91 初恋は誰
今回は2話あります。
1話目。
91 初恋は誰
部屋に戻ると、真っ白い月が綺麗だったので、窓を開けてテラスへ出て見た。
風が気持ちいい。
ふと見ると、ウェンディもテラスに出ていた。ウェンディの部屋は俺の隣で、テラスは続いている。
ウェンディは俺に気づいていない様子だった。
月を見ては、ため息をついている。
どうしたんだ?
「ウェンディ、どうした? 悩み事か?」
声をかけると、ウェンディは今気づいたようで慌てていた。
「お、お兄様。えっと、どうされたんです?」
「いや、聞きたいのはこっちだよ。どうしたんだ? ため息なんかついて」
「ついていません。お兄様の見間違いじゃなくって」
うお。否定された。
あれだけ素直なウェンディなのに。一体何があった。
とりあえず、定番の事でも聞いてみるかな。
「好きな奴でもできたのか?」
すると見る間にウェンディの顔が赤くなる。そして慌ててそっぽを向かれた。
「できてません」
そっか、できたのか。
くそう、どこの誰だ、俺の大事な可愛い妹の心を惑わす奴は!
「とりあえず、潰すか」
「お兄様!? 何、物騒な事を考えてるの!?」
「いやだって、こんなに可愛いウェンディに想われているのに、お前にそんな顔させるような奴は潰しておいた方が後腐れがないかと思って」
うん、そうだよな。
ウェンディの可愛さをわからない男は潰さなければならないだろう。
「どうしてそんな事をお考えになるんですか! 何でもないの! 本当よ!」
ウェンディが血相を変えて止めてきた。
いや、半分冗談なんだけど。
でもこれだけ否定するのはあやしい。
「本当に?」
「本当です!」
「本当の本当に? 聖女に誓って?」
そう言うと、ウェンディの顔が曇った。
「……お兄様。お兄様はミュリエルお義姉様が好きなのよね?」
「ああ。大好きだ」
「……好きって、どんな気持ち? 苦しくなったり泣きたくなったりしない?」
真剣に尋ねられた。
なので、真剣に答える。
「俺の場合は相思相愛だからな。あんまりそういう気持ちはないけど。……でも、あの時、ミュリエルに婚約申し込みをしてアンバー子爵に断られた時は、堪えたな」
いやあ、あの時の精神的ダメージはきつかった。
あれ? という事は……
「ウェンディ。誰にフラれたんだ。俺がお前の良さを徹底的に教え込んできてやる。さあ、お兄様に言ってごらん。誰なんだ」
「フラれてないわ。だって、お付き合いもしてないんだもの! もう、お兄様は黙っていて! 何もしないで! わ、私が勝手に好きになっただけなんだから! あの方には婚約者様もいらっしゃるんですからね! 変な事はしないで!」
ウェンディが片思いだと叫ぶ。
なんだって。
「誰なんだ?」
「……その方に、何もしない?」
「ああ、誓う」
「本当に?」
「本当に」
「本当の本当に? 聖女様に誓って?」
「もちろんだ!」
胸を叩いて請け負うと、しばらく逡巡していたウエンディは意を決した表情をした。
そうして、耳にそっと口を近づけて囁く。
「……エリオット様」
なんだってー!
ちょ、待て! ちょっと待て!
エリオットって、あれだよな? 王太子の!?
叫びそうになる俺の口を両手で塞いで、ウェンディが懇願してくる。
「絶対、絶対、言わないで。忘れるようにするから。大丈夫。きっと忘れられる」
そんな悲痛な表情で言わなくても……
いや、わからなくもないけどさ。
横恋慕をしている罪悪感に苛まれているようで、ウェンディの肩が震えている。
そうだよな。そんなふしだらな人間だなんて自分でも思いたくないよな。
でも、それでも好きになったのか。
「……いつ、好きになったのかわかるか?」
「去年の聖女祭の時。聖女役として王宮に上がった時に、『薔薇の迷路』に迷い込んでしまったの。そうしたら、噴水の側で佇んでいるあの方がいたの。とても、とても綺麗な人だと思った」
ウェンディの話によると、そこでは会話らしい会話はしなかったらしい。
ただ、ずっと見つめていたら、
『そこまで見つめられると、穴が開いてしまいそうだ。できればやめてほしい』
と、注意されたそうだ。
……いや、待て。
どこの誰だ、それは。
俺が知っているエリオットじゃねぇ。
そうして、ウェンディが慌てて謝ると、
『いや、君の視線は不快ではなかった。こんな心地良い視線もあるのだな』
と、許された上、微笑まれたらしい。
その笑顔が忘れられないんだと。
……いやいやいやいや。
それ、エリオットじゃねえだろ。
いつも俺の前でぶすくれて、周囲で何が起こっても無関心でいるのがエリオットだ。
うん、フレドリックとかと間違えてないか?
「間違えておりません。ちょうど、カトリーナ様がエリオット殿下を探しに来られたのよ。そしてお茶にお呼ばれしてしまったの。それは話したでしょう?」
ああ、そういえば。
去年の聖女祭の後で、エリオットとカトリーナと三人でお茶したって、興奮気味に言ってたな。
え? あの時なの?
そーいや、二人に妹が世話になったって、挨拶したら、珍しくエリオットが驚いていたっけ。
あのご令嬢はお前の妹かと。
いやでも、俺のエリオット像とウェンディのエリオット像が違いすぎて、混乱する。
つか、混乱してる。
マジか。
「お兄様、ごめんなさい。でも、忘れるから。きっと絶対忘れるわ。お兄様にご迷惑をかけたりしない」
硬い表情で、ウェンディが言う。
そうか。
なら、好きになったんだったら仕方ないよな。
その気持ちを押さえつけるなんて、なかなかできないもんな。
だから。
「忘れなくていいと思うぞ」
「お兄様、何を言ってるの!? あの方にはあの方がふさわしいのは、お兄様も知っているでしょう!?」
ウェンディが驚く。
だけど、俺はウェンディの心の方が大事だ。
「ああ、わかっている。ただな、ウェンディが苦しいだろ? だから、無理に忘れなくていい。行動に移せって言うわけじゃない。誰にも言わなくていいから、その気持ちを大事に持っておいていいんだ。気持ちを言いたくなったら、俺が聞くから」
そう、無理に忘れなくていい。
無理やり気持ちを抑え込んだら、反動がキツイぞ。
「そしてな、高等部を卒業する時まで、その気持ちをまだ持ち続けていたなら、俺に言ってくれ」
ウェンディが怪訝な表情で問いかけてくる。
「その時、ウェンディに覚悟があるなら、側室として迎え入れてもらえないか、父上に相談しよう。俺もあの二人に頼み込むから」
この国は一夫多妻が認められている。
ウェンディが日陰者になるのは嫌だけれど、好きな人と一緒になれないのも嫌だ。
大人になってもまだ好きなら、もうどうしようもない。
だったら、現実を見据えて考えた方がいいだろう。
「せっかく人を好きになったんだ。その気持ちを大事にしないと。大事にしたいんだろ?」
ウェンディがこくんと頷いた。
涙が一筋流れた。
「好きでいて、いいの?」
「おう、俺が保証する」
そうしてぎゅっとウェンディを抱きしめてやる。
「フラれたらその時だ。その時は思いっきり泣け。そして新しい男を見つけような。エリオットよりもめちゃくちゃ良い男見つけよう」
「うん……うん……」
泣いているウェンディの頭をぐりぐりしながら、ずっとずっと慰めていた。
あいつ、いつか絶対、一発殴る。
遅くなってすみません。
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ブクマありがとうございます。
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