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89 妹弟は可愛い

89 妹弟は可愛い


 聖女祭の選挙が終わる頃には、本番まであと十日くらいになっていた。


 その間にもピンク頭のアイリーンは色々とあれこれやらかした。

 エリオットとカトリーナの会話に混ざりたいのか、二人の側をウロウロし、時には話に割り込んではシェリーに怒られている。

 どうもその行為自体が不作法で失礼だとは思っていないらしく、シェリーを睨みつけるように口を尖らせていてまるで反省していない。


 カトリーナが気を使って話に参加させれば、カトリーナを無視してエリオットだけと話をしようとする。

 淑女の嗜みとして不作法だと、シェリーがめげずに何回も注意するが、これもまた無視。

 ソニアも神殿の経典から引用して、聖女様のような素敵な女性を目指すためにはそれではダメだと遠回しに注意しても、「あたしは大丈夫なの。あんたと違って」と、変な自信に満ちあふれたまま断言して、ソニアを絶句させた。


 気の短いラモーナがキツく怒っても、気にもしない上に、何故か勝ち誇った表情で煽っている。

 もちろん、オリアーナの嫌味など通じるはずもない。

 きっと嫌味を言われているなんて理解していないんだろう。


 そんな中でも、俺の女神であるミュリエルは友達になろうと果敢に話しかけていた。

 が、馬鹿ピンクは無視しやがっている。

 おまけに、ミュリエルを馬鹿にしたように見下していた。


 マジで殴りてえ。


 揉め事が起こる度にレックスが駆り出されて、ピンクが起こす騒動をどうにか納めて回るようになった。

 シェリー達女子が注意しても、本当に何一つ聞かないのだ。マジで。

 けど、レックスやヴィンスが注意すると、コロッと態度を翻して、嬉しそうに言うことを聞いておとなしくなる。


 その変わり身の早さに、俺達男子生徒は戦慄し、シェリーをはじめとする女子生徒達の怒りは頂点に達し、反感をあちこちで買っていた。

 シミオンとルークの嫌味をニコニコ顔で聞いているし、マジで頭がおかしいんじゃないだろうか。


 そうしてほんの数日でレックスは苦情受付係と化していた。

 連日ぐったりとするレックスを、シェリーが甲斐甲斐しく世話しているのも日常となった。


 なのにレックス達のフォローなどおかまいなしに、ピンクは自由に動き回る。

 三年生の教室まで行って、フレドリックに気軽に話しかけていたらしい。

 フレドリックは一応王族だし、生徒会長でもある。イケメンで人当たりも良いから、人気は当然ある。

 ただ、出自の問題で結婚相手としては見られていないだけで。


 それが、たかが特待生の一年生に付きまとわれる姿を見て、三年生女子達は激怒したらしい。

 お陰であのピンクは、三年生の教室がある階を出入り禁止にされた。

 三年生が数人で教室に乗り込んできて、出入り禁止を通告したのだが、先輩方を無視して、カトリーナに向かって何故か勝ち誇ったような表情を見せていた。


 本当にわけがわからない。

 どうして一方的にカトリーナに張り合っているんだよ。

 何一つ勝ててないだろ。

 なのになんでドヤ顔なんだ。


 俺? 俺は落ち込むミュリエルを労うだけですが、何か?

 アレと話す気はさらさらない。

 エリオットもそのつもりなのか、話すそぶりは何も見せていない。ひたすら無視だ。

 例外はあの花見の時だけだったようだ。


 そんな感じで、まだ一月も経っていないのにピンクは全生徒から、問題児認定を受けていた。


 それでも一応は六属性生徒なので、無闇に退学処分にできるはずもない。

 魔術の授業で放った魔法は、俺達に匹敵する威力を持っていたからだ。

 下手に放逐したら、王国の損失になる。

 けれど、あの性格を矯正しないことには、王国の益になるどころか、災厄になりそうな気がしてならない。


 教師達も判断が難しいのだろう。

 生徒会長であるフレドリックに頭を下げて頼み込んだらしく、その旨を、フレドリック経由で俺達に話が回ってきて頼まれてしまった。


 いやもう、マジで付き合ってられないんだけど?


