はジュウロウに向かってそう叫ぶと、勢いのままにレイズさんに向き直る。



「レイズさん。すまないが、僕は貴方達の保護を受ける訳にはいかない。僕もジュウロウと一緒に"戦士"としてフェンリルで戦わせてください」

「リア!何を……」

「これでも元はジュウロウと同じ聖騎士です。ヴォーデンの使徒も彼と力を合わせて撃退しました。実力ならば問題無い筈です」



 ジュウロウの言葉を遮るように、僕はレイズさんに畳み掛ける。すると、予想外の方向から援護が届いた。



「部長、よろしいのでは?彼女の言う通り、ヴォーデンの使徒を撃退したというのなら戦力としては申し分無いですし、ジュウロウさんとコンビで動いてもらえば護衛と監視に割く人員も省けるでしょう」

「ふむ……リアが希望するのであれば、私としても無理に彼女の意志に反して保護をする訳にはいかない。それは保護ではなく軟禁だ」



 フゥリィとレイズの言葉に、ジュウロウは納得が行かないのか二人に食い下がろうとする。



「いや、だが……」

彼女(リア)が心配だと言うのなら、(ジュウロウ)が隣で守ってやればいい。ここで私達が彼女を強引に保護すれば、それこそ君の言う"不自由な生活"になるのではないか?」

「ぐっ……」



 押し黙ってしまったジュウロウを見て、レイズは結論を下した。



「決まりだな。ジュウロウ、リア。我々"フェンリル"は君達を"戦士"として歓迎しよう」




次回更新は9/18の12:00頃予定です。

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