 主に苦情受付係担当のレックスが。

 本当にゲンナリした表情で請け負っていたもんな。

 嫌なら断ってもいいと思うんだけど。

 律儀というか、クソ真面目というか。そこがこいつのいいところなんだけどな。


 今度、王都で有名な菓子店のブルーベリータルトを持って行ってやろうかな。

 甘いものでも食べて、疲れを癒してくれ。




 ◇




 聖女祭の本番前には連休がある。

 この連休はほとんどの生徒が家に帰る。まぁ、王都に屋敷を持っているやつだけなんだけど。

 この連休から街は聖女祭の準備に入り、だんだんとお祭りムードが盛り上がっていく。


 連休の初日の午前中に、俺はリチャードと共に王都の家に帰った。


「お兄様、お帰りなさいませ」


 エントランスに入ると、ウェンディが出迎えてくれた。

 先に帰っていたのか、もう制服から普段着に着替えている。


 十二歳になったウェンディは綺麗になった。

 癖のない長い金髪に小さな顔。柔らかい微笑みをいつも絶やさずにいる。

 華奢なエルフの少女と言っても過言じゃない。

 最近ますます神々しく輝いているように見えるのは気のせいじゃないと思う。

 だって、俺の妹だからな。


 おまけに性格も優しいので、学校では人気者だ。

 パーティとかでも、ウエンディにダンスの申し込みが殺到している。

 俺と父上の眼鏡に叶う奴しか許さないけれど。


「テオお兄様、テオお兄様、お姉様は聖女なんですって! すごいのよ!」


 幼女がパタパタと駆けてきてダイビングしてきた。

 慌てて受け止めて抱き上げる。

 末っ子のキャロルだ。今年、五歳になる。


 伸ばした金髪は癖っ毛のせいで、くるくる巻いている。

 けれどちゃんと手入れされているので、綺麗な巻き毛になっていた。

 カトリーナと同じようなドリルが顔の両脇に搭載されているけれど、ウエンディと違ってよく似合っているので無問題だ。


「もう、キャロル。お兄様にご挨拶もしないで、お行儀が悪いわよ」


 ウェンディが笑いながら、妹を嗜める。


「ウェンディが聖女だなんてすごいね。真っ先に報告してくれたのは嬉しいけど、できたら、挨拶をしてからが良かったな。キャロルはお兄様に挨拶してくれないの?」


 おどけて言うと、キャロルはしまったという顔をして、慌てて俺の腕から降りた。

 そうしてスカートの裾を摘んで、足を引いてお辞儀をする。


「お帰りなさいませ、テオお兄様。お元気そうで、キャロルは嬉しいです」


「ただいま、キャロル、ウェンディ。二人も元気そうで何よりだよ。そしてウェンディ、今年も初等部の聖女役に決まって、おめでとう。絶対選ばれるってわかってた」


「もう、からかわないで。でも、ありがとうございますお兄様。お兄様も本祭での六騎神役をされるそうで、おめでとうございます」


「そうなの、テオお兄様!? おめでとうございます! お友達に自慢できることが増えたわ!」


 ぴょんぴょん跳ねて、キャロルが喜ぶ。

 でもなぁ。自慢話は良くないぞ。


「キャロルはお友達に自慢できるから、嬉しいの?」


 ウェンディが尋ねると、バツが悪そうに口を押さえて黙った。

 自分でも良くないことだとは理解しているようだ。


「あんまり言いふらすのは良くないって、キャロルはわかっているんだよな? だったら、やめたほうがいいな」


「そうですよ、キャロル。貴女が選ばれたわけではないのですから、自慢なんかしても、みっともないだけですよ」


 母上もホールに迎えに出てきてくれた。もう四十歳を越えているのに若々しい。

 母上に注意されたキャロルは「はぁい」と、つまらなさそうに返事した。

 未練タラタラなのはわかるけれど、兄弟の事を自慢してもトラブルになるだけだからな。

 そのうちわかるだろう。


「キャロル。選ばれた事を喜んでくれたのは嬉しかったよ。ありがとう」


 そう言うと、キャロルはすぐに機嫌を直して嬉しそうに笑った。


「もう、お兄様はキャロルに甘いんだから」


 と、ウェンディが苦笑する。


「俺はウェンディにも甘いよ?」


「わかっていますわ。お兄様が一番甘いのはミュリエルお義姉様だって事も知っています。でも、それとこれとは別ですからね。いい、キャロル。本当に自慢話はダメよ。お友達をなくしてしまうわ」


 再三の注意に、キャロルも理解したのか、おとなしく頷いた。

 なので、キャロルの頭を撫でてやる。ついでにウェンディもだ。

 嬉しそうにしている二人を眺めていた母上は終始ニコニコしっぱなしだった。


「お帰りなさい、テオドール。本祭の六騎神役、おめでとう。この休暇では英気を養って、本祭に備えてね」


 そうして、俺を抱きしめてくれる。

 恥ずかしいけれど、やっぱり嬉しい。


「母上、ただいま帰りました。ありがとうございます。お言葉に甘えて、充実した休暇を過ごそうと思います」


「テオお兄様! 私、今、聖女祭前夜用のオーナメントを作っているの! お母様とお姉様もいっしょなのよ! テオお兄様もいっしょに作りましょう!」


 勢い込んで、キャロルがオーナメント作りに誘ってきた。

 聖女祭り前の連休では六芒星のオーナメントを作るのが恒例行事となる。


 聖女祭前夜は『魔の夜』と言われていて、散りじりになっている魔族達がグローリー山に集まって、祭を行う夜らしい。

 なんでも魔族の力が強まり、聖女の加護が弱くなる夜なんだそうだ。


 それに備える為に、魔除けの効果があるオーナメントを作って、玄関や窓に飾って邪悪なモノが家に入ってこれないようにするのだ。


 かつて、王国の南にあるグローリー山には魔王の居城があったらしい。

 そのせいか、『魔の夜』の伝説は多くの人々に信じられている。


 でもな、六騎神の一人、ブラッドもグローリー山の麓の隠れ里でひっそり暮らしていたって話だからな。

 討伐する側とされる側が近くに住んでいたって、どうなの?


「ねえテオ兄様、いいでしょう?」


 キャロルが上目遣いで頼んでくる。

 しょうがない。兄様はこの目に弱いんだ。


「じゃあ着替えて来るから、待ってて。そういやチェスターは?」


「兄様、帰ってたんだ。お帰りなさい」


 開いた玄関からチェスターが入ってきた。

 チェスターは今年八歳になる。

 穏やかで優しそうな雰囲気の通り、家族思いの優しい子だ。


 チェスターが後ろで括っていた髪紐を解くと、肩で切り揃えられたサラサラの金髪が流れる。

 父上を真似て、伸ばしているんだそうだ。

 そうするとますます父上に似てくる。

 俺は髪が長いのは鬱陶しいと思うんだけどな。まぁ好みは人それぞれだし。


「ただいま、チェスター。ケヴィンもバーニーも。みんな元気そうで何よりだよ」


 チェスターの頭を撫でながら、後ろに控えていた二人にも声をかける。

 木剣を持っているところをみると、三人で稽古していたようだ。

 ケヴィンの息子にしてはおとなしいバーニーだけど、チェスターの従者としての勉強にも励んでいて、頼りになるそうだ。

 ケヴィンが自分とは違って、バーニーは頭が良いからこのまま従者として育って欲しいと言っていた。

 そのケヴィンは昔から独特な雰囲気を持っていたけど、最近は特に際立っていて、いぶし銀っていうの? そんな格好良い三十代になっていた。本人には絶対言わないけど。


「お帰りなさいませ、テオドール様」


「帰ってらしたんですね、坊ちゃん。どうです、やりますかい?」


 バーニーが丁寧にお辞儀をするのに対し、ケヴィンは不敵に笑って剣を持ち上げて示した。


「ケヴィン! テオお兄様は私とオーナメントを作るのよ! 邪魔しないで!」


 キャロルがケヴィンに噛みついた。

 取られてしまうと思ったらしい。


「悪い、ケヴィン。キャロルが先約だ。オーナメントを作った後で付き合ってくれよ。それと、キャロル」


「はい、テオお兄様!」


「ケヴィンは俺の予定を聞いただけだ。キャロルの邪魔をしたわけじゃあない。今、帰って来たばかりで、俺とキャロルの約束を知らなかったんだ。わかるよな。先にキャロルと約束していると伝えればいい。怒る必要はないんだ」


 すぐに感情的になってしまうのは、キャロルの悪い癖だ。

 あんまり怒鳴り散らしていると、みんなに嫌われてしまう。

 例えたくないけど、あのピンクみたいに。

 キャロルにはそんな風になってほしくない。


「……はい」


 しおらしく謝るのはいいんだけどな。


「それに、キャロルは淑女だろう? それとも淑女の振る舞いをお勉強していないのか?」


「いいえ、ちゃんとお勉強してます!」


「だったらこういう時、どうすればいいのかわかるよね」


「……ケヴィン、さっきは大声を出してごめんなさい。さっき、テオお兄様とオーナメントを作る約束をしたのよ。だから、剣のお稽古は後にしてちょうだい」


 しばらく考えて、キャロルはケヴィンに軽く頭を下げて謝った。

 よくできました。


「わかりました、キャロルお嬢様。先に約束をされていたのでしたら仕方ありません。邪魔するつもりはなかったんですが、邪魔をした形になってしまったのは申し訳なく思ってます。許してくださいますか?」


「ええ。だって、知らなかったんだものね。私も許してくれる?」


「もちろんですとも。ただまぁ、今度からは優しく言ってくださると、嬉しいですね。キャロルお嬢様がお怒りになる姿はあんまり見たくないもんで」


 ケヴィンが言うとキャロルがはにかんだ。

 褒める意味を込めて、キャロルの頭をまた撫でてあげる。

 なんか猫みたいにスリスリと寄ってきた。


「ほんと、キャロルはお兄様の言うことだけはよく聞くんだね。僕には反発しかしないくせに」


 口を尖らせてチェスターが文句を言う。

 そうか、それはいかんな。


「チェスターの言う事も聞かなきゃダメだぞ。キャロルのお兄様なんだから」


「だって、チェスターお兄様はお小言ばかりなんだもの」


「それはキャロルが悪いからだろ」


「はいはい喧嘩はナシ。ちゃんと良い子にしてたら、チェスターはお小言は言わないからね。キャロルはもうちょっと頑張ろうか」


「ぶー。はぁい」


「ほら、そうやって不貞腐れる」


「チェスターも。言い過ぎたらダメだ。女の子に嫌われるよ」


「……はい」


「じゃあ、俺は着替えて来るから、後でな。チェスターも一緒にオーナメント作ろう」


 そう言って二人の頭を撫でて部屋に向かう。

 ウェンディと母上が笑いながら二人を居間へと促す。

 そしてケヴィンは当然のようにリチャードとともに俺の後について来た。


「坊ちゃんは本当にチェスター坊ちゃんとキャロルお嬢様の扱いが上手いですね。コツがあれば教えて欲しいもんです」


「普通にすれば良いと思うんだけどな。二人とも素直だから、言えば聞くぞ?」


「そりゃ坊ちゃんだからですよ」


 頭を掻きながらケヴィンがぼやく。リチャードは苦笑していた。

 二人とも良い子なんだけどな。


遅くなってすみません。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。

